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暴かれた魅了の力
しおりを挟むその時のことは今でも鮮明に思い出せる。
今、その場で体験しているかのように。
私の魅了の力が暴かれたのは5歳の時。
お姉様の10歳の誕生日パーティでのことだった。
薄紅色のふわふわの髪を編み込み生花を飾り、グリーンの薄く軽い生地を幾重にも重ねたドレス姿を皆に見せるようにくるりと回る。
私のピンク色の髪と瞳と相まって薔薇のお姫様みたいだと褒められて頬が緩んだ。
うれしくてお父様に飛びつくと喜んでくれたかい私の天使と抱き上げられる。
もちろんよと満面の笑みで答えるとお父様は顔を綻ばせ、お母様も良かったわねと微笑んでいた。
少し離れたところに立っているお姉様へパーティ楽しみねと笑いかけると、緊張しているのか浮かない顔で俯いていた。
悲しいのを我慢しているような辛そうな顔に見えてお姉様は楽しみじゃないのかと聞く。
淡い金の髪の一部を緩く編んで、銀色の髪飾りを着けたお姉様は、薄青のシンプルな形のドレスを着ていて絵本に出てくる女神様みたい。
そんなお姉様が辛そうに目を伏せている姿は見ている方まで苦しくなってしまう。
私も悲しくなってきてパーティが嫌ならお父様に言って止めてもらう?と聞こうとするとお父様が私を悲しませるんじゃないとお姉様に言う。
悲しいのはお姉様の方じゃないの? 変なお父様。
そう思う私に、顔を上げたお姉様は綺麗に微笑んで頭を撫でてくれた。
お姉様の笑顔に私も笑顔になる。
その笑顔が本物じゃないなんて当時の私にはわからなかった。
パーティのために飾られ、きらきらとしたものがいっぱいの会場でお姉様やお父様たちと別れる。
3人は挨拶があるから一緒にはいられないと聞いていたから、ひとりで会場の飾りを見たりケーキを食べたりと楽しんでいた。
パーティに来た人のドレスを見ながらケーキを食べていると、会場の中心でお客様と挨拶をしているお姉様が目に入る。
お友達と話しているお姉様はうれしそうな笑顔だった。
私も一緒にお話ししたいな。
でも今日はお姉様の邪魔しちゃだめだって言われている。
せっかくのパーティなのに一緒に過ごす人がいない。
急につまらなくなった私は会場を出て庭園に向かった。
庭園をふらふら歩いていた私は薔薇が目に入り薔薇園の中へ入る。
ベンチに座って空を見上げていると、視界の端をちらちらと動くものがあった。
視線を下ろすと何かが生け垣に隠れたのが見え、横を向くとまた生け垣から顔を出す。
ちらりと目だけで見るとそれはお姉様と同じ年くらいの男の子だった。
でも顔を向けるとまた生け垣に隠れてしまう。
少し考えて薔薇を見るフリで男の子に背を向ける。
つられて生け垣から顔を出したところでぱっと男の子を振り返った。
見つかったと慌てる男の子の様子がおかしくて笑ってしまう。
隠れるのを諦めた男の子が生け垣から出てきて私の前に歩いて来た。
「紅薔薇の姫、落とし物ですよ」
男の子が差し出したのは私が髪に着けていた薔薇だった。
花があったところに手を乗せると何も無くなっている。
「ありがとう!」
拾ってくれた男の子に笑顔でお礼を言う。
受け取った薔薇を見ていると薔薇園の入口にお姉様がいるのが見えて駆け寄る。
お姉様が私の頭を撫でて男の子に声をかけた。
「先ほどご挨拶させていただきましたね。
妹の花飾りを拾っていただきありがとうございます」
「あ、ああ。 先ほどはどうも。
そうか、君の妹さんだったのか。
こんな小さい子供が一人でいたから不思議だったんだ」
そう言って男の子はこちらへ歩いてくる。
男の子もパーティの参加者ならお姉様は一緒に戻るのかな。
せっかく来てくれたのにつまんない。
「疲れたのなら部屋に帰る?」
聞かれてうーんと悩む。
つまらなくなってきたのは確かなのでどうしようかと考える私に、男の子が一緒に戻ろうと言う。
パーティの楽しいところを話してくれて段々戻ってもいいかなという気分になってくる。
戻ると答えた私に男の子はやったと嬉しそうに声を上げ、お姉様は綺麗な微笑みを浮かべていた。
お姉様でも髪に着けていたお花は直せなくて、自分が着けていた髪飾りをひとつ私の髪に刺してくれた。
小さなお花が付いた銀の髪飾りはとっても可愛くて、着けてもらった場所を触って笑う。
お姉様とおそろい!
うれしくて跳ねるとお姉様が髪飾りが落ちちゃうから大人しくしてねと手を繋いでくれた。
会場まで戻ろうとすると男の子が私とお姉様の繋いだ手を見てる。羨ましいのかな?
