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入学初日の婚約破棄!
前途多難な入学式
しおりを挟むそろそろ移動しましょうかと促され、講堂の近くまでやってくる。
すでに中に入っている生徒もいるのだろうが、顔見知りの生徒同士で談笑していたりと意外と人がいた。
ちらほらとこちらを意味ありげに見ている者がいて、耳が早いなと感心する。
「お嬢、俺は講堂には入れないのでここで失礼します」
保護者付きでの入場をするつもりはないのでわかったと返事をして講堂へ足を向ける。
お嬢、と呼ばれまだ何かあったのかと振り向く。
「俺はお嬢に弱いのでこれでチャラにしてあげます」
意味ありげな笑みを浮かべたまま一歩近づくルーク。
だから怒らないでくださいねと不穏なセリフを囁き、すっと膝を折り私を見上げた。
「ずっと、この時を待っていました。
やっと貴女を俺の物にできる」
「……!」
嬉しさや喜びを全開に表したルークに言葉を失う。
真っ直ぐに私だけを見つめる深紫の瞳が喜びできらめいていた。
「待て……っ!」
私を捉える深紫に魅入られながらも、手を引き寄せる青年に待ったをかける。
「なぜ止めるんですか」
不服そうな顔をしているが、どう見えているかわかっているのだろうか。
いや、わかっていても同じことをするかもしれない。
むしろわざとか。
「人前だ!
それに……どういう状況に見えるか理解しているのか」
黒髪の従者に手を取られ跪かれている少年の図だ。
呆然とこちらを見ている者や好奇心一杯の目をしている者もいる。
「私はこれからこの学園に通うんだぞ、自重しろ」
「虫よけです」
悔しそうな顔をしている者もいますし、もう少し見せつけてやりましょうかと呟く声が非常に不穏な響きをしている。
離れようとした私の手を引き寄せ手首にくちづけを落とした。
どよめきと悲鳴が聞こえる。
「何をする!」
「ああ、早く籍を入れたい」
学園なんて早く卒業してくださいと頬を擦り寄せる。
「わかったわかった。
せっかく邪魔者を排除してくれたしな」
あの下半身のだらしない婚約者がいては身の危険と、わざわざ時期をずらして入学したのだ。
受講する講義が被らない方が良いと思っていたが、不貞が明らかになり婚約が破棄される今、本気を出さない理由がない。
最短で卒業してやるよと口元を釣り上げる。
学園は必要な単位を全て取れば卒業できる仕組みだ。
3年間全て通う必要はない。
本来なら社交もあるので余裕をもって単位を取るのが普通だが、それまで待てないと言うなら仕方ないから叶えてやるしかないだろう。
「……! ありがとうございます!」
感極まったルークが満面の笑みを浮かべる。
少年のような喜びを全面に出した笑顔に、胸が苦しいほど締め付けられた。
痛いほどではないもののしっかりと掴まれた手の強さに、愛しい人に求められる幸せを感じながら口を開く。
これを言ったら文句を言うだろうなと思いながら。
「だから卒業まで領地には帰らないよ?」
「えっ?!」
「当然だろ、時間がないんだから」
無駄なく単位を取ったとしても1年はかかるだろう。
他に学びたいことは余暇時間で学ぶしかない。
遠い領地まで往復している時間はない。
ショックを受けた顔をするルークに挑戦的な瞳を向ける。
自分が言ったんだろうと。
「わかりました……」
消沈する姿にぐっと胸を掴まれるが、ここで撤回しても仕方ない。
甘やかすことは何にもならないと思っているとおかしなことを言い出した。
「俺も学園に通います」
「とっくに卒業しているだろう、お前」
無理に決まっていると呆れる。
卒業生がまた通おうとするなんて先生方も混乱するだろう。
女子寮に入れないため当然従者としても通えない。
「学園に通うことは可能ですよ。
俺も王都に滞在して学園生活に必要な物は俺がお届けしますから。
それなら会えますね」
「そうだな……」
確かに寮生活とはいえ個人の嗜好で使用する物は家の従者が届けるのが普通だ。しかし事前に頼めば学園を通して手に入れることができる。
そのためだけに残ることはないと思うのだが……。
アホかと思ったがにこにこと笑う青年は領地に帰れと言っても聞かないだろう。
長い付き合いなのでそれくらいは理解していた。
私が否定しなかったことにぱっと喜びを表す。
また手首にくちづけられるかと身構えているとルークはすんなりと手を離して立ち上がった。
大丈夫だったかと油断したところで、ルークの指が私の髪を掬い上げくちづける。
男装のために短く切った髪だ。ほとんど頭にくちづけられているのと変わらないように見えたことだろう。
きゃあああっ、と上がった黄色い悲鳴は先ほどよりも大きく。
慌てた教師たちが駆けつけてきた。
何があったのかという教師の問いに周りにいる学生たちの視線が私たちへ向かう。
「お前……、わざとだろ」
当然、と笑う男を殴ってやりたい気持ちでいっぱいだ。
教師たちの前で暴力行為に及ぶわけにはいかないと自制する。
大した意趣返しにもならないだろうが、ひとつ命じる。
「婚約は破棄になったと叔父上に報告してくれ、書状を用意する。
正式な文書だ。 必ず、お前が、直接、叔父上に渡せ」
「それは……!」
領地を往復してあちらの家にも署名を貰って、それを王城の役人に届けてと忙しくなるな。
数か月は会いに来れまい。
にやりと笑うと悲しそうな顔をする。
離れたくはないが、婚約が正式に破棄されるのは自ら確認したいと葛藤している。
仕方ない、もうひとつ飴をやろう。
「次の書類も持ってきていいから頼む」
「……はいっ!!」
次の婚約の届けも作って良いと許可を出す。
卒業したら結婚すると決まっているのだが、婚約という目に見える繋がりを与えても良いだろう。
……どうせ受理されるのは婚約破棄の後だしな。
先に次の婚約届ができていたところで問題はない。
喜び一杯に返事をした未来の伴侶へわかったら大人しく待っているようにと伝える。
入学式はこれからなのだ。
すっかり注目を集めてしまったことは頭が痛いが、婚約者の悪行を広める良い機会でもある。
これを利用して私らしく学園生活を送れるように手回しをしよう。
「明日からは女子の制服でもいいだろうから、制服を持ってきてくれ」
あの男がいないのなら男子の制服を着ている必要もない。
準備はしているだろうと聞くと当然と返ってきた。
そろそろ始まるから講堂に入りなさいと促される人波に続く。
すでに8割方埋まっていて、遅めの入場者への視線が痛い。
さっきの騒ぎもそうだし、先生方から目を付けられた気がする。
何人かの先生はルークを見て警戒した顔になったようにも見えたが……。
できるだけ大人しく過ごそう、そう心に決める。
けれど入学式前から騒ぎを起こした新入生が潜めるわけもなく。
同じく新入生だった王弟に注目を奪われたと逆恨みされたり、同級生の女子たちにお願いだから男子の制服をもう一回着て見せてと言われ男装をすることになったりと。
騒がしい学園生活が始まった。
なお追い払ったはずのルークはどうやったのか一月足らずで処理を終わらせて学園に顔を見せた。
必要な物などを私が頼む前に先回りして用意し、本当に『通う』頻度で学園にやってくる。
入学式の日に派手にやらかしたせいで私たちの関係を知らない者はいないため、アイツが来ると好奇心丸出しに注目を集めている。
従者として学園に出入りが許されている関係上、入学式のような近しすぎる振る舞いはしないが想像の余地がある距離と態度で周囲を騒がせていた。
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