33 / 45
蛇鏡SSまとめ3(2020年6月〜7月中旬)
しおりを挟む
【ネコク・ヤオトル、双方の敵】
生温い不快な風が顔に吹き付ける。つい顔を顰めたのは、気に入らないあの神を思い出したからだった。
優しくしてくれたあの風の神だけは、許してやってもいいかなと思っていた。自分の補佐をさせてやってもいいと、少しだけ力を分け与えてやってもいいと、そう考えていた。
けれどあいつは、この手の力を恐れたから。この手から力を奪い取ろうとしたから。誰より高い場所へとやっとの思いで昇り詰めたのに、そこから追い落としたから。
だから。あいつも、もう、許さない。
あいつも、あいつも、あいつも、みんな敵だ。誰も、許さない。
自分は遍くすべてと敵対する者。何者にも与しない、何者にもひれ伏さない。頂点に立つのは、この自分だ。
【「創作小説お題(題名提供)」様より『朝焼けの色』:青年神】
夜明け前の冷え込みを解き放ちながら、太陽の昇ってくる方向に目を向けた。その気配さえまだ見えないけれど、地下の国から地上を目指してやってきているのが分かる。
昼間は眩しくて煩わしくて嫌いだ。だから日暮れまで眠って、夜の間に仕事をして、朝焼けの色を眺めて、明け切る前に眠りにつく。今夜もそうしようと、東を向いたまま手頃な石に腰を下ろした。
【「創作小説お題(題名提供)」様より『朝焼けの色』:X神】
夜明け前に目が覚めた。
覚めきらない意識で感じた違和感の正体は、すぐに明らかになる。また許しも得ずに勝手に入り込んできたらしい生意気な気配が、同じ寝床に潜り込んで寝息を立てている。
叩き起こして蹴り出してやってもいいのだが、そうすればこの身勝手な青年神はぎゃんぎゃん騒ぐだろう。そんなことをされては二度寝もできやしない。
溜息ひとつで諦めて、ショロトルもまた目を閉じた。朝焼けの色が空を染める前には、また夢の広野に戻れるだろう。
【「創作小説お題(題名提供)」様より『朝焼けの色』:Q神】
朝焼けに染まり始めている空に輝くのは、自分の星、明けの明星。その鋭い光に目を細めながら、他の神々の姿のない野を歩く。
夜風がさらさらと北へ逃げていく。その冷たい気配に頬を摩られながら、つい顔をしかめてしまう。夜闇の主たる、あの忌まわしい神を思い出して。
気紛れで傲慢なあの青年神は、昨夜はどこに禍を振りまいたのか、誰を不幸に陥れたのか。思い出したくもない嘲りの笑みが、また脳裏にちらついた。
【青年神になって:X神】
生意気で身勝手なこの青年神など、いてもいなくても良い。体が小さかった頃から充分すぎるほど自分勝手で我儘だったが、このところ一段と可愛げがない。
だが、多少乱暴にしても壊れない頑丈さを身につけた体は、痛いほどの力強さで縋り付いてくる腕は、少しは気に入っているかもしれない。小さく笑いながら少し強く突き上げてやると、また甘い声が上がった。
「あ、ぁ、あ、そこ、」
「は、ほんっと、インランだなあ。」
嘲笑いながらも、お望みどおり強く深く繰り返し抉ってやる。満足げに蕩けるその顔は、やはり悪くない。
【「Cantas muy bien. 君は歌がとても上手だ。」:青年神と詩人】
恐れ慄いて平伏しながら、疑問が渦巻く。なぜこの神が、なぜ自分などの前に御姿を現し給うたのか。
「そう恐れるな。取って食おうというわけではない。」
神が軽やかに笑い給う声にも、顔を上げられない。声も出せない。くすくすとまた笑声を零された神は、同じ声音でさらりと仰せになった。
「お前は歌が上手いな。」
「ぇ、」
思い掛けない御言葉に、思わず顔を上げる。麗しく笑む美しいかんばせが、目に焼き付いた。
「歌え、私のために。」
【「Cantas muy bien. 君は歌がとても上手だ。」:青年神と女神】
雨の神々の族長に、大きな恨みがあったわけではない。けれど「それ」を躊躇う特段の理由はないし、何よりあの神が偉そうにしているのが気に食わなかった。だから。
「まあ、お口の上手いこと。」
「これでも、貴女の美しさを言い表すには到底足りないよ?」
「あらあら、本当にお上手ね。」
満更でもなさそうに女神は笑うから、感触は悪くない。真に受けずに子供扱いしている振りをしても、靡き始めているのが手に取るように分かる。だから無邪気そうな笑みを浮かべ直して、また次の歌を唇に乗せた。
【子供扱い:少年神】
そいつはすごく意地悪で、嫌な奴だ。それは確かなことなのだ。
何を聞いても物知らずと馬鹿にしてくるし、尋ねたことになかなか答えてくれないし、いつも馬鹿にしたように笑う。尋ねるなら、もっと優しくてすぐに教えてくれる神の方が、本当はずっと良い筈なのだ。
けれどそいつは、この自分を「コドモ」扱いはしない。頭を撫でてきたりしないし、できて当然のことを褒めたりもしない。最後には、誤魔化したりしないで正しい言葉で答えてくる。
そいつの傍が居心地がいいと言うわけでは全くないけれど、他の神々の傍よりはマシだから。仕方なく、尋ねる相手にそいつを選んでやっている。
【早く教えてよ:少年神】
「そんなことも知らねえのかよ?」
「うるさいな、だから聞いてるんだろ。」
早く教えてよと急かしても、そいつはにやにやと意地悪く笑うばかり。その小馬鹿にした笑い方にむっとした。
「じゃあいい。他の神に聞く。」
言い捨てて立ち上がろうとする。だが手首を掴まれて、簡単に引き寄せられてしまった。そいつの腕の中に閉じ込められてしまう。
「何だよ、離せよ。」
「せっかちな奴だな。教えねえなんて言ってねえだろ。」
言いながら、その手がわざとらしく腰を撫でている。呆れて溜息をついたが、別にそれは嫌ではないから。
【スペイン語「El esta enojado. 彼は怒っている。」:X神】
「痛、いだろ、やめろ、」
「にしちゃあ、キモチ良さそうだなあ?」
嘲るように笑うそいつはやはり機嫌の悪い目をしていて、聞き入れる気なんて全くなさそうで。僕に当たるなと言ってやろうとしたけれど、その前にまた強く肩を噛まれた。反射的にナカを締め付けてしまう。