繋ぐ?と聞くと男の子とは繋いじゃダメなのよとお姉様が教えてくれた。そうなんだ。
賑やかな声が聞こえてきたところでお姉様が男の子に別々に戻りましょうと告げた。
繋いでた手を離して男の子に挨拶をするお姉様の横でじゃあねと手を振る。
お姉様と一緒に会場に戻ろうとすると、突然手を握られた。
ぎゅっと私の手を握り、また遊びに来てもいいかと聞かれる。
え?と零した声が重なった。
「それとも君が僕の家に来る?」
きっと楽しいよと笑う男の子に、どうしてそんな話になったのかわからなくてお姉様を見上げる。
「妹の手をお放しください」
お姉様が注意をしてくれたのに男の子は手を離してくれない。
それどころかお姉様に向かって敵意に満ちた目を向けた。
「邪魔するな。
この子は僕の物だ」
急に怖い顔になって低い声でお姉様に邪魔するなと怒る男の子に硬直する。
――怖い。
「ああ、なんて愛らしいんだ」
私の手を握っているのと反対の手で頬を撫でられる。
首の後ろがぞわっとした。
男の子が私を見つめ、さらに強く手を握る。
様子が変な男の子が怖くて、お姉様を呼ぶ。
「お、お姉様……」
震えながら伸ばした手も男の子に捕まえられた。
両の手を男の子に押さえられ動けない。
恐ろしくて言葉も出なかった。
助けて、とお姉様に目で訴える。
お姉様も男の子が怖いのか青い顔で立ち尽くしていた。
恐怖に潤む目から涙があふれて零れる。
お姉様の手がゆっくりと私に伸ばされ――、割り入った声に止まった。
「そこまでだ」
現れたのは青い瞳と紺色の髪をした大きな男の子。
その人が素早く近づいて男の子の手を引き離してくれる。
手が引き離されたことに怒った男の子がその人の襟を掴もうとして、投げ飛ばされた。
離れた場所に男の子が倒れたのを見てほっとした次の瞬間、私はその人に地面に押さえつけられていた。
「こんなところで魅了の魔力を感知するとは思わなかった。
幼いのに末恐ろしい魔力だな」
どうして押さえつけられてるの?
放してもらおうと身体を動かすと押さえる力が強くなる。
ぼんやりと自分の手を見ていた男の子が魅了……?と呟いた。
「そうだ、自分に好意的な気持ちを抱くように相手を操る力だ」
「ふ、ふざけるな!
勝手に僕を操っていたのか! なんてことを!」
頭の上でやり取りされる言葉がわからなくて混乱する。
みりょう、ってなに? 操るって? 知らない。
私、そんなことしてない。
混乱する私とは違いお姉様はその人の言っていることがわかったのか、戸惑った声でお父様やお母様もなのかとその人に聞いている。
わからないと答えるその人は全く力を弱めてくれず、痺れるような痛みを感じ始めた腕に、痛い、放してと訴える。
全然放してくれなくて痛みに涙が零れた。
私を抑えている人が何かを唱える。
歌のようなものが耳に届いたと思ったら急に眠くなってきた。
意識を手放す寸前、触るのは止めておけと厳しい声が聞こえた。
私、何もしてない……。
そう思ったのを最後に私の意識は闇に沈む。
その日を境に、もう家族と会えることはなかった。
後に聞かされたのは私が持つ力が『魅了の魔法』と言われるもので、私はそれを無意識のうちに発し周囲を魅了に落としていたこと。
パーティで会ったあの男の子もそうで、私が魅了の力で操ろうとしていたと言われた。
人の多数参加するパーティが現場だったことで噂は社交界を駆け巡り、魅了の力という他者の精神に作用する非常に稀で危険な力による事件だったため、国が介入した。
国王陛下直々に命じた調査官による調査。
私の魅了の力がどのようなものか調査するために王城に連れて行かれ、家には帰してもらえなかった。
調べが済み私の魅了の力は側にいるだけでは影響が弱く、触れることで効果が強く表れるものだったとの調査結果が出たこと、私の魅了が原因だとしても強引に手を掴み迫っていたのは男の子の方だったことが考慮され、公式にはお咎めは無かった。
賠償などもなかったものの、男の子の家族は当然私を許さず、他の家からも疎まれることとなり実家は窮地に立たされた。男の子の家が実家よりも家格が高かったことも強く作用した。
私は魔法省の預かりとなり、魅了の魔法で周囲に影響を与えないように訓練していくこととなった。
家族とは一度も会えないまま。
実家が没落してお父様とお母様は行方知れず。お姉様は私の事件があってすぐお婆様の実家に養子に入ったと知らされたのはずいぶん後になってからだった。
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