26 / 45
裂けし果実を狂宴に食す
しおりを挟む
いくらか眠っていたらしい。脇腹を蹴り付けられる鈍い痛みにケツァルコアトルは意識を呼び戻された。
あまりにも不快な目覚めで、そこに立つのが何者なのかも半ば予期していた。果たして渋々目を開けて見上げた先には、予想通りの姿があった。
不機嫌もあらわに寝床の傍に立ち、ケツァルコアトルを見下ろすのは。その、憎らしいほど整ったかんばせは。二度と見たくもないと憎みながら眠りに落ちたまさにその神の姿に、また新鮮な憎悪が胸を焦がした。
「入っていいと、誰が?」
「来いと言ったのが、聞こえなかったのか?」
無感動な声で吐き捨ててやっても、傲慢で不遜なその神は臆すことさえしない。あまりにも身勝手な言葉で詰られ、ケツァルコアトルの胸の憎しみの炎は一層激しさを増す。
何様のつもりだ、恥じ入りもせず、恥ずかしげもなく。胸中の炎が、苦々しげにそう囁いた。
胸の中で、炎は蛇のように鎌首をもたげながら唸り声を立てる。ケツァルコアトルはゆっくりと身を起こしながら、刃物のような声で切り返した。
「君に命令される筋合いはない」
「貴様に断る権利などない」
正当なケツァルコアトルの言い分を、傲岸な神は苛立った声で切り捨てる。あまりにも不当で身勝手な非難に、ケツァルコアトルはかっとなった。
そんなにも私に犯されたかったのか、ショロトルだけでは足りなかったか、この淫乱。ケツァルコアトルはそう詰ってやることもできる筈なのに、その権利が確かにあるのに、言葉が喉まで迫り上がったのに。なのに、寸前に声を飲み込んだ。
それは気遣いや自重がさせたことでは決してない。もっと仄暗く、そして凶暴な感情のさせたことだった。
その程度の言葉では、この淫売は少しも傷つかない。かすり傷さえも、その心臓に刻んではやれない。それが分かり切っているのに、わざわざそんなひ弱な刃を持ち出してやる必要などない。
もっと深い、決して癒えることのない傷を、それが無理ならば少しでも長くこの神を痛めつける傷を、刻んでやりたいのだ。それがこの悪辣で非道な神にはふさわしいのだ。この神は、それに値するのだ。
どんな刃が、どんな傷が、この残忍な神を苦しめることができる。何をすればこの悪徳の神に痛みを与え、少しでも行いを正させることができる。そう頭を巡らせて、ふと頭の隅で小さく瞬く案に気付いた。
ケツァルコアトルにあと少しの冷静さがあれば、その案をもっと深く見つめ直し、どこまで有効かと自分に問いかけることができたのかも知れない。それをせずにただ飛びついてしまったのは、自覚する以上に目の前の神への苛立ちと憎しみが膨れ上がっていたのかも知れなかった。
ただ傷つけてやりたくて、苦しませたくて、苦痛に歪む顔が見たくて。だから、ケツァルコアトル自身の望みなどでは、決してない筈なのだ。
「そんなに、欲しかったのかい」
無感動な自分の声を遠くに聞きながら、立ったまま不機嫌にこちらを見下ろしている神に手を伸ばした。不意を突かれた顔をしたその神になど構わず、手首を掴んで、引き寄せて膝を着かせて。
「あげるよ、気が狂うほど」
冷え冷えとした声で囁きながら、ケツァルコアトルはその神を床に組み敷いた。
反射的にか抗おうとしたその神は、けれどすぐに抵抗をやめた。どこまで淫乱で尻軽なのだとまた新鮮な憎しみを覚えながら、手だけを動かして装束を剥ぎ取る。露わになる肌を無感動に眺めたケツァルコアトルは、また胸の内の憎悪が膨れがるのを感じた。
無数の歯形に彩られた、その体。ショロトルが刻みつけ、悦ばせてやっていた傷。邪悪な兄弟神を咥え込んであられも無く乱れ善がった声までもが、ケツァルコアトルの耳の奥に蘇る。忌まわしい残響を振り払うように、生々しい噛み傷に顔を寄せて容赦なく歯を立てた。
「っ、……!」
「痛いのが、好きなんだろう?」
息を飲んで身を震わせた神に、そう吐き捨てる。自分のものとも思えない、あまりにも冷え切った声だった。
冷酷なその響きに、ケツァルコアトルの頭も少しだけ冷えた。もう少しで、冷静さを取り戻しそうになった。だがケツァルコアトルが完全に我に返るよりも、正しく自分を取り戻すよりも、僅かに早くそれは起こった。
始めたことを続けるべきかと躊躇うケツァルコアトルを、その神は見透かしたのかも知れない。治り始めてさえいない傷をこじ開けられる鮮烈な痛みに束の間閉じられていた目が、ゆるりと開く。
すでに苦痛の影さえ浮かべてはいない瞳が、不快なほどの平静さでケツァルコアトルを見上げる。そしてその不吉な眼は、憎らしいほど形の良い唇は、淫らに笑った。
躊躇があっさりと吹き飛んでいく。思考も理性も、憎しみと怒りに黒々と塗りつぶされる。半ば我を忘れて、ケツァルコアトルは組み敷いた体にもう一度歯を立てた。
数えきれない傷を一つ一つ刻み直して、塗り替えて。その度に、零れる吐息に滲む甘やかさが色濃くなっていく。組み敷く肢体が火照りを帯びていく。
軽蔑と嫌悪が奇妙な作用を及ぼして、ケツァルコアトルの熱までもいつの間にか勃ち上がっていた。だから、もう躊躇わずにしなやかな脚を開かせ、奥まった窄みを指で確かめる。そして何も言わず、何も言わせず、その内側に身を沈めた。
「っ、ぁ、ぐ……」
「好きなんだろう、痛いのが」
やっと漏らされたはっきりとした苦鳴にささやかな満足を覚えながら、そんなことはおくびにも出さずに吐き捨てる。予想した通り、つい数刻前までショロトルを咥え込んでいた筈のその場所はまだ柔らかで潤みを帯びている。慣らしてやりもしないのに悦んでケツァルコアトルを飲み込んでいく秘所は、貪欲に奥へ奥へとその熱を迎え入れ招き入れようとしていた。
一声だけ苦痛に呻いたその神は、やはりその痛みを悦んで受け止めている。被虐の悦に一層瞳を蕩して、苦しげだが甘い息を漏らして、下肢の屹立からは淫らな蜜を溢れさせて。そのどこまでも淫蕩で貪欲な様子に呆れと蔑みを覚えながら、ケツァルコアトル自身の思考も淫らな熱に侵されていく。
傷つけたい、苦しめたいという狂おしい衝動さえも、半ばその熱に霞んでいた。ただ、この淫らに悶えている体を貪るように犯し尽くし、声も出せなくなるまで使い果たしてやりたかった。
頭蓋を満たす熱に促されるまま、ケツァルコアトルは腰を使い始めた。抜き差しを繰り返し、乱暴なほどの強さで揺さぶり、甘さと苦痛に彩られた声になど一向に構わず、ただ自分の快楽を追う。
また深く劣情を突き立てるたびに、体の下で上がる声が甘さを増していく。何の感慨もなく眺めている顔が、無駄に整ったそのかんばせが、益々快楽に蕩けていく。そのことに自分が満足しているのか不快を覚えているのかさえ、ケツァルコアトルにはもう分からなかった。
「ぁ、あ……っ、……!」
耳障りな筈の甘えた嬌声が、今はなぜか耳に心地良く響く。だから黙らせようとも考えず、ケツァルコアトルは半ば開いたまま声を漏らしている唇を眺めていた。熱に浮かされて朧な頭で、ぼんやりとそれを見下ろしていた。
熟れすぎて裂けた果実のような、その器官。裂け目の内側で見え隠れするのは、毒々しいほどに紅い舌、そして灼け付くように白い歯の並び。その歯を拾い出して種のように畑に撒いたなら、どんな花が咲くだろう。その花はどんな香りを漂わせ、その蜜はどんな甘味を齎すのだろう。
夢想の最果てで、清らかな笑みがちらりと揺れ光る。けれど優しい面影は掴み取る前に劣情のうねりに浚い取られ、手の届かない場所へ押し流されていく。後にはただ、のっぺりとした快感だけが水底の砂泥のように広がっていた。
自分が頂上に至ろうとしていることにふと気付いて、ケツァルコアトルは掴んでいたやや細い腰を握り直した。一層激しく腰を叩きつける。組み敷いている体が吐息を引き攣らせたようにも聞こえたが、どうでもいい。ただ自分の熱を吐き出すために自分を追い上げ、自分を高みへと追い立て、そして果てた。
「っ、ぅ……!」
「あ、ぁ、ーーっ!」
声を噛み殺し熱を注ぎ込みながら、声にならない絶叫を聞く。熱い飛沫が腹に飛び散り、寸の間に熱を失って冷えて、どろりと流れる。狭く熱い場所がびくびくと痙攣して精の最後の一滴までも絞り取ろうとするのを感じ、ケツァルコアトルは思わず呻いた。
息を弾ませながら、ケツァルコアトルは体の下で忘我するその神を眺めた。絶頂の余韻に蕩け切ったかんばせを、何も映さないままに虚空へ向けられている瞳を、乱れた吐息を漏らす紅い唇を。
遠く遠く追いやられていた理性が、音もなく舞い戻り腰を据える。冷静に判断し裁定する思考力が追いついてくる。だがケツァルコアトルが自分の行いを振り返り、後悔や恐怖や罪悪感やそうしたものを感じて慄くよりも早く、それは起こってしまった。
虚空だけを映していた瞳が、不意にゆるりと動いてケツァルコアトルを見上げた。蕩け切っている眼の水底で、奇妙な光がちらりと冷徹な輝きを見せる。
