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副団長 × アミル
魔獣の痕跡
しおりを挟む宿に戻るとカイルはまだ戻っていなかった。
主人(に見えるカイル)を置いて先に帰ってきたことと酒に酔った様子がないことを訝しむ女将へ、連れは女性に誘われ戻るよう命じられたと答える。
嘘は言ってない。間にあった出来事を全部省いただけで。
碌に食事が出来なかったので何かもらえるかと聞くと残り物で良ければとパンとシチューをくれた。
硬貨を差し出し受け取る。冷めたシチューはわびしさが募るがパンと一緒に口に含むとじわりと旨味が伝わり本来のおいしさの一部を伝えた。
食器は洗って置いておいてくれればいいと言われたので了承を返して休むらしき女将を見送る。
カイルはどうするかなと思い貰ったパンをいくつか残しておく。
不要であれば明日自分で食べればいい。
食べ終え食器を洗っていると宿の扉を開けて入ってきたカイルと目が合った。
「カイルも食べますか?
パンしか残してないですけど」
「ありがと、部屋でもらっていいかな」
特に文句を言うこともなくパンを手に部屋へ向かう。
アミルも食器を洗い終え手に付いた水を払ってカイルの後を追った。
部屋に入るとカイルは2つあるベッドの1つに腰かけてパンを齧っていた。
「アミルの方はどうだった?」
「真っ直ぐ領主の屋敷に入っていきました。
通用門の鍵を自分で開けて入ったので屋敷の使用人である可能性が高いです」
ふうん、と返事をするカイルに驚いた様子はない。予想の範疇だったのだろう。
「それから、関係あるかわかりませんが、戻る際に正門から昼に会った女性が迎え入れらるのを見ました」
「へえ」
「門番も特にやり取りもなく迎え入れたので顔見知りのようです」
食べ終えたカイルが口の物を呑み下してふうんと気の無い声で呟く。
余計な報告だったかなと思いながらもカイルの知り合いでなくても報告しただろうと気にしないことにした。
カイルの方はもっと大きな収穫があったらしい。
「俺が追った方の男、アイツは魔獣の襲撃に関わってるね」
カイルが追っていた男はある建物の地下に降りて行ったそうだ。
しばらくしてまた出て行ったが、そこに魔獣の痕跡があったという。
いきなり当たりだと笑みを浮かべるカイル。
「魔獣の痕跡ですか」
毛や羽でも落ちていたのだろうか。それとも足跡、マーキングの跡などか。
男が立ち去るのを待って中を確認してきたため遅くなったようだった。
「そう、これ見て」
カイルがある物を取り出した。
オレンジ色の小さな丸い……。
背筋をぞわっとしたものが走る。
「これって!」
大声を出しかけて慌てて口を塞ぐ。
一拍置いて落ち着いたことを確認して手を離す。
それはどう見ても魔獣の卵だった。
「そ、卵。
大きさからしてブラッディホークかな」
町を襲ったのが鳥型の魔獣だろうというカイルの予想にも合う。
「魔獣はこれを取り戻しに来たってことですね」
「十中八九そうだろうね。
俺が入った地下室は卵の保管所みたいだった」
ということはあの領主の屋敷に入っていった男は魔獣の卵を買いに来た顧客であった可能性が高い。
魔獣の卵は薬の材料になることもあるが一部では精力剤のような使い方をされることがあると聞く。
卵は巣にいる魔獣を全て殲滅しないと手に入れられない。非常に希少な物だ。
それは領主に仕える身であろうと一介の使用人に買える物ではない。つまり真の顧客は領主だろう。
アミルの想像をカイルも否定しなかった。
「救援要請がおかしなことになってたのもそれが理由かもね。
ブラッディホークが町を襲ったなんて知られたら襲われる理由があると疑われるから」
領主なら騎士団に圧力をかけて襲ってきた魔獣を誤魔化すこともできるだろうと語るカイル。
その間に取引の証拠がなくなれば疑いだけで手出しはできないと踏んだのか。
「でも、その割にはまだ町に残っているんですね。
卵を持っている男からしたら町を出た方が安全なのに」
「そう、機を見るのに弱いのか。
……よっぽど離れたくない理由があるんだろうね」
含みのあるカイルの言葉に想像を巡らせる。
そういえばカイルのさっきの発言におかしなことがあった。
「卵の保管所と言いましたよね」
アミルの言及にカイルが笑う。口の端を吊り上げ、内心から楽しそうに。
ぞわりと胸が騒ぐような表情なのに、同時にその反応を引き出した喜びを感じた。
「卵なんてそう手に入らないはずなのに保管場所がある……。
安定的に手に入れられる環境があるということでしょうか」
そうかもねと答えたカイルは僕の言葉を否定しない。
魔獣の卵は本当に珍しい物だ。そもそも多くの魔獣は卵生ではないし。
討伐を主任務とする騎士団に所属するアミルだって、まだ現場で魔獣の卵は見たことがない。
魔獣を意図的に放置し卵を多く得られるようにしているとか?
これ以上想像ばかり膨らませても仕方がないとカイルが話を打ち切る。
「ま、いずれにせよここの騎士団はあてにできそうにないね」
積極的に関わっているのか見逃しているのか、はたまた気づくこともできないほど無能なのか。
瞳に浮かべた嘲笑はそう言っているようだった。
朝になったら人を呼んでくるように指示を受ける。
明日に備えて早く休んだ方がいいだろうと背を向けると不思議そうな声で呼び止められた。
「どこ行くの?」
どこ……?
向かいのベッドに入ろうとしていただけなのに意味のわからないことを言い出したカイルをまじまじと見つめる。
その瞳が意味ありげに細められる。……まずい。
そう思った瞬間にはもうカイルに抱き込まれていた。
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