白昼の悪夢

水笛流羽(みずぶえ・るう)

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白昼の悪夢

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 静かな呼吸を立てて目を閉じている「彼」は、作り物めいてあまりにも美しい。感嘆の思いでその眠りを見守っていた。
 繊細な印象を与える少し色素の薄い髪も、程よく日に焼けていながらなお滑らかな肌も、均整の取れたしなやかな体も、すらりと長い器用そうな指も、端正なその顔立ちも、今は瞼の下に隠れている瞳の理知的な輝きも。彼は本当に、どこをとっても美しすぎるほどに美しい。見る者のある種の欲望を掻き立てずにはいられないほどに。
 離婚か死別かは知らないが今の彼に配偶者はないし、今日に限って不意に訪ねてくる相手もいないだろう。彼の息子が小学校から帰ってくるまでにはまだしばらく時間はあるだろうが、無限に猶予があるわけでもない。そんなことを考えながら絹のような髪に触れてみると、その感触で彼は目覚めたようだった。
「……ん」
 吐息のような声を漏らした彼が小さく身じろぐ。そのわずかな動きの中でも何らかの違和感を敏感に感じとったらしく、秀麗な眉の間に小さな皺が刻まれる。そして長い睫毛が震え、やはり少し色素の薄い瞳がゆっくりと顔を覗かせた。
 初めぼやけていたその瞳はすぐに、覗き込むこちらを見とめてはっとしたように見開かれた。反射的に起きあがろうとして、そして遅ればせながら彼も気づいたらしい。眠って、いや、気絶していた間に、手足を拘束され肌を暴かれていたことに。
「大人しくしてくれれば、悪いようにはしない」
「……」
 鋭利なナイフを示しながら語りかけて、もう一方の手で優しく頬に触れる。だがすぐに嫌そうに振り払われた。状況を確認するように視線が小さく動くので、知りたがっているらしいことを先に伝える。
「俺とあなただけだ。あなたが眠っていたのは15分ほど。玄関には鍵をかけた」
「……お気遣いをどうも。いきなりスタンガンを当ててくる前にも、それを発揮してほしかったものだね」
 皮肉のこもった言葉が逆に愛らしく思える。思わず唇を緩ませながらもう一度頬に触れた。彼は今度は振り払おうとはせず、ただ少しだけ目を眇める。
「……この歳の男をわざわざ選んで強姦か? 物好きだな」
「話が早くて助かるよ」
 平静で落ち着き払った態度を意外に思いながら返答し、掌に包んだ頬をそっと摩る。隠すつもりのないらしい不快げな色を滲ませながらも、彼はもう触れる手を拒まなかった。
「あなたを見ていた。ずっと」
「……こんなに嬉しくない好意を向けられたのは、初めてかもな」
 冷めた声で言い捨てた彼の眼がちらりと動き、おそらくは壁の時計を確認した。そして一呼吸だけためらい、こちらを見上げてまた口を開く。
「抵抗はしない。だから、……せめて、寝室で」
 かすかに懇願の響きのある声。そうだねと考えるふりをしたが、答えなど最初から決まっていた。
 ソファの脚に縛り付けたその手を解くリスクは冒せない。腕力のない自分は正面切ってでは勝ち目がないと踏んでいたからこそ、言葉巧みにドアを開けさせてすぐにスタンガンで気絶させたのだ。圧倒的にこちらが優位であり続けることが必要だ。
「ココの方が、興奮するだろう?」
 空惚けながら既に剥き出しにしていた彼の腰をなぞる。思わずといった様子で身を竦ませた彼は迷うように睫毛を震わせた。そして一拍置いて、諦めに似た響きをかすかに滲ませた声がどこまでも気丈に言い捨てる。
「……手短にしてくれると、嬉しいね」
「あなた次第だよ」
 優しく答えて唇を重ねる。彼は受け入れも拒みもせず、ただ口付けを受け止めた。