「はは、噛まれんのがイイのか? ほんと、インランだなあ。」
「る、さ、」
繰り返し噛みつかれて、言い返すこともままならない。悔しいので、そいつの肩にも噛み付いてやった。
【スペイン語「El esta enojado. 彼は怒っている。」:青年神 】X神版続き
「うるせえ奴だな、いつまでも。」
「お前のせいだろ!」
一層目を尖らせるそいつの体は、数えきれない歯形に彩られている。悪かったとは微塵も思わないが、文句も聞き飽きたので仕方なく折れてやることにした。
「あー、悪かったよ。欲しがってた石も探しといてやるよ。」
「そんなので許すと思うなよ。」
言いながらも、そいつの目は機嫌よく輝いている。ちょろい奴だと胸の中で笑った。
<ツンデレで10のお題 「TOY」(http://toy.ohuda.com/k-index.html)様>
【1.だ、誰もおまえなんか好きじゃねえよ!】
しようよと甘えすり寄ってくる、淫らでちっぽけな神。腰を引き寄せてやりながら、嘲笑ってやった。
「俺とスルの好きだもんなあ、お前。」
「別に。お前でなくたっていいし。」
可愛げのない言葉を吐きながらも、その手は早くもこちらの装束を解こうとしている。せっかちだなと笑いながら、細い体を組み敷いてやった。
淫らな期待に輝く瞳は、まあまあ美しいと呼べるのかもしれない。満足しながら、首に絡みつく腕に誘われるままに唇を重ねてやった。
【2.暇だから誘っただけだ!】
「面倒臭えな。勝手に行きゃあいいだろ。」
「特別に誘ってやってるんだよ。感謝しろよ。」
偉そうに言ってはいるが、要は自分だけで知らない場所に行くのが怖いのだろう。臆病な奴だと鼻で笑い、背を向けた。
「俺の知ったことじゃねえな。勝手に行ってこいよ。」
もう興味もないので、寝床に横になろうとする。だが、ぐいぐいと装束の端を引いている手。仕方なく目を開けてやった。
「んだよ。」
「……だめ。お前も来てよ。」
【3.…ふん、情けない顔】
また勝手に入り込んでいたそいつは、こちらを見ると少しだけ驚いた顔をした。だがすぐに、底意地の悪い笑みを見せる。
「情けない顔。」
「うるせえな、犯すぞ。」
吐き捨てながらも、今はそれどころではない。やり場のない憤りは、まだ胸の中で荒れ狂っている。
ああ、忌々しい、どいつもこいつも。歯噛みした時、下から顔を覗き込まれた。挑発するような、淫らで生意気な笑顔。
「ナグサめてあげようか?」
【4.お前なんかだーーーいっ嫌いだ!】
「お前ほんと最悪。もう嫌い。」
「そーかよ。」
文句も聞き飽きたので、起き上がって自分の装束に手を伸ばす。だが、べしべしと腕や背中を叩かれた。痛くはないが、煩わしい。
「んだよ。」
「お前が真面目に聞かないからだろ!」
僕は怒ってるんだぞ、と尚もむくれる少年神。その全身で主張している無数の歯型に目を向け、仕方なく心にもない謝罪をしてやった。
「あー、悪かったよ。機嫌直せよ。」
【5.こ、こんなことで見直すわけないだろ!?】
「こんなことで、見直してなんてやらないからな。」
「ほんと、生意気な奴だな。」
興味津々で目を輝かせていると言うのに、つくづく素直さの欠片もない。呆れながらまた手の中の石を磨き始めると、そいつは尚も顔を近づけて覗き込んできた。
「邪魔だ。」
「僕もやりたい。それ欲しい。」
「あ?」
知るかよ、自分で勝手に拾ってこいよ。そう突き放してやろうとしたが、あまりの図々しさに咎める気も失せる。仕方なく、まだ磨いていない石を渡してやった。
【6.別に………待ってたんじゃないよ】
「待ちくたびれたってか?」
「お前のことなんて、待ってないよ。」
ふわあと欠伸をする少年神には、またも勝手に入り込んで寝床を占領したことを謝るつもりはさらさらないらしい。どこまでも横柄で生意気な態度に咎める気も失せて、もう無視しようと立ち上がる。だが、装束の端を掴まれた。
「んだよ。」
「しようよ、させてやるから。」
【7.俺は充分素直だ!】
「ほんっと、素直じゃねえな。」
「お前には、これで充分だろ。」
ふんと鼻で笑うそいつは、本当に素直さも可愛げもない。すぐに生意気な口聞きで言い返し噛み付いてくるし、そのくせ分からないことがあると早く教えろと急かすし、妙な理屈ばかり捏ね回す。こんな可愛げのない少年神の相手をしてやっている自分の温厚さに、涙が出そうだ。
「そんな事より、ここ飽きた。早く行こうよ。」
「ほんと、可愛くねえ。」
【8.か、買いすぎちゃっただけだからなっ!】
「何だよ、そりゃあ?」
「分けてやる。感謝しろよ。」
「するか、馬鹿。」
要は調子に乗って作りすぎただけだろうに、なぜそう偉そうな物言いができるのか。呆れながらその軟膏から目を背けたが、ふと妙案が浮かんだ。晴々とした顔で片付けているそいつの腰を引き寄せる。
「何だよ?」
「使ってやるよ、お前でな。」
囁きを吹き込み、脚の線をなぞってやる。暴れるかと思ったそいつは、少し考えてから生意気に笑った。
「満足させろよな。」
【9.何だよバカ!もう絶交だ!】
「何だよ馬鹿、もう嫌い!」
「あー、そうかよ。」
相手をしてやるのも面倒なので、もう無視しようと起き上がって装束を纏い始める。それが気に入らないのか、背後に置き去りにした少年神は尚もきいきいと声を上げている。
「聞いてないだろ、僕は怒ってるんだからな! お前がそんな態度だと、もうさせてやらない!」
「そうかよ、好きにしろ。」
どうせこの淫らな少年神は、すぐにまた物欲しげに擦り寄ってくるのだから。
【10.……どうして俺なんか好きなんだ?】
聞いてみようと思っていたわけではなかった。ただ何とは無しに、言葉が溢れた。
「何で、俺んとこに入り浸るんだよ?」
「はあ? 何だよ、邪魔だって言いたいの?」
「そこまで言ってねえだろ、今は。」
叩き出したくなる時もあるのは事実だが、今はただ尋ねているだけだ。それと察したのか、少年神はまた興味もなさげに薬草に目を落とした。
「別に。他の神達よりはましってだけ。」
「そーかよ。」
半ば予想通りの答えに呆れ返る。そうしながら何故か、得体の知れない満足が心地よく胸を温めていた。
【喧嘩中】
『お前が謝るまで、させてやらないからな。』
捨て台詞を残して行った生意気な青年神など、こちらから願い下げだ。あちらから詫びて抱いてくれと懇願してくるまでは、何もしてやる義理はない。なのだが、これはこれで面白くない。
これ見よがしに他の神に擦り寄って、色目を使って、脂下がったその神の馴れ馴れしい手に腰を抱かれるに任せて。そうしながらちらりとこちらを見てせせら笑う、無駄に綺麗なぶん忌々しい顔。咎めてやりたいのは山々だが、こちらから言及するのも癪なのだ。
「謝る気になった?」
「なるか、馬鹿。」
呆れて吐き捨てても、生意気なそいつの余裕ぶった笑みは揺るがない。もう無視しようと背を向けたが。
「じゃあいいよ、させてやらないから。」
「なら触んなよ、失せろ。」
「僕の勝手だろ。」
しゃあしゃあと言いながら、その手は腰衣の上から中心を撫で摩る。そこまでしてこちらに折れてほしいか。呆れながらその手を叩き落とした。
「ん、ゃだ、って、」
「そっちが煽ったんだろうが。」
散々にこちらの熱を煽り立て挑発しておいて、つくづく勝手な奴だ。自分だってすっかり興奮して、ぐずぐずに蕩けている癖に。
呆れながら指を動かしてやると、甘えた声を漏らして体を跳ねさせる。なのに、その言葉だけは強情で。
「ぇが、あやまんないと、だめ、」
「もう黙れよ、うるせえな。」
呆れ果てながら、煩い口を唇で塞いでやる。だが、思いの外に強く舌を噛まれた。
【喧嘩の後】
「お前ほんと最悪。最低。」
「お前のやり口の方が、よっぽど汚ねえよ。」
呆れ返りながら指摘してやっても、そいつは不満げな顔で尚もばしばしと叩いて来る。疲れ切っているらしく力は入っていないが、煩わしい。溜息を吐きながら、その手首を捕まえて止めさせた。
「ああ、ったく。悪かったよ、これでいいか?」
「……心が篭ってない。」
まだ不満げに言うそいつも、ひとまずは満足したらしい。機嫌を直した様子で、口付けをせがんできた。
「他の奴ともやってたんだろうが。俺に文句あんなら、押し掛けて来んなよ。」
「何だよ、せっかく来てやってるのに。」
「頼んでねえよ。」
悪びれさえしない横柄さには溜息も出ない。呆れて目を背けると、視界の端でそいつが欠伸をして体を伸ばした。
「やっぱここの方が落ち着く。他の神のところなんて、長く居たくないし。」
「俺の家で落ち着いていい、なんて一言も言ってねえだろうが。」
言い草を反射的に咎める。けれど、さほど悪い気はしなかった。
【久しぶり:X神】*「恋し恋しと忍びて泣けど」少し前くらい
暫く顔を見なかったそいつがやって来たのは、仕方なくこちらから出向いてやろうかと思い始めていた頃だった。特に交わす言葉もなく、いつものように寝床に組み敷いてやる。そのために来たのだから、そいつも抵抗などしない。
体の反応だとかその場所のきつさだとか、小さな違和感がいくつかあった。そのわけにふと気付いて、尋ねてやる。
「んだよ、ヒサシブリなのか? 珍しいじゃねえか。」
「黙って、動け、」
質問に答えさえしない生意気な唇に噛み付いてやる。そうしながら、今夜初めて声を聞いたことを思い出した。
いつもは満足すればさっさと立ち去っていくそいつが、今夜は珍しく起き上がろうとしない。寝床が狭くて邪魔なのだが、無駄に口の立つそいつを追い払うのも面倒なので好きにさせてやっていた。
朝まで居座るつもりか、邪魔だが仕方ない。ちらりと目を向けると、そいつはぼんやりした顔をしてショロトルの外した装身具を弄んでいた。
「勝手に触んなよ。」
「……うるさい。」
咎めると、生意気な返事をしながら未練もなさげに床に戻す。その指が今度はそいつ自身の装身具を拾い上げたので、まだ居座るのかと内心呆れた。
ぼんやりと装身具を弄っている指を何とは無しに眺めながら、また尋ねてみた。
「最近あんま出歩いてねえんだろ? 引き篭もって何やってんだよ。」
「……何も。」
上の空らしい返答に、何を聞いてもまともな返事はしなさそうだと早々に諦めた。もう放っておいて寝てしまおうと目を閉じる。そいつがまだ飽きもせずに飾りを触っているらしい気配を感じながら、眠りに落ちた。
翌朝目を覚ますと、そいつはいつの間にか姿を消していた。
身支度をしながら、挨拶もなく気配も残さず立ち去った神のことを考える。無駄に頭の回るそいつにしては妙なほどの、ぼうっとした様子だった。
さては頭でも打ったか、まあ自分には関係のないことだが。思いつつ装身具に伸ばした手が、ふと止まった。薄闇の中でそれを眺めていた眼差しが、脳裏を過ぎる。
恋でもしているのか。一瞬だけ思って、すぐにその考えを笑い飛ばす。あの淫らで不遜な神には、似合わないことこの上ない。
たとえ誰ぞに想いを寄せているのだとしても、どうせあの神のことだ、すぐに飽きるのだろう。そう結論づけて、今度こそ飾りを拾い上げた。
【忘れ物:X神】
身支度の手がふと止まったのは、自分のものではない装身具が目に止まったからだった。見覚えのあるそれは確かに、昨夜も許しも得ずに入り込んできた生意気な神が好んで身に着けているものだ。
わざわざ届けてやる義理もない、そのうち取りに来るだろう。邪魔にならない場所に放り出しておこうと拾い上げたが、また投げ落とす前にふと手が止まった。
妙に見覚えがあると思えば、随分昔にはショロトルの物だった飾りに間違いない。その頃はまだちっぽけだったそいつにうるさくせがまれて、仕方なく譲ってやった物だ。
まだ持っていたのかと半ば呆れながら、何とはなしに指先で弄ぶ。糸もしっかりしているようだから、何度か直しながら使っているのだろう。明るい光の中でこうして眺めても、経てきた歳月の割には疵も少ない。
他にもいくつかの装身具を散々ねだられて渋りながら譲ってやったが、これが最初だった筈だ。なまじ甘い顔をしてやったから味を占めたかと思うと溜息も出ないが、飽きて放り捨てなかったことだけは認めてやっても良い。
これをくれてやった時は随分と機嫌の良さそうな顔をしたな、と思い出す。当時のそいつには大振りすぎたそれをもたもたと身に着けた、不慣れな手付き。大いに歪み傾いでいてみっともないというのに、上機嫌でいつまでも眺めていた。
仕方なくショロトルが手を伸ばして歪みを直してやるのを当然のような顔で受け入れていた、あのちっぽけな神。思い出しながら、またもや許しも得ずに踏み込んできた同じ気配に顔を向けた。
「勝手に触るな。」
「だったら忘れてんじゃねえよ。」
正論を返してやっている筈なのに、そいつは不満げに奪い返そうとする。その手首を逆に掴んで引き寄せた。
「何だ。早く返せ。」
「取りに来ただけか?」
「他に何がある。」
昼間の光が嫌いなそいつは、いつにも増して生意気で機嫌が悪い。つくづく身勝手な奴だと呆れながら組み敷いてやると、理解したそいつが一層不満げな顔をした。
【装身具を気に入る-1:X神】
「勝手に触んなよ。」
咎めて取り返そうと手を伸ばしても、大人しく返してくるような殊勝な神ではもとよりない。ショロトルが外したままだったその装身具を月明かりにかざすようにして、そいつはふふんと笑った。
「お前にしては趣味が良いな。」
「生意気言ってんじゃねえよ。」
褒めるつもりなど全くないだろう言い草に呆れて、もう放っておこうと手を下ろす。そいつはそれを良いことに、もっとよく眺めようとしてかそれを持ったまま窓辺に行ってしまった。
ショロトルの物である装身具を飽きもせずに眺めている、無駄に整っている横顔。そいつが今よりもずっとちっぼけでひ弱だった頃にも何度かショロトルの飾りを欲しがったことを、ぼんやりと思い出した。
寄越せと言い出さないのは、少しは成長したと言えるのだろうか。随分と熱心に見ているから本当は欲しいのかもしれないが、やたらと力をつけて自尊心も並以上に強くなったそいつは子供じみたことを言いたくないのだろう。
ほんっと、可愛くねえ。呆れて目を逸らした時、そいつが窓辺を離れる気配がした。
戻ってきたそいつの手が、ショロトルの膝にその飾りを落とす。そのまま身支度に戻ろうとしているので、何とは無しに呼び止めた。
「何だ。」
「持ってけよ、気に入ったんだろ。」
また目にするたびにしげしげと眺め回されるくらいなら、今ここで譲ってやったほうがまだ良い。だからそう言ってやっただけなのに、虚をつかれたように瞬いたそいつは不機嫌な顔をした。
「要らん。」
「あ?」
せっかくショロトルが気を回してやったというのに、生意気なその神は受け取ろうとしない。大方、借りを作るようで嫌だとか、そんな下らない理由に決まっている。わざともう見ないようにしているのが見え見えの態度が、強い関心をかえって浮き彫りにしていた。
面倒な奴だと呆れながら、仕方なく代替案を出してやった。まだ床に散らばっている、そいつの装身具を顎で示す。
「お前のもん、なんか置いてけよ。」
【取り違い:X神】
ショロトルが目覚めると、そいつはやはりとっくに姿を消していた。いつものことなので気にせず身を起こし、朝の光の中で身支度をする。
床に転がったままだった装身具に伸ばした手が止まる。ショロトルの物と似てはいるが、明らかに違った。また挨拶もなく立ち去ったあの神が、昨夜身に着けていたものだ。
何やってんだ、あの馬鹿。呆れながら拾い上げ、眺めながらしばし思案する。まあ良いかと結論に達して、持ち去られた物の代わりにそれを身に着けることにした。
他にもショロトル自身の装身具はあるが、取り出すことも億劫だ。先に間違えたのはあの神なのだから、文句を言われる筋合いもない。
これの持ち主である神も、そろそろ取り違えに気付いた頃だろうか。気付かずにまた外して、朝の光が差す前に寝付いただろうか。
どうせすぐにまた顔を見せる筈だから、届けに行ってやるつもりなどショロトルにはさらさらない。さっさと身支度を済ませ、部屋を出た。
珍しく昼間に出歩いていたその神と、ばったりとまた出くわした。それは構わないのだが、不満げに睨まれたところでどうしろというのだ。そもそも取り違えてショロトルの装身具を持ち去ったのはこの神なのだから、文句を言うのはショロトルであるべきだ。
自分でもそれは理解しているからか、その神はありありと不服を浮かべて睨んでくるばかりで何も言わない。いつまでも睨まれるのも時間の無駄だと、仕方なくこちらから口を開いてやった。
「睨んでねえで、さっさと返せよ。そしたら返してやるっての。」
当然のことを述べてやり、早くしろよと目で促す。だと言うのに、そいつはますます不満げに眉を寄せた。
「……ない。」
「あ?」
不明瞭で不可解な返答に聞き返すと、その神は一層不機嫌な顔をした。苛立たしげに繰り返す。
「ここにはない。神殿まで取りに来い。」
「ああ? お前が持って来いよ。」
繰り返すが、互いの装身具が入れ替わったのはひとえにこの神自身のせいであって、ショロトルが労力を割いてやる理由など全くないのだ。自分でもそれを認識してはいるらしく、一層不機嫌な顔をしたそいつは仕方なさげに顔を背けた。
「……後ほど持って行く。それは預けておくから、丁重に扱え。」
「だったら最初から、忘れてくんじゃねえよ。」
当然の指摘を、そいつはふんと鼻を鳴らして聞き流したらしかった。話は終わりとばかりに、挨拶もなく脇を通り過ぎていく。ちらりと目で追って、ショロトルもまたその場を後にした。
日暮れにやって来たその神から装身具を受け取り、ショロトルも返してやる。これで話は済んだ筈なのに、そいつはまだ不満そうに文句をつけてきた。
「自分の装身具も他にあるだろう。勝手に身に着けるな。」
「お前が俺のを着けてったせいだろうが。」
「だからとて、お前まで私の物を着ける必要がどこにある。」
自分が勝手に間違えたせいだというのに、いつまでも不満げな顔をしている身勝手な神。もう無視しようと背を向けかけたが、ふと思いついて振り返った。
「明日の朝は間違えんなよな。」
生温い不快な風が顔に吹き付ける。つい顔を顰めたのは、気に入らないあの神を思い出したからだった。
