言い訳は結構ですよ? 全て見ていましたから。

紗綺

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惚れていたとか初耳だけど

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宣言した私に複雑な顔をした青年が私を見下ろす。

「お嬢、急いでいるのはわかってるんですが、
せめて元の姿に戻ってもらえませんか?
弟君相手に姉上への告白をするイタい奴になっちまうんで」

訝しげな顔を浮かべるとため息をつかれた。

「まさか俺が義理や恩義だけで結婚を受け入れたと思ってるんじゃないでしょうね」

「違うのか?
義理や恩義で逆らえない者『そういう者』を伴侶にするために君のような人材を探し出したのに」

ついでにいうなら人質付きの、というのも条件に入っている。
利用されているのを理解していて受け入れている完璧な人材。
こちらとしても報いてやりたい気持ちになるというものだわ。

「さらっと恐ろしいこと言いますね。
わかってましたけど」

凪いだ顔の青年を不思議な気持ちで見つめる。
そう仕向けたのは自分だけどこんなにも受け入れられると思わなかった。
自分とこの家に逆らわない者を迎える入れるために窮地から救い、家族を人質に取り、絶対の忠誠を誓わせた。

「恩があるのも事実ですがね。
必死になって自分や大切な者たちを守ろうと頑張る姿に絆されたのも本当ですよ。
ついでに絶世の美女ときてる。
俺みたいな単純な男が惚れちまうのは寧ろ当然でしょう」

「驚きだわ。
そんな様子見せたことなかったでしょう」

弟の姿のまま呟くと青年が嫌そうに顔を歪めた。

「だから坊ちゃんの姿は止めてくださいって」

自分で着けたブローチを手早く外す。口調の乱暴さとは裏腹にその手つきは丁寧だ。

「あなた私に惚れていたの?」

初めて知ったわと青年の瞳を覗く。
まじまじと見つめても青年は顔色を変えない。
楽しそうな笑みを浮かべて私を見下ろす表情はいつもと同じで、特別な感情があるようには思えなかった。

「惚れてますよ、これ以上ないくらい」

いつもの笑顔のまま、私の手を取り手袋を外す。
素手になった手を胸に当てられる。
薄い布越しの胸板はしっかりしていて、熱い。

「熱いわ」

体温なんてそう変わらないはずなのに、とても熱く感じる。

「そっちじゃなくて、聞こえるでしょう」

胸に乗せていた手に青年の手が重ねられる。
ぴくっと跳ねる手を押さえてほら、と囁く。
青年に従って意識を向けるとドクドクと早く鼓動を刻む振動が感じられた。
顔を上げて青年を見ると表情はやっぱり変わっていない。
手から感じる音が嘘みたいだ。
ゆっくりと乗せていた手を引くと青年の手も離れていく。

「わかったでしょ、……っ!」

ぴた、と耳を青年の胸に当てる。
身体が震えすごい勢いで鳴り出す鼓動を感じた。
その速さはさっきまでの比ではない。

「本当だったのね」

すごい早い。
もっとよく聞こうと耳を押し付けると焦った声が聞こえる。
離れようとする身体へ手を回すとひゅっと息を呑む音がした。
今どんな顔をしているのかしら。

「お嬢……、勘弁してください」

本気のトーンで言われたので顔を上げる。手は緩く回したままだ。

「信じていただけましたかね」

困ったような疲れたような顔で言われたので頷いて答える。

「信じなかったのは悪かったけど、あなたもわかりづらかったわ」

あんな何でもない顔で惚れてると言われても。
わからないわ。

「わからないようにしとかないとお嬢が困ったでしょう。
お嬢は俺に惚れてるわけじゃないのに勝手に惚れてるとか言われても」

少し考えてから答える。

「そうね、困ったでしょうね」

私の返事を予想していたのか表情は変わらない。
ただ、触れたままの身体が強張ったのを感じた。

「愛とか恋とかいった不確定要素は何を起こすかわからないから」

浮気しておきながら婚約破棄を叩きつけるつもりだった元婚約者のように。

「出会った頃にそう言われたら伴侶には選ばなかったわ」

「いや、さすがに出会った頃のお嬢にそんな想い抱くほど変態じゃないんで」
 
あの頃は12歳。将来どころかその頃から美人だと言われて婚約の話が舞い込んでいた。
年が合う者だけでなく成人した者からも。
目の前の青年がそういう趣味じゃないと一蹴してくれたことになんだかほっとした。


「あなたのことは好きよ。
愛とか恋ではないけれど」

私が彼に向けるのは親愛とか信頼とかそういった感情だ。
後は私の指示にちゃんと従ってくれるところとか、裏切らなそうなところが良い。

「わざわざ口に出されると微妙ですね」

確かに。
惚れていると言ってくれた相手に対して言うことではなかった。

「えっ、と……、家族を大切にしているところは素敵だと思うわ」

家族を救うために自分を犠牲にするくらいだし、そのために家族に会えなくてもいいと覚悟を決めた潔さも気に入っている。
ダメだわ。都合がいいと思っているようにしか聞こえない。
それも事実だけど。
言葉を考えていると彼がふっと笑った。

「別にいいんですよ、あなたが俺を便利だとしか思っていなくても。
だから俺を伴侶に選んでくれた、そうでしょう?」

そう、私が欲しかったのは絶対に裏切らず従う者。
そのためにわざわざ裏切れない相手を作った。
そして候補は彼だけではなかった。
私にとって一番使いやすく信頼できる者が彼だったから側に置いたし、伴侶に選んだ。
それは理解していると青年が告げる。

「側に置いてくれる、それだけでいいんです」

「それだけで?」

いつの間にか背に回った手が私を抱き寄せる。

「ええ、だから俺を捨てないでくださいね」

不確定要素にはなりたくないので、と笑う彼はいつもと同じ笑顔で不穏な気配を纏う。
捨てられたら私の邪魔になることをしてしまうと囁く声が耳に纏わりついて、離れない。

「重いわ」

絡みつくように回った腕と向けられていた想いが。

「捨てなければいいんです」

「馬鹿ね、捨てないわ」

もったいない、と呟く。
こんなに自分に傾倒していて、従順な伴侶なんて他に得られない。
何よりも、こんなことを言いながら不安そうに鳴る音と縋り付くような冷たい腕で偽りない本音を伝える彼がいじらしくて。
急激に下がった体温を分け与えるように顔を寄せ密着する。
背に回した手で撫でるとじわじわと温かくなり、不安そうだった心臓の音が落ち着いてくる。

「大切にするわ」

「それも多少複雑な気持ちになりますが、めちゃくちゃうれしいです」

落ち着いていた音が強く鳴り出す。
本当に喜んでいるのだと思うとなんだかこちらも嬉しくなってくる。

「捨てないし、大切にするわ。
だから……」

「俺はあなたのものですから。
裏切ったり意に反することはしませんよ」

彼は私が一番恐れていることをちゃんとわかっている。
そして私が困ることはしない。
散々利用して、家族を人質に取っている私を尊重し、惚れたとまで言ってくれた。
これ以上の相手なんて他にいない。
私に都合が良すぎて疑いたくなってしまう。でも彼の身体の反応はそれが真実だと伝えている。

気が付くと笑みを浮かべていた。

「お嬢、何笑ってるんですか」

「秘密」

笑って答えると苦笑して秘密じゃ仕方ないですねと言ってくれる。

『あなたで良かった』

今、確かにそう感じた。
この思いが愛とか恋とかになるんだろうか。
まだそれはわからないけど。

いつか確信が持てたなら――。

この想いを口にしてみたい。

トクトクと鳴る胸の音に耳を傾けながら、そのときに思いを馳せる。


その時を待ち望む気持ちこそ始まり。
そう気づくのは、まだまだ先のこと――。


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