 一刻も早くコトを済ませたいらしい彼は、宣言通り抵抗らしい抵抗をひとつも見せなかった。警戒しながら足の拘束を解いてやっても暴れ出すことさえなく、自分から物慣れた様子で脚を開きさえした。そして面食らうこちらを見上げて皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「初モノにしか勃たないタイプかな? ご期待に添えなくて悪いね」
「……あなたなら別だよ。言っただろう、俺はずっとあなたを見ていた」
 挑発をいなしながら自分の内面を確認する。じりりと燃えあがろうとする暗い炎は抑えるべきものか、燃やし立てても構わないものか。
 この程度の状況は想定内だ、一つの可能性として考えていたことだ。これほど美しい人が「遊んで」いない方がおかしいのだから。必要以上に衝撃を受けるべきことではないし、そうしようとも思わない。
 だが一方で、自分ではない男を知っている美しい体が堪らなく憎らしいように思えた。この暗い炎はきっと嫉妬なのだろうと静かに結論付けながら、ほとんど無意識に口が動く。
「……予定よりも、酷くするかもしれない」
「お好きなように」
 考える前に漏れた脅しめいた言葉は冷笑でいなされる。こちらももう取り合わずに、皮肉げに歪む肉の薄い唇を指で辿った。
「舐めて」
 短く促すよりも早く、彼は従順に口を開いて指を受け入れていた。指に舌を絡み付かせて舐り、唾液を絡ませてくる。まとわりつく温かくぬるついた感触を楽しみながら悪戯に指先を動かしてみても、すぐに追いついて一層熱心に舌を絡めてくる。
 迷いない様子で指への口淫を続けながらも、彼はひたりとこちらの目を見据えた視線を揺らすことさえしなかった。視線で威圧して萎えさせようとしているなら、完全に逆効果だ。
「あなたの眼はとても綺麗だ。見詰められるとゾクゾクする」
 思ったままに伝えれば綺麗な瞳にかすかな感情が滲む。それは呆れだろうか、嫌悪だろうか、それとも別の何かだろうか。名付けるつもりもないその色を愉しみながら、温かく濡れた口腔からゆっくりと指を引き抜いた。
「おしゃぶりが上手だね。別のモノも舐めて欲しいくらいだよ」
「いつでもどうぞ?」
 挑戦的に見上げてくる彼の言葉に乗せられてその口に男性器を差し入れれば、思いきり歯を立てられて形勢逆転を図られるばかりだろう。刺々しい駆け引きさえもが堪らなく甘く感じられて、ただ微笑んで答えた。
「冗談だよ。あなたに酷いことはしたくない。必要以上には、ね」
「何を今更、……っ」
 言葉を遮るように後孔に指を埋め込むと、対応しきれなかったらしい彼が苦しげに息を詰まらせる。やわやわと指を動かしながら優しく宥めた。
「息を止めないで。やり方は分かってるだろう?」
「……る、さい……」
 かすかに震える声で吐き捨てた彼が苦しそうに息を吐く。同じ苦しげな様子ながら努めて呼吸を繰り返しているので、暴く指先は止めないままにその額にキスを落とした。
「そう、上手だよ。あなたが協力してくれれば、それだけ早く終わる」
「……分か、ってる……」
 苦しげに吐き捨てて、そしてまた無理に息を吸う。圧迫感と異物感に耐えながら努めて呼吸を続けるその姿が堪らなくいじらしくて、指を増やしながらもう一度額にキスした。
 彼の呼吸を確かめながら熱く狭い場所を暴いていく。必要以上に酷いことはしたくないと言ったのは本心だ。気が狂いそうに恋い焦がれて、その想いを抱えきれなくなったからこそこうしているのだから。
 一目見て忘れられなくなった。その姿を求めて街をさまよい歩いた。家を突き止めてからはひたすらに見つめ続けた。歪んでいるのは知っているけれど、これは確かに恋であり愛なのだ。
「……も、う、良い」
 3本の指でぐじぐじと粘膜を慣らしていると、小さな声を上げた彼が少しだけ腰を揺らした。艶かしいその仕草に目を奪われる。
「まだ早いよ」
「……良い。早く」
 早く欲しいと、少しだけ舌足らずな声がねだる。それが早く行為を終わらせるための策略であるのは火を見るより明らかだったが、こちらもそろそろ限界だった。
「……悪い人だね」
「ん、っぅ」
 強めにぐちゅりとナカを掻き回してやって、そして指を抜いた。そして同じ場所に屹立を押し付ける。震える息を吐いていた彼が僅かに体を強張らせた。
「挿れるよ。楽にして」
「……は、やく……っ、……!」
 言葉を遮るように押し入ると、強がりを吐く唇は声を詰まらせた。ゆるく腰を揺さぶって慣らしながら嗜める。
「ほら、ちゃんと息をして。できるだろう?」
「……っ、……、……」
 苦しげに息を吐く彼には睨みつけてくる余裕もないらしい。それでも言いつけに従って、あるいは身に染み付いた通りに、受け入れるための呼吸を繰り返している。優しく腰を撫でてやり、そしてまた奥を目指した。
 彼の苦しげな呼吸。痛いほどに絡みついてくる熱い粘膜の感触。強く目を閉じて耐えている彼の目の端から光る涙が一筋伝う。顔を寄せて舐めとると、塩辛いのに堪らなく甘かった。
 やがて全てを納め切り、ゆっくりと息を吐く。目を閉じて震えている彼の頬へと手を伸ばした。
「よくできたね。分かるだろう、全部入ったよ」
「……っ、……」
 甘い声で囁いてやると、苦しげに目を閉じている彼の表情に僅かに感情が上る。怒りにも屈辱感にも似たその淡いが険しい色に、一層欲情が燃え立つ。今すぐにでもめちゃくちゃに突き上げ揺さぶり立ててやりたいのを堪え、手の中の頬をなぞりながら優しく囁きかけた。
「あなたのナカ、とても熱いね。狭くて、絡みついてきて、食いちぎられそうだよ」
「っ、…‥無駄口より、早く、イってくれないか」
 苦しげに目を開けた彼が口先だけは強気に吐き捨てる。精一杯のその虚勢が愛らしくて、自分の顔に笑みが浮かぶのが分かった。
「待ちきれない?」
「……好きに、思えば良い」
「そうさせてもらおうかな」
「っ……!」
 断りも入れずに腰を突き上げると、思わずと言った様子で彼の体が跳ねる。咄嗟に噛み殺された声を惜しく思いながら腰を掴み直した。
「可愛い声で鳴いてくれると嬉しいよ」
「……」
 微笑みかけながらそう優しく教える。彼はただ僅かに眉を寄せ、何も言わずに諦めたように目を閉じた。

 熱く締め付けてくる狭い場所を思うまま楽しみながら感嘆する。彼は本当に、なんと美しく魅惑的な人だろう。
 悩ましく寄せられた眉。浅く熱い吐息。扇情的に上気した肌の艶かしい色。拒絶を示しながらも確かに快感を拾い上げているその様子に、満足の笑みが浮かんでしまう。
「あなたも楽しんでくれているようで、嬉しいよ」
 汗に張り付く前髪を払いのけてやりながら甘く囁きかける。彼は不快そうに小さく眉を寄せたが、皮肉げな声で返答してくれた。
「っ、……どうせ、スるなら、ヨくなりたいさ」
「はは、違いない」
 同じ時間を過ごすならば、苦痛に塗れるよりも快感で彩る方がずっと良い。そのことをきちんと理解している彼の賢さが、そしてそれでもなお「必要以上に」快楽に溺れることを拒む潔癖さが、好ましく愛おしかった。
「俺も、とても気持ち良いよ。……ーー、さん」
 初めて呼んだ名前はとても甘く愛おしい。呼ばれた相手が不快そうに小さく顔を顰めても、その想いは揺らがない。いや、その表情があるからこそなのかもしれない。
 胸を貫いた衝動に任せて、噛み付くようにキスをした。一瞬だけ身を固くした彼は、すぐに諦めたように力を抜いて受け止める。
 酸素を求めて半ば開いていた唇に舌を差し入れる。甘い舌を貪るように味わい、蜜のような唾液を夢中で啜る。顔を傾けてこちらの唾液も飲ませると、数拍置いて苦しげに彼の喉が動いた。
 呼吸さえ奪うように貪って、呼吸のためにほんの僅かに離れて、そしてまた噛み付くように口付けて。数えきれないほどにそれを繰り返して、やっと満足して離れた時には互いにすっかり息が上がっていた。
 荒い息を吐きながら彼の頬に触れる。無言の催促を正しく理解してくれた彼は、少しだけ眉をひそめてから従順に目を開けてくれた。
 酸欠のためにか潤みを増した瞳は一層美しい。熱っぽく蕩けたその色も、その底で決して消えない嫌悪と拒絶の鋭い光も。その輝きに射抜かれてまた昂る自分を感じながら、その瞳に優しく微笑みかけた。
「本当に綺麗な眼だ。堪らない」
 眦を優しくなぞりながら甘く囁きかける。厭うように少しだけ目を眇めた彼は、けれど何も答えようとはしなかった。

 目を閉じて顔を背けた彼は、声ひとつ立てずにその身を明け渡している。けれどその内側の痙攣が、彼が確かに快感を拾っていることを伝えていた。
 そろそろこちらも限界が近い。細身の腰を掴み直すと、それでこちらの意図を察したらしい彼が小さく体を震わせる。それでもやはり、彼は抵抗しようとはしなかった。
 恭順を褒めるように腰骨の上をなぞってやって、そして抽送を少しずつ激しいものにしていく。乱暴なほどの強さで揺さぶり立てても、顔を背けたままの彼は呻き声ひとつ立てなかった。
 目も眩むほどの快感の中で腰を押し付け、想い人の最も奥まった場所に劣情を吐き出した。その熱さにか僅かに身をこわばらせた彼は、けれどやはり声を立てようとはしなかった。
 甘い脱力感に包まれる。荒い息を吐きはがら上体を折り、顔を背けたままの彼の耳に顔を寄せてみた。形の良い耳に口付け甘噛みを繰り返すたび、身じろぎひとつしない彼の内側は素直な収縮を伝えてくれた。
「愛してる……」
 胸を満たす甘い満足のままに囁きを吹き込む。彼が小さく身を震わせたのはきっと嫌悪感のためなのだろうけれど、そんなことは全く気にならない。
 最後に少しだけ強く耳朶に歯を立てて、名残惜しい思いで身を起こす。優しく頬に触れると、気だるげに目を開けた彼が冷めた目で見上げてきた。
「……気は、済んだろう」
「まだだよ」
 足りない、足りない。まだまだ足りない、あまりにも足りない。もっと彼が欲しくて、彼の全てを征服したくて、彼の全細胞に自分を刻みつけたくて。
 ぐちゅりと音を立てて腰を回すと、小さく息を呑んだ彼が諦めたようにまた体の力を抜く。賢明なその選択を口付けで褒めた。

 それは、突然だった。
 玄関で鍵が回され、同じ扉が開く音。抵抗一つせずに律動を受け入れていた彼の美しい顔が、初めて凍りついた。
「ただいまー」
 まだ何も知らない子供の無邪気で明るい声。彼が声を上げて静止するよりも早く、軽い足音が駆けてくる。そしてその子供は、彼の息子は、居間の入り口で立ち竦んだ。黄色いランドセルを背負った小さな姿。
「……父、さん?」
 震える声で呼びかけた子供は、父親にとてもよく似ていた。色素が薄く細い髪、切れ長の目が印象的な整った顔立ち。その純真な目にこの状況はどう映っているだろう。縛られ服を剥がれ、見知らぬ男に組み敷かれている父の姿は。
 なるほど、彼が場所や時間を気にしていたのはこの子供のためか。そう納得しながらちっぽけな姿を眺め回す。目が合うと、子供は大きく体を震わせて息を呑んだ。
「……、っ……!」
 近付く足音に咄嗟に掴み直していたこの手の中の刃物を見てとって、自分には到底勝ち目がないことを、自分が下手な動きをすれば慕う父が危ういことを、早くも理解したのだろう。子供は無謀に掴みかかってくることはしない程度には賢く、そして取るべき対応を咄嗟に見出せない程度には幼すぎるらしかった。