優しくしてくれたあの風の神だけは、許してやってもいいかなと思っていた。自分の補佐をさせてやってもいいと、少しだけ力を分け与えてやってもいいと、そう考えていた。
けれどあいつは、この手の力を恐れたから。この手から力を奪い取ろうとしたから。誰より高い場所へとやっとの思いで昇り詰めたのに、そこから追い落としたから。
だから。あいつも、もう、許さない。
あいつも、あいつも、あいつも、みんな敵だ。誰も、許さない。
自分は遍くすべてと敵対する者。何者にも与しない、何者にもひれ伏さない。頂点に立つのは、この自分だ。
【「創作小説お題(題名提供)」様より『朝焼けの色』:青年神】
夜明け前の冷え込みを解き放ちながら、太陽の昇ってくる方向に目を向けた。その気配さえまだ見えないけれど、地下の国から地上を目指してやってきているのが分かる。
昼間は眩しくて煩わしくて嫌いだ。だから日暮れまで眠って、夜の間に仕事をして、朝焼けの色を眺めて、明け切る前に眠りにつく。今夜もそうしようと、東を向いたまま手頃な石に腰を下ろした。
【「創作小説お題(題名提供)」様より『朝焼けの色』:X神】
夜明け前に目が覚めた。
覚めきらない意識で感じた違和感の正体は、すぐに明らかになる。また許しも得ずに勝手に入り込んできたらしい生意気な気配が、同じ寝床に潜り込んで寝息を立てている。
叩き起こして蹴り出してやってもいいのだが、そうすればこの身勝手な青年神はぎゃんぎゃん騒ぐだろう。そんなことをされては二度寝もできやしない。
溜息ひとつで諦めて、ショロトルもまた目を閉じた。朝焼けの色が空を染める前には、また夢の広野に戻れるだろう。
【「創作小説お題(題名提供)」様より『朝焼けの色』:Q神】
朝焼けに染まり始めている空に輝くのは、自分の星、明けの明星。その鋭い光に目を細めながら、他の神々の姿のない野を歩く。
夜風がさらさらと北へ逃げていく。その冷たい気配に頬を摩られながら、つい顔をしかめてしまう。夜闇の主たる、あの忌まわしい神を思い出して。
気紛れで傲慢なあの青年神は、昨夜はどこに禍を振りまいたのか、誰を不幸に陥れたのか。思い出したくもない嘲りの笑みが、また脳裏にちらついた。
【青年神になって:X神】
生意気で身勝手なこの青年神など、いてもいなくても良い。体が小さかった頃から充分すぎるほど自分勝手で我儘だったが、このところ一段と可愛げがない。
だが、多少乱暴にしても壊れない頑丈さを身につけた体は、痛いほどの力強さで縋り付いてくる腕は、少しは気に入っているかもしれない。小さく笑いながら少し強く突き上げてやると、また甘い声が上がった。
「あ、ぁ、あ、そこ、」
「は、ほんっと、インランだなあ。」
嘲笑いながらも、お望みどおり強く深く繰り返し抉ってやる。満足げに蕩けるその顔は、やはり悪くない。
【「Cantas muy bien. 君は歌がとても上手だ。」:青年神と詩人】
恐れ慄いて平伏しながら、疑問が渦巻く。なぜこの神が、なぜ自分などの前に御姿を現し給うたのか。
「そう恐れるな。取って食おうというわけではない。」
神が軽やかに笑い給う声にも、顔を上げられない。声も出せない。くすくすとまた笑声を零された神は、同じ声音でさらりと仰せになった。
「お前は歌が上手いな。」
「ぇ、」
思い掛けない御言葉に、思わず顔を上げる。麗しく笑む美しいかんばせが、目に焼き付いた。
「歌え、私のために。」
【「Cantas muy bien. 君は歌がとても上手だ。」:青年神と女神】
雨の神々の族長に、大きな恨みがあったわけではない。けれど「それ」を躊躇う特段の理由はないし、何よりあの神が偉そうにしているのが気に食わなかった。だから。
「まあ、お口の上手いこと。」
「これでも、貴女の美しさを言い表すには到底足りないよ?」
「あらあら、本当にお上手ね。」
満更でもなさそうに女神は笑うから、感触は悪くない。真に受けずに子供扱いしている振りをしても、靡き始めているのが手に取るように分かる。だから無邪気そうな笑みを浮かべ直して、また次の歌を唇に乗せた。
【子供扱い:少年神】
そいつはすごく意地悪で、嫌な奴だ。それは確かなことなのだ。
何を聞いても物知らずと馬鹿にしてくるし、尋ねたことになかなか答えてくれないし、いつも馬鹿にしたように笑う。尋ねるなら、もっと優しくてすぐに教えてくれる神の方が、本当はずっと良い筈なのだ。
けれどそいつは、この自分を「コドモ」扱いはしない。頭を撫でてきたりしないし、できて当然のことを褒めたりもしない。最後には、誤魔化したりしないで正しい言葉で答えてくる。
そいつの傍が居心地がいいと言うわけでは全くないけれど、他の神々の傍よりはマシだから。仕方なく、尋ねる相手にそいつを選んでやっている。
【早く教えてよ:少年神】
「そんなことも知らねえのかよ?」
「うるさいな、だから聞いてるんだろ。」
早く教えてよと急かしても、そいつはにやにやと意地悪く笑うばかり。その小馬鹿にした笑い方にむっとした。
「じゃあいい。他の神に聞く。」
言い捨てて立ち上がろうとする。だが手首を掴まれて、簡単に引き寄せられてしまった。そいつの腕の中に閉じ込められてしまう。
「何だよ、離せよ。」
「せっかちな奴だな。教えねえなんて言ってねえだろ。」
言いながら、その手がわざとらしく腰を撫でている。呆れて溜息をついたが、別にそれは嫌ではないから。
【スペイン語「El esta enojado. 彼は怒っている。」:X神】
「痛、いだろ、やめろ、」
「にしちゃあ、キモチ良さそうだなあ?」
嘲るように笑うそいつはやはり機嫌の悪い目をしていて、聞き入れる気なんて全くなさそうで。僕に当たるなと言ってやろうとしたけれど、その前にまた強く肩を噛まれた。反射的にナカを締め付けてしまう。
「はは、噛まれんのがイイのか? ほんと、インランだなあ。」
「る、さ、」
繰り返し噛みつかれて、言い返すこともままならない。悔しいので、そいつの肩にも噛み付いてやった。
