4 / 27
入学初日の婚約破棄!
口では乞えない
しおりを挟む心配顔の教師たちから離れ、入学式までに心を落ち着けようと並木の奥に向かう。
小屋が見えなくなるまで離れたところで震えが激しくなった。
抑えられず近くの木に手をつき呼吸を整え……、ようとして失敗する。
「ふ、ふふっ……。
はははっ、あははははっ!!」
大声で笑いだした私を見つめる従者の顔も笑っていた。
「ふっ、ふふふっ、笑いすぎですよ」
「だって、見たか?
あの間抜けな姿!」
ぐしゃぐしゃに乱れた髪に中途半端に引っ掛かったズボンで慌てふためく姿!
教師に問われて青褪める顔や女性が関係を持ったきっかけを口にしたときの醜い態度、実に笑わせてくれる。
「お嬢、笑いすぎですよ。
淑女のすることじゃありませんよ?」
「ああ、今この格好のときくらいはいいだろう」
少しくらい羽目を外したって。
淑女なら大声で笑うのをはしたないとする風潮もあるが、男子の制服に短い髪の私は淑女には到底見えないだろうから。
「しかし入学式前に片がつくなんてね。
あの下半身の緩さに感謝をする日がくるとは」
少し考えればリスクが高すぎるとわかるだろうに。
まあ、普段人が訪れる場所ではないからの油断なのだろうが。これまでも見つかることはなかったわけだし。
迷い込む新入生がいたから明るみに出てしまった、と。
不運なことだね。
「しかしこんなに早く片がつくのなら髪まで切らなくても良かったのに……。
もったいない」
うなじへ手を伸ばし短くなった髪を梳く。
「もったいなくはないだろう。
ちゃんとカツラも作ったし」
入学にあたって男子に見えるよう、背中まであった髪をばっさりと切った。
ルークは反対していたけれど、万が一にもデイガルドに気づかれたくなかったので押し通した。
切った髪はドレスを着る必要があるときに困るからとカツラにして、学園にもちゃんと持ってきている。
「ルークは長い方が良かった?」
この姿もそれなりに気に入っているので似合わないと思われているのなら残念だ。
「……短い髪も似合ってますが」
でも不満そうだな。
怒らないから正直に言えと伝える。
「お嬢の髪を結うのが俺の楽しみの一つだったので」
髪を梳いていた手が後頭部から耳の裏を撫でる。
ぞわっとした感覚に一歩離れると、ルークの口元が妖しく弧を引く。
なんとなく身の危険を感じ、もう一歩後ろに下がる。
「結婚式はカツラですかね」
「それまでには伸びるんじゃないか?」
「何年待たせる気ですか」
俺はもう待てません、と見下ろす深紫の瞳が暗く翳る。
本来なら私の婚約者はルークだった。
今年18になる私は、普通に学園に入学していたらあと一年後には結婚する予定で。
それが叶わなくなったのは、領地を襲った災害のため。
水害で流された食料を賄うために隣接するデイガルド侯爵家に援助を申し入れるしかなかった。
援助してもらったお金は何年かで返せる見込みはあった。
けれど、後ろ盾の薄い私だけでは返却に不安があるとして令息と婚約を結ぶよう求められた。
女癖の悪さで有名だった息子の伴侶が得られ、上手くすれば伯爵家も手に入るかもしれない。
そうすれば返却が滞ったとしてもデイガルド侯爵家に損はない。
断りたかったが、断れば他へ食料を回すと言われては了承するしかなかったのだ。
ルークには申し訳ないことをしたけれど。
「やはり恨んでいるのか……?
お前を裏切ってデイガルドと婚約を結んだこと」
それなのにルークはずっと結婚もせず待っていてくれたし、今でも変わらず側で助けてくれている。従者に身をやつしてまで。
だから甘えているとわかっていて、頼りにしていた。
領地の立て直しに奔走したことと、領地にいても耳に入ってくるほど性に旺盛な婚約者の様子に、下手に近づかない方が良いとの判断から入学を2年ずらした。その間もずっと側で助けてくれた。
手を下ろしたルークが悲しそうに眉を下げる。
「俺が恨んでいるとしたら、あなたではなく……。
あなたらしさを奪ったデイガルドですよ」
頬を包む大きな手の平の感触に懐かしさと安堵を感じる。
男物の服に身を包み、女性らしいメイクを止めたのはデイガルドと婚約を結んでから。
女好きと名高い婚約者から自分の身を守るために作り上げた虚構の姿だった。
「少女から大人の女性へとますます美しさを増していくあなたを側で見守るのが俺の楽しみだったのに、それを奪われたことが悔しいです。
今の姿がデイガルドのために作られたというのも気に入らない」
声に含まれた本気に笑ってしまう。
この格好を始めたときは男避けになって良いと言っていたのに、強がりだったらしい。本音も混じってはいたようだけど。
言葉にするのもずっと我慢してくれたことに胸が締め付けられた。
やっぱり私はルークに甘やかされ、大事にされている。
デイガルドとの婚約中に今のようなことを言われたら、後悔で動けなくなったかもしれない。
婚約を破棄するために戦うことすら。
側で支えてくれたルークの存在がどれだけ大きかったのか思い知る。
ぽすっと額をルークの胸に当てる。
ごめんとは言えない。だって、過去に戻っても同じ選択をするだろうから。
代わりに子供の頃のように頭を押し当てながら両手で抱き着く。
昔、こうしてよくルークに抱き着いていた。
褒めてほしいときや慰めてほしいとき。
それから……、許してほしいとき。
沈黙の後、頭に手が乗せられる。子供の頃そうしてくれたように。
大きな手で頭を撫でながら背中に回したもう片方の手で抱きしめてくれる。
「いえ、過去のことばかり言う男はカッコ悪いですね。
こうしてあなたは俺の腕の中に戻ってきた、それでいいです」
ルークがぽんぽんと背を撫でる。
顔を上げるとルークの瞳からは複雑な色が消え、悪戯な色が宿っていた。
51
お気に入りに追加
1,689
あなたにおすすめの小説

