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〜甘い学園生活送ります〜
友人なら
しおりを挟む殿下にデイガルドのことを聞かれてから一月近く経つ。
あれから殿下はグレイス様の隣に座ることを止めた。
教室の一番前の席に座って講義を聞く殿下の表情は真剣で、勉強に身を入れるために馴れ合いを止めたのだと周囲は考えているようだ。
グレイス様も物問いたげな様子だったけれど、殿下に話しかけられずにいる。
私にも何も聞いてこないことから、私と殿下の間に何かあったと察している模様。
……気まずくして申し訳ない。
図書館で最後のレポートのための資料を探していると、人の気配を感じた。
本棚に寄りかかり、わざとらしくこちらを見ている。
「何か御用ですか?」
背の高い男子生徒は3年生、つまりデイガルド侯爵子息と同じ年だ。
にやつく顔からは良い印象は浮かばない。
「婚約者を追い出して学園生活楽しんでるみたいだな」
「婚約者は入学してすぐ変わりましたけれど、楽しい学園生活を送っておりますよ」
入学式の日しか会っていないので、非常に楽しい学園生活です。
「薄情な女だ。
だからすぐ王弟殿下に侍ることができるんだな。
従者を形だけの婚約者に据えて王弟殿下を落としたらすぐに入れ換えようってか」
浅はかな企みだなと嗤う男子生徒。
的外れ過ぎてびっくりする。
「その男装も王弟殿下の興味を引くためだろう。
普通の花は見慣れているだろうからな」
嘲りに含まれた欲望の目に激しい嫌悪感が湧く。
自分がそうだからって他の男性が同じように欲望を抱くわけじゃないとなぜわからないのか。
類は友を呼ぶのは本当だなと思う。
「殿下には一度学友だと言っていただきましたが、それだけですよ。
この格好は女子の友人たちが喜んでくれるのでしているだけで、殿下は無関係です」
むしろ殿下は最初この格好に怒っていた。
それがグレイス様のとりなしでやっと受け入れてくれて、話をするようになって。
どちらの制服を着ていても態度や視線が変わらない唯一の男子生徒だった。
複雑に利権のからむ貴族の間で友人というのは難しい。
けれど、いつも変わらぬ様子で接してくれて。
話をしていたら楽しくて、側にいないことを寂しく思う相手を他になんと呼べばいいのだろう。
あの時誤魔化すべきだったのかと考えても、やっぱり話したことを後悔する気持ちは湧いてこない。
もう一度ちゃんと話したい。
友人でいたかったと思うのなら、完全に縁が切れる前に話さないと後悔する。
殿下と話す方法を考えていると目の前の男がいやらしく笑う。
「まだ味見させてやってないのか?
もったいぶってんなよ、どうせデイガルドのお手付きだろ。
アイツが手を出してもいい女に何もしてないわけがないからな」
色々知ってるご友人というわけか。
そういえば一緒に娼館通いをしてる者がいるとルークの調査に載っていたな。
「酷い勘違いをされていらっしゃいますが、私と殿下は友人です。
それに、私とデイガルド侯爵子息が会ったのは入学式の日が最初で最後ですよ。
何も起こりようがありませんし、何もありません。
それ以上の侮辱はお止めください」
そういう危険があったから婚約したときすら顔合わせをしなかったのだ。
デイガルド侯爵も前の婚約者の件があったから異は唱えなかった。
つまり目の前の男の言っていることは見当違いの侮辱だ。
それ以上は許さないと視線をぶつけると動揺を見せた。
「それに、王弟殿下に向かってそこらに落ちている珍味を拾い食いするほど手癖が悪いなどと……。
不敬が過ぎますよ」
あれだけモテたいと言っていたけれど、殿下は女性に誠実だ。
一緒にするなと言いたい。
「まったくだな」
割り入った声に振り返った3年の生徒が青褪めた。
視線の先には殿下の姿と、その後ろにルークがいる。
「俺は味見なんて行儀の悪いことはしないぞ」
「形だけと誤解されているなんて悲しいですね。
仮に命じられても、もう離せませんけれど」
そんなことを言われたら何をするのかわからないのでたとえ冗談でも止めてほしいと笑むルークの目は笑っていない。視線を向けられた王弟殿下が口が裂けても言わないから安心しろと返す。
「で?
オマエはどこの何だ」
「ロイル子爵家の3番目のご子息ですね。
このままいけばお嬢の後輩になりそうな方です。卒業されるお嬢は覚える必要がないかと」
殿下の問いにルークが答える。
二人の冷たい視線が注がれ、しどろもどろに謝罪をしながら3年の生徒は立ち去っていった。
「なんだったんだあいつ、デイガルドの友人か?
それにしてもタイミング遅いだろ」
「最近までデイガルド侯爵子息の余波で停学を受けていたのでその逆恨みでしょう」
「なぜ知っている」
本当になぜ知ってるんだろう。不思議だ。
あの子はもう学園にいないはずなのに。
他にも仕込んでたんだね。
用意周到すぎて驚く。殿下も呆れた顔をしている。
ふと殿下と目が合ってちょっと気まずい。
言葉を探していると殿下が口を開いた。
「友人だと思ってるなら名前を呼べ」
「え?」
「俺たちは友人なんだろ。
だったら敬称なんかで呼ぶなよ、フェリシア」
「……アレクシス」
にかっと笑う殿下の顔は今まで見せていたどの表情とも違う、気が置けない『友人』の顔をしていた。
「結婚式にも呼べよ」
「それは……」
「なんだよ、嫌だとか言わないだろうな」
断るつもりかと不満そうな顔をされる。
いや、そうではなくて……。
「殿下、結婚式は卒業式と同日に行う予定です」
「は!?」
ルークの発言に殿下がおかしな声を発した。
「卒業証書なんかは後から郵送でも送ってもらえるだろうし、もう待てないと」
信じられないと殿下の目がルークに注がれる。
「少なくとも卒業式の翌日にしろよ……」
戻ってすぐ結婚式とか強行軍にもほどがあるだろと唸る。
「おい、フェリシア。
俺とグレイスも参加するから卒業式の翌日に変更しろ。
どうせオマエの親族しか参加しないんだから日程の変更はまだ間に合うだろ」
殿下の言う通りなので日程を一日変えるくらいは可能だ。まだ数か月あるし、文句もでないだろう。
「この阿呆は俺が説得してやるから」
そう言ってルークの肩を掴んで引っ張る。
ルークは嫌そうに目を眇めたけれど、逆らわずについて行った。
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