βは蚊帳の外で咽び泣く

深淵歩く猫

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犬は喜び庭駆けまわり…

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「…久しぶり。元気してた?βくん」

笑顔で洋一に手を伸ばしながら近づいてくる狼に
洋一は逃げたくても背後から肩を掴まれて動く事も出来ず…

「やっ…、離してっ!あき…、ッ、」

洋一は咄嗟に命に助けを求め、その名を叫ぼうとしたが――


『で?皆瀬さん…Ωでも無い貴方が――
 命さんの傍にいて…一体何の役に立つというんです?』


「…ッ、」

咄嗟に出そうになった声を洋一自身が噛み殺す


―――そうだ…もう…命さんの傍に居る必要のなくなったこの俺が…
   今更命さんに助けを求めてどうなるっていうんだ…

洋一の瞳から色が消えていく…

―――元々は…命さんにとって価値があったのは俺の匂い…
   命さんをΩのフェロモンから守る為の…“俺自身”じゃない…

洋一が改めて命にとっての自分の役割と価値が何だったのかに気づき
俯きながらキュッと下唇を噛みしめる…

―――でも…そんな命さんにとって価値のあった俺の匂いも…
   命さんの“運命の番”である水鏡さんが現れた事でその価値は無くなる…
   だって…命さんが水鏡さんと番ってしまえばもう…
   命さんは他のΩのフェロモンの影響を受けなくなるんだから…

命の秘書である佐伯がそうであるように…

洋一が抵抗する事を諦めたのか肩の力を抜き、漏れそうになる嗚咽を押し殺す…
   
―――そうなったらもう…俺が命さんの傍に居る意味なんて…、無い…
   

   子も成せず…匂いにすら価値のない…本当にただの役立たずなβ…
   

   こんな…命さんに必要とされなくなった俺なんてもう…どうなったって――

洋一が小さく震えながら拳を握り締める…
そこに狼の手が俯いている洋一の顎をクイッと持ち上げ、顔を上げさせる

「…どうした?やけに大人しいなβくん…
 泣き叫んで“命さん”に助けを求めなくてもいいのか?」

口角を上げた意地の悪い笑みを浮かべながら狼が洋一に尋ねる
すると虚ろな瞳をして表情を無くした洋一が
狼の目を見ながら小さく呟いた

「…好きに…したらいい…」
「あ?」
「βの男なんて…“オモチャ”にする以外価値がないんだろ?
 だったら好きにしたらいい…
 どうせ…何の価値も無くなった俺何てもう…」

洋一の虚ろな瞳から涙がツゥ…っと零れ、頬を伝う

その時


「…何の価値も無いだなんて…誰が言ったの?」


「ッ!?誰だっ!」

突然の第三者の声に驚き、狼と仲間たちが辺りを見回し始める
するとそこに男女とも性別の判別しにくい声で

「“おすわり”」

という言葉が辺りに響き、それと同時に
狼達の背後にいた仲間数人が急にその場に両手を着き
まさに犬のお座りのポーズでその場にしゃがみ込み始め――

「…ッ、お前達…一体何して――」

狼が洋一の二の腕を掴みながら仲間のその行動に狼狽え
他の仲間たちも「何があったんだ」としゃがみ込んでいる仲間の身体を
揺すったりしながら辺りを警戒し出す…
そこに生気をなくした洋一が
お座りをしている狼の仲間たちがいるその先を見つめながら小さく口を開いた…

「…まどかちゃん…」
「なに…?」

洋一の一言に、狼も洋一の見つめる先を目を凝らしてみて見る…
すると今まで陰になっていた場所にスッと月明かりが差し込み
そこに真っ直ぐに立つ人影と、キラキラと輝く銀糸が見え――

「…誰だ?テメー…」

狼が唸るような声で人影に向かって尋ねる

するとその人影は青白い月明かりに照らされながら
ゆっくたりと歩調で洋一達の方に近づきその口を剣呑な雰囲気と共に開いた


「ん~…誰に向かって口聞いてると思ってるの?駄犬。
 それより――さっさとその汚い手をようちゃんから離さないと――
 


 お前を“犬”と思い込ませて…
 その辺を仲間と一緒に四つん這いで走り回させるよ?」
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