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神官

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 魔術省から外門への道を歩く。
 視界の端に入った姿にわずかに目を見開いた。
 神官の証である首から足までを覆う白い衣。
 短めの落ち着いた紺色の髪が白に映えて見えた。
 こちらへ向かって歩いていた神官様が私の姿を見てわずかに目を瞠る。
 逸れる道もない場所のため目礼を送り足を進める。
 知り合いではあるけれど、自分から声をかけたりはしない。私と望んで関わる人はいないから。
 誰と会っても呼びかけられない限り、私から行動を起こすことはない。それがどちらにとっても一番平穏だった。
 黙って通り過ぎようとしたところを呼び止められ立ち止まる。
 青い瞳が私を見つめ、翳りを帯びた笑みを浮かべた。

「久しぶりですね」

 憂いのある笑みは私を見るときにのみ浮かべるもの。
 青い瞳が心配そうに――、痛ましそうに私を見つめる。

「はい、神官様もお変わりなく」

 表情の無い顔で胸に手を当て頭を下げる。
 礼は取っていても神官様に対する態度としては些か無礼に見える態度。
 けれど、それでいい。
 笑いかけるだけで誘っていると口さがない噂が立つのだから。
 そんな噂が立っては神官様に申し訳ない。
 清廉でなければならない立場の神官様に『魅了の魔女』が言い寄りその身を汚さんとしているなどと言われたら……。
 その危険を思えば、無礼だと思われる方が余程ましだった。
 そのような無礼な態度を取られることがないのでしょう、神官様は言葉の続きを躊躇い曖昧な音を紡ぐ。

「その……」

「私も健やかに過ごしております」

 皆様可愛がってくださいますし、とは続けない。
 どう聞いても皮肉にしか聞こえないから。
 神官様も私が娼館に勤めているのも、娼婦として客を取っているのも知っている。
 清らかに人々を導く存在の神官様と、快楽を操り人々を堕落させる存在の娼婦など真反対のようだ。
 関わらないのが一番楽なはずなのに、この人は声を掛けることを止めない。
 それが罪悪感からなのだろうとも想像がついていた。

 私の魅了に気づき、取り押さえて騒ぎを収めた人。
 出会った頃の幼いながらも凛とした印象をそのままに成長したこの人は、私の能力に初めて気づいた。
 この人がいなければこんな人生を歩まなかっただろうに、なんて見当違いの恨みを抱いたりはしない。
 あの時止めてもらえなかったらどうなっていたか。
 考えると悪い想像しか浮かばない。
 両親にしたように魅了の力で次々と人々を誑かし、自らに都合の良い環境を作り上げ、犯罪者として裁かれる可能性もあった。
 そう考えれば彼が呵責を覚えることなんて何もないのに、私の能力が広く知られ普通の生き方ができなくなったことを気にしている。

「神官様は今日はどうしてこちらに?」

 すぐには立ち去らず、掛ける言葉に迷う神官様へ答えやすい話題を振る。
 王城に勤めている方と違い、普段は神殿にいるはずの神官様が王城にいるのは珍しいことだ。

「そろそろ祭事の時期なのでこちらの方々とも相談することがあるんです」

 そう言われてもうすぐ祭りがあるのだと気づく。
 まだ街も飾られてはおらず、周りに祭りの話題を出す人もいないのですっかり忘れていた。尤もミリアレナは祭りに行ったこともないので、覚えていても神官様が王城にいることと結び付けられなかったでしょうけれど。

「そうでしたか、これからお忙しくなるでしょうからお体ご自愛下さいませ」

 話を結んで立ち去ろうとすると神官様が私を呼び止めた。

「あなたも……」

 それだけで言葉を切る神官様にほんの少しの笑みを向ける。
 身体を大事にとまでは口にしない。それは優しさか、それとも皮肉になるのを恐れたためか。

 頭を下げ今度こそ辞去する。
 もう呼び止められることはなかった。
 誰かに見られる前に離れられて良かったと胸を撫で下ろす。

 神官様も、私と出会ったことで道を逸れた一人なのだろう。
 顔を合わせる度に痛ましげな顔を浮かべ気遣いを口にする神官様。
 他の神官が私を見るときに浮かべる嫌悪や侮蔑を思えば、神官様が私に見せる気遣いは忌まれるもので、神官様の身を落とす行い。
 そう気づかずにはいられなかった。

 元々真っ当に生きられるはずのなかった私を救えなかったなんて思う必要はない。
 そのように気に病まれることを申し訳なく思うのに、反面彼の心に負荷をかける存在であることを喜んでいる。
 なんて醜いのかしら。
 小さく騒ぐ胸を押さえ足早にその場を離れる。
 罪悪感からの気遣い。それでも気にかけてくれることが嬉しいなんて、自分でも愚かだと思った。


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