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蛇鏡SSまとめ4(2020年7/26〜8/28分)

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【取り替えに気付く:Q神】*「装身具を気に入る」後日談
 ばったりと出くわしてしまった、忌まわしい兄弟神。目に入れるのも不快なその姿を黙殺しようとしたのに、違和感を覚えてつい目を向けてしまった。
「んだよ?」
「、別に。」
 怪訝そうな問いかけをいなしながら、自分でも何がそんなに気にかかるのか分からない。けれどぼんやりとしていた違和感は、ちかりと光った装身具の上で凝ってしまった。
「ん? ……ああ。コレか。」

 咄嗟に視線を引き剥がすより早く、忌々しいほどに聡い兄弟神が意地の悪い笑い声を立てる。見せびらかすようにその石の飾りが揺らされて、場違いに清らかな煌めきが鋭くケツァルコアトルの目を射抜く。
 それは、あの淫らで邪悪な神がしばしば身に着けていたものによく似ていた。いや、目の前に立つ兄弟神の意地の悪い笑い方からして、それと同一の品物に間違いない。
 けれど。どうして。
「はは。気になるか?」

「っ、別、に、」
 底意地の悪い声に我に返る。慌てて目を逸らし、足早に歩き出した。置き去りにした兄弟神が、馬鹿にした笑い声を上げる。苛立ちが胸を掠めても、立ち止まることはできなかった。
 どんな理由でその装身具が手渡され、今はショロトルの身を飾っているのかなど、知りたくもない。だから一刻も早く、立ち去りたいのに。
「あいつも今頃、俺がやったの着けてるかもなあ? ズイブン気に入ってたからな。」

 夜半にまた許しも得ずに入り込んできたその神は、ケツァルコアトルがまだ起きていたことに少しだけ驚いたようだった。そんなことには構わず、引き寄せて組み敷いて乗り掛かる。
「、何だ。待ち侘びたか?」
「まさか。」
 ふてぶてしい嘲笑を取り戻したその神の揶揄を聞き流し、その身を飾る装身具に目を走らせる。怪訝そうな声が何か言っているようだったが、構ってやるほどのことは何もない。
「おい、何の、」
「黙れ。」

 ぴしゃりと封じ込めた時、それに目が止まった。探していた、けれど見たくもなかったもの。かつては忌まわしい兄弟神が身につけていた飾りが、今まさにそこにあった。
 目にした瞬間に、思いがけない激しい感情が胸を焼き焦がした。手を伸ばし、一切の容赦なくそれを引き千切る。弾け飛んだ石がばらばらと飛び散る。痛みにか小さく息を飲んだその神が、抗議の声を上げようとした。
「貴様、何を、」
「うるさい。」
 吐き捨てて、唇に噛み付いてやる。だが、強く舌を噛まれた。

 用は済んだのだからさっさと立ち去れば良いのに、その神はありありと不満を浮かべて文句を並べ続けている。耳障りな声を聞き流しながら、大袈裟に溜息を吐いてやった。
「うるさいな。」
「勝手に飾りを壊しておいて、その言い草か。」
 一層声を険しくするその神は、まだまだ動く気はないらしい。だがケツァルコアトルとしては、さっさと追い払って休みたいのだ。どうするかと考えて、まだ床に散らばっている石に目を向けた。

 引き千切ってやったそれは腕飾りだったはずだ。だから自分の腕から飾りを一つ外し、放り投げてやった。驚いたように言葉を飲むその神から顔を背け、努めて無関心な声で言い捨てる。
「それでも着けていれば良いだろう。」
 その神は納得のいかないような顔をして、確かめるようにそれを月明かりに翳している。さっさと身につけて、出ていけば良いものを。
 だというのに、その神は不意に一層不機嫌な顔をした。投げ渡してやったその飾りを投げ返してくる。咄嗟に受け止めた時、不満げな声が吐き捨てた。

「要らん。」
「何だって?」
「色が気に入らない。」
 不機嫌に言い捨てるその神は、取り合わないケツァルコアトルを責め立てることに漸く飽きたらしい。渋々という態度を装いながら、引き剥がれて床に丸まっていた装束を拾い上げる。
 迷いのない手つきで身支度をしているその神は、まだ不満そうな表情を浮かべている。どこか子供染みているような、その態度。気にかけてやる必要もないのに、なぜか声をかけてしまった。

「……そんなに気に入っていたのか?」
「気に入らなければ、身に着けるものか。」
 不満そうにこちらを睨む瞳は、ケツァルコアトルが予想していたよりも怒りの程度が弱いように見えた。本当にただ単に「気に入っていた持ち物を壊された」という怒りしか、そこにはないようだった。「特別な思い入れのある品を失った」とでもいうような感傷的な色は、そこには影さえなかった。
「……ああ、そう。悪かったね。」
「全くだ。」

 癇に障る物言いも、今は聞き流してやれる。奇妙な満足が胸を満たす。そのことに戸惑いながら、何の気なしに言葉を続けた。
「……もし似ているものを見つけたら、君にあげるよ。今日のお詫びにね。」
「珍しく、殊勝な心がけだな。」
 ふんと鼻で笑うその顔は、無駄に美しく愛らしい。容易く機嫌が上向いたらしい単純な態度を笑いながら、近くに落ちていたその神の装身具を拾い上げてやった。

【態度の変容A:X神】「其は音も無く生まれ落つ」以前
「何だ、シて欲しいってか?」
「お前がしたいならば、させてやると言っているだけだ」
「生意気言ってんじゃねえよ、泣かすぞ。」
 不遜な唇に少し強く噛み付いて、そしてその体を組み敷いた。そいつは咎められたことも気にせず機嫌良く笑い、首に腕を絡ませてくる。艶と媚に彩られた甘やかな声が、淫らに囁いた。
「やってみろ、できるものなら。」
「ほんっと、生意気だな。可愛くねえ。」
 甘く詰り合って、くすくすと笑い合って。何とはなしに、もう一度口付け合った。

 甘ったるい睦言など、交わすような間柄では元よりない。こいつだって、無駄な言葉など欲しがりもしない。だからさっさとそいつの体を開かせて、中に押し入って、お互いが欲を満たしさえすれば良い。
 けれど今夜、ショロトルはそれほど酷く飢えていたわけではなくて、幾らかの余裕があって。だからわざと焦らすように、優しいほどの手つきで、触ってやった。痛いのが好きなそいつにはそれは到底足りない刺激らしく、もどかしげな声を上げて身を捩る。

「、何だ、さっきから、」
「別に?」
「ひぁ、」
 わざと惚けて見せながら、埋め込んだ指をぐるりと動かした。
 甘い悲鳴を漏らして身を震わせたそいつが、潤んだ瞳で睨み上げてくる。素知らぬ顔で笑ってやった。
「はは、イイ声も出るんじゃねえか。」
「無駄口を、叩くな。早く、」
「は、もう欲しいのかよ?」

 甘く詰ってやっても、そんなことでこの不遜な神は恥じ入りもしない。悦楽を期待している瞳が、さして気分を害した様子もなく見上げてくる。
 ぶつけてやる嘲りの言葉に機嫌を損ねることもあるが、今日はやはりこいつは機嫌が良いらしかった。ふっと笑い声を零して、耳元に顔を寄せてくる。
 やや強く耳朶を噛まれて、同じ場所を熱い舌に舐められて。甘い毒のような声が、耳に注ぎ込まれた。
「早く、お前が欲しい。」

【態度の変容B:X神】「恋し恋しと忍びて泣けど」以後
「まーた随分と長く、引き籠もってたって? 何してたんだよ、一体。」
「……お前には、関係ない。」
 久しく顔を見せなかったその神にショロトルがわざわざ問いかけてやっても、そいつはやはり以前と変わらず生意気で、身勝手で。説明など一言もするつもりはないという、頑なな態度を隠しさえしない。
 咎めたところで少しでも気に留めるような殊勝な神では元よりないことも、ショロトルはとうに承知している。だからそれ以上は言葉を交わさずに組み敷くことにした。

 だがそいつの体を開かせて、暴き慣れた内側に踏み入って、それに気付いた。熱く絡みついてくる狭い場所の、小さいがはっきりした違和感に。
「んだよ、スルのも久しぶりなのかよ? 何してたんだよ、本当。」
 意外に思ったあまりに、目を閉じて感じ入っているその神についまた尋ねる。どうせろくな答えなど、返っては来ないのに。果たして、ろくでもない返答が投げ返された。
「うるさ、い、」

 可愛げのない言葉を吐き捨てる唇は、睨み上げてくる潤んだ瞳は、理由をちらりとでも明かすつもりなどはこれっぽっちもないのだろう。本当に可愛くねえな、と大袈裟に溜息を吐いてみせた。
 とはいえ、そんな事はショロトルとしてもさしたる興味のある疑問ではない。体に無理があったとか何とか後でうるさく責められないようにと、念押しだけはしておくことにした。
「終わってから、泣き言吐くんじゃねえぞ。文句は聞かねえからな。」
「良い、から、早くしろ、」

【怪我を揶揄いに来る:X神】
「誰が、入っていいっつったよ?」
「誰の許しも必要ない。」
 ふふんと鼻で笑うそいつは、ショロトルが怪我をしていることを承知の上でやってきたらしかった。無遠慮にじろじろと傷を眺めて、小馬鹿にした笑い声を立てる。
「無様だな。」
「うるせえよ。」
 きっとこの傷の原因も、元を正せばこの放埒な神に決まっている。こいつの今の「お気に入り」の恨みを買って闇討ちの様な真似をされる心当たりなど、ショロトルには他に全くないのだから。

 だがそのことでこいつを感情に任せて責め立ててやるのも、些かショロトルの自尊心が傷つくのだ。口の立つこいつは必ず妙な理屈を捏ね回して非難を逃れるに違いないのだから。その上に、ショロトルの注意不足と逆に詰られたならば、それも一理あるといえなくはないのだから。
 ああ全く、忌々しい。苛々と顔を背けた時、するりと近寄ってきたそいつが無遠慮に傷に触れた。鈍い痛みが走る。
「触んなよ。」
「手当てをしてやると言っている。大人しくしていろ。」

【怪我してる時に来る:X神】
 会いたくもないこんな時に限って、こいつは珍しくやって来るのだ。間の悪いことこの上ない。舌打ちを堪え、冷淡に尋ねた。
「何の用だよ?」
「随分な言い草をするものだな。折角足を運んでやったというのに。」
「頼んでねえよ。」
 吐き捨てると、そいつがむっとした顔をする。だが何か言いかけたそいつは、やっとショロトルの負傷に気づいたのか怪訝な顔をした。
「何だ、その傷は。」

「うるせえな、関係ねえだろ。」
 苛立ちがいや増して撥ね付けるが、そいつは気にした様子はかけらもない。確かめるようにまじまじとショロトルの傷を眺めたそいつが、大袈裟に呆れた顔をした。
「兄弟神と喧嘩か。くだらんな。」
「あの馬鹿が突っかかってきたんだよ。」
 善良ぶっているあの兄弟神ときたら、ショロトルは何もしていないのに難癖をつけてきて、なおかつ先に手を上げさえしたのだ。応戦はしてやったとはいえ、随分と叩きのめされてしまったという自覚はある。

 ああ全く、忌々しい。苛々と息を吐いて顔を背けた時、そいつがすたすたと近づいてきた。傷に障らない程度の力ではあるが、無遠慮に触れてくる。常から無作法な態度が今は腹に据えかねて、反射的にその手をはたき落とした。
「触んなよ。さっさと失せろ。」
「随分な態度だな、心配してやっているのに。」
「嘘つけよ。」
 他者の傷を抉るのを生き甲斐にしているこいつが、殊勝な心配などする筈もない。だがそいつは、思わぬことを言った。
「どうせ、ろくな手当てもしていないだろう。今は薬がないが、見せろ。」

 治りかけの傷に爪でも立ててくるのではとショロトルは身構えていたが、予想に反してそいつはただ傷を確かめただけであっさりと手を離した。そのまま未練もなさげに立ち上がるので、思わず拍子抜けしてしまう。
「何しに来たんだよ?」
「何だ、期待していたか?」
 振り返る顔は意地悪く笑ってはいるが、無駄に綺麗な作りをしている。見慣れたそんな顔に見惚れたりなんてしないが、眺めていると欲が腹の底で蠢く。

 だから、そいつの腕を掴んで引き寄せることにした。抗いもせずに身を寄せてくるのに、生意気なそいつは口だけは逆らってみせる。
「傷に障るのではないか?」
「うるせえな。お前だって、そのために来たんだろうが。」
 言い返して唇に噛み付くと、そいつは大人しく迎え入れてくる。だと言うのに、唇を離した途端にそいつはまた意地悪く笑った。
「後で煩く騒ぐなよ。文句は聞かんぞ。」
「お前が大人しくしてりゃ、傷も開きやしねえよ。良いから黙って鳴けよ。」

【興味はないけれど尋ねる:X神】
 神官共も妙に忙しげに動き回っているので薄々予想していたが、やはりそうだった。
 自身も何やら忙しそうに作業をしていたそいつは、顔を上げてショロトルを見ると僅かに驚いた顔をした。だがすぐに、呆れ顔になる。
「何だ、その傷は。」
「お前には関係ねーよ。」
「ふん。」
 自分から尋ねておいて、そいつもさしたる興味はないらしい。もうショロトルに視線を向けることもなく、また手にした花の束に目を戻す。

 ショロトルが何か言葉を掛ける前に、そいつはまた口を開いた。無関心な声がぽんと放られる。
「今は相手をしてやる暇はない。待つか、出直せ。」
「んだよ、我儘な奴だな。」
「どちらがだ。」
 こちらを睨む暇さえ惜しんでいるから、どうやら本当に忙しいらしい。もう顔を上げもしないそいつは、既に手元の花の検分へと意識を向けている。

 その邪魔をすればまた怪我を増やされることが分かりきっているから、仕方なくショロトルが折れてやることにした。常ならばともかく、手負いの今は分が悪い。
 少し離れた床に腰を下ろして眺めていると、ややしてそいつがちらりと視線を向けてきた。ショロトルの傷にさっと目を走らせ、またすぐに花に目を戻す。だがその非礼を咎めてやるよりも早く、そいつはやはり無関心な声で言った。
「大人しくしていれば、薬くらいは塗ってやる。少し待て。」

【咎められても気にしない:X神】
「ほんっと勝手な奴だな、毎度毎度。少しはこっちの都合も考えろよ。」
 ほとほと呆れたショロトルが咎めてやっても、生意気なその神はそよ風ほども気にかけた様子はない。よく回るその舌で、しゃあしゃあと言い返してきた。
「何だ、手土産でも期待したか。」
「するか、馬鹿。お前がそんな気遣いするなんて、最初から思ってもねえよ。」
「お前にしては、賢明だな。」
 ふふんと鼻で笑うそいつは、何も言わずとも求めるものが与えられると当然のように考えているのだろう。

 要求をはっきりと口に出すこともせず、滴るような艶を含んだ眼差しで、ただショロトルを見つめているばかりのその神。それだけで何を望まれているかが分かる程度には、ショロトルもこの神のことを理解している。
 気が乗らないと言い捨てて追い出してやっても良いのだが、今夜は今すぐ眠りたいほどには疲れていないし、この自分勝手で根に持つ神を追い出してまでするほどの急ぎの用事もない。この神さえこうも生意気でなければ、相手をしてやるのは吝かではないのだ。

 何よりショロトルの方も、こいつが今夜来なければこちらから出向こうかと考えていたところでもあって。だから仕方なく、渋々という態度を取りながらもショロトルが譲歩してやることにした。
「仕方ねえ奴だな。……その気があんなら、さっさと脱げよ。」
「何だ、お前も待っていたのではないか。」
 ふふんと満足げに笑い、その神は大人しく装束に手をかける。それを横目に見ながら、ショロトルも衣服を緩め始めた。
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