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魔法騎士ルート
救いの手
しおりを挟む嫌――!
浮かんだ拒否感に身を捩る。
音を立てる鎖が無慈悲に抵抗を奪う。
がちゃりと鳴る鎖を見上げて取れないかと考える私の目に、あの人のくれた刻印が目に入った。
『困ったことがあれば見せて俺を呼びな』
そう言ってあの人が刻んだ刻印。
あの日言えなかった言葉が心の中に浮かぶ。届きもしないのに。
逃げようと鎖を鳴らす私へ無駄だよと欲望に満ちた声が落とされる。
抵抗すら楽しむように笑みを浮かべゆっくりと伸ばされる手に、声にならない悲鳴を上げた。
嫌――、助けて……。
お願い――!
赤みを帯びた紫の瞳を思い出すと、手首の刻印が熱を持った気がした。
――……!!
大きな音がし、建物が大きく揺れた。
「なっ、なんだ!」
轟音に驚いた男たちが立ち上がり何が起こったのかと辺りを見回している。
ベッドサイドに背を付け上を見上げていたミリアレナには天井に描かれた魔法陣がゴウッと赤く渦巻く魔力に包まれて消えるのが見えた。
――隠蔽の魔法が解かれた。
すぐに助けが来る、そう安堵がこみ上げてきたミリアレナを侯爵子息が恐ろしい形相で見下ろす。
「ミリアレナを連れてすぐにここを立つぞ」
「ちっ、せっかくここまで来れたってのに!」
職員の男は乱暴に鎖を掴み、鉤から外すとベッドから引きずり下ろすようにして私の身体を抱え込んだ。
身を捩って手から逃れようとするけれどますます押さえ込む力が強くなる。
「暴れんな! また殴られてえのか!」
苛立った職員の男に握り込まれた首の鎖を引っ張られる。
後ろに引っ張られた鎖で喉が絞まり一瞬動きが止まった。
男が抵抗が止まった私を引き寄せ抱え上げる、その動きを止めたのは――。
「へえ……、前にも殴ったことがあるんだ」
ぞっとするような冷たさを孕んだ声はそれだけで圧力となって動きを制した。
その場にいた誰でもない声にミリアレナは信じられない思いで目を瞠る。
手首の刻印がちりと熱を持った気がした。
そこにいたのは何度となく身体を重ねた客――。エイナードさんだった。
「ミアちゃんに暴力を振るうなんていい度胸だよ。
……本当」
ちらりとミリアレナへ向けた瞳が、鎖、魔封じ、破れたドレスと順番に移動し部屋に満ちる圧力がさらに高まる。
エイナードさんの魔力が絡みついてくるのを肌で感じた。
圧倒的な密度の魔力がエイナードさんを中心として広がっている。
それだけで動くことも、呼吸すらできなくなるほどの濃密な魔力だった。
侯爵子息だけじゃなく、職員の男すらも身動きができないのだ。
エイナードさんの魔力がどれだけかけ離れいてるのかがわかる。
「ミアちゃん、こっちにおいで」
エイナードさんの声に魔法が解かれたように身体が動き出す。
抱えられた手から抜け出し床に降り立つ。
職員の男が離さないよう鎖を握る手へ力を込めたようだけれど、ミリアレナが鎖を引き抜く力にも抗えないようだった。
引きずらないように鎖を掴みエイナードさんの下へ走り出す。
叫ぶ声が聞こえたけれど、邪魔は入らなかった。
エイナードさんの側へ駆け寄り、足が止まる。ふわっと包み込まれた感触がしたけれど幻かと思うほど一瞬で腕は離れていた。
「俺の後ろに隠れておいで、もう危険な目には遭わせないから」
ぽんぽんと頭を撫でて微笑むエイナードさんには見たことのない慈しみの色がある。
ミリアレナが後ろに隠れるとエイナードさんは硬直している男たちに視線を戻した。
「本来なら侯爵家の人間が関わってるって言われたら忖度する必要が出てくるんだけどさ」
髪をかき上げ楽しそうな口調で男たちへ言葉を繋げる。
「その必要もないくらいの事件を起こしてくれて良かったよ。
……おかげで心置きなく潰せる」
言葉が終わると同時に男たちの眼前に竜巻が現れた。
荒れ狂う風が室内に叩きつけられる。
エイナードさんが防御をしているのかミリアレナにまでは風は届かない。
「荒れ狂えー暴風雨-」
轟音と閃光が奔り、あまりの激しさに目をつむる。
音が止み、目を開けると天井はおろか壁さえ無くなっていた。
飛び散ったレンガが魔法の激しさを伝えている。
事態を聞きつけてきたのかいくつもの足音が聞こえてきた。
エイナードさんがマントを外してミリアレナを包み込んでくれる。
破けたドレスに首や手から下がる鎖が隠れてほっとする。あんまりな姿だったから隠してくれたのだろう。
好奇の視線に晒されずに済むのはありがたい。
これから事情聴取があるにしても先に着替えさせてくれるだろうかと考えていると包まれたマントごと抱え上げられた。
「ひとまずここの後始末は任せて安全なところに行こうか」
現場に残らなくていいのかと顔を見上げているとマントの端を被せられる。
「いいんだよ、ミアちゃんを休ませる方が先」
怖かったろう、もう安心していいんだよと語り掛ける声が安堵を広げていく。
さっきまでと同じ暗闇なのに、何も不安は感じない。
温かい腕に揺られながらいつしかミリアレナは眠りについていた。
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