 目に涙を浮かべて棒立ちになっている幼気な姿に、嗜虐心を擽られるのを感じる。なにか意地の悪い言葉をかけてやろうかと頭を巡らせたが、体の下の彼が声を発する方が早かった。
「大丈夫。だから、部屋に行っていなさい」
 慈愛に満ちた優しい笑み、安心させるような穏やかな声。熱を穿たれたままであるために息が上がっていることにさえ目を瞑れば、その声はごく自然なのだろう。それがかえって、状況の異様さを際立たせていた。
 子供の涙を溜めた大きな目が縋り付くように父親を見つめる。優しくその視線を受け止めて、彼はもう一度促した。
「大丈夫」
 穏やかだが反論を許さない響きの声で呼ばれて、子供は諦めたらしかった。泣きそうな顔で唇を引き結び、小走りに部屋を出ていく。そして、どこかの部屋の扉が強く閉まる音がした。
 彼が小さく息を吐く。それでひとまずこの局面は終わりと見えたので、白けかけた気分を振り切るようにわざと甘い声を選んで囁いた。
「可愛い子だね」
 ごく軽く投げかけた言葉は、優しく頬に触れた手と共に強く振り払われた。思わず面食らうとほぼ同時、激しい眼差しに睨み上げられる。
「息子に手を出すことは許さない」
 やや色素の薄い瞳に燃えるのは、憎悪にも似た激しい敵意。思わず息を呑んで、そしてゆっくりと笑いが込み上げてきた。
 やっと見つけた、彼の唯一の弱み。これを利用しない手はない。
「……あなた次第だよ」
「何をしろと」
 間髪入れずに問い返してくる彼も、自分から弱みを曝け出してしまったことは自覚しているのだろう。それでも彼の瞳は揺らがない。その身を挺して最愛の息子を穢れから遠ざけると、彼はすでに決意している。
「そうだね……」
 惚けて見せながら手を伸ばし、「そこ」に触れた。緩く首をもたげている、まだ一度も達していない、彼の花芯。
「っ、……!」
「我慢しないで。可愛い声を聞かせて?」
 反射的に嬌声を噛み殺した彼を甘く咎めて、わざと音を立てながら扱き上げる。思わずと言った様子でまた声を飲んだ彼は寸の間うろたえた目をしたが、すぐに覚悟を決めたようだった。
 噛み締められていた唇が薄く開く。それを見届けて、また手淫を再開した。
「ぁ、……ん、っは……っ」
「そう、そのまま。……可愛いね」
 優しく褒めてやりながらゆるゆると彼の熱を扱く。耐えるように目を閉じた彼はもう、唇を閉ざそうとはしなかった。
「っ、ん、ぅ……っ、ぁ……」
 家のどこかにいる息子を憚ってか控えめに、だが確かに漏らされる彼の喘ぎ声。耳に心地良いそれに聞き入りながら彼の熱を追い立てる。わざと水音を立てて擦り上げ、溢れる蜜を竿に塗り込み、くりくりと先端を可愛がる。
 熱を埋め込んだままの場所がきゅんきゅんと切なげに収縮している。彼がこの自分の手で乱れ悶えている。その甘い満足のままに腰を強く揺さぶり上げ、同時に手の中の熱に軽く爪を食い込ませた。
「ぁ、っ……!」
 抑えた悲鳴と共に彼はあっけなく達した。適度に鍛えられた腹筋の上に白濁が飛び散る。全てを搾り取るような内側の締め付け。奥歯を食いしばりながら彼の中に2回目の熱を吐き出した。
 ぐったりと脱力する彼の眦から涙が一筋こぼれる。荒い呼吸を整えながらそれを拭ってやり、そして同じ手でスマートフォンを取り出した。
 カメラアプリを起動し、レンズを彼に向けて幾度かシャッターを切る。その音を確かに聞いているはずの彼は、微かに眉を顰めただけで諦めたように身を横たえていた。
 いくつかの操作をしてから視線を戻すと、彼はやっと目を開けてこちらを見上げてきていた。出方を窺うようなその目に微笑みかけ、手の中の機器を見せつける。
「さっきの画像データの複製を俺のパソコンに送った。一定時間俺がアクセスしなかったら、自動的に息子さんの学校の教職員や保護者たちに送信されるように設定している」
