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祝い菓子 ★
しおりを挟む「貴女にこうして触れられるなんて夢のようだ」
跪き、うやうやしく手にくちづけられる。
今日の客の焦がれる相手は余程の高根の花なのか、側に侍る許可を求め、触れる許可を求め、またくちづける許可を求めと、とても仰々しい。
「どうか今宵は私だけをその瞳に映し、私の名だけを呼んでくださいませんか?」
「それは貴方次第よ、どうぞ私を満足させてね」
――朝まで、とベッドに座る私の足元に跪く相手の頬をするりと撫で、耳元に囁く。
途端私をベッドに押し倒し、薄いドレスから覗く脚へ昂りを押し付けると獣欲を隠せない瞳で見下ろし――。
「――お望みのままに」
どうにかそれだけを言うとそのまま獣と化した。
◆◆◆
昨夜の相手は意中のマダムを口説くための練習にという珍しい客だった。
一夜の相手であればわりと誰でも相手にしてくれるそうだが相性が悪い――、下手だと思われたらその場でお開きにされてしまうらしく、声を掛ける前に練習がしたいとミリアレナの下に来た。
確かにそのマダムの好みでない限りそこで終わりになってしまうとしたら声を掛けるのを躊躇うのもわかる。
あんな盛りに盛った状態で放置されるのは辛いでしょうから。
ミリアレナのところに来るより、上手くいった人から話を聞いた方が早そうな気もするけれど。
王城の隅を歩きながらそんなことを考える。
朝まで求められすぐに魔法省に向かうのは少し辛いけれど、ここのところ忙しくやっと取れた時間が今日だった。
監視と経過観察という理由から予定の日からあまり日を伸ばすことはできない。
魔術刻印があるからこそ一人で外を歩いたりなどある程度の自由が保障されているのだから。
廊下を歩いていると角を曲がってきた人とぶつかりそうになる。
「申し訳ありませ……っ、あなたは――」
慌てた様子で謝る――、曲がり角から現れたのは神官様だった。
青の瞳が大きく見開かれ、私を見下ろしている。ぶつかる寸前の至近距離から注がれる驚きの視線に、ミリアレナも一瞬思考を奪われた。
「……、失礼致しました、神官様」
寸暇の沈黙の後、硬直している神官様から一歩距離を取り頭を下げる。
「いえ、こちらこそ気づかず申し訳ありませんでした」
私の謝罪に同じように頭を下げる神官様。
そこで言葉が途切れてしまい、お互い言葉を迷う気まずい沈黙が生まれる。
「あなたは今日も魔術省へ……?」
ややあって神官様が口を開く。
「ええ、3か月経ちましたので」
「……そうですね」
「神官様はどうしてこちらへ?
祭りはもう終わったと聞きましたが」
期間中は携わっていた人たちは皆忙しくしていたと聞く。
祭りが終わってから客が増えたのはそういう理由もあるのだろうと思っていた。
「ええ、無事終わりましたので関係者へお礼にと」
それで王城を訪れていたらしい。
「あなたは祭りへは?」
神官様の問いに首を振る。
祭りのような人の多く集まる場所は危険なので行かない。
『魅了の魔女』を求めても娼館の審査に通らなかった者が個別に接触する可能性もある。
他の怪しい目的で利用しようとする者とて皆無ではないでしょう。
ミリアレナの能力は制限があってもそれだけ有用なものだ。
平時であれば自分で対応できても、祭りの喧騒に紛れて近づかれたら対処できない。
自分と周りの危険を思えばそんな愚行を犯す気にはなれなかった。
何よりも――。
親に手を繋がれて賑やかな街に目を輝かせる子供たち、幸せに顔を綻ばせ贈り物をし合う恋人、気の置けない友人同士で出店を楽しむ人々。
祭りを祝い、お互いに祝福を送り、大切な人と過ごせる日々を神に感謝する。
そのような人々が眩しくて。
自分がそんな場所にいてはいけないと、そう思う気持ちが強かった。
「あなたにこれを――」
そうでしたかと呟いた神官様が小さな紙袋をミリアレナの手に乗せる。
思わず受け取ってしまった袋を眺め固まる私に神官様が寂しそうな笑みを浮かべる。
「祭りの祝い菓子です。
余り物で申し訳ありませんが、もらってくださいませんか」
「そんな……」
受け取った手のままどうしようと狼狽える。
返さなければと口を開くのに、穏やかな青の瞳に言葉が継げなくなってしまう。
「もうあまり日持ちはしませんので、月を越す前に食べてくださいね」
「……っ、……はい」
笑みを湛えた神官様がやんわりと言い添える。返しても困るのだと思えば受け取るしかなかった。
別れ際改めて菓子の礼を言い、大事にいただきますとミリアレナが伝えると神官様がふわりと笑んだ。
初めて見た柔らかな笑顔に、なんと言い表せばいいのかわからない衝撃を受けた。
魔法省で再刻を受け、戻ってきた部屋でいただいた菓子を紙袋から出した。
箱の蓋を開けると、花の形をした砂糖菓子が姿を現す。
「……綺麗」
箔を使っているのだろう菓子はきらきらと輝いて手を伸ばすのを躊躇わせる。
躊躇いながらも手を伸ばしたのは神官様から言われた日持ちしないという言葉。
ダメにしては神官様の親切を無下にしてしまうとそっと指で摘まみ上げた。
舌の上に乗せて口内に閉じ込める。
途端口の中に広がる甘さに口元を押さえた。
唾液と混じり形を崩していく感触を味わい、とろけて舌に絡む甘さに浸る。
溶けてなくなってもなお残る甘みに口内を舌で舐めた。
「甘い……」
祭りの祝い菓子は贈る相手の幸福を願うもの。
神官様に特別な意味があったわけじゃないことはわかっている。
たまたま残っていた物を分けてくれただけ。
なのに……。
ふわりと笑んだ笑顔と共に、口に残った甘さはしばらく忘れられそうになかった。
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