βは蚊帳の外で咽び泣く

深淵歩く猫

文字の大きさ
上 下
112 / 128

操りたい運命。

しおりを挟む
 スタッフを連れて戻った時、愛する人がいなくなった。世界が終わったかと思うほどの喪失感が俺を襲う。

 どこのどいつが、俺の妻を……!

 彼女が勝手に何処かに行くわけがない。誰かが俺の愛する人を連れ去ったに違いないと思い、瞬時に普段あまり使わない魔力を開放して、リフレーシュの気配を手繰った。すると、人混みからかなり離れた暗い繁みに、彼女が着ていた服が乱雑に落ちているのを見つける。

「リフレーシュ……!」

 スタッフも、俺の婚約者が行方不明という事態に騒然とし、彼女の捜索を開始するが、いかんせん雑多な人混みの中だ。
 即時に出入り口には、怪しい人物が出入りしないように警備が配置され、恐らくは獣の姿になっているリフレーシュを見かけたら、すぐに連絡が入るようにしてくれた。とりあえず、誘拐されてどこかに連れていかれるような事態にはならないだろう。だが、園内で酷い目にあっていないだろうか。

 きっと、ひとり寂しく泣いているに違いない。

 つい先ほど、二度と彼女を泣かすものかと誓ったばかりだというのに、なんという体たらく。安全な場所だし、足が痛そうだからといって、彼女をひとりになどするんじゃなかった。

 必死にあちこちを探していると、待ち合わせ場所から随分離れた観覧スペースで彼女が俺を呼ぶ声が聞こえて来た。耳を塞ぎたくなるほどの人の雑多な声と、パレードが始まる前のファンファーレの中、俺だけに聞こえる誰よりも大切な人の音色。

 その音だけを頼りに、俺は走る事が困難な人混みを避けるために跳躍した。人と人のつくる僅かなスペースに着地して、何度かジャンプすると、女性スタッフの腕の中で「ぴぇ~!」と俺の名を繰り返す愛しい人の姿が見えた。

 そっと彼女をスタッフから返してもらう。

 汗をかき、息を荒げた俺の中で、初めて抱きしめた時以来の姿で縋り付いて来るリフレーシュの高い体温を感じ、ようやく俺の心臓が再び動き出したかのように感じた。

 俺の名と、待ち合わせの場所から離れてごめんなさいと謝り続ける彼女の涙と鳴き声は、俺の胸をぎゅうっと締め付ける。

 徐々に落ち着きを取り戻した俺たちを、スタッフが地下通路を使い、予定してた観覧のバルコニーに案内してくれた。

 ウォンバット姿のリフレーシュもとっても愛らしい。俺に全身全霊で縋って甘えてくるとか、可愛い以外の何者でもないだろう。

 撫でて撫でてって強請られたら、断るなどという選択肢は俺にはない。望むところだ。

 パレードそっちのけで、彼女のもふっとした毛皮に指を入れて撫でる。毛の流れに沿って、外敵を粉砕できるという厚い皮に覆われたおしりやしっぽまで。おしりに触れた時、恥ずかしがって身もだえた彼女はとても愛らしい。

 流石に、足の間の女の子の部分はやめておいたが、背中を毛の流れに逆らって、スーっと撫でると、くすぐったいのか、ぶわっと毛が逆立って震えたりする彼女の反応が、いちいち可愛くてたまらない。

「ぴぃ、ぴ……」

「ああ、俺もずっと撫でていたい。いいか?」

「ちゃちゃ」

 彼女が言うには、ずっと撫でて貰いたかったらしい。メモリ殿下は、ウォンバットの生態にあまり詳しくないから、撫でまわされすぎると、本気でリフレーシュが俺を嫌がって嫌われると思っていたようだ。

