魅了魔法持ちの私〜忌まわしい力を持つ私があなたに想いを告げるなんて許されない、そうわかっています〜【神官ルート完結】【魔法騎士ルート更新中】

紗綺

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魔法騎士ルート

安心な場所

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 混乱が抜けてようやく身体が動き出す。
 エイナードさんの出て行った扉を見つめてまだ口内に残る感触に口元を押さえた。
 ……なんだったんだろう。
 考えるのを止め仮眠室の扉を開く。
 好きに使って良いと言われた通りにベッドに横になった。

 暗い部屋の中で、ぼんやりと光る紫の刻印が目に入る。
 この刻印のおかげで助かった。
 エイナードさんはこの刻印で私の場所を感知していたという。
 庇護を示すためと言っていたこの刻印にそんな効果があるなんて知らなかった。
 それを知っても怒る気持ちや不快感は湧かない。
 ただあの場から救ってくれた感謝があるだけだ。
 ……ちゃんとお礼を言わないと。
 重くなってきたまぶたを閉じると、落ちるように意識は遠くなっていった。


 薄く開いた扉から光が差し込み、目を開ける。

「ああ、起こしちゃった? ごめんね」

 謝るエイナードさんに丁度目が覚めたと答える。

「そう、少しは休めた?」

 はいと答えるとエイナードさんが側に来てベッドに腰かけた。
 閉じた扉が暗闇を作り出す。

「まだ眠そうだよ」

「……少し」

 柔らかく髪を撫でる手つきにまぶたを閉じる。
 何の恐怖も忌避感もないのは、よく知っている手だからかもしれない。

「ミアちゃん?」

「……」

 私を呼ぶ声に唇を動かす。
 けれど言葉にはならず意味のない音が漏れるだけだった。

「ゆっくりおやすみ」

 ここは安全だからと呟く声に身体から力が抜けていく。
 胸を満たす安堵が急激に眠りを誘う。
 ここなら大丈夫。
 ……ここなら。
 自分を安心させる言葉を胸で繰り返したところでふつりと意識は途絶えた。





 ぱちりと目を開ける。起き上がってうっすらと外の明かりが差し込むカーテンを引くと強い光が目を刺した。
 目元を手で隠し暗闇に慣れた目を庇う。
 どのくらい眠っていたんだろう。
 光の感じからするとまだ昼にはなってなさそうだけれど確証が持てない。
 細い窓から外を眺めるとここが随分高い場所にあることがわかった。
 見えるのは建物の屋根と小さめの広場だけ。
 得られる情報がそれだけであるのを確認すると、部屋の中が見えるほどの光が入るだけ残してカーテンを閉める。
 随分すっきりしている。これほど眠れたのは久しぶりだった。
 執務室に続く扉の横にある小さなテーブルにある水差しからコップに水を注ぐ。
 水を見ていると昨日のことを思い出してしまう。
 意識しないように部屋の中を観察しながら水を飲む。
 仮眠室と言っていた通り無駄な物のない部屋は小さなクローゼットとそれなりの大きさのベッド、後は水差しの乗ったテーブルくらいしか物がない。
 水を飲み終えたコップを置いて執務室へ続く扉を開く。

 小さく開いた扉から頭だけ出して様子を窺う。
 予想に反してエイナードさんの姿はなかった。
 明るい時間だからいるかと思ったのに。
 部屋の主がいない執務室に入るのは躊躇われる。
 エイナードさんも仮眠室は好きに使って良いと言っていたけれど、執務室については何も言っていなかった。

 悩んで仮眠室に戻ろうかと思ったところで執務室の扉が開き、思わず扉の影に隠れる。
 そろそろと扉の影から執務室を窺うと至近距離から覗き込む赤紫の瞳と目が合った。

「……!」

「ミアちゃん何してるの? かくれんぼ?」

 驚きに言葉にならずに首を振ることしかできない。
 声を出せずに扉にしがみつく私へ、エイナードさんがこっちにおいでと誘う。

「食事を持ってきたから一緒に食べよう。
 一度目を覚ましてからまた一昼夜寝てたから流石にお腹が空いていると思うし」

「そんなに、ですか?」

 よく寝た感覚はあるけれど、そんなに長く眠っていたなんて。
 昨日だと思っていたのはさらにその前の出来事だったらしい。

「そうだよ、途中で強引にでも起こそうかと思ったんだけど。
 穏やかな顔してたから無理に起こすよりは自然に任せようかなって」

 とりあえず食べようと執務机に紙に包まれた何かを置く。

「じゃあこれ、俺のおすすめ」

 差し出された紙包みを受け取るとパンのような感触がした。
 包みを開けると感じた通りパンが現れる。
 切り込みを入れた箇所には魚の燻製と玉ねぎが挟んであった。おいしそう。
 被りつくと柔らかな魚の身と玉ねぎのシャキシャキした触感が口の中で弾けた。
 甘めのソースが玉ねぎに絡んでおいしい。
 夢中になって食べていると視線を感じて顔を上げる。
 まだ包みも開けてないエイナードさんが咀嚼する私を見ていた。気づくと急に食べづらい。
 口の中の物を飲み込み終えエイナードさんへ食べないのかと聞く。

「食べないんですか?」

「ああ、おいしそうに食べるミアちゃんを見るのに夢中だった」

 冗談なのか本気なのか判然としない口振りで答えると、包みを開けかぶりついた。
 口いっぱいに頬張ってるわけでもないのにあっという間に消えていくパンを驚きの目で見つめる。
 
 みるみるうちに1つを食べ終え2つ目に手を伸ばした。
 呆れるほど早くパンをお腹に収めていくエイナードさんに感嘆の目を向けながらミリアレナも2つほどパンを食べ切った。
 もういいの?と聞かれたけれど一つが大きかったし十分だ。
 そう?と答え更にパンに手を伸ばすエイナードさん。すごい。
 そんなことしか考えられなかった。


 食べ終えて水を飲みながらエイナードさんがぽつりと呟いた。

「そういえば言い忘れたけどこの部屋には俺以外入って来ないから安心していいよ」

 唐突な言葉に目を瞬くとにこやかな笑みで見つめ返される。
 安心……。
 胸の中で繰り返す。
 エイナードさんの笑みが深まっていることに疑問符が浮かぶ。
 どうしてそんなに嬉しそうなんだろう。
 よくわからない。
 でも……。
 鍵なのか魔法なのかわからないけれど他の人が入ってこないなら安心だと、確かにその通りだと思った。

「食事は俺が持ってくるけど、お風呂はそういう訳にはいかないからね。
 俺が使う時間は他の奴は入って来れないからその時間に案内するよ」

 わかりましたと答えてここでしてはいけないことを聞く。
 特にないと返ってくると本当に良いのかと不安になる。機密情報とか、ないのかな?
 退屈なら適当にその辺の本とか見てていいよと言われるけれど……。
 騎士団の規範集とかが並んだ書棚を見て、エイナードさんの顔を見つめる。
 冗談、なのかな……。分厚い背表紙を見ながらそう心で返す。
 エイナードさんの顔を窺っても笑みのままで本気か否か判別しずらい。
 本気ですることがなくて暇だった時にはそうさせてもらおうかな。
 とりあえず今は手に取る気にはならない。
 エイナードさんはやっぱり変わった人だと思った。


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