【スペイン語「El esta enojado. 彼は怒っている。」:青年神 】X神版続き
「うるせえ奴だな、いつまでも。」
「お前のせいだろ!」
一層目を尖らせるそいつの体は、数えきれない歯形に彩られている。悪かったとは微塵も思わないが、文句も聞き飽きたので仕方なく折れてやることにした。
「あー、悪かったよ。欲しがってた石も探しといてやるよ。」
「そんなので許すと思うなよ。」
言いながらも、そいつの目は機嫌よく輝いている。ちょろい奴だと胸の中で笑った。
<ツンデレで10のお題 「TOY」(http://toy.ohuda.com/k-index.html)様>
【1.だ、誰もおまえなんか好きじゃねえよ!】
しようよと甘えすり寄ってくる、淫らでちっぽけな神。腰を引き寄せてやりながら、嘲笑ってやった。
「俺とスルの好きだもんなあ、お前。」
「別に。お前でなくたっていいし。」
可愛げのない言葉を吐きながらも、その手は早くもこちらの装束を解こうとしている。せっかちだなと笑いながら、細い体を組み敷いてやった。
淫らな期待に輝く瞳は、まあまあ美しいと呼べるのかもしれない。満足しながら、首に絡みつく腕に誘われるままに唇を重ねてやった。
【2.暇だから誘っただけだ!】
「面倒臭えな。勝手に行きゃあいいだろ。」
「特別に誘ってやってるんだよ。感謝しろよ。」
偉そうに言ってはいるが、要は自分だけで知らない場所に行くのが怖いのだろう。臆病な奴だと鼻で笑い、背を向けた。
「俺の知ったことじゃねえな。勝手に行ってこいよ。」
もう興味もないので、寝床に横になろうとする。だが、ぐいぐいと装束の端を引いている手。仕方なく目を開けてやった。
「んだよ。」
「……だめ。お前も来てよ。」
【3.…ふん、情けない顔】
また勝手に入り込んでいたそいつは、こちらを見ると少しだけ驚いた顔をした。だがすぐに、底意地の悪い笑みを見せる。
「情けない顔。」
「うるせえな、犯すぞ。」
吐き捨てながらも、今はそれどころではない。やり場のない憤りは、まだ胸の中で荒れ狂っている。
ああ、忌々しい、どいつもこいつも。歯噛みした時、下から顔を覗き込まれた。挑発するような、淫らで生意気な笑顔。
「ナグサめてあげようか?」
【4.お前なんかだーーーいっ嫌いだ!】
「お前ほんと最悪。もう嫌い。」
「そーかよ。」
文句も聞き飽きたので、起き上がって自分の装束に手を伸ばす。だが、べしべしと腕や背中を叩かれた。痛くはないが、煩わしい。
「んだよ。」
「お前が真面目に聞かないからだろ!」
僕は怒ってるんだぞ、と尚もむくれる少年神。その全身で主張している無数の歯型に目を向け、仕方なく心にもない謝罪をしてやった。
「あー、悪かったよ。機嫌直せよ。」
【5.こ、こんなことで見直すわけないだろ!?】
「こんなことで、見直してなんてやらないからな。」
「ほんと、生意気な奴だな。」
興味津々で目を輝かせていると言うのに、つくづく素直さの欠片もない。呆れながらまた手の中の石を磨き始めると、そいつは尚も顔を近づけて覗き込んできた。
「邪魔だ。」
「僕もやりたい。それ欲しい。」
「あ?」
知るかよ、自分で勝手に拾ってこいよ。そう突き放してやろうとしたが、あまりの図々しさに咎める気も失せる。仕方なく、まだ磨いていない石を渡してやった。
【6.別に………待ってたんじゃないよ】
「待ちくたびれたってか?」
「お前のことなんて、待ってないよ。」
ふわあと欠伸をする少年神には、またも勝手に入り込んで寝床を占領したことを謝るつもりはさらさらないらしい。どこまでも横柄で生意気な態度に咎める気も失せて、もう無視しようと立ち上がる。だが、装束の端を掴まれた。
「んだよ。」
「しようよ、させてやるから。」
【7.俺は充分素直だ!】
「ほんっと、素直じゃねえな。」
「お前には、これで充分だろ。」
ふんと鼻で笑うそいつは、本当に素直さも可愛げもない。すぐに生意気な口聞きで言い返し噛み付いてくるし、そのくせ分からないことがあると早く教えろと急かすし、妙な理屈ばかり捏ね回す。こんな可愛げのない少年神の相手をしてやっている自分の温厚さに、涙が出そうだ。
「そんな事より、ここ飽きた。早く行こうよ。」
「ほんと、可愛くねえ。」
【8.か、買いすぎちゃっただけだからなっ!】
「何だよ、そりゃあ?」
「分けてやる。感謝しろよ。」
「するか、馬鹿。」
要は調子に乗って作りすぎただけだろうに、なぜそう偉そうな物言いができるのか。呆れながらその軟膏から目を背けたが、ふと妙案が浮かんだ。晴々とした顔で片付けているそいつの腰を引き寄せる。
「何だよ?」
「使ってやるよ、お前でな。」
囁きを吹き込み、脚の線をなぞってやる。暴れるかと思ったそいつは、少し考えてから生意気に笑った。
「満足させろよな。」
【9.何だよバカ!もう絶交だ!】
「何だよ馬鹿、もう嫌い!」
「あー、そうかよ。」
相手をしてやるのも面倒なので、もう無視しようと起き上がって装束を纏い始める。それが気に入らないのか、背後に置き去りにした少年神は尚もきいきいと声を上げている。
「聞いてないだろ、僕は怒ってるんだからな! お前がそんな態度だと、もうさせてやらない!」
「そうかよ、好きにしろ。」
どうせこの淫らな少年神は、すぐにまた物欲しげに擦り寄ってくるのだから。
【10.……どうして俺なんか好きなんだ?】
聞いてみようと思っていたわけではなかった。ただ何とは無しに、言葉が溢れた。
「何で、俺んとこに入り浸るんだよ?」
「はあ? 何だよ、邪魔だって言いたいの?」
「そこまで言ってねえだろ、今は。」
叩き出したくなる時もあるのは事実だが、今はただ尋ねているだけだ。それと察したのか、少年神はまた興味もなさげに薬草に目を落とした。
「別に。他の神達よりはましってだけ。」
「そーかよ。」
半ば予想通りの答えに呆れ返る。そうしながら何故か、得体の知れない満足が心地よく胸を温めていた。
【喧嘩中】
『お前が謝るまで、させてやらないからな。』
