ヤクザ、ホームレスを飼う。

深淵歩く猫

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着いて行った時点で…

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風呂場に閉じ込められ、如月は仕方なく脱衣所で患者着を脱ぎ籠に入れ
浴場へと足を踏み入れる

―――風呂入るの…久しぶりだな…

普段は濡れたタオルなどで身体を拭いたり
公園の水飲み場などで髪を軽く濯(すす)ぐ程度にしか洗えなかったため
久しぶりのまともな風呂に、如月は年甲斐も無く少しテンションが上がる
それと同時に――

―――どうせまた…すぐに元のホームレス生活が待ってるんだ…
   こんな事で浮かれてたら後が辛いだけ…
   さっさと身体洗って黒崎さんにお礼を言ったら此処から離れないと…

現実が脳裏を過り、浮かれた心が急激に冷めていくの感じながら
如月は洗い場に足を向けた…


如月が浮浪者生活で汚れきった髪と身体を入念に洗い
無造作に生えていた髭などを剃って湯船に浸かるなどしてから一時間以上が過ぎ――

久々の風呂で少しゆっくりしすぎたかと…
さっぱりとした気分で如月が風呂から上がって脱衣所に戻ると
いつの間にか籠に入れていた患者着が消え
代わりに別の服と靴が用意されていて――

―――これ…黒崎さんが言っていた…?

如月はいつの間に風呂場に黒崎が入ってきていたんだと驚きながらも
籠に入っていた下着や服を身に着けていく

ベージュのカーディガンに白のクールニット
オリーブのチノパンに靴と――
靴以外は如月には少し大きかったが
久しぶりに着た真新しい服の感触に感動しつつも
またすぐに如月は何とも言えない感傷に浸る…

―――だから…っ!どうせすぐにホームレスに戻るんだから…っ、
   こんな事で浮かれるなって…!

如月は軽く下唇を噛みしめ、俯いて暫く湧き上がって来る感情を何とか抑え込み
ドアの前でまだポタポタと水滴が滴り落ちている前髪を
片手でザッと後ろに掻き上げると
意を決してドアを開け、ゆっくりと浴室からでる…
するとドアの横から突然――

「気持ち良かったでしょ?久しぶりの風呂は。」
「わあっ!?」

黒崎に話しかけられた事に驚き、如月は思わず大声を上げる

「…何もそんなに驚かなくても…」
「ッ、ぁ…ゴメ…」

如月はドアの横で腕を組み
壁に寄り掛かりながら如月の事を見つめる黒崎から
咄嗟に一歩後ずさって距離を取ろうとするも
丁度閉じたドアが壁になってしまい、それ以上は動けず…
如月はドアに背中を押し付けながら隣に立つ黒崎の事を見つめる

「それにしても――」

黒崎が如月の正面に移動し
ドアに寄り掛かっている如月の横に片腕を添え、もう片方の手で
髭を剃り、綺麗になった如月の顎のラインに指を這わせながら呟く…

「見間違える程…綺麗になったな…」

顎を沿ってた黒崎の指先が如月の顎の先端へと辿り着き
その指先でクイッと如月の顎を軽く上向かせると
この状況に戸惑い、揺れている如月の瞳を覗き込むようにしながら言葉を続ける…

「“あの頃”の貴方に――戻ったみたいだ…」
「――ッ、」

“あの頃”という言葉に如月の身体が強張る

そこに黒崎が如月の首筋にスッと顔を近づけ
鼻先を掠(かす)めるように首筋に沿わせながら口を開く

「――余程丹念に洗ったんだな…身体…良い匂いだ…
 もういっそ――ココで食べてしまおうか…」
「…?」

―――食べるって――一体何を…??

如月が黒崎の言っている言葉の意味が分からず
困惑しながら自分の首筋の匂いを嗅いでいる黒崎に視線を向ける
そこに突然

「こーら!こんな所で盛んなケダモノ。」

バシッ――と、手に持っていた紙袋で椎名が黒崎の後頭部を叩く

「いってぇ~なぁ~…何すんだ、バカ椎名。」
「何すんだはコッチのセルフ。こんな所で食おうとすんな。」
「…お前が俺に入浴許可出してくれてたら
 こんな所じゃ無くて風呂場で食ってたわ。」
「ッ、余計悪いわバカっ!」

バシッ!と…さっきよりも強く、今度は手で椎名は黒崎の頭をブッ叩き
如月は2人のやり取りの意味が分からずに
ポカンとしたままその場に固まっていると

「あ、ゴメンゴメン。えーとぉ~…如月さん…だっけ?はいコレ。」

椎名が手に持ってた紙袋を如月に差し出す

「…コレは…?」
「痛み止め。一週間分入ってるから――
 切れてまだ痛むようだったらまたおいで。出してあげるから。」
「え…でも私お金――」
「いいのいいのwお金はそこのケダモノからもらうから。」
「…誰がケダモノだ。」
「お前だよ、お前!狼の耳と尻尾が見えてんぞ。」
「コイツ…」

如月の前で和気あいあいとじゃれつきだした2人に
如月は戸惑いながら声をかける

「あの…っ!」
「…ん?」
「昨日は…助けていただき、有難うございました…
 それで…あの…っ、私、もう――行かないと…っ!
 本当にお世話になりました!それじゃあ――」

如月が2人から背を向け、慌ててその場から立ち去ろうとする
そこに黒崎の手が伸び、ガシッと如月の腕を掴む

「…ッ!?」
「行くって――何処へ…?行くトコなんて無いだろ?
 ホームレスの如月優一さん。」
「……っ、」

黒崎の言葉に如月が悲痛な表情を浮かべ、唇を噛みしめる
そこに黒崎が薄い笑みを浮かべながら如月に向かって話を持ち出してきた…

「――俺の“条件”さえ飲めば――貴方に住むところと食事…
 それと――“アイツ等”から守ってやれるが――どうする…?」
「…ッ!」

それを聞き、如月がバッと黒崎の方を振り返る

「私が…“アイツ等”に追われている事を…?」
「勿論知ってる。で、どうする?“条件”を飲むのなら――
 貴方はもう、逃げなくても済むし、衣食住に困らない生活を約束するが…」
「…“条件”…とは…?」
「それは俺の家に着いたら話す。どうする…?」

如月は黒崎の言葉をそのまま信じていいかどうか一巡したのち――

「…分かった…貴方の家に行って…その“条件”とやらを聞かせてくれ…」
「そうこなくっちゃ!それじゃあ早速俺の家に向かうとしよう。
 椎名、世話になったな。後で治療費、振り込んどくから!」
「…何時もの倍寄越せよ。ケダモノ。」
「ハイハイ。」

黒崎は椎名にヒラヒラと手を振ると
項垂(うなだ)れている如月の腰に手を回して歩きだし
椎名はそんな2人の後姿を見送りながら如月に同情する

―――ああ…ありゃ“条件”飲もうが飲むまいが
   どっちにしろ黒崎には食われるな…

家に連れ込まれた時点でもうオシマイ。the.end,

―――如月さんの免許書見たけど――40歳…だっけ?
   40年間守り通してきたもの
   (本人は守ってるつもりはないんだろうけど――)を散らされるって――
   一体どんな気分なんだろうな…
   ま、俺は男も女も散らす方だから永遠に分かんないんだけど。

椎名は心の中で今日、食い散らかされるであろう如月に合掌しつつ
急な患者に備え、自分の持ち場へと戻って行った…
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