あまりにも不釣り合いに閃いた光輝に、ケツァルコアトルの思考が瞬くほどの間だけ停止する。その間隙を縫うように、果実のような唇は淫らな笑みを象って。
もっと。声もなく囁かれた催促が、ケツァルコアトルの理性をまた軽々と吹き飛ばした。
何度達したのかさえも、もう分からない。何度もケツァルコアトルの吐精を受け止め飲み干した場所は、淫らな水音を立てながら一層熱く狂おしく絡みついてくる。まだ足りないと言わんばかりに、もっともっと欲しいとねだるように。
裂けた果実の唇は、もはや声にならない切れ切れの喘ぎだけを漏らしている。掠れた甘い響きを耳にして、邪悪な兄弟神に随分と鳴かされたらしいと、ケツァルコアトルは思い出して。浮かび上がった兄弟神の面影は蔑みと嘲りの笑みを浮かべたので、酷く不快な思いがした。
忌まわしい顔は、思い出してしまうとなかなか消せない。ちらついて嘲笑を投げかけ続けるそれに苛立って、そうさせられたことが許し難くて、だから罰を与えてやることにした。体の下でぐったりと手足を投げ出している、その神に。
身を起こしながら体の下の神も引き起こし、自分の膝の上に座り直させた。自らの体重で一層深くケツァルコアトルを咥え込んだその神が、背筋を震わせて掠れた甘い悲鳴を漏らす。その声音に少し溜飲が下がるのを感じながら、努めて素っ気なく命じる。
「自分で動くんだ」
命令が聞こえなかったのか、それとも理解することさえも最早できないのか。その神は、束の間何の反応も示さなかった。
だが業を煮やしたケツァルコアトルが仕方なく繰り返してやる前に、虚ろに蕩けた目をしたその神が小さく頷く。だらりと下ろされていた手が、もたもたとケツァルコアトルの肩に添えられる。体を安定させるためのことと理解できたから、ケツァルコアトルはその熱い指の感触を受け止めてやることにした。
具合を確かめるように小さく体を揺すったその神が、こくんと唾を飲む音。微かに上下を見せた喉仏が、淑やかに汗ばんでいるその薄い皮膚が、奇妙な艶かしさでケツァルコアトルの視線を引き寄せる。だが思わず顔を寄せて舌を這わせるよりも早く、小さく息を吸ったその神が腰を使い始めた。
「っ……!」
「ぁ、……っ、ぁ……!」
淫らで大胆なその動きが、思いがけないほど大きな奔流となってケツァルコアトルを飲み込もうとする。奥歯を噛み締めて耐えながら、ケツァルコアトルは掠れた嬌声を漏らす唇に視線を据えた。
裂けた果実の紅さ、種子に似た歯の白い色。その種から芽吹く花は何色に咲く、どのような香りで胡蝶と蜂鳥を誘い招く。幻の花影の更に向こうに清らかな笑顔が揺れた気がしたが、風に吹き消されるようにして崩れ見えなくなった。
声にならない喘ぎを漏らしている、果実の裂け目。滴るように含んでいる蜜は、舌の蕩けるほど甘いのかもしれない。思わず顔を寄せて唇を重ねてしまいそうになった、まさにその時だった。
「邪魔するぞ」
気軽に響いた声にはっと我に返る。声のした方へとケツァルコアトルが咄嗟に顔を向けると、それで漸く気付いたらしい膝の上の神も動きを止めた。同じように目を向けたらしいその神の熱く細い指が、ケツァルコアトルの肩の上で驚いたように動いた。
「しょろ、とる?」
「やっぱココだったか」
それが当然のような顔をして無遠慮に歩み寄ってきたショロトルは、ごく気楽な声で言いながら傍に立った。ケツァルコアトルの膝の上で不思議そうにその動きを追っている神の後ろでひょいと膝を突き、半身を捻って顔を向けようとする神に親しげに笑う。
そのわざとらしい笑みは明らかに、ケツァルコアトルに見せつけるためだけのものだった。それが分かって、驚きが一気に不快感に塗り消される。
「何の用だ、ショロトル」
「別にお前には用はねえよ、ケツァルコアトル」
刺々しい詰問をあっさりといなし、ショロトルはまた大げさに笑んだ。ケツァルコアトルには一瞥もくれることなく、その膝の上の神の全身を無作法な目付きで眺め渡す。そしてまた喉の奥で笑って、不思議そうな顔で見つめるその神と一度視線を合わせて。それからやっとケツァルコアトルに目を向けた兄弟神は、加虐的な笑みを浮かべてあっけらかんと言った。
「混ぜろよ」
「な……」
何の話だ、どういうつもりだと、ケツァルコアトルが聞き返す暇もなかった。ぎらぎらと凶暴に光る目を持つ兄弟神はまたあっさりと視線を外し、まだ不思議そうな顔でやりとりを聞いていた神と再度視線を絡ませる。あどけないような色をしている瞳に、またわざとらしく笑みかけて。
