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〜甘い学園生活送ります〜
仕組んだなんて人聞きが悪い
しおりを挟む経営学の講義を終えて移動しようとしたところで王弟殿下に呼び止められた。
周りの生徒は興味を含んだ視線を向けたが、王弟殿下にひと睨みされてそそくさと立ち去っていく。
次の講義まで復習をしようと思っていたのにとの思いを腹に隠して向き直る。
内緒話がしたいのか扉を閉めようとする殿下に、ストップをかけた。
「この格好とはいえ女なので密室にしないでいただけますか?」
今日も男子の制服を着てはいる。
けれど格好の問題ではなく異性と密室で二人きりはマズイ。
「面倒くさいな、聞かれて困るだろうと気を使ってやったのに」
舌打ちをした殿下の用向きがそれで想像がついた。
「申し訳ございません、元婚約者があのような方でしたので……。
どうしても男性を警戒してしまうのです」
目を伏せて謝罪をすると殿下が顔を顰めた。
醜聞は関心が高く、広まるのが早い。
当然殿下も知っているはずだ。
「そのデイガルドのこと、仕組んだのはお前だろう」
首を傾げ、沈黙を保つ。
元婚約者となったデイガルド侯爵子息が学園を退学になったのは大っぴらに公表はしていない。
けれど王弟殿下が調べたら隠せはしないだろう。
「なぜそう思うんですか?」
学園側はそれまでの素行を徹底的に調べ上げた。
女性が接客する酒場や娼館への出入りも問題としていたが、退学を決定的にしたのがあの日デイガルド侯爵子息の相手をしていた女性の来歴だ。
彼女が学園に入る際に出した推薦状がデイガルド侯爵の息のかかった家からのものだったらしく、最初から自分の相手をさせるために学園に入れたと判断されたらしい。
本人は否定していたようだが事実を総合的に判断するとそうとしか見えないとの判断が下った。
「デイガルドの浮気相手だったあの女」
「ああ、レイル家のお血筋だったとか」
少し珍しい色味だったから辿ればそこに行きつくのも不思議はない。
浮気相手を用意しての自作自演だと思ったとか?
「なぜ知っているのかも問いたいが、そっちじゃない。
推薦状を書いたのがデイガルド侯爵傘下の貴族だったからデイガルド自身が画策したということになったが、アイツは否定を続けていた」
そうですね、最後まで認めなかったとか。
当然ですけれど。
「件の貴族はデイガルドの最初の婚約者の母方筋だ」
「世間は狭いですね」
「その婚約者だった女性は婚約を解消したあと領地に籠りきりになっている」
頷きで知っていると先を促す。
苦虫を噛み潰したような顔をするけれど、それくらいは知っていて当然では?
「噂ではデイガルドに無体をされ心を病んだとか」
「さぞ恐ろしいことをされたのでしょう」
彼の令嬢がデイガルドの婚約者になったのは12歳。
ルークが調べてくれたその無体の内容も知っている。
彼女の身内が、一線を越えなければ良いと思ったと言い放った馬鹿に鉄槌を下したいと思っても無理はない。
彼女はようやく傷が癒えてきたと聞く。
療養の名目で訪れていた土地で伴侶と出会い婚姻に到ったと傷ついた姿を見守ってきた方が教えてくれた。それまでの苦悩や葛藤を知っているからこそ、その方は彼女がようやく安心できる場所を得られたことに涙ぐんでいた。
「女性の傷を暴いて何がしたいのでしょうか?
趣味が悪いですね」
溜息とともに冷たい視線を向ける。
自身でもそう思っているのか一瞬口を噤み、やはり黙ってはいられないとまた口を開く。
「それから……、その浮気相手と同室だった使用人はハイラル伯爵領出身だとか」
「出稼ぎでしょうか、以前からおりますが水害直後は人材の流出が多かったですから」
殿下らしくもない。いつもはもっと直截に、ずけずけ物を言うのに。
奥歯に物が挟まったような話しぶりが違和感を増長させる。
「殿下、何を言いたいのかわかりませんが、デイガルド侯爵子息との婚約破棄はあちらの不貞行為が原因ですよ?」
「その行為にいたった理由のひとつに、ハイラル領出身の女から譲られた媚薬があってもか」
よくそこまで調べたなと笑みを零す。
「俺は、不本意だがオマエのことを学友だと認識している」
意外な認識に目を瞬く。
いつも文句ばかり言っているのに、驚く。
「その学友が犯罪と言われる行為に手を染めているのなら質したいと思うのはおかしなことか?」
いいえ、と答える。
思ったよりも近しいところに私を置いてくれているのだなと感じた。
殿下は、正したいとは言わなかった。
ふっと一つ息をついて答えを口にする。
「あれは恋人と幸せな夜を過ごすためのごく弱い物にすぎません。
理性を忘れて獣のように時と場所をわきまえず事に及ぶようなものではありませんよ」
殿下が学友としてと言ったので私も学友として答える。
犯罪行為をしていないか心配しているというのなら払拭してあげるだけの言い訳は立つ。
けれど殿下はもう一歩踏み込んできた。
「お前は何の目的であんな手の込んだことをしたんだ」
「目的なんて……」
なぜ決まりきったことを聞くのだろうか。
「あの男との婚約を破棄したかった、それだけですよ」
「そのためだけにあんな手の込んだことをしたというのか」
確かに手間はまあまあかかった。
けれど自分の家と協力者たちを守るために当然の手配だ。
「侯爵は欲をかき過ぎました。
もちろん弱みに付け込んで自分に有利な契約を結ぶのは世の常ですが、相手の譲れないものに手を伸ばすと痛い目を見ることもあります」
伯爵家としては食料援助の見返りとして20年の通行料免除を申し出ており、それで侯爵家には十分な利益だったはずだ。
足元を見て不良債権を押し付けてくるだけではなく、伯爵家を乗っ取るつもりでいたのだから抵抗されるのは当然だと思う。
これにはルークを説得しきれなかった私の落ち度もあるけれど。
私の婚約が解消されずにハイラル家を自分が継げば他の誰かを娶らなければならない。それがどうしても嫌だと。
何度説得しても私がルーク以外との間にもうけた子を育てる方が余程マシだと聞き分けなかった。
沈黙が続き、殿下が顔を上げる。
私を真っ直ぐに見つめる瞳から揺らぎが消え、強い意志が宿った。
「俺に敵対するなよ」
思わずふっと笑ってしまった。何を言うのかと思えば。
「殿下、私は自分の領地が一番大事なだけの地方領主です。
王弟殿下と敵対することなど……、ありえませんよ」
理由がなければ、と含みのある間を持たせる。
しばし視線をぶつけ合う。
先に視線を外したのは殿下の方だった。
そうか、との呟きに籠められたのが安堵だったのか失望だったのかは私にはわからなかった。
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