βは蚊帳の外で咽び泣く

深淵歩く猫

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聞きたい事。

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水鏡との約束の時間が近づき
洋一は機を見計らってリビングでくつろいでいた命に話しかける

「…命さん…俺…今からちょっと出かけて来てもいいですか?」
「…もうすぐ夕食の時間だが――こんな時間に一体何処へ…」
「ちょっと…浩介と二人で飲みに…」
「ッ、篠原と…?それは――」

駄目だっ!…と、咄嗟に口から出そうになったが
命の“運命の番”の出現により
昨日からずっと塞ぎ込んでいた洋一の様子を見てきただけに
命は一概に即否定は出来ず…

現に今も浩介と飲みに行くと言っておきながら
その表情はまるで死地にでも赴くかのように思いつめていて――

―――篠原と飲む事で…少しでも洋一の気持ちが晴れるのなら…

そう思いなおし、命が重い口を開く

「…分かった。山下がまだ客室の方で待機して居たハズだから
 彼に送ってもらうといい。」
「え…でも…」
「どっちにしろ…こんな時間にお前を一人で出歩かせる訳にはいかない。
 …せめて山下がお前の傍に居ると分かれば俺も安心できるし…頼む。」

命の余りにも自分の事を気遣う眼差しに、洋一も断る事は出来ず…

「…分かりました…山下さんに送ってもらいます。」

洋一は申し訳なさそうに命に向けて少しだけ微笑むと、その場を後にし
命はそんな洋一を引きとめたいのをグッと堪えながらその背中を見送った…



―――俺…命さんに嘘…ついちゃった…

命の言い付け通り、山下に契との約束の場所まで送ってもらう為に
客室まで俯きながら歩く…

―――けど…こうでも言わないと命さん…
   俺が水鏡さんと会う何て話したら着いてくるって言いかねないし…
   俺はソレを避けたいのに…着いてきちゃったら命さん…





   また…水鏡さんだけを見て…俺なんて…っ、





「…ッ、」

洋一の瞳がどんよりと曇る…

―――嫌だ…そんなのもう嫌だ…、

イタリアンの店で…
自分なんて入る余地など無いほどに見つめ合っていた二人の様子を思いだし
洋一の表情が悲痛に歪む…

―――命さんにはもう…水鏡さんに会って欲しくない…関わって欲しくない…っ、

要にすら抱いた事の無いような…嫉妬と独占欲の入り混じったどす黒い感情が
洋一の中で渦巻き始め…

「ッ、」

洋一がソレに気づいて息を飲み込み、我に返ると
下唇をキュッと噛みしめる…

―――駄目だ…こんな事思ってちゃ駄目なんだって…

洋一がゆっくりと顔を上げ、前を向く

―――離れたくない…“運命”に抗って欲しい…俺だけを見ていて欲しい…
   水鏡さんに会って欲しく無い、関わって欲しく無い…
   


   どれも俺の醜い本心…


   だけど


   命さんには幸せになって欲しい…
   だからこそ俺なんかのせいで命さんが“運命”と共に歩もうとするのを
   邪魔したくないと思うのも――


   俺の…なけなしの良心が見せる本心…
   


洋一の瞳が二つの本心との間で迷いで揺れながらも
それでも前を見据えて歩く…   

―――けど今は…そんな俺の本心何かより
   水鏡さんに聞いておきたい事があるんだ…

洋一が今一番…契に聞きたい事…

―――『水鏡さんは今…命さんの事をどう思っていて…
   これからどういった関係を命さんと築いていきたいのか』って事を…

ぶしつけな質問になる事は承知の上で
洋一が昨日から心の中に書き留めていた事を反芻する

―――多分…水鏡さん自身も昨日初めて“運命”である命さんに会ったばかりで
   色々戸惑っているかもしれないけど…
   それでも…それでもやっぱり聞いておきたいんだ…


   水鏡さんの想いを…


洋一がグッと拳を握りながら客室の前に立つ

―――水鏡さんの命さんに対する思いが聞けたのなら――
   俺自身…何かしらの答えが見つかって…決心がつくかもしれないから…


   

   …身を引くか否か




洋一が意を決して客室のノックをし、部屋の中にいた山下に声をかける

「…山下さん、ちょっと送ってはいただけませんか?」
「構いませんよ。どちらまでですか?」
「ここから車で20分程の臨海公園まで…」
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