魅了魔法持ちの私〜忌まわしい力を持つ私があなたに想いを告げるなんて許されない、そうわかっています〜【神官ルート完結】【魔法騎士ルート更新中】

紗綺

文字の大きさ
上 下
10 / 33
共通ルート

増えた刻印

しおりを挟む
 

 荒い息だけが部屋に響く。
 横たわるミリアレナの横で天井を見上げるかれ
 その表情から明確な感情は窺い知れない。
 一体何があったのだろう。
 常にない、乱暴で激しい行為にミリアレナは疲弊していた。
 少し呼吸が落ち着いてきた頃、魅了を解いて、と言われ戸惑った目を向ける。
 ベッドに肘を付いてミリアレナを見つめるかれの手が肩に触れている。
 ミアの姿で求められたことはないけれど、まさかとの思いが湧く。
 どうしようと考えていると頭を撫でられた。

「大丈夫、何もしないよ」

 君には、とわざわざ付け加えるのでベッドに横になったまま魅了を解く。
 乱暴にしてごめんねと謝る、赤紫の瞳がバツが悪そうに見下ろしていた。
 窺うようにミリアレナを覗き込むかれへ大丈夫だと首を振る。
 今日は何もかもがいつもと違う。
 私を見下ろす表情はどこかすっきりしていて。
 何を言おうとしているのか、わかった気がした。

「今日を最後にしようと思って」

 そう言って笑みを見せた。
 いつもの飄々とした笑顔と違って幼くも見える。
 行為の最中に見せる嗜虐心の混じったものともまた違った。
 そんな顔もできたんだ。

「聞いてくれるかな」

 追加料金なら、なんて水を差すことは言わない。
 何も言わなくてもちゃんと払ってくれる金払いの良い人だってことは知ってるから。
 頷いたミリアレナにかれがこれまでのことを話し出す。

「前に話したけど、好きになった相手が親友と結婚してね。
 イイ奴だしアイツを選ぶのも当然なんだけど未練がましく想いを捨てられなくて」

 相槌を打ち続きを聞く。

「アイツは俺も彼女を好きだったなんて知らないから、結婚の良さとか自分がいかに幸せかとか惚気てくるんだよね」

 それはなんとも。
 悪気がないところが始末に負えない。
 辛いのか憎らしいのか。

「アイツが幸せなのは嬉しいんだ。
 本当にイイ奴なんだよ。
 俺が今の職場に配属されてからの付き合いですごい世話になったんだ」

 親友さんのことを語る顔は嬉しそうで本当に仲の良い友人らしい。
 そんな人と恋を争うなんてどんな気持ちなんだろう。
 いや、親友さんは彼の想いを知らないのだから、争わなかったんだ。

「でも俺も真剣に好きだったんだ。
 きっと、初めて本気で好きになった相手だった」

「そうなの」

 この人がそうまで言うなんて、と少し驚く。
 甘く整った顔に惹かれる女性は多そうだし、恐らく仕事もできるだろう。
 ここの予約を複数押さえていることから結構稼いでいることもわかる。
 かれにそこまで言わせるその人はよっぽど素敵な人だったんだろう。

「でもね、そんなの全部幻想だったんだ」

「え……?」

 一転してかれの雰囲気が陰る。

「結婚して1年くらいかな、子供が生まれてすっげえ幸せそうにしてたんだアイツ」

 自分と同じ髪色に妻に似た顔立ちの娘に見てられないくらい浮かれて職場でも幸せな雰囲気全開だったという。

「おかしい、って感じたのはそれから数か月後かな」

 幸せでいっぱいだった親友の様子がおかしかった。
 何かあるのかと聞いても首を振るだけで答えない。
 子育てが大変なのかと問えば娘は可愛くて楽しいとしか言わない。

「踏み入ることじゃないかとも思ったけど半月経っても変わらないから、家の様子を見に行ったんだ。
 そこで、第三者の魔力残滓を感じた」

「それって……」

 魔力残滓が室内に残ってる状態。
 つまり魔力が籠った液体が部屋に付着していたってことだ。血液か、精液が。

「そういうこと」

 その人が親友さんを裏切り誰かと情を通じた。
 察したミリアレナの顔を見て冷笑を浮かべる。

「まあ、俺のことはいいんだ。勝手に好きだっただけだから。
 でもアイツを裏切って傷つけたのは許せない。
 娘のことだって……。
 問い詰められて置いて出て行くなんて、母親失格だと思わないか」

 残された親友の嘆きは見ていられなかったと語るかれ
 その顔には苦悩や失望より、大切な人を傷つけられた怒りが強く浮かんでいた。

「それで、吹っ切れたんですか?」

「吹っ切れたっていうかどうでもよくなったっていうか」

 ミリアレナの問いにそう言って苦笑いを見せるかれ
 あまりに苦い……、渋い恋の結末にそんな顔しかできないようだった。

「それで最後なんですね」

 忘れられない誰か、その相手がいなければ魅了はかけられない。
 そう、と答えるかれは苦しい想いを吐き出す必要が無くなりここにももう来ない。
 喜ばしいことだと思う。少し、胸に風が吹いた気がしたのは気のせいだと思考を止める。
 こんな風に別れを告げられるのはないことだから。

 なんだかおかしな気分に陥っていると、ミリアレナを見ていたかれが思いもよらぬ言葉を口に載せた。


「普通の子として生きていきたくなったら俺に言いな。
 こう見えても権力もお金もあるから、君の力になれるよ」

 そう言って微笑むこの人が不思議だった。
 ミリアレナを見る目には嘘も誇張もない。
 本気で叶えると言っているのだ。

「どうして、そこまでしてくれるんですか?」

 私は魅了持ちの娼婦で、この人はただのお客様。
 誰かへの苦しい想いを吐き出すために私の元へ来ていただけなのに。
 ここに来ないと宣言し、関係も切れる。
 もう関わる必要なんてないのにどうして。

「君にはたくさんお世話になったからね。
 ……いっぱい酷いこともしたし」

 落とされた台詞に、されたプレイの数々を思い出し頬が熱くなる。
 熱くなった頬に手の甲を当てて冷まそうとする私を見ていたかれが真面目な顔になった。

「君は俺の心を救ってくれた」

 これはそのお礼、と取った手に唇を寄せる。
 手首の少し上に口づけを落とされた。
 驚きにされるがままでいると、唇が触れた部分が熱くなっていく。
 刻印が刻まれた時のように。

「……っ」

 感じる熱さに息を詰める。
 唇が離されるまでの時間はそれほど長くなかったはずなのに、永遠のように感じられた。

 唇が離れた場所にはぼんやりと紫に光る紋章が刻印されていた。
 ちらりと胸の上の刻印を見ると、それと同じだよと言われる。

「魔術刻印の応用編かな。
 それを見せれば誰の庇護下にあるってわかるんだ。
 困ったことがあったら城でも騎士団でもいいからそれを見せて俺を呼びな」

 騎士団……。
 ぼんやりと増えた刻印を見つめる。
 仄かに赤みを帯びた紫色はかれの瞳と同じ。
 まじまじと刻印を見つめていると小さく笑う声が聞こえた。

「そんなに熱烈に見つめられると照れるね」

 照れる?
 照れを感じたポイントがわからず首を傾げる。
 そんなミリアレナにかれが口を開く。
 柔らかな笑みに一瞬思考が止まった。

「俺の名前、エイナードって言うんだ」

 覚えててよと笑うその瞳には、何の翳りも残っていなかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪

冬馬亮
恋愛
少女は、ある日突然すべてを失った。 地位も、名誉も、家族も、友も、愛する婚約者も---。 ひとりの凶悪な令嬢によって人生の何もかもがひっくり返され、苦難と苦痛の地獄のような日々に突き落とされた少女が、ある村にたどり着き、心の平安を得るまでのお話。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

愛する妻が置き手紙一つ置いて家出をしました。~旦那様は幼な妻を溺愛したい~

猫原
恋愛
スェミス国王の腹違いの弟イアン・ジョー・グゥイン公爵は、自身を「世界一幸福な男」だと自負していた。十一歳年下の「初恋」の女性、オリヴィアと結婚をする事ができたからだ。 なんせ、イアンはオリヴィアと平和な結婚生活を過ごすために、国軍将軍の座を蹴って国軍経理課事務官へ兄を使って王命により、鞍替えしたくらいである。 イアンはオリヴィアを溺愛している。 オリヴィアの為なら火の中水の中、無理難題を吹っかけられようが、なんだって叶えてあげたい。 オリヴィアに対してだけイエスマン、「NO」を言わない男、それがイアンである。 例え、その愛がオリヴィアから一度たりとも返ってきたことはなくとも、彼女と過ごす日々がイアンの幸せだった。 その結婚ももうすぐ四年目に突入する。 その四年目でイアンの努力が実る──筈だった。 「貴方との結婚生活は最悪でした」なんていう置き手紙を残し、オリヴィアに家出をされてしまう。しかも離婚届を添えられて。しかも結婚記念日前日に。 「そうか、俺は嫌われてたんだ。だから毎日伝えている愛の言葉に反応がなかったのか、俺は彼女の幸せの為に身を引くべき」 ──って、んなわけあるか! 妻は家出をする前日に「貴方と同じ気持ちを記念日に伝えたい」と言ったんだぞ! 彼女の身に何かあったに違いない……!! こうして、イアンの妻探しはスタートするが──…? ------- ムーンライトノベルズ様でも投稿中です。 更新は不定期。 スロースターターで物語は進みます。 ※王族やら貴族やら騎士やら軍人やら魔法やらある世界観です。あり得ない設定ではありますが、楽しんで読んでくれると嬉しいです。宜しくお願いします。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

処理中です...