 まあ、リフレーシュの場合、撫で撫でして欲しい気持が、他のウォンバットよりも強いみたいだから、思う存分、これからは撫でまわせると思うと滅茶苦茶嬉しい。

 だが……

 愛する彼女に触れ、体中を触る事が出来ている。うん、確かに望んでいた。望んでいたが……

 ちょっと、コレジャナイ感がする。

 俺と彼女は婚約者同士で。今日こそ、彼女に触れたかった。彼女の全てを知り、思う存分イチャイチャしたかった。

 イチャイチャ……は、出来ている。うん。甘えてくれて、俺も撫でて。ふたりの気持ちは最高潮に盛り上がり、甘いムードが漂っている。

 だが、やっぱりコレジャナイ。

 悶々とした釈然としない何かの正体は分かり切っている。この状態は、もふもふを堪能して幸せなだけだ。十分幸せなのだが、俺としては、もっとこう……


 だが、安心しきって俺に体全体を預けている、愛しい彼女に、どう伝えたらいいのかわからない。

「ぷぅ?」

 どうしたの? と、俺の様子が少しおかしいのを察した彼女が、顔をあげてピュアでつぶらな、清純そのものの瞳を向けて来る。

 うっ……

 俺の心にある、邪な下心が、100%濃縮ピュア成分に押しやられて怯む。

「いや……その……。リフレーシュ、あの、だなー……」

 穢れが、清浄を通り越した涅槃寂静すらない、無の彼女に、俺と一夜を共にして欲しいなどと言えるだろうか?

 女の子の相手に慣れている殿下とかなら、自然と誘って本願を果たしているだろうが。いかんせん、俺は未経験だし、女の子の扱いなんてこれっぽっちも知らない。どうやって誘えばいいんだ?

「……?」

 もぞりと動いた彼女が、心配そうに俺の悩んでいる顔を覗き込んでペロっと舐めてくれた。厚いおしりが、体を起こしたために、俺の中心に当たったため、むくりと俺の欲望が鎌首を持ち上げてきて焦る。

「ああ、なんでもないというか……その。リフレーシュ」

 言うんだ。散々、彼女を離接するホテルに誘って、めくるめく愛の一夜を過ごすためのセリフを練習してきたじゃないか。

 困り果てた俺は、さりげなく誘う言葉を出せるはずもなく、別に準備していた下心を感じない言葉を彼女に贈る事にした。

「誕生日、おめでとう。本当は、観覧車でお祝いしてプレゼントを渡すつもりだったんだ」

 今日は、彼女が成人になる記念日。一生に一度きりのその日に、一緒に過ごしたいとずっと思っていた。

「ち……!」

 彼女が驚いて、体全体を感激で震えさせて俺に抱き着いて来る。ぎゅっと抱きしめて、今言うしかないと決心した。

「リフレーシュ……今日は、離れたくない。君の、18になった今日、俺と一緒にずっと過ごしてくれないか?」

 俺は、ポケットに忍ばせた指輪を彼女に見せた。獣化状態なので、指にはめる事は出来ないが、セットのネックレスに通して首にかける。

「……」

 少し黙った彼女は、その真意を理解したのか、俺をじーっと見つめて、そして、俺といたいと言ってくれたのであった。

 レイトー殿下とメモリ殿下が、今回のお詫びに、隣接するホテルのスイートルームを抑えてくれている。俺は、彼女の返事を聞くや否や、まだパレードが終わっていないにも拘らず、彼女を抱えてテーマパークを後にした。

 正直、頭が沸騰しそうなほど嬉しい。やっと、女の子と、しかも、最愛の人とあんな事や、こんな事が出来るんだ。興味なさげに振舞っていたが、俺も男だから、ずっと興味はあったしシたいとは思っていた。

 だが、やっと。苦節18年と少し。ようやく、俺も経験する事になるんだ。

 彼女も勿論初めてだろう。怖がらせないように、彼女にとっても一生に一度の、最高の思い出にしたい。

 魔力認証で簡単に開く扉。自動で閉まるその時間すら惜しい。

「リフレーシュ……人化してくれないか? 君と愛し合いたい」

 早速キスをしようとしたが、ウォンバット姿の彼女と、人化状態の俺ではサマにならない。ラッコの姿になったとしても、少々やりづらい事もあり、彼女に頼んだ。

 俺の腕の中で、逡巡した彼女が、ぷるりと震えて姿形を変えて人化してくれた。

「フレイム、さま……」

「リフレーシュ、愛している」

 頬を真っ赤にした彼女が、瞳を潤ませて俺を見つめて来る。人化した全裸の彼女は、もじもじして恥ずかしそうだ。もう、たまらん。

「あまり、見ないでください……」

「……」

 俺としては、全てを隅から隅まで見たいに決まっている。だが、今日は俺たちの初夜だ。彼女の願いを叶えるべく、室内を照らすライトを魔法で消した。

「フレイムさま……あっ……」

 俺は、暗がりの中でも見える彼女の白くてきめ細やかな柔肌を抱きしめながら、ふんわりした唇にキスを落し、そっとその柔らかなふくらみに右手を当てたのだった。









清浄(せいじょう):10の-21乗
涅槃寂静(ねはんじゃくじょう):10の-24乗
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

処理中です...