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副団長 × アミル
気遣いのような忠言
しおりを挟む【副団長ルート】
装備の手入れを終えて外に出る。
ふらふらと足を進めながら地に足が付いていないようだと思った。
木に凭れかかって膝を抱える。
手が震えているような痺れているようなおかしな感覚。
敵を排除した高揚感と眼前に危機が迫ったときの恐怖。折り合いの付かない感情を持て余して蹲る。
「ねえ、こんなところで何してんの?」
のんびりした声に顔を上げるとカイルが見下ろしていた。
「カイル……」
「ああ、初陣で来ちゃった?」
僕の顔をじっと見つめたカイルがわかったと呟く。
最初は皆よくなるんだよねえと言いながら隣に腰かけたカイルが両手を広げ、僕に手を出してと命じる。
言われるがままに手を乗せた。
「いっ……!」
渾身の力で握り締められて手を振り払う。
いや、振り払おうとしたのに力が強すぎて払えない。
カイルの方は薄ら笑いすら浮かぶ涼しい顔でとても人の手を潰そうとしているようには見えない。
が、めちゃくちゃ痛い。
ぐっとさらに一段階力が籠められて我慢の限界が来た。
イラっと燃え上がった怒りを乗せて反対側の手で作った拳をカイルに叩きつける。
「おっと」
なんなく受け止められたけど掴まれていた手も離れた。
自分の手を握りしめて痛みから逃れた安堵といきなりの事に警戒の浮かんだ瞳でカイルを睨む。
「ごめん、ごめん。
でも、取れたろ?」
カイルに言われて先ほどまでの嫌な感覚が抜けていることに気づく。
大体これやると取れるんだよね俺の経験上、と説明されるが全くありがたくはなかった。
「……ありがとうございました。
でも次からは止めてください」
しかし嫌な感覚を止めてもらったのは事実なので一応お礼は口にする。次からはもうしないでほしいと希望も添えて。
「あはは、次はこんな優しいやり方はしないよ」
「……」
笑うカイルに二度目は何をされるんだろうと更なる警戒が湧く。
もし次同じ症状になったとしてもカイルに見つかるところにはいないようにしようと誓う。
背筋を伸ばして頭を下げる。
もう一つお礼を言うことがあった。
「副団長、ダークアウルの攻撃が迫っていたとき助けてくれてありがとうございました」
「アミルを助けたのは団長じゃない?」
俺が助けたのってどっちかって言ったら団長だよねえ、お礼言ってくれなかったけど、と軽口を叩くカイル。
飄々とした態度からは飛んでいるダークアウルの首を一撃で切り飛ばした人には見えない。
けれど洞窟の中でもダークアウル相手でも全く傷を負った様子はなく、やはり圧倒的な強さを持つ人なのだと改めて思う。
「まあそれはそうとしてダークアウルに向かっていくなんて無茶したね」
「申し訳ありませんでした」
初討伐の新人が相手する魔獣じゃないよと言われて頭を下げる。
僕が飛び出したせいで先輩たちが動きづらくなることなんてあの時は全く考えられなかった。
それが未熟な証だった。あの場では僕は指示を待って動くべきだったんだろう。
「でも一個だけ。
最後、よくあの状況で反撃しようと思ったね。
初討伐で見たこともない格上の魔獣にいきなり襲われたのに、最後に相手に一矢報いてやろうなんて機を窺う新人そういない。
そこは偉いよ、大したもんだ」
まさかの褒め言葉にカイルをまじまじと見つめる。
無謀だと叱られて当然の行為だったはずだと、冷静になった今なら自分でも思うのに。
「不測の事態に浮足立って冷静さを失ったり闇雲に逃げようとする奴から先に死ぬからね、逃げるにしても相手をよく見て機を窺うのは撤退時の鉄則だ」
「つまり機を見て逃げるべきだったということですね」
相手をしっかり見ていたことは評価するが勝てるわけがない相手に攻撃をするなんて無謀を働くなと。
そういう意味だと思ったが、カイルの答えは違っていた。
「あの状況は逃げられなかったでしょ。
立ち上がるにしても横に転がって逃げるにしても時間がなかった」
団長が間に合わなかったらホント危なかったねと言うカイルの声に深刻さはないがその通りだと思う。
「でもね、そのどうにもならない時に攻撃に転ずることができるか、目を伏せて守りに入るかで生き残るかどうかが決まるんだ」
ふいにカイルの声音が真剣みを帯びる。
表情は変わらないもののアミルを見つめる視線は強い。
ぞくりと震えが走った。この人は歴戦を超えてきた猛者なのだと唐突に理解させられる。
雰囲気に呑まれているとカイルがふっと表情を崩した。
「ま、アミルは今回生き残るための行動がちゃんとできてた。
だからよくできました、っていう俺からのお褒めの言葉」
よくできましたと言いながら顔を覗き込んでくる。
なんだろうカイルの浮かべた笑みが珍しく……。
邪気がない、とでもいうのか純粋なものに見えて――。
褒められた喜びと羞恥に顔が熱くなった。
「あ、りがとうございます」
暗くて良かった。
明るかったら絶対からかわれてる。
話は終わりと立ち上がったカイルの伸ばす手に掴まりアミルも立ち上がった。
知らぬ間に月の位置が随分と変わっている。
部屋に戻らなければと思った僕にカイルが顔を寄せる。
「じゃあ次は別のものを解消したげよっか」
耳をくすぐる囁きに先ほどとは違う痺れが走る。
ね?とほんのわずか耳元を掠めた指先にぞくりと震えた身体を縮こませる。
その反応だけで僕の答えがわかったのかカイルはこっちだよと歩き出す。
振り返らないその背中はまるで僕が逆らえないことを知っているみたいだった。
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