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望んでいた婚約破棄ですよ
しおりを挟む婚約者を呼び出したのは彼が通っている学園内の応接室。
物語で見る破落戸みたい。
そう思わせるほど不機嫌な顔と荒々しい態度で入ってきた。
「わざわざ呼びつけて何のつもりだ。
しかも彼女まで呼び寄せるとは、文句でも言うつもりか」
忌々しそうな表情の男と不安そうな表情を見せる少女。
こんな時でも可憐で愛らしい少女を励ますように肩を抱きこちらを睨む。
騒ぎにならないよう部屋を用意させてよかったと彼らの様子を見てしみじみ思う。
「これからの話をしようと思いまして」
未来の話、と言っただけで顔を歪ませる男に呆れる。
少女との関係性について文句を言われると思っているのでしょうが、もはや話はそんな次元にない。
「婚約を破棄します。
これは両家の決定です」
「は?」
明るい声で宣言すると、訝しげな顔になった。
「私たちが婚約してそれなりに経ちますが、差し障りのある状況になりました。
継続するより破棄した方が利があると判断したこちらから申し入れ、そちらの家も了承しました」
「待て、なぜそんな話になるんだ」
「何故? おわかりにならないのですか?」
普通に貴族として生きていれば理解できていて当然だと思うのだけれど。
それとも自分がやっていることが理解できていないのでしょうか。
「まず我が家が一番問題にしているのが私への侮辱です。
ずいぶんと勝手なことを吹聴してましたね。
学力が足りないから学園に入学できなかった。
領地に閉じこもって得体の知れない者を引き込んでいる。
そちらの彼女の方が美しい……は、まあ主観ですから構いませんが」
私が学園に通っていないのはちゃんと理由がある、けして学力の問題ではない。
領地にいるのは叔父だけでは領地を治めるのに手が回らないから。
領内では叔父の使いとして走り回っている。
得体の知れない者は領地にいる先住民族のことでしょうね、最近王国民として正式に認められるようになった彼らを色眼鏡で見る者はまだ多い。
彼の家の領地にも同じような方はいるというのに偏見甚だしい。
私と彼女のどちらが美しいかは彼の主観なので侮辱とまでは言えません。
可愛らしい、愛らしいという表現が良く似合い、私から見ても可愛らしいと思う少女。
私はというと水色の髪とアイスブルーの瞳が冷たそうだが、微笑むとそのがらりと変わる印象がたまらなく魅力的だと言われる。
身内の証言とあとは少し挨拶しただけで馴れ馴れしく手を取ろうとしたり言いよって来たりした者の言だ。
デビューしたての頃の夜会でそんな輩が立て続けに現れ、しまいには密室に連れ込まれそうになったことで外では笑みを見せないことにしていた。
助けてくれた叔父が相手に地獄を見せると言い本当に実行してくれたが、自業自得とはいえそんな相手を次々に潰していたら睨まれることも増えてしまう。
事が起こらないための自己保身だったが、無駄に近づいてくる男性も減ったので良い判断だった。
自分で言うのもなんだけど高嶺の花と呼ばれている。
「次が他の異性との不適切な交流ですね。
学園内だけの秘めた関係でしたらあなたのお父様も容認したでしょうけれど、婚約者のある身でありながら大っぴらに女性に言い寄り侍る姿、さぞ落胆したことでしょう。
複数の男性と親しい女性に熱を上げ、取り巻きの一人に成り下がるなど、名が泣いていましてよ」
実際には不貞とまでは言えないでしょうが、衆目を集める場所での不適切な距離感、態度、婚約者である私への侮辱。
彼の家の人は情けなくて泣いているのではないでしょうか。
十分な慰謝料を得られたのでこちらとしてはそれ以上文句を言う気はありませんけれど。
一つ一つ理由を上げていく。
具体的にエピソードを語って聞かせると婚約者の顔が青ざめていく。
「学園にいないお前がなぜそんなことを知っている!」
「本当にわからないのですか?
近くで見ていた者がいるというのに」
視線を部屋の奥に向ける。
これまで口を挟まず見ていたのは水色の髪にアイスブルーの瞳を持つ少年。
私と同じ色彩を持つ弟は、学園でもそれなりに彼らの側にいたのに報告されないと思っていたのだろうか。
「な、お前はこっちの味方だろう!」
「弟がそちらの味方? どうしてそう思うのです」
姉ではなく不貞を犯した婚約者とその恋人の味方になるとは。
通常はありえない。家門を侮辱されているのにその敵に与するなんて。
おめでたい頭ね、と思っていると少女が弟に向かってどうして、と問いかけた。
「私のこと好きなんじゃなかったの?
いつも側にいてくれたじゃない!」
恋人の横で、他の男性に自分を好いていたのではなかったのかと詰る少女に冷めた目を向ける。
少年は何も言わず嘲りの表情を浮かべた。
「裏切者!!」
非難の声を上げた婚約者に、どの口が言うのかとこみ上げる笑いをどうにか抑える。
「裏切者とはあなたのことを言うのではないですか?
家同士の契約を無視し、婚約者を軽んじ、家族や領民を裏切った。
貴族として最低の裏切者ですね」
今更ながら自分のした行為のまずさが理解できてきたのか青褪める婚約者。
お父上は彼を許してくれますかね。
「いずれにせよ、婚約解消は決定事項です。
両家ですでに話は決まり、書類も作っていますから」
両家の署名が入った書類が一両日中には着くだろう。
障害のある恋に燃え上がっていた二人も、自分たちの行いが家同士の契約を反故にした不義の恋と言われるものだと理解したらしい。
周りも一緒に恋に溺れていたから気づけなかったのだろうけれど。
何も見えないほどのめり込んで落ちていってくれて感謝している。
おかげで私は自由になれるのだから。
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