24 / 33
神官ルート
穏やかな日々
しおりを挟む神官様、アレクシオとの生活はとても穏やかだった。
毎日少しずつ神殿を清め、食事を作り、休む。
規則正しく陽の光を浴びる生活は戸惑いに満ちていた。
「ミリアレナ、ゆっくりでいいですよ」
はい、と返事をしながら洗濯物の入った桶を慎重に持ち上げる。
水を含んだ布は重く、それほど量が入っていないはずの桶でも胸に抱えて運ぶのがやっとだった。
すでに洗濯物を干し始めていたアレクシオの横でタオルを干し始める。
小気味いい音を立てるアレクシオの洗濯物とは違い、私が振るタオルは鈍めの音がするだけ。
ここに来てからミリアレナが干したタオルでふわふわになった物はまだない。
「干し終えたら祈りを捧げて朝食にしましょうか」
「はい」
大した数でもないタオルを干し終えて中に入る。
光の降り注ぐ神の象徴の前に膝を付き祈りを捧げる。
祈り方はアレクシオが教えてくれた。
手を組み目を閉じる。
祈りの文句はなんでもいい。
ただ心を込めて行うこと。
――この日々に感謝いたします。
――どうかこの身の穢れがアレクシオを苦しめることがありませんように。
目を瞑り神へ祈る。私の存在がこれ以上アレクシオの迷惑にならないようにと。
ほわっと胸が温かくなり、魔力が吸い取られる感覚があった。
目を開けると象徴が先ほどよりもきらきらと輝いている。
魔力を受けて光っているみたいに見えて不思議。
神の象徴なのだからそういうものなのだろう、そう思っていた私に声がかけられる。
「ミリアレナ、神や神殿について学んだことはなかったのですか?
あなたには様々な種類の教育が施されたと伺っていましたが」
神殿からも教育のための神官が派遣されていたはず、とアレクシオが眉を寄せる。
アレクシオの言う通り、魔法省で監視をするという特殊性から教育するための人材はいくつかの部署から派遣されていた。
「神話や神殿の歴史などは学びました」
「それなのに、祈りの作法は知らなかったのですか?」
アレクシオが訝し気な顔を浮かべる。
確かに神殿からも神官が一人教師として通っていた。
けれど、祈り方を教わったことはない。
「私が祈りを捧げても神を穢すだけだから、と」
悩むときも神に縋ってはいけないと、その神官は言っていた。
答えたミリアレナにアレクシオの表情が険しくなる。
「そんな愚かなことを……。
神が誰かの捧げた祈りによって穢れることなどありえません。
その発言こそ神を冒涜するものです」
個人の感情で嘘を教え神を冒涜したと憤るアレクシオ。
首を傾げてその様子を見ていると青の瞳がこちらを向いた。
「ミリアレナ、手を出してもらっていいですか?」
言われるままに手を出してアレクシオの手に乗せる。
乗せた手を包まれるとふわっと手が温かくなった。
心地よさに肩の力が抜けていく。
目を閉じると神に祈りを捧げる時のように魔力が抜けていく感覚があった。
「目を開けてください」
アレクシオの声に目を開くと周囲に光の球が躍っていた。
綺麗……。
神の象徴の前でよく起きる現象に見惚れていると、アレクシオが困ったような笑みを見せる。
「なぜ驚かないのかとも思いましたが、そもそもミリアレナはこの現象を知らないのですね?」
「? そうですね、ここに来るまで見たことがないです」
小神殿の中に入ったときに初めて見て、それから祈りの間の神の象徴の側で度々見る現象だった。
アレクシオも何も言わなかったので神殿では普通のことなのかと思ったんだけど、違ったの?
頭が痛いような顔をしてアレクシオが天を仰ぐ。
「ああ、すみません」
手を取ったままだったことを思い出したのかアレクシオが手を離す。
温かさが離れて、寂しく感じてしまう心を誤魔化すように手を押さえる。
「この光は何か変わった物なのですか?」
まだふわふわと浮いている光は綺麗だけれど触れても何かが起こるわけではない。
意味のあるものだとは思わなかった。
「この光は神聖魔法の素質があるということなんですよ。
もちろん神殿内には多数の使い手がいるので珍しい物ではないですが、国民全体を通すと稀なものです」
あなたの魅了の力ほど稀有なものではありませんけれどねと苦笑を見せるアレクシオ。
「本来なら神殿から行っていた神官がきちんとした教育を施していれば、もっと早くその素質があることが判明していたはずなんです。
そうすれば……」
物憂げな目を見せるアレクシオがすみませんと言葉を止める。
その優しさに胸が痛くなった。
もしそうなっていたら私は魔法省の下ではなく、神殿の下で力を伸ばしていたかもしれない。
そうすればあの『事故』が起こることもなく、娼婦になることもなかったかもしれないと。
どう足掻いても変えられない過去を貶めることにもなる言葉を止めてくれた。
今の私がどういうものか理解しているから。
それを知っていて、この手を取ってくれる。
どうしてなのかと考えるのは止めて目の前の光に意識を戻す。
「では私にも神聖魔法が使えるということなんですか?」
「ええ、攻性のものは教える許可を取らないといけませんが、治癒や解毒なら私が教えても問題ないです。
やってみますか?」
やってみたいと答えるとアレクシオが嬉しそうに微笑んだ。
自分にそんな力があるなんてぴんと来ないけれど、アレクシオが教えてくれるならやってみたい。
「でも神聖魔法は心身共に清らかでないと使えないのではないのですか?」
私の言葉にアレクシオが顔を顰める。嘘を吐いた神官への不快感を思い出しているみたいだった。
「それは関係ありませんよ。
神聖魔法を使うのに必要なのは他者を思いやる心です」
人のことを思いやる……。
「私は自分のことばかりだと思います」
こうしてアレクシオと暮らしているのもそう。
状況がそうなったというのもあるけれど、心地よさに流されていると思う。
アレクシオのためを思うのなら流されるのではなく、手を離してもらえるように説得しないといけないのに。
「自分のことばかりの人というのは、他者のために泣いたりしないんですよ」
アレクシオの手が私の頬に伸びる。
いつかのように触れる直前で止まることはなく、目尻をするりと撫でていく。
あの日のように濡れているわけでもない乾いた頬はアレクシオの指の感触を鮮明に伝えていった。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る
新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます!
※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!!
契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。
※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。
※R要素の話には「※」マークを付けています。
※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。
※他サイト様でも公開しています
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる