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神官ルート
心に浮かぶ人
しおりを挟む男たちから伸ばされる手に顔を背け身を捩る。
けれど鎖が音を立てるだけで腕は自由にならない。
ひゅっと喉が鳴る。
嫌――。
助けて。
誰か、と浮かべた思考が一人の姿を思い浮かべる。
心配そうな、痛ましそうな笑みで私を見つめるその人。
――神官様。
ぎゅっと目を瞑り瞼の裏に浮かぶその人を心で呼んだ。
――……!
ふわり、と温かく神聖な魔力が辺りに満ちた。
優しく包み込むような魔力に目を開けると天井の魔法陣が消えている。
恐らく肌に感じる魔力から床の魔法陣も消えている。どうして……?
先に反応したのは職員の男。
魔法陣が消えたことに動揺しながらも次いで来るであろう攻撃に備えて構え、扉が開けられると同時に侵入者に向けて攻撃魔法を放った。
激しく燃え上がる業火が開いた扉を襲う。
―――。
室内でありながら激しい炎の魔法を放った職員は信じられないとばかりに口を開ける。
放った炎が一瞬で掻き消えたのだ。
呆然とする職員へ室内に入ってきた人が神聖魔法を放つ。一瞬で意識を刈り取られた男はその場に倒れた。
先ほど炎を防いだ魔法も神聖魔法によるもの。
その事実が信じられずに呆然と入ってきた人を見つめる。
ミリアレナへ真っ直ぐ視線を向けたのは、思い浮かべていた神官様だった。
「大丈夫ですか?! ……っ!」
鎖に繋がれている私へ駆け寄ろうとした神官様がぴたりと動きを止める。
同時にひやりとした感触が首に触れた。
「近づくな」
低く唸り、神官様を牽制する。侯爵子息が私の首に手を回し、刃物を突き付けていた。
「どうして誰も彼も邪魔をするんだ。
僕はただ愛しいミリアレナと共にいたいだけなのに」
緊迫した空気の中、侯爵子息が私に着けた魔封じを掴みながら問う。
「ミリアレナ、あの神官に魅了を掛けられるかい?」
惑わされている間に遠くへ逃げようと囁く男へ首を振る。
「神官様に魅了は効きません」
幼い頃無意識に放っていた魅了にすらかからなかった神官様だもの。
魔力での防御の他、神聖魔法による守りもあるし解除もできる神官様に魅了は無意味だ。
それにどこへ逃げるというのか。
「それに、逃げたところで無駄です。
隠蔽魔法も解けた今、魔法省の人間は私の居場所を突き止めています。
回収に来るのも時間の問題かと」
今頃この場所に向かっているだろう。
ここがどこかによるが、神官様がいることからも王都の中ではないかと思われた。
ミリアレナの答えに侯爵子息が掠れた声で呟く。
「……もう、これ以上取り上げられるのは御免だ」
首を押さえる力が強まる。
ぶるぶると震える手が男の興奮と焦燥を示し一触即発の危うさを感じさせた。
鎖に繋がれたままのミリアレナでは手で防ぐこともできない。
どこか冷静な頭が危険な作戦を示唆していた。
「手に入れられないのなら、どうしても一緒にいられないのなら……。
ミリアレナを殺して僕も死ぬ!
誰にも渡さない!!」
狂気に満ちた目が私を向き、視線が合った。
――その瞬間、男へ向けて微笑む。
子供のように無邪気な笑顔で。
幼い頃の魅了された姿が重なったのか男の動きが鈍る。
身を捩ると我に返り刃物を持った手を振り下ろす。
男の持った刃物が私の肩に刺さり、隙が生まれた。
その隙を見逃さなかった神官様が一瞬で肉薄し、焦りと動揺に反応できない男の胸倉を掴み、床に叩きつけた。
魔法で止めるのかと思えばまさかの動きに目を瞬く。
絨毯の上とはいえ、下は硬い石床。男は一撃ですっかり意識を失っていた。
ほっと身体の力を抜くと慌てた顔の神官様が駆け寄る。
「大丈夫ですか! なんて無茶を!!」
すぐさま治癒魔法を施してくれる神官様のおかげで痛みはすぐに薄れた。
致命傷でなければ神官様が治してくれると思ったので急所を外すように身体を捩ったのだ。
賭けとしては分は悪くなかったので行動したのだけれど、神官様は怒ったような顔をしていた。
「ごめんなさい、神官様。
誰であっても傷つくところなんて見たくなかったですよね……。
配慮が足りなくて申し訳ありません」
「違います! あなたが傷を作ってまで隙を作る必要なんてなかったんです!」
男を捉える魔法は展開しており、数秒の時間稼ぎだけで発動できたという。
それではミリアレナのしたことは全くの無駄だったということになる。
却って邪魔をしたようで申し訳なかった。
枷を外され神官様の胸に倒れ込む。
長く拘束されていたせいか腕に力が入らない。
離れようとしたミリアレナを制して神官様が鎖に擦れできた腕の傷も癒してくれる。
「動かなくていいですよ」
まずはここから離れましょうとシーツを巻き付け抱き上げられる。
「え、でも事後処理とか事情聴取とかあるのでは……」
「あなたは被害者なんです。
そんなことは身体を休めてからでいい」
神官様に言い切られて口を噤む。
それでいいのでしょうか。
以前の事件のときは治療だけ施されてそのまま事情を聴かれたのだけれど。
疑問には思ったけれど、怒りを抑えるような神官様の横顔を見ていたら何も言えなかった。
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