「……だから、解いてやるが抵抗も攻撃もするな?」
「理解が早くて助かるよ」
 皮肉げに笑って軽く手を動かす彼に微笑みかけ、優しく頬に触れる。不快げに小さく眉を顰めた彼は、すぐに諦めたように目を伏せた。
「……好きにすれば良い」

 身支度を整えて、忘れ物がないことを確かめて、最後にもう一度彼を振り返った。音も立てずに身を起こしていた彼と目が合う。微笑みかけても彼は表情を変えなかった。
 長い脚の間から溢れている白濁、しなやかな肢体に点々と散らばる赤い印。満足を噛み締めると同時に収まらない熱が揺らぐのを感じながら、手を伸ばして彼の頬に触れた。
「また、会いに来ても?」
 甘く囁きかけると、何の感情も浮かんでいなかった彼の顔に僅かに表情が浮かび上がった。皮肉な笑みを薄く唇に乗せる。
「……二度と顔を見たくない、と言ったら?」
「さっきの可愛い写真を印刷して、息子さんの学校にばら撒こうか」
 優しい声で囁いた脅迫を、彼はきっととっくに予想していたのだろう。驚きも怯えも僅かも見せずに、彼はただ諦めたように笑った。僅かに視線を落とす。
「……ここには、来てほしくない。呼び出してくれれば、こちらから出向く」
「……積極的だね」
 そのくらいの譲歩ならばしてやっても良いだろう。そう決めてもう一度微笑みかけると、それが受諾と飲み込んだらしい彼が微かに安堵を浮かべた。
「じゃあ、また」
「……そうなるようだね」
 皮肉っぽく笑う形の良い唇にキスして、後ろ髪を引かれる思いで立ち上がる。背を向けて歩き出した時、背後の彼が微かに息を吐くのが聞こえた。

 中に吐き出されたままの穢れの不快な感触にも、今は構っている暇はない。思うように動かない手と指でなんとか衣服を整えて、疲弊した体にできる限りの速度で家奥へ向かった。
 そっと扉を叩いて息子に呼びかけると、部屋の中で小さな物音がした。ややして扉が開き、飛び出してきた息子がものも言わずに腰へしがみついてくる。ふらつく足でかろうじて受け止め、抱き返した。
「怖い思いをさせたね。もう大丈夫だよ」
 髪を撫でながら宥めても、息子は腹に顔を押し付けてきたままむずかるように首を横に振った。いつもより高い体温、小刻みに震えている小さな体、押し付けられた小さな顔からじわりと広がる湿った気配。声を殺してずっと泣いていたらしい、そしてまだ泣き止むことができないらしいその様子に、きしりと胸が痛む。
「もう大丈夫。何も心配ないよ。大丈夫だから」
 穏やかに言葉を重ねると、息子はようやく顔を上げてくれた。泣き濡れた瞳が縋るように見上げてくる。その視線を受け止めた。
「……ほんと?」
「もちろん」
 涙でべたべたの頬を掌に包んでしっかりと頷く。息子はまだ不安げな目をしていたが、それでも少しだけ安心してくれたらしかった。小さく顎を引いてぐしぐしと目元を擦る。傷になるからとやんわりその手を捕らえてやめさせ、また顔を上げた息子に微笑みかけた。
「お腹が空いているだろう? おやつを持ってくるから、顔と手を洗っておいで」
「……」
「大丈夫だから」
 迷うような顔をする息子を優しく洗面所の方に向き直らせる。まだ迷うような顔でもう一度こちらを見上げた息子も、最後には小さく顎を引いて歩き出した。
 どっと押し寄せてきた疲労感を払いのけ、力の抜けそうな足を動かして台所を目指す。最低な時間を過ごしたばかりの居間を通り抜けながら、できるだけ早くこの部屋の全てを買い替えようと決意を新たにした。息子に植え付けてしまった忌まわしい記憶を、少しでも早く拭い去るために。
 悪夢は始まったばかりだとは、絶対に悟らせてはいけない。胸に決意を刻み、食器棚に手を掛けた。
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