私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。
しげむろ ゆうき
恋愛
私の婚約者は編入してきた男爵令嬢とあっという間に仲良くなり、私を侮辱しはじめたのだ。
だから、私は両親に相談して婚約を解消しようとしたのだが……。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)

【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます
21時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。
エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。
悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。

誰でもよいのであれば、私でなくてもよろしいですよね?
miyumeri
恋愛
「まぁ、婚約者なんてそれなりの家格と財産があればだれでもよかったんだよ。」
2か月前に婚約した彼は、そう友人たちと談笑していた。
そうですか、誰でもいいんですね。だったら、私でなくてもよいですよね?
最初、この馬鹿子息を主人公に書いていたのですが
なんだか、先にこのお嬢様のお話を書いたほうが
彼の心象を表現しやすいような気がして、急遽こちらを先に
投稿いたしました。来週お馬鹿君のストーリーを投稿させていただきます。
お読みいただければ幸いです。

その言葉はそのまま返されたもの
基本二度寝
恋愛
己の人生は既に決まっている。
親の望む令嬢を伴侶に迎え、子を成し、後継者を育てる。
ただそれだけのつまらぬ人生。
ならば、結婚までは好きに過ごしていいだろう?と、思った。
侯爵子息アリストには幼馴染がいる。
幼馴染が、出産に耐えられるほど身体が丈夫であったならアリストは彼女を伴侶にしたかった。
可愛らしく、淑やかな幼馴染が愛おしい。
それが叶うなら子がなくても、と思うのだが、父はそれを認めない。
父の選んだ伯爵令嬢が婚約者になった。
幼馴染のような愛らしさも、優しさもない。
平凡な容姿。口うるさい貴族令嬢。
うんざりだ。
幼馴染はずっと屋敷の中で育てられた為、外の事を知らない。
彼女のために、華やかな舞踏会を見せたかった。
比較的若い者があつまるような、気楽なものならば、多少の粗相も多目に見てもらえるだろう。
アリストは幼馴染のテイラーに己の色のドレスを贈り夜会に出席した。
まさか、自分のエスコートもなしにアリストの婚約者が参加しているとは露ほどにも思わず…。
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

公爵令嬢の白銀の指輪
夜桜
恋愛
公爵令嬢エリザは幸せな日々を送っていたはずだった。
婚約者の伯爵ヘイズは婚約指輪をエリザに渡した。けれど、その指輪には猛毒が塗布されていたのだ。
違和感を感じたエリザ。
彼女には貴金属の目利きスキルがあった。
直ちに猛毒のことを訴えると、伯爵は全てを失うことになった。しかし、これは始まりに過ぎなかった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる