5 / 33
共通ルート
監視対象の刻印―しるし―
しおりを挟む3か月に一度の魔術刻印の再刻のため魔法省を訪れる。
魔術刻印はそう効果が短い魔法ではない。
なのにその頻度が義務付けられたのは、一言にするなら『安全のため』だ。
刻印を刻む側は魔法が綻びだす前に確認ができ、契約の通りに過ごしているかの聞き取りもしやすいため。
私としてはきちんと指示に従っていること、逃げるつもりがないことの証明が理由としてある。
通された処置室で上衣を脱ぎ肌を晒す。
赤い刻印に触れながら魔力を流す男性は半裸の娼婦相手にも情欲を見せない。
そんな欲がこの男性にあるとは思えないほど常に無感動な顔をしている。
室長と呼ばれているこの男性は私が5歳で連れてこられた頃から私の身体の変化を記録するのはこの男性の担当だ。
主治医のような関係と言ってもいい。
10年以上の付き合いだけれど、必要なこと以外話したことはない。
この男性を見ていると、時間の流れが感じづらいなあと思う。シワも増えてはないし、顔色の悪いのも変わっていない。少し髪が白くなったくらいで他にこれといった変化がなかった。
ここに連れてこられたばかりの頃は泣いてばかりいた。
常に側で観測してる男性は無表情で顔色も悪いし怖かった。
けれど、慣れてそういうものだと受け入れたら害のない人だった。
実際、他の人よりもよっぽど。
平坦な声で刻印を読み取っていた男性は表情も平坦なまま記録用紙を手に取った。
「指定以外の魔法は使っていないようだな」
魔力を流し終えて確かめたことを口にしながら記録していく男性の横から別の男の人が口を挟む。
「回数は多いけど。
ずいぶん売れっ子だな、ミア」
「ええ、おかげさまで予約は数か月先まで埋まっています」
ミアというのは娼婦としての私の名前だ。
さすがに本名のミリアレナで登録するのは憚られて、偽名とも言えないような短縮名を登録に使った。
呼びやすいし珍しくはない名前ということで実家と関連付けられたくない私にとっては良い字となった。
魅了持ちの娼婦がいることは知られていても、それがどこの娼館にいるのか、誰なのかはほとんど知られていない。
基本的に私の客は一見ではなく、紹介があり娼館で身元の照会ができた者だけだ。
助手として機器を見ていた人が魅了の力を使った回数を揶揄する。それは客を取った回数と比例するから。
嘲る言葉を淡々と流す。一々気にしていられなかった。
「魅了抜きでいいから割引しない?
そしたら休みの日遊びに行くし」
「わざわざ安く客を取る娼婦なんているわけないと思いませんか」
相場より高い料金でも客が絶えないのに、わざわざ安売りする理由がない。
感情を逆撫でるように誘いをかけるこの人もまた、私を監視する一人だ。
現に探るような目で私を見ている。
私の身体に刻まれた刻印は魔法の使用を感知し、それを記録するもの。
目の前の男性が持っている記録紙には私がいつ、どの魔法を使ったのかが書かれている。
魅了魔法は事前に決められた種類しか使わないこと。
それから誰にかけたか調べられるようにすること。
これが私が自由になる条件のひとつ。
私が使える魅了魔法は2つ。
普段仕事で使ってるような『相手が特別に想う誰かの姿に見せる、思わせる』こと。
もうひとつは『自分への好意を増幅する』もの。
国に特に危険視され、使用を禁じられたのは『自分への好意を増幅する』力。
単純に自分へ好意を持たせるだけの力じゃない。
例えば広く浅く好意を持たせてある集団の中心になることもできる。私がどこかの貴族の庇護を受けて魅了の力を制限なく使いだしたら、その人は大きな権力を手にするでしょう。
あるいは誰かを強く魅了をすることで操る。虜にし、言いなりにすることで機密を奪ったりも恐らく可能だ。魅了を複数の人間に掛けることで不和を招いたりもできる。
考えられるだけでも混乱をもたらす方法がいくつも浮かんだ。
私に与えられた道は3つ。
国の決めた誰かに嫁ぎ緩い監視の中生きる方法。
これが一番暮らしに困ることはなく、貴族令嬢として最低限の名誉が保てたでしょう。
もうひとつは魅了の力のみならず全ての魔法を封じる方法。
迎えてくれる家があったなら、これが一番自由な生き方だったと思う。
ただ5歳から魔法省で育った私は世間知らずな自覚があった。面倒を見てくれる人がいたのならともかく、1人で市井に放り出されたら今とは違う娼館に行くことになっていたでしょう。当然待遇は今の方が良い。
最後は身体に刻印を刻まれ監視されながら生きる方法。
制限も監視も一番強く、何よりも魔法によるものであっても身体に刻印を刻むという罪人のような扱い。
誰も私がこの方法を選ぶとは思っていなかったに違いない。
本当に良いのかと何度も確認されたし、他の道を打診もされた。
それでもこの道を選んだのは私の意思。
刻印を刻んだ男性も愚かだと言いたげな顔をしていた。
その後、娼婦になると言ったときは口にも出された。
そんな声を全部無視して今の道を進んだ私は本当に愚かだと思う。
でも、これ以外の道は選べなかった。
1
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説
腹黒宰相との白い結婚
黎
恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。
【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪
冬馬亮
恋愛
少女は、ある日突然すべてを失った。
地位も、名誉も、家族も、友も、愛する婚約者も---。
ひとりの凶悪な令嬢によって人生の何もかもがひっくり返され、苦難と苦痛の地獄のような日々に突き落とされた少女が、ある村にたどり着き、心の平安を得るまでのお話。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

愛する妻が置き手紙一つ置いて家出をしました。~旦那様は幼な妻を溺愛したい~
猫原
恋愛
スェミス国王の腹違いの弟イアン・ジョー・グゥイン公爵は、自身を「世界一幸福な男」だと自負していた。十一歳年下の「初恋」の女性、オリヴィアと結婚をする事ができたからだ。
なんせ、イアンはオリヴィアと平和な結婚生活を過ごすために、国軍将軍の座を蹴って国軍経理課事務官へ兄を使って王命により、鞍替えしたくらいである。
イアンはオリヴィアを溺愛している。
オリヴィアの為なら火の中水の中、無理難題を吹っかけられようが、なんだって叶えてあげたい。
オリヴィアに対してだけイエスマン、「NO」を言わない男、それがイアンである。
例え、その愛がオリヴィアから一度たりとも返ってきたことはなくとも、彼女と過ごす日々がイアンの幸せだった。
その結婚ももうすぐ四年目に突入する。
その四年目でイアンの努力が実る──筈だった。
「貴方との結婚生活は最悪でした」なんていう置き手紙を残し、オリヴィアに家出をされてしまう。しかも離婚届を添えられて。しかも結婚記念日前日に。
「そうか、俺は嫌われてたんだ。だから毎日伝えている愛の言葉に反応がなかったのか、俺は彼女の幸せの為に身を引くべき」
──って、んなわけあるか! 妻は家出をする前日に「貴方と同じ気持ちを記念日に伝えたい」と言ったんだぞ! 彼女の身に何かあったに違いない……!!
こうして、イアンの妻探しはスタートするが──…?
-------
ムーンライトノベルズ様でも投稿中です。
更新は不定期。
スロースターターで物語は進みます。
※王族やら貴族やら騎士やら軍人やら魔法やらある世界観です。あり得ない設定ではありますが、楽しんで読んでくれると嬉しいです。宜しくお願いします。

拝啓、大切なあなたへ
茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。
差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。
そこには、衝撃的な事実が書かれていて───
手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。
これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。
※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる