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神官ルート
あなたのことを知る度に
しおりを挟むこれまでは聞きたいと思っても口にできなかった。
けれど今、どうしても知りたい。
ずっと向けてくれた優しさに勇気を得て、ずっと胸にしまっていた言葉を口にする。
「アレクシオ、どうしてそこまでしてくれるんですか?」
私に向いた青の瞳は変わらぬ穏やかなもの。
婚姻してから、アレクシオが向ける視線はいつも優しく温かなものだった。
そんな風に接されるのが落ち着かなくて、戸惑っていた。
アレクシオの手が私の両手を掬い上げるように取り両手で包み込む。
「私はあなたから様々な物を奪いました」
静かな声で語るアレクシオをただ見つめる。
「けれど奪ったことを悔いるだけでは何も変わらないと思ったのです」
侯爵子息たちによる事件が起こったときに、犯人たちにもそうだが自分自身に怒りが湧いたという。
もっと早くできたことがいくらでもあったのにと。
「幼い頃、いつも彼女から聞いていたんです。
妹の笑顔を見ているととても幸せな気持ちになる。
愛らしくて、天使のような子なのだと」
それを私が奪ってしまったと語るアレクシオに違うと言いたい気持ちを抑えて、黙って言葉を待つ。
アレクシオの想いを全部聞きたかった。
「私はあなたの笑顔を見たことがないんです、ただの一度も」
あれだけよく笑う愛らしい子だったと聞いてたのに、魅了の力が発覚して魔法省に連れて来られて以降笑みを見せることがなくなったと聞いて自分のしたことの罪がわかり始めたという。
家族と引き離され、知らない大人ばかりに囲まれる不安からか笑顔をなくし無表情でいることが増えた私に心が痛んだと。
「気の置けない大人ばかりの中、懸命に努力を重ねていたあなたを襲った事件の話を聞いた時には胸が張り裂けそうでした。
どうしてあの時もっと上手く立ち回れなかったのか、その後の処遇についてもあなたに寄り添う機会はいくらでもあったのにと」
アレクシオは後悔をそう見せるけれど、実際には難しかったと思う。
だってあの頃のアレクシオはまだ神官見習いでしかなかったし、稀有で危険な力の持ち主への処遇に口を出せる立場ではなかった。
「そして大人になってからは時折会えた時に会話をするのが精一杯で、それもあなたの救いには繋げられなかった」
そんなことはない。悪意ばかりの周囲の中、アレクシオが話しかけてくれることがどれだけ私を助けていたか。
「あなたの様子がおかしくなり、どうしても気になって調べました。
もうあなたを傷つけるものを近づけたくない。
そう思っていたのにあなたは拐われてしまい、私はまたも間に合わなかった」
違う。アレクシオは私を救ってくれた。
アレクシオがいなければどうなっていたかわからない。
「その時に思ったんです、もう後悔するのは嫌だと。
守りたいなら守れる立場になればいい、その機会が目の前にあったのです。
考える必要もなく、私はその立場を選び取りました」
真っ直ぐに私を見つめる青の瞳に宿る真摯な光が訴える。
「贖罪の気持ちが全くなかったと言えば嘘になるでしょう。
けれど、それ以上に私はあなたを守りたかった」
アレクシオの言葉が、ゆっくりと胸に沁み入っていく。
贖罪の気持ちが確かにあったのだとしても、それよりも大きな気持ちがあったのだと。
「私にできる全てであなたを危険から遠ざけ、守り抜く。
傷ついた心を癒し、安らぎを与えたい。 そう思ったんです」
胸に届く言葉にはどれもアレクシオの想いが詰まっていて、凝っていた心を溶かしていく。
「願うことすらできなくなったあなたの心を救いたかった」
アレクシオの言葉が心の深いところを抉る。
幸せな日常を奪われ、悪意を浴び続ける日々の中願うことを止めた。
家族に会いたい、自由になりたい、ここから出たい。
全てが叶わないとわかってからは願うこと自体を無意味だと思うようになった。
どうせ私の願いなど誰も聞かない。叶いもしない想いを抱くのは、……辛いから。
それに気づき寄り添っていてくれたことにやっと気がついた。
婚姻してからずっとアレクシオは私に色々なことを体験させてくれて、希望を聞いてくれている。
小さなことでも私が上手く答えられなくても、じっくりと話を聞きどんな想いなのかを知ろうとしてくれた。
「こういうと贖罪ばかりに聞こえてしまいますね」
ほんのわずかに苦笑を浮かべたアレクシオが私の名を呼ぶ。
「ミリアレナ、私はあなたの笑顔が見たい」
日常の中、表情を緩める姿も素敵ですがと言葉を添える。
「知らないことにきょとんとした顔も元気になった花を見て安心したように息を吐くところも愛らしいですが。
私に負担ではないかと気遣う優しさや手を繋いだときにほんのり目元を和らげるところなども、いじらしく、愛おしく思っていますよ」
ぽろりとひとつだけ涙が零れた。
こんなに想いを傾けていてくれたなんて知らなかった。
違う。疑って信じなかった。
アレクシオが見せる優しさや温かいまなざしがすべて罪悪感から来るものだと決めつけていた。
向けられる瞳からはそうじゃないと伝わっていたのに。
「ごめんなさい、アレクシオ」
「どうして謝るのですか」
アレクシオの気持ちを理解しようとしなかったからと答えると優しい微笑みを浮かべ首を振った。
「私も何も言いませんでしたから。
きっと婚姻したばかりの今言っても信じる根拠が何もないと思いましたし、言葉を重ねれば重ねるほど信頼から遠ざかるような気がして」
きっと、アレクシオの言う通りだ。
あの頃そんな想いを告白されたら、私に罪悪感を抱かせないために放った言葉だと思っただろう。
「アレクシオ……。
聞かせてくれませんか、もう一度」
私のことをどう思っているのか……。
消えそうにか細い声がアレクシオの笑みに力強いものに変わっていく。
「私は、あなたのことが愛おしい。
あなたのことを知る度にどんどんその想いは強くなっていきます」
はっきりと言葉にされた想いが、胸の中で熱に変わる。
アレクシオが、取った手をさらに高く持ち上げ私の指にくちづけた。
肩から首、頬まですべてが熱い。
潤む瞳は悲しみにではなく、想いを向けられる喜びによるもの。
「私、も……」
見下ろす、愛しさを表す甘い瞳に打たれた衝撃に言葉が震える。
自分を叱咤してちゃんと言葉にする。
「私も、アレクシオのことが好きです、ずっと……」
いつからかなんてわからない。けれどいつも気遣いを向けてくれるアレクシオのことをずっと想っていた。
婚姻してからはなおのこと。
側で過ごし言葉を交わし手を触れ合わせる度に想いは募っていった。
嬉しそうに微笑むアレクシオに胸がいっぱいになる。
「……キスをしても?」
アレクシオはずっと私の気持ちを慮って触れる際には聞いてくれた。
けれど、それは愛を確かめ合うには不合理で。
ほしいと思う心に従って言葉にしてアレクシオへ放った。
「アレクシオになら、何をされてもいいです。
だから、もう聞かないで……?」
アレクシオはほんのわずか目を瞠った後、嬉しそうに目を細め顔を近づける。
――……。
手と同じ、少しひんやりとした唇は火照ったミリアレナの唇と触れ合いお互いの体温を馴染ませていった。
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