捨て台詞を残して行った生意気な青年神など、こちらから願い下げだ。あちらから詫びて抱いてくれと懇願してくるまでは、何もしてやる義理はない。なのだが、これはこれで面白くない。
これ見よがしに他の神に擦り寄って、色目を使って、脂下がったその神の馴れ馴れしい手に腰を抱かれるに任せて。そうしながらちらりとこちらを見てせせら笑う、無駄に綺麗なぶん忌々しい顔。咎めてやりたいのは山々だが、こちらから言及するのも癪なのだ。
「謝る気になった?」
「なるか、馬鹿。」
呆れて吐き捨てても、生意気なそいつの余裕ぶった笑みは揺るがない。もう無視しようと背を向けたが。
「じゃあいいよ、させてやらないから。」
「なら触んなよ、失せろ。」
「僕の勝手だろ。」
しゃあしゃあと言いながら、その手は腰衣の上から中心を撫で摩る。そこまでしてこちらに折れてほしいか。呆れながらその手を叩き落とした。
「ん、ゃだ、って、」
「そっちが煽ったんだろうが。」
散々にこちらの熱を煽り立て挑発しておいて、つくづく勝手な奴だ。自分だってすっかり興奮して、ぐずぐずに蕩けている癖に。
呆れながら指を動かしてやると、甘えた声を漏らして体を跳ねさせる。なのに、その言葉だけは強情で。
「ぇが、あやまんないと、だめ、」
「もう黙れよ、うるせえな。」
呆れ果てながら、煩い口を唇で塞いでやる。だが、思いの外に強く舌を噛まれた。
【喧嘩の後】
「お前ほんと最悪。最低。」
「お前のやり口の方が、よっぽど汚ねえよ。」
呆れ返りながら指摘してやっても、そいつは不満げな顔で尚もばしばしと叩いて来る。疲れ切っているらしく力は入っていないが、煩わしい。溜息を吐きながら、その手首を捕まえて止めさせた。
「ああ、ったく。悪かったよ、これでいいか?」
「……心が篭ってない。」
まだ不満げに言うそいつも、ひとまずは満足したらしい。機嫌を直した様子で、口付けをせがんできた。
「他の奴ともやってたんだろうが。俺に文句あんなら、押し掛けて来んなよ。」
「何だよ、せっかく来てやってるのに。」
「頼んでねえよ。」
悪びれさえしない横柄さには溜息も出ない。呆れて目を背けると、視界の端でそいつが欠伸をして体を伸ばした。
「やっぱここの方が落ち着く。他の神のところなんて、長く居たくないし。」
「俺の家で落ち着いていい、なんて一言も言ってねえだろうが。」
言い草を反射的に咎める。けれど、さほど悪い気はしなかった。
【久しぶり:X神】*「恋し恋しと忍びて泣けど」少し前くらい
暫く顔を見なかったそいつがやって来たのは、仕方なくこちらから出向いてやろうかと思い始めていた頃だった。特に交わす言葉もなく、いつものように寝床に組み敷いてやる。そのために来たのだから、そいつも抵抗などしない。
体の反応だとかその場所のきつさだとか、小さな違和感がいくつかあった。そのわけにふと気付いて、尋ねてやる。
「んだよ、ヒサシブリなのか? 珍しいじゃねえか。」
「黙って、動け、」
質問に答えさえしない生意気な唇に噛み付いてやる。そうしながら、今夜初めて声を聞いたことを思い出した。
いつもは満足すればさっさと立ち去っていくそいつが、今夜は珍しく起き上がろうとしない。寝床が狭くて邪魔なのだが、無駄に口の立つそいつを追い払うのも面倒なので好きにさせてやっていた。
朝まで居座るつもりか、邪魔だが仕方ない。ちらりと目を向けると、そいつはぼんやりした顔をしてショロトルの外した装身具を弄んでいた。
「勝手に触んなよ。」
「……うるさい。」
咎めると、生意気な返事をしながら未練もなさげに床に戻す。その指が今度はそいつ自身の装身具を拾い上げたので、まだ居座るのかと内心呆れた。
ぼんやりと装身具を弄っている指を何とは無しに眺めながら、また尋ねてみた。
「最近あんま出歩いてねえんだろ? 引き篭もって何やってんだよ。」
「……何も。」
上の空らしい返答に、何を聞いてもまともな返事はしなさそうだと早々に諦めた。もう放っておいて寝てしまおうと目を閉じる。そいつがまだ飽きもせずに飾りを触っているらしい気配を感じながら、眠りに落ちた。
翌朝目を覚ますと、そいつはいつの間にか姿を消していた。
身支度をしながら、挨拶もなく気配も残さず立ち去った神のことを考える。無駄に頭の回るそいつにしては妙なほどの、ぼうっとした様子だった。
さては頭でも打ったか、まあ自分には関係のないことだが。思いつつ装身具に伸ばした手が、ふと止まった。薄闇の中でそれを眺めていた眼差しが、脳裏を過ぎる。
恋でもしているのか。一瞬だけ思って、すぐにその考えを笑い飛ばす。あの淫らで不遜な神には、似合わないことこの上ない。
たとえ誰ぞに想いを寄せているのだとしても、どうせあの神のことだ、すぐに飽きるのだろう。そう結論づけて、今度こそ飾りを拾い上げた。
【忘れ物:X神】
身支度の手がふと止まったのは、自分のものではない装身具が目に止まったからだった。見覚えのあるそれは確かに、昨夜も許しも得ずに入り込んできた生意気な神が好んで身に着けているものだ。
わざわざ届けてやる義理もない、そのうち取りに来るだろう。邪魔にならない場所に放り出しておこうと拾い上げたが、また投げ落とす前にふと手が止まった。
妙に見覚えがあると思えば、随分昔にはショロトルの物だった飾りに間違いない。その頃はまだちっぽけだったそいつにうるさくせがまれて、仕方なく譲ってやった物だ。
まだ持っていたのかと半ば呆れながら、何とはなしに指先で弄ぶ。糸もしっかりしているようだから、何度か直しながら使っているのだろう。明るい光の中でこうして眺めても、経てきた歳月の割には疵も少ない。
他にもいくつかの装身具を散々ねだられて渋りながら譲ってやったが、これが最初だった筈だ。なまじ甘い顔をしてやったから味を占めたかと思うと溜息も出ないが、飽きて放り捨てなかったことだけは認めてやっても良い。
これをくれてやった時は随分と機嫌の良さそうな顔をしたな、と思い出す。当時のそいつには大振りすぎたそれをもたもたと身に着けた、不慣れな手付き。大いに歪み傾いでいてみっともないというのに、上機嫌でいつまでも眺めていた。