そしてごく当たり前のような手付きで、ショロトルの指がケツァルコアトルの熱を咥え込んでいる秘孔にねじ込まれた。驚きと苦痛の混じった声、ケツァルコアトルの熱を擦りながら無遠慮に動かされる指。ケツァルコアトルも思わず声を上げ、静止しようとした。
「ぃ、っ!?」
「おい……!」
「大丈夫だろ、こいつ頑丈だし」
何が大丈夫なものか。いくら淫蕩で放埒なこの神だとて、その場所はそもそも性行為のための器官ではないのだ。だというのにショロトルは全く頓着しない様子で、ぐちぐちと淫猥な音を立てさせながら指を動かす。苦痛の声を漏らす神に、そ知らぬ顔で笑いかける。
「い、た、ぃたい……!」
「痛ぇのが好きだろ?」
震える声が訴えても、ショロトルは気にも留めずににこやかに聞き流した。力なく逃げようとする腰を空いている手で捕らえて固定し、尚も深々と指を埋め込む。果実のような唇が、また苦鳴を漏らした。
その声の苦しげな響きが、泣き出しそうな潤みが、半ば呆然と見ていたケツァルコアトルを我に返らせた。手の届かない遥かな記憶の奥底から、怯え震える細い指が伸ばされて縋り付いてくるのを感じた。嫌だ、助けてと、声にならない声は確かにケツァルコアトルに助けを求めている。
止めてやらなければ。やめさせなくては。邪悪な兄弟神を追い払い、恐怖に萎縮しきっている指を握り返し、もう大丈夫だと優しく諭し、安心させてやらなくては。不安げな瞳に、再び明るい笑みが、あの清らかな光が、戻るように。
衝動に近い義務感に駆られて、ショロトルを突き飛ばし遠ざけようと手を伸ばす。だがほんの僅かだけ、あまりにも絶望的に、それは遅すぎた。
苦痛に強張っている、男性的でありながらどことなく薄い肩の線。そこに刻まれた生々しい二つの歯形は、僅かにずれて重なり合っている。その噛み傷に目を向けて嘲笑を浮かべたショロトルは、指で秘所を犯す事はやめないままにその傷口に歯を突き立てた。
「ひぁ、っ!?」
「っ!」
容赦ない力で再び生傷をこじ開けられた神が、上擦った声を上げる。痛みと驚きにかきゅうんと収縮した場所に締め上げられたケツァルコアトルも、思わず呻き声を漏らす。そうしながら、朧に絡みついていた幻影が闇の彼方へ吸い込まれていくのをケツァルコアトルは確かに感じた。
もう手が届かない。もう思い出すことさえ叶わない。だがその喪失感に涙ぐむ暇さえも、ケツァルコアトルには許されなかった。
ショロトルの歯に肩を苛まれたままの神が、感に耐えないとばかりに吐息を漏らす。果たしてその神は首を捻じ向けるようにしてショロトルに目を向け、甘えきった声でせがんだ。
「もっと」
「……!」
あまりにも淫らで浅ましい声音に、ケツァルコアトルは思わず涙も忘れて身震いした。同じその声色に満足げな笑い声を立てたショロトルが、殊更にゆっくりと口を離してまた笑う。そして身動きもできないケツァルコアトルが見ている前で、その歯はまた残忍な強さで突き立てられる。何度も、何度も、少しずつ場所を変えながら。
「ぁ、あ、っんぁ、ひっぁ……!」
繰り返される、愛咬と呼ぶにはあまりにも凶暴で凶悪な行為。その度に、ケツァルコアトルを咥え込んだままの神は一層甘やかに蕩けていく声を漏らし、歓喜に身を震わせ身悶える。悦楽に溺れきったその瞳は、もはやケツァルコアトルに向けられさえしない。
ショロトルが与える「痛み」に深く耽溺して、夢中になって。もうケツァルコアトルのことなど忘れたように、ケツァルコアトルがここには居ないかのように、ケツァルコアトルなど初めから居なかったように。
やっと我を取り戻したケツァルコアトルの胸を、苛立ちが焼き焦がした。その非礼を決して許してはいけないと、二度と忘れられぬよう刻み付けてやらねばならないと、激情に駆られた。
びくびくと跳ね上がる腰を握り砕きそうな力で掴み、引き付けながら強く腰を突き上げる。全く予期していなかった刺激に息を詰まらせたその神が、声にならない悲鳴を漏らした。
「ひぅ……っ」
「気を散らすんじゃない」
吐き捨てながら、容赦無く繰り返し腰を突き上げる。その度に手の中で跳ねる腰、押し出されるように溢れる上擦った声。その事に満足できたのは、寸の間だけだった。
「あ、あ、ぁ、っひ、ぁ……!」
「コッチにも集中しろよ」
不快げな響きを隠そうともせずに笑ったショロトルが、また容赦無く薄い肩に歯を立てる。噛み砕かんばかりのその力に、嬌声を上げたその神は蕩けた瞳でショロトルを振り向こうとする。許すまいと、ケツァルコアトルは一層激しく、乱暴なほどの強さで、しなやかな体を揺さぶり犯した。
