βは蚊帳の外で咽び泣く

深淵歩く猫

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愛とほざく。

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命の運転する車はエントランス・キャノピーのせり出した
30階建てビルの正面入口に綺麗に横付けされ
命と円がほぼ同時に車から降り立ち、二人が揃って颯爽とビルの中へと入って行く…

―――うわ…

二人がビルの中に入ると、もうすぐ深夜の時間帯になるにも関わらず
ビルの中は煌々こうこうと明かりが灯され
ざっと見た限り、黒いスーツを着た男女合わせて二、三十人位が
物々しい空気の中、広いエントランス内に待機しており
それらの視線がビルに入って来た命達に一斉に向けられ、円が一瞬怯む

―――アイツ等の腰に下げられてるピストル…M17…軍用ピストルじゃない…
   しかもアイツ等の視線と姿勢…
   ただの此処の社員って事は無さそうだね…

エントランス内にいる人々からの鋭い視線を無視し
無言で歩く命の一歩後ろを歩きながら、円が辺りを注意深く観察しながら歩く…

そこに一人の男性が静かに命達に近づき
まるでホテルマンのような綺麗なお辞儀をした後
抑揚のない口調で命達に話しかける

「命様。お父上が最上階のラウンジでお待ちです。
 案内致しますのでコチラへ――」
「…案内など必要ない。下がれ。」
「そうおっしゃられても困ります。どうか大人しく――」

男性が腰に下げたホルスターに手を伸ばす

「ッ!」

―――ちょっとちょっとっ!仮にもご子息に向かって銃抜く気っ?!
   どーなってるの?!この状況…っ、

円が咄嗟に言霊を込めた言葉を発しようと息を飲み込んだ瞬間
命の手が円の前にスッと伸び、静かにそれを制す

「…分かった。案内しろ。」
「…ではコチラへ…」
「…」

二人は男性の後に黙って続き、近くのエレベーターへ…
三人がエレベーターに乗り込むと
男性がインカムで「入った。」と何処かに通信を入れると同時に
エレベーターのドアが閉じられ、男性は何処のボタンも押していないにも関わらず
エレベーターは勝手に上昇を開始する…

―――何か…思いっきり罠に飛び込んだ気がするのだけれど――気のせい…?

エントランス内にいた多数の黒スーツといいこの状況といい…
円は一抹の不安を覚えながらチラリと命の方を見るが
命は微動だにしないまま正面を見据えており
円も命から視線を外して正面のドアを見る

するとエレベーターは何時の間にか目的の最上階に到着していた様子で
三人の目の前でドアがスゥ…と開くと
そこには間接照明の控えめな明かりで照らされた
高級感溢れる広いラウンジが広がっており

命達は再び先にエレベーターを降りていた男性の後ろに続いて
広いラウンジを歩き始める…

程なくして全面ガラス張りの窓の前に設置されたカウンター席に
一人の仕立ての良いスーツを着た男性が椅子に座り
グラスを傾けながら窓の外を眺め
その少し後方には、男性の護衛と思われる黒スーツを着た男性が二名
辺りの様子を伺いながら立っているのが見え
命と円に緊張が走る…

「…繋様、お二人をお連れしました。」
「…やっと来たか。」

コン…と男性がグラスをコースターの上に置くと
座っている椅子をゆっくりと回転させ、命達の方へとその身体を向ける

「…父上…」
「待ちわびたぞ命…それと――大神の小倅こせがれ…」
「…」

円が命の父である繋の小倅という言葉に一瞬ピクリと嫌悪の表情を示し
繋がソレに気づくが、構わずに片手を軽く上げると
周りの護衛達が静かにその場から離れていく…

「…それで?私に話と言うのは?」

護衛が後ろに下がったのを確認すると
繋は椅子の背もたれに深々と寄り掛かり、組んだ膝の上で手を組みながら
目の前に居る二人を若干見上げる形で尋ね
命がそんな自分の父親に険しい表情のまま
相手を射殺しそうな視線を向けながらその口を開く

「…洋一を…私の秘書を返して頂きたく…」
「秘書…?ああ!お前が飼っているあのβの事か!
 先程アレの匂いを嗅がせてもらったが――中々良い香りだったぞ?
 お前がアレに執着するのも分かるくらいにはな…」
「…ッ、」

もはや洋一を攫った事すら隠す気は無いらしい繋の物言いに
命は腸が煮えくり返りそうな思いをしながらも、グッと拳を握りしめ
努めて平静を装いつつ話を進める

「ならばもう…満足して頂けたでしょう?
 前以まえもっての貴方のご希望通り…洋一の匂いを嗅いだのだから…
 悪ふざけは止めて…返していただきたい。私の洋一を…」

平静に…冷静に…と――命は自分に言い聞かせ続けるが
洋一が今も何処かで自分の知ら無い場所に捕らわれているかと思うとうと
逸る気持ちを抑えきれず、その表情は悲痛に歪む…

「…“私の”…か。」

そんな命の表情を見て、繋が薄い笑みを浮かべながらその口を開く

「それほどあのβが大事か?命…」
「、…はい。」

真っ直ぐに繋の目を見て答える命に、繋の薄い笑みを浮かべたままの表情に
微か影が射す

「まあ確かに…先程あのβの匂いを嗅いだ際…他人には分からんだろうが
 微かにお前のマーキング臭があのβから漂っていたからな…
 βの…しかも男を抱くなど…何とも無意味な…」
「ッ、」

―――無意味などでは…っ、

繋の言葉と視線に、明らかに自分に対する侮蔑を感じ取り
命が悔しさを滲ませた表情で思わずギリッと歯噛みする

「…お前には将来この鬼生道を継いでもらわねばならぬというのに…
 子も成せぬβの男に現を抜かすなど…恥を知れ。命。」

その言葉に命はキッと繋を見据え、自分の意志を繋に示すかの様に声を上げる

「私は洋一を愛した事を、別に恥とは思ってはおりません。」
「“愛”とほざきおったかこの愚息がっ!」

バンッ!と自分の座っている椅子のひじ掛けを叩きながら繋が声を荒げ
見る者が見たら震えあがりそうな形相で、命を睨みつけ
それでも命は怯まずに言葉を続ける

「私は洋一を愛していると貴方にほざきました。それが何か問題でも?」
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