仕方なくショロトルが手を伸ばして歪みを直してやるのを当然のような顔で受け入れていた、あのちっぽけな神。思い出しながら、またもや許しも得ずに踏み込んできた同じ気配に顔を向けた。
「勝手に触るな。」
「だったら忘れてんじゃねえよ。」
正論を返してやっている筈なのに、そいつは不満げに奪い返そうとする。その手首を逆に掴んで引き寄せた。
「何だ。早く返せ。」
「取りに来ただけか?」
「他に何がある。」
昼間の光が嫌いなそいつは、いつにも増して生意気で機嫌が悪い。つくづく身勝手な奴だと呆れながら組み敷いてやると、理解したそいつが一層不満げな顔をした。
【装身具を気に入る-1:X神】
「勝手に触んなよ。」
咎めて取り返そうと手を伸ばしても、大人しく返してくるような殊勝な神ではもとよりない。ショロトルが外したままだったその装身具を月明かりにかざすようにして、そいつはふふんと笑った。
「お前にしては趣味が良いな。」
「生意気言ってんじゃねえよ。」
褒めるつもりなど全くないだろう言い草に呆れて、もう放っておこうと手を下ろす。そいつはそれを良いことに、もっとよく眺めようとしてかそれを持ったまま窓辺に行ってしまった。
ショロトルの物である装身具を飽きもせずに眺めている、無駄に整っている横顔。そいつが今よりもずっとちっぼけでひ弱だった頃にも何度かショロトルの飾りを欲しがったことを、ぼんやりと思い出した。
寄越せと言い出さないのは、少しは成長したと言えるのだろうか。随分と熱心に見ているから本当は欲しいのかもしれないが、やたらと力をつけて自尊心も並以上に強くなったそいつは子供じみたことを言いたくないのだろう。
ほんっと、可愛くねえ。呆れて目を逸らした時、そいつが窓辺を離れる気配がした。
戻ってきたそいつの手が、ショロトルの膝にその飾りを落とす。そのまま身支度に戻ろうとしているので、何とは無しに呼び止めた。
「何だ。」
「持ってけよ、気に入ったんだろ。」
また目にするたびにしげしげと眺め回されるくらいなら、今ここで譲ってやったほうがまだ良い。だからそう言ってやっただけなのに、虚をつかれたように瞬いたそいつは不機嫌な顔をした。
「要らん。」
「あ?」
せっかくショロトルが気を回してやったというのに、生意気なその神は受け取ろうとしない。大方、借りを作るようで嫌だとか、そんな下らない理由に決まっている。わざともう見ないようにしているのが見え見えの態度が、強い関心をかえって浮き彫りにしていた。
面倒な奴だと呆れながら、仕方なく代替案を出してやった。まだ床に散らばっている、そいつの装身具を顎で示す。
「お前のもん、なんか置いてけよ。」
【取り違い:X神】
ショロトルが目覚めると、そいつはやはりとっくに姿を消していた。いつものことなので気にせず身を起こし、朝の光の中で身支度をする。
床に転がったままだった装身具に伸ばした手が止まる。ショロトルの物と似てはいるが、明らかに違った。また挨拶もなく立ち去ったあの神が、昨夜身に着けていたものだ。
何やってんだ、あの馬鹿。呆れながら拾い上げ、眺めながらしばし思案する。まあ良いかと結論に達して、持ち去られた物の代わりにそれを身に着けることにした。
他にもショロトル自身の装身具はあるが、取り出すことも億劫だ。先に間違えたのはあの神なのだから、文句を言われる筋合いもない。
これの持ち主である神も、そろそろ取り違えに気付いた頃だろうか。気付かずにまた外して、朝の光が差す前に寝付いただろうか。
どうせすぐにまた顔を見せる筈だから、届けに行ってやるつもりなどショロトルにはさらさらない。さっさと身支度を済ませ、部屋を出た。
珍しく昼間に出歩いていたその神と、ばったりとまた出くわした。それは構わないのだが、不満げに睨まれたところでどうしろというのだ。そもそも取り違えてショロトルの装身具を持ち去ったのはこの神なのだから、文句を言うのはショロトルであるべきだ。
自分でもそれは理解しているからか、その神はありありと不服を浮かべて睨んでくるばかりで何も言わない。いつまでも睨まれるのも時間の無駄だと、仕方なくこちらから口を開いてやった。
「睨んでねえで、さっさと返せよ。そしたら返してやるっての。」
当然のことを述べてやり、早くしろよと目で促す。だと言うのに、そいつはますます不満げに眉を寄せた。
「……ない。」
「あ?」
不明瞭で不可解な返答に聞き返すと、その神は一層不機嫌な顔をした。苛立たしげに繰り返す。
「ここにはない。神殿まで取りに来い。」
「ああ? お前が持って来いよ。」
繰り返すが、互いの装身具が入れ替わったのはひとえにこの神自身のせいであって、ショロトルが労力を割いてやる理由など全くないのだ。自分でもそれを認識してはいるらしく、一層不機嫌な顔をしたそいつは仕方なさげに顔を背けた。
「……後ほど持って行く。それは預けておくから、丁重に扱え。」
「だったら最初から、忘れてくんじゃねえよ。」
当然の指摘を、そいつはふんと鼻を鳴らして聞き流したらしかった。話は終わりとばかりに、挨拶もなく脇を通り過ぎていく。ちらりと目で追って、ショロトルもまたその場を後にした。
日暮れにやって来たその神から装身具を受け取り、ショロトルも返してやる。これで話は済んだ筈なのに、そいつはまだ不満そうに文句をつけてきた。
「自分の装身具も他にあるだろう。勝手に身に着けるな。」
「お前が俺のを着けてったせいだろうが。」
「だからとて、お前まで私の物を着ける必要がどこにある。」
自分が勝手に間違えたせいだというのに、いつまでも不満げな顔をしている身勝手な神。もう無視しようと背を向けかけたが、ふと思いついて振り返った。
「明日の朝は間違えんなよな。」
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。



どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる