βは蚊帳の外で咽び泣く

深淵歩く猫

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届かない手。

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「さあようちゃん…僕のところに来て。」

円が未だ狼に腕を掴まれている洋一に向けて手を差し出す
するとそれを見た狼が洋一の腕を引き、自分の後ろの方に洋一を移動させながら
威嚇するように口を開く

「はあ?何言ってんだテメー…俺がコイツを大人しく渡すわけ――」
「…ホント、聞き分けの無い駄犬は嫌いだよ。“おすわり”。」
「…ッ、」

ハァ…と、面倒くさそうに放った円の一言で狼は一瞬にして表情を無くすと
洋一から手を離し、その場でそのデカイ図体をかがめて
犬のお座りのポーズをとりだし
それを見た仲間たちが狼狽えながら慌てて止めに入る

「ッ狼っ!何やってんすかっ!止めて下さいよっ!!」
「そうですよ狼さんっ!しっかりしてくださいっ!!」

ワラワラと狼と洋一の周りに集まり、騒ぎだした狼の仲間たちを見て
円がイラつきながら思わず大声を上げる

「ああもう煩いっ!ようちゃん以外全員“おすわり”っ!!」
「「………」」

円の大声で狼とその仲間たちは
洋一を囲む様にして一斉に黙ってその場でお座りをし始め
辺りは異様な光景に…

「…さ、ようちゃん…煩い犬は黙らせたよ?
 もう怖くないからコッチにおいで?」

円が再び洋一に向かってその手を差し出す…
しかし洋一は虚ろな表情をしたままその場から動こうとはせず
円に向けて小さな声で呟く

「…んで…」
「ん?」
「…なんで…俺に構うの…?円ちゃん…もう…ほっといてよ…っ、
 こんな…“匂い”にすら意味の無くなった俺何てもう…、」

命にとって必要とされなくなった自分の“匂い”に
何の価値も見いだせなくなった洋一は項垂れ、泣きながらその場に立ち尽くす…

そこに円が足元でお座りをし続ける狼達を避けながら
ゆっくりと洋一の方に近づき
項垂れている洋一の頬に手を添えて、その顔を持ち上げると
その視線を真っ直ぐ洋一の瞳に合わせ、優しく微笑みながらその口を開く

「…何言ってるの?ようちゃん…
 ようちゃんの匂いに意味が無いだなんて…そんな事あるハズないでしょ?
 だってようちゃんの“匂い”は――」

円が親指の腹で洋一の涙を拭いながら次の言葉を発しようとしたその時

トス…

「ッ、…?」

円の首筋に一本の注射器の様なモノが突き刺さり
円が慌ててソレを引き抜き、手の中に納まっている容器を眺める

「ッ!コレは…っ、」

円がソレが何なのかを確認すると同時に
全身の力が抜けたかのようにガクッと円がその場に膝を着き
首筋を手で押え、苦し気な表情で洋一方を見つめながら
震える唇で振り絞る様に言葉を紡ごうとするが――

「ようちゃん…にげ…っ、」

しかし円が言い終わら無いうちに黒いスーツを着た数人の男達が
暗闇の中から何処からともなく姿を現し
そのうちの一人が何が起こっているのか分からずに狼狽え
その場から動けずにいた洋一の背後にスッと回り込むと
ハッとなってようやくその場から逃げだそうとする洋一を羽交い絞めにし
もう一人が暴れる洋一の正面に立つと、手に持った布で洋一の口を塞ごうと
その手を洋一の口元に伸ばす

「ッ、やだっ!、ン”ン”ッ、やめ…、命さん…っ!」

洋一が咄嗟に命の名前を叫びながら身を捩り
自分の口を塞ごうと伸びる手から必死に顔を逸らして逃げようともがくが
逃げきれず…
抵抗虚しく洋一の口と鼻に何かを浸み込ませた布が強く押し当てられると
洋一はあっという間に意識を失い――

―――あきら…さん…

脱力し、立って居る事の出来無くなった洋一の身体を
背後に居た男性が受け止めると、インカムで何処かに通信を入れる

「…例のβを確保いたしました。」
『………』
「分かりました。すぐにソチラにβを連れて向かいます。おい、撤収するぞ。」

男性は通信を切り、他の男達に声をかけると
意識の無い洋一を抱えながら他の男性達と共に足早にその場を後にする

「ッ、よう、ちゃ…っ、」

遂に全身の力が抜けきった円はトサッと芝生の上に倒れ込み
薄れゆく意識の中…円は連れ去られていく洋一に向け懸命に手を伸ばす…

「よ……ちゃ…」

しかしその手が洋一に届く事は無く…
円はそのまま意識を失った…
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