βは蚊帳の外で咽び泣く

深淵歩く猫

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絶叫。

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バンッ!と命が車のドアを乱暴に閉めると
焦った様子でエントランスに向けて歩きだす

「命様!」
「――佐伯、お前は此処で山下と一緒に待機していろ。
 …どうも嫌な予感がする…」
「…分かりました。」

命は佐伯にそう言い残すと単身、エントランス内へと入って行く…

『ヤバイやつが洋一の事狙ってるんだってっ!!』

―――篠原のヤツ…何がどうヤバイのかちゃんと説明してから電話を切れ。
   ヤバイだけでは対処の仕様が…

浩介からの電話に不安を煽られ
逸る気持ちを抑えきれずに、その足はおのずと駆け足になるが――
数メートル進んだ先で命の足が徐々に勢いを無くしてその場で止まる

「、おせーよ…っ!“命様”…」
「…篠原…コレは一体…」

目の前に広がる光景に命が言葉を失う…
それというのも浩介は両手と両膝を床についた状態で固まり
コンシェルジュ二人はまるでマネキンの様に微動だにせず
そして何より――

「洋一…」

四つん這いの浩介を前にして、命の見覚えの無い人物に腰を抱えられ
コンシェルジュ同様に表情を無くし
自分の方を見ようともせずに無言で立ち尽くす洋一の姿に
命は違和感を覚え、眉を顰める

そこへ――

「そこ…退いてくれないかな?あきちゃん。」

洋一の腰を抱く円が馴れ馴れしく命に声をかけ
命が不審に思いながら円の方を見る

「あきちゃん…だと…?俺に向かって言っているのか?」
「そーだよあきちゃん。…覚えてない?」
「…?何がだ。」
「――まあ…覚えてなくてもとーぜんかぁ…
 僕たちが会ったのは20年くらい前の事だし…
 そんな事より――」

円の瞳がスッと鋭くなる

「こーちゃんと同じく――“僕の前に膝まづけ。命”…」
「ッ?!」

円のその一言に、命の身体は自分の意志とは関係無く
膝が徐々に頽れていき――

「くッ…何だ…っ、コレはっ!」

自分の身体が全くいう事を聞かず…
まるで誰かに無理矢理押えつけられている様な感覚に
命はもがき、抗う

その様子に円はクッとその表情を歪ませる…

―――やはり…鬼生道には僕の言霊は完全には効かないか…

他の人なら――
あるいは洋一やコンシェルジュの様に円が何かしらの言霊を使えば
行動はおろか、その意識すら完全に支配下に置く事が出来るハズなのに…

命も浩介もその言霊を使ったにも関わらず
依然意識を保ったまま円に抗い続けている事に
円は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる

―――あきちゃんはともかく…こーちゃんはどうして…

思い通りに事が進まずに苛立ち、自分の親指の爪を噛み始めた円に
エントランスホールに姿を現した神代が声をかける

「大神様。」
「…神代。」
「正面玄関で邪魔が入り、八咫が対処しておりますが――
 長く持ちそうにありません。洋一を連れて早く車の方にお戻りください。」
「…分かった。行くよ?ようちゃん…」
「…」

円が洋一の耳元でそう囁くと
動けなくなっている命達の前を、円は洋一を連れてその場から離れ始め――

「ッ!オイ…ッ、“命様”何とかしろ…っ!
 このままじゃ…洋一が連れていかれちまうっ!!」
「―――ッ、よう…いち…っ!」

浩介が両足に力を入れ、何とかその場から立ち上り
命もまた、遠ざかりつつある洋一の背中に手を伸ばし
よろめきながら立ち上る…

「いっ…くな…、」

命が思うように動かない身体を引きずる様にして一歩前へと足を踏み込む

「行くな…洋一…っ、」

『…離れ…ないで…っ、置いてかないで…!――要…みたいに…』

―――離さない…

また一歩…今度は先ほどよりも力強く前へと進む

「頼むから…」

『お前こそ…俺から離れるなよ?洋一…』

―――絶対に…離すものか…っ!

涙の滲みだした命の瞳が、ユラユラと金色に輝きだす

「行かないでくれ…っ!





 洋一っ!!!」





あらん限りの命の絶叫が
広いエントランスホール内に響き渡った――
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