もっと、も、っと。蕩けきった声音は、他の言葉を忘れたようにそればかりを繰り返す。ケツァルコアトルは努めてショロトルを意識から締め出し、息もつかせまいと腰を振り立てる。
そうしながら、ほとんど無意識に手を伸ばしていた。半ば項垂れている小ぶりの顔を、近くへ引き寄せる。目を吸い寄せられたのは虚ろに向けられる瞳ではなく、熱い吐息と嬌声が漏れ出てくる唇だった。
果実の裂け目のような紅。譫言のように快楽をねだる、罪深く淫らな漿果。ほとんど意識しないままに顔を寄せ、ケツァルコアトルはその蜜を味わった。
あまりにも不快な目覚めで、そこに立つのが何者なのかも半ば予期していた。果たして渋々目を開けて見上げた先には、予想通りの姿があった。
不機嫌もあらわに寝床の傍に立ち、ケツァルコアトルを見下ろすのは。その、憎らしいほど整ったかんばせは。二度と見たくもないと憎みながら眠りに落ちたまさにその神の姿に、また新鮮な憎悪が胸を焦がした。
「入っていいと、誰が?」
「来いと言ったのが、聞こえなかったのか?」
無感動な声で吐き捨ててやっても、傲慢で不遜なその神は臆すことさえしない。あまりにも身勝手な言葉で詰られ、ケツァルコアトルの胸の憎しみの炎は一層激しさを増す。
何様のつもりだ、恥じ入りもせず、恥ずかしげもなく。胸中の炎が、苦々しげにそう囁いた。
胸の中で、炎は蛇のように鎌首をもたげながら唸り声を立てる。ケツァルコアトルはゆっくりと身を起こしながら、刃物のような声で切り返した。
「君に命令される筋合いはない」
「貴様に断る権利などない」
正当なケツァルコアトルの言い分を、傲岸な神は苛立った声で切り捨てる。あまりにも不当で身勝手な非難に、ケツァルコアトルはかっとなった。
そんなにも私に犯されたかったのか、ショロトルだけでは足りなかったか、この淫乱。ケツァルコアトルはそう詰ってやることもできる筈なのに、その権利が確かにあるのに、言葉が喉まで迫り上がったのに。なのに、寸前に声を飲み込んだ。
それは気遣いや自重がさせたことでは決してない。もっと仄暗く、そして凶暴な感情のさせたことだった。
その程度の言葉では、この淫売は少しも傷つかない。かすり傷さえも、その心臓に刻んではやれない。それが分かり切っているのに、わざわざそんなひ弱な刃を持ち出してやる必要などない。
もっと深い、決して癒えることのない傷を、それが無理ならば少しでも長くこの神を痛めつける傷を、刻んでやりたいのだ。それがこの悪辣で非道な神にはふさわしいのだ。この神は、それに値するのだ。
どんな刃が、どんな傷が、この残忍な神を苦しめることができる。何をすればこの悪徳の神に痛みを与え、少しでも行いを正させることができる。そう頭を巡らせて、ふと頭の隅で小さく瞬く案に気付いた。
ケツァルコアトルにあと少しの冷静さがあれば、その案をもっと深く見つめ直し、どこまで有効かと自分に問いかけることができたのかも知れない。それをせずにただ飛びついてしまったのは、自覚する以上に目の前の神への苛立ちと憎しみが膨れ上がっていたのかも知れなかった。
ただ傷つけてやりたくて、苦しませたくて、苦痛に歪む顔が見たくて。だから、ケツァルコアトル自身の望みなどでは、決してない筈なのだ。
「そんなに、欲しかったのかい」
無感動な自分の声を遠くに聞きながら、立ったまま不機嫌にこちらを見下ろしている神に手を伸ばした。不意を突かれた顔をしたその神になど構わず、手首を掴んで、引き寄せて膝を着かせて。
「あげるよ、気が狂うほど」
冷え冷えとした声で囁きながら、ケツァルコアトルはその神を床に組み敷いた。
反射的にか抗おうとしたその神は、けれどすぐに抵抗をやめた。どこまで淫乱で尻軽なのだとまた新鮮な憎しみを覚えながら、手だけを動かして装束を剥ぎ取る。露わになる肌を無感動に眺めたケツァルコアトルは、また胸の内の憎悪が膨れがるのを感じた。
無数の歯形に彩られた、その体。ショロトルが刻みつけ、悦ばせてやっていた傷。邪悪な兄弟神を咥え込んであられも無く乱れ善がった声までもが、ケツァルコアトルの耳の奥に蘇る。忌まわしい残響を振り払うように、生々しい噛み傷に顔を寄せて容赦なく歯を立てた。
「っ、……!」
「痛いのが、好きなんだろう?」
息を飲んで身を震わせた神に、そう吐き捨てる。自分のものとも思えない、あまりにも冷え切った声だった。
