βは蚊帳の外で咽び泣く

深淵歩く猫

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匂いの効果。

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―――ッ、やはり…

命が一瞬でも父親を信じようとする心は
山下の一言によって打ち砕かれ…命がギリッと歯噛みする…

―――しかし…父は洋一を捕らえて一体何を…
   まさか…本当に洋一の匂いを嗅ぐ為だけに
   洋一を連れ去った訳ではあるまい…?

命が俯き、深刻な表情をしながら考え込む…
そこに円が急に何かに気がついて、ハッとしたかのようにその口を開く

「そーいえば…鬼生道家は大神家と並ぶ古いαの家系で…
 “α12血統”設立当初からの最古参メンバーの一柱だったね…」
「…?α12血統?何だソレは…」

命が怪訝な表情で円の方を見る

「…あきちゃんは昔その会議の場で僕と会ってるんだけど…覚えて無いか。」
「…?」
「兎に角…あきちゃんのお父様が
 過去に行われた“α12血統会議”の場に参加し
 そこで僕のお爺様の研究について何かしら聞かされていたら…
 その事でようちゃんを連れ去った可能性が――」

円の表情が苦々し気に歪む

「お爺様の研究…?お前のお爺様とやらは一体どんな研究を…」
「“匂い”によるαの能力の向上と因果…」
「それは一体どういう…」
「元々αは匂いに敏感で、匂いに影響され易い生き物だった。
 Ωのフェロモンしかり、互いにしかわからないマーキングの匂いしかり…」
「…」
「特にΩのフェロモンに関しては我々αの理性を奪うだけではなく
 その凶暴性を増し、身体能力をも普段の倍以上に高める…
 それについては前々から分かっていた事ではあるのだけれど――
 お爺様はそこに着目したんだ。


 匂いによってαの能力が向上するのであれば――
 その匂いによってαに更なる進化の道が開けるのではないか…と…」

円は一度大きく溜息を吐きだすと
意を決したように命の目を見つめながら
「ここからは聞いた話」と前置きをした上で、円がポツポツと語り始めた

「…初めの内、お爺様はΩのフェロモンについて調べていた…
 Ωのフェロモンから我々αの性欲や凶暴性を刺激する部分を抑えた成分を
 抽出し、それを薬として作り出せれば
 単純に能力向上の効果のみが得られるのではないかと考えたから…」

少し潮風が強く吹き始め、円が前髪を押えながら話を続ける

「しかし物事はそう単純なモノでは無く…
 Ωのフェロモンから性欲と凶暴性を刺激する成分を取り除くと
 “何も残らない”事が判明し…
 結局はΩのフェロモンによるαの身体能力の向上は
 性欲と凶暴性がイコールで
 単純にそれらがαの中枢神経を刺激して起きているものと分かり
 お爺様の研究は振り出しへ…
 
 お爺様が匂いの研究に関して行き詰まりをみせていた丁度その頃に…
 偶然ようちゃんが現れた…
 行く先々でようちゃんにα達が良い匂いがすると寄ってきて…
 その事に困り果てたようちゃんの母親が、幼いようちゃんを連れて
 大神家が所有する病院を訪れた事で事態が動きだすんだ。
 βなのに良い匂いを放つ子供がいると…」

―――洋一…

命が微かに眉を顰める

「その事がお爺様の耳に入り
 ようちゃんはお爺様の手によって調べられる事に…
 お爺様はようちゃんの存在に大変興奮したそうだよ。
 βからαにしか分からない匂いを発するというのは大変珍しく…
 というか今まで前例が無かったからね。
 これだけで学会に発表してもいいくらいに思えるほどには興奮したらしい…
 …ひょっとしてこの頃かな?お爺様が家に帰ら無くなったのって…」
「…?」

円が少し寂し気に微笑む

「兎にも角にもΩのフェロモンがαに対して様々な影響をもたらすように
 ようちゃんのαにしか分からない“匂い”にも
 きっと理由があると考えたお爺様は
 ようちゃんの匂いとようちゃん自信を徹底的に調べたそうな。
 ようちゃんから血液を採ったり汗や尿…唾液に涙…
 兎に角ようちゃんから分泌されるあらゆるものを調べたそうな…
 幼かったようちゃんからしたら耐え難い日々だったろうね…」
「………」

重苦しい空気が命と円を包み込み
円がフゥー…と大きく息を吐きだすと、再び続きを語り出す

「…ようちゃんの匂いを調べ始めて半年が経った頃…
 ようちゃんの匂いの成分を抽出する事に成功したお爺様は
 その成分を凝縮、液体化したものを
 自分を実験台にして注射としてみたところ
 思わぬ効果を実感する事となる…
 その効果というのが――」
「αの潜在能力の向上…」
「!?あきちゃん…気づいてたの…?!」
「…なんとなく…な…口では上手く言えないが…」

―――先程俺が契のフェロモンに抗えたのも…
   恐らくは洋一の匂いに影響され
   俺のαとしての能力が向上した事によるものなのだろう…


   出来れば…俺自身の力で抗えたと思いたかったが…


どこか悔しさを滲ませた表情をしながら命が拳を握る

「お爺様は僕の言霊が全く効かなくなったばかりか
 身体能力も全盛期並みの向上をみせ…
 お爺様は確信したらしいよ。
 ようちゃんの匂いこそが我々αを次のステージに導いてくれるとね…」
「…それで――
 その事をお前のお爺様がα12血統会議の場とやらで発表した事で
 父が洋一に目を付け…洋一が攫われるハメになったと…まったく厄介な事を…
 兎に角俺は今から洋一を――」

命が溜息を突き、再びスマホを耳に当てながら
山下に話しかけようとしたその時

『ッ、何をっ、ガタッ、ガタッ、、』
「山下?」
『離せ…っ!ぐっ、』
「山下っ!」


プツッ…プー…プー…


山下からの通話は突然途絶え…辺りは静寂に包まれた…
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