冷酷なその響きに、ケツァルコアトルの頭も少しだけ冷えた。もう少しで、冷静さを取り戻しそうになった。だがケツァルコアトルが完全に我に返るよりも、正しく自分を取り戻すよりも、僅かに早くそれは起こった。
始めたことを続けるべきかと躊躇うケツァルコアトルを、その神は見透かしたのかも知れない。治り始めてさえいない傷をこじ開けられる鮮烈な痛みに束の間閉じられていた目が、ゆるりと開く。
すでに苦痛の影さえ浮かべてはいない瞳が、不快なほどの平静さでケツァルコアトルを見上げる。そしてその不吉な眼は、憎らしいほど形の良い唇は、淫らに笑った。
躊躇があっさりと吹き飛んでいく。思考も理性も、憎しみと怒りに黒々と塗りつぶされる。半ば我を忘れて、ケツァルコアトルは組み敷いた体にもう一度歯を立てた。
数えきれない傷を一つ一つ刻み直して、塗り替えて。その度に、零れる吐息に滲む甘やかさが色濃くなっていく。組み敷く肢体が火照りを帯びていく。
軽蔑と嫌悪が奇妙な作用を及ぼして、ケツァルコアトルの熱までもいつの間にか勃ち上がっていた。だから、もう躊躇わずにしなやかな脚を開かせ、奥まった窄みを指で確かめる。そして何も言わず、何も言わせず、その内側に身を沈めた。
「っ、ぁ、ぐ……」
「好きなんだろう、痛いのが」
やっと漏らされたはっきりとした苦鳴にささやかな満足を覚えながら、そんなことはおくびにも出さずに吐き捨てる。予想した通り、つい数刻前までショロトルを咥え込んでいた筈のその場所はまだ柔らかで潤みを帯びている。慣らしてやりもしないのに悦んでケツァルコアトルを飲み込んでいく秘所は、貪欲に奥へ奥へとその熱を迎え入れ招き入れようとしていた。
一声だけ苦痛に呻いたその神は、やはりその痛みを悦んで受け止めている。被虐の悦に一層瞳を蕩して、苦しげだが甘い息を漏らして、下肢の屹立からは淫らな蜜を溢れさせて。そのどこまでも淫蕩で貪欲な様子に呆れと蔑みを覚えながら、ケツァルコアトル自身の思考も淫らな熱に侵されていく。
傷つけたい、苦しめたいという狂おしい衝動さえも、半ばその熱に霞んでいた。ただ、この淫らに悶えている体を貪るように犯し尽くし、声も出せなくなるまで使い果たしてやりたかった。
頭蓋を満たす熱に促されるまま、ケツァルコアトルは腰を使い始めた。抜き差しを繰り返し、乱暴なほどの強さで揺さぶり、甘さと苦痛に彩られた声になど一向に構わず、ただ自分の快楽を追う。
また深く劣情を突き立てるたびに、体の下で上がる声が甘さを増していく。何の感慨もなく眺めている顔が、無駄に整ったそのかんばせが、益々快楽に蕩けていく。そのことに自分が満足しているのか不快を覚えているのかさえ、ケツァルコアトルにはもう分からなかった。
「ぁ、あ……っ、……!」
耳障りな筈の甘えた嬌声が、今はなぜか耳に心地良く響く。だから黙らせようとも考えず、ケツァルコアトルは半ば開いたまま声を漏らしている唇を眺めていた。熱に浮かされて朧な頭で、ぼんやりとそれを見下ろしていた。
熟れすぎて裂けた果実のような、その器官。裂け目の内側で見え隠れするのは、毒々しいほどに紅い舌、そして灼け付くように白い歯の並び。その歯を拾い出して種のように畑に撒いたなら、どんな花が咲くだろう。その花はどんな香りを漂わせ、その蜜はどんな甘味を齎すのだろう。
夢想の最果てで、清らかな笑みがちらりと揺れ光る。けれど優しい面影は掴み取る前に劣情のうねりに浚い取られ、手の届かない場所へ押し流されていく。後にはただ、のっぺりとした快感だけが水底の砂泥のように広がっていた。
自分が頂上に至ろうとしていることにふと気付いて、ケツァルコアトルは掴んでいたやや細い腰を握り直した。一層激しく腰を叩きつける。組み敷いている体が吐息を引き攣らせたようにも聞こえたが、どうでもいい。ただ自分の熱を吐き出すために自分を追い上げ、自分を高みへと追い立て、そして果てた。
「っ、ぅ……!」
「あ、ぁ、ーーっ!」
声を噛み殺し熱を注ぎ込みながら、声にならない絶叫を聞く。熱い飛沫が腹に飛び散り、寸の間に熱を失って冷えて、どろりと流れる。狭く熱い場所がびくびくと痙攣して精の最後の一滴までも絞り取ろうとするのを感じ、ケツァルコアトルは思わず呻いた。
息を弾ませながら、ケツァルコアトルは体の下で忘我するその神を眺めた。絶頂の余韻に蕩け切ったかんばせを、何も映さないままに虚空へ向けられている瞳を、乱れた吐息を漏らす紅い唇を。
遠く遠く追いやられていた理性が、音もなく舞い戻り腰を据える。冷静に判断し裁定する思考力が追いついてくる。だがケツァルコアトルが自分の行いを振り返り、後悔や恐怖や罪悪感やそうしたものを感じて慄くよりも早く、それは起こってしまった。
虚空だけを映していた瞳が、不意にゆるりと動いてケツァルコアトルを見上げた。蕩け切っている眼の水底で、奇妙な光がちらりと冷徹な輝きを見せる。
あまりにも不釣り合いに閃いた光輝に、ケツァルコアトルの思考が瞬くほどの間だけ停止する。その間隙を縫うように、果実のような唇は淫らな笑みを象って。
もっと。声もなく囁かれた催促が、ケツァルコアトルの理性をまた軽々と吹き飛ばした。
何度達したのかさえも、もう分からない。何度もケツァルコアトルの吐精を受け止め飲み干した場所は、淫らな水音を立てながら一層熱く狂おしく絡みついてくる。まだ足りないと言わんばかりに、もっともっと欲しいとねだるように。
裂けた果実の唇は、もはや声にならない切れ切れの喘ぎだけを漏らしている。掠れた甘い響きを耳にして、邪悪な兄弟神に随分と鳴かされたらしいと、ケツァルコアトルは思い出して。浮かび上がった兄弟神の面影は蔑みと嘲りの笑みを浮かべたので、酷く不快な思いがした。
忌まわしい顔は、思い出してしまうとなかなか消せない。ちらついて嘲笑を投げかけ続けるそれに苛立って、そうさせられたことが許し難くて、だから罰を与えてやることにした。体の下でぐったりと手足を投げ出している、その神に。
身を起こしながら体の下の神も引き起こし、自分の膝の上に座り直させた。自らの体重で一層深くケツァルコアトルを咥え込んだその神が、背筋を震わせて掠れた甘い悲鳴を漏らす。その声音に少し溜飲が下がるのを感じながら、努めて素っ気なく命じる。
「自分で動くんだ」
命令が聞こえなかったのか、それとも理解することさえも最早できないのか。その神は、束の間何の反応も示さなかった。
だが業を煮やしたケツァルコアトルが仕方なく繰り返してやる前に、虚ろに蕩けた目をしたその神が小さく頷く。だらりと下ろされていた手が、もたもたとケツァルコアトルの肩に添えられる。体を安定させるためのことと理解できたから、ケツァルコアトルはその熱い指の感触を受け止めてやることにした。
具合を確かめるように小さく体を揺すったその神が、こくんと唾を飲む音。微かに上下を見せた喉仏が、淑やかに汗ばんでいるその薄い皮膚が、奇妙な艶かしさでケツァルコアトルの視線を引き寄せる。だが思わず顔を寄せて舌を這わせるよりも早く、小さく息を吸ったその神が腰を使い始めた。
「っ……!」
「ぁ、……っ、ぁ……!」
淫らで大胆なその動きが、思いがけないほど大きな奔流となってケツァルコアトルを飲み込もうとする。奥歯を噛み締めて耐えながら、ケツァルコアトルは掠れた嬌声を漏らす唇に視線を据えた。
裂けた果実の紅さ、種子に似た歯の白い色。その種から芽吹く花は何色に咲く、どのような香りで胡蝶と蜂鳥を誘い招く。幻の花影の更に向こうに清らかな笑顔が揺れた気がしたが、風に吹き消されるようにして崩れ見えなくなった。
声にならない喘ぎを漏らしている、果実の裂け目。滴るように含んでいる蜜は、舌の蕩けるほど甘いのかもしれない。思わず顔を寄せて唇を重ねてしまいそうになった、まさにその時だった。
「邪魔するぞ」
気軽に響いた声にはっと我に返る。声のした方へとケツァルコアトルが咄嗟に顔を向けると、それで漸く気付いたらしい膝の上の神も動きを止めた。同じように目を向けたらしいその神の熱く細い指が、ケツァルコアトルの肩の上で驚いたように動いた。
「しょろ、とる?」
「やっぱココだったか」
それが当然のような顔をして無遠慮に歩み寄ってきたショロトルは、ごく気楽な声で言いながら傍に立った。ケツァルコアトルの膝の上で不思議そうにその動きを追っている神の後ろでひょいと膝を突き、半身を捻って顔を向けようとする神に親しげに笑う。
そのわざとらしい笑みは明らかに、ケツァルコアトルに見せつけるためだけのものだった。それが分かって、驚きが一気に不快感に塗り消される。
「何の用だ、ショロトル」
「別にお前には用はねえよ、ケツァルコアトル」
刺々しい詰問をあっさりといなし、ショロトルはまた大げさに笑んだ。ケツァルコアトルには一瞥もくれることなく、その膝の上の神の全身を無作法な目付きで眺め渡す。そしてまた喉の奥で笑って、不思議そうな顔で見つめるその神と一度視線を合わせて。それからやっとケツァルコアトルに目を向けた兄弟神は、加虐的な笑みを浮かべてあっけらかんと言った。
「混ぜろよ」
「な……」
何の話だ、どういうつもりだと、ケツァルコアトルが聞き返す暇もなかった。ぎらぎらと凶暴に光る目を持つ兄弟神はまたあっさりと視線を外し、まだ不思議そうな顔でやりとりを聞いていた神と再度視線を絡ませる。あどけないような色をしている瞳に、またわざとらしく笑みかけて。
そしてごく当たり前のような手付きで、ショロトルの指がケツァルコアトルの熱を咥え込んでいる秘孔にねじ込まれた。驚きと苦痛の混じった声、ケツァルコアトルの熱を擦りながら無遠慮に動かされる指。ケツァルコアトルも思わず声を上げ、静止しようとした。
「ぃ、っ!?」
「おい……!」
「大丈夫だろ、こいつ頑丈だし」
何が大丈夫なものか。いくら淫蕩で放埒なこの神だとて、その場所はそもそも性行為のための器官ではないのだ。だというのにショロトルは全く頓着しない様子で、ぐちぐちと淫猥な音を立てさせながら指を動かす。苦痛の声を漏らす神に、そ知らぬ顔で笑いかける。
「い、た、ぃたい……!」
「痛ぇのが好きだろ?」
震える声が訴えても、ショロトルは気にも留めずににこやかに聞き流した。力なく逃げようとする腰を空いている手で捕らえて固定し、尚も深々と指を埋め込む。果実のような唇が、また苦鳴を漏らした。
その声の苦しげな響きが、泣き出しそうな潤みが、半ば呆然と見ていたケツァルコアトルを我に返らせた。手の届かない遥かな記憶の奥底から、怯え震える細い指が伸ばされて縋り付いてくるのを感じた。嫌だ、助けてと、声にならない声は確かにケツァルコアトルに助けを求めている。
止めてやらなければ。やめさせなくては。邪悪な兄弟神を追い払い、恐怖に萎縮しきっている指を握り返し、もう大丈夫だと優しく諭し、安心させてやらなくては。不安げな瞳に、再び明るい笑みが、あの清らかな光が、戻るように。
衝動に近い義務感に駆られて、ショロトルを突き飛ばし遠ざけようと手を伸ばす。だがほんの僅かだけ、あまりにも絶望的に、それは遅すぎた。
苦痛に強張っている、男性的でありながらどことなく薄い肩の線。そこに刻まれた生々しい二つの歯形は、僅かにずれて重なり合っている。その噛み傷に目を向けて嘲笑を浮かべたショロトルは、指で秘所を犯す事はやめないままにその傷口に歯を突き立てた。
「ひぁ、っ!?」
「っ!」
容赦ない力で再び生傷をこじ開けられた神が、上擦った声を上げる。痛みと驚きにかきゅうんと収縮した場所に締め上げられたケツァルコアトルも、思わず呻き声を漏らす。そうしながら、朧に絡みついていた幻影が闇の彼方へ吸い込まれていくのをケツァルコアトルは確かに感じた。
もう手が届かない。もう思い出すことさえ叶わない。だがその喪失感に涙ぐむ暇さえも、ケツァルコアトルには許されなかった。
ショロトルの歯に肩を苛まれたままの神が、感に耐えないとばかりに吐息を漏らす。果たしてその神は首を捻じ向けるようにしてショロトルに目を向け、甘えきった声でせがんだ。
「もっと」
「……!」
あまりにも淫らで浅ましい声音に、ケツァルコアトルは思わず涙も忘れて身震いした。同じその声色に満足げな笑い声を立てたショロトルが、殊更にゆっくりと口を離してまた笑う。そして身動きもできないケツァルコアトルが見ている前で、その歯はまた残忍な強さで突き立てられる。何度も、何度も、少しずつ場所を変えながら。
「ぁ、あ、っんぁ、ひっぁ……!」
繰り返される、愛咬と呼ぶにはあまりにも凶暴で凶悪な行為。その度に、ケツァルコアトルを咥え込んだままの神は一層甘やかに蕩けていく声を漏らし、歓喜に身を震わせ身悶える。悦楽に溺れきったその瞳は、もはやケツァルコアトルに向けられさえしない。
ショロトルが与える「痛み」に深く耽溺して、夢中になって。もうケツァルコアトルのことなど忘れたように、ケツァルコアトルがここには居ないかのように、ケツァルコアトルなど初めから居なかったように。
やっと我を取り戻したケツァルコアトルの胸を、苛立ちが焼き焦がした。その非礼を決して許してはいけないと、二度と忘れられぬよう刻み付けてやらねばならないと、激情に駆られた。
びくびくと跳ね上がる腰を握り砕きそうな力で掴み、引き付けながら強く腰を突き上げる。全く予期していなかった刺激に息を詰まらせたその神が、声にならない悲鳴を漏らした。
「ひぅ……っ」
「気を散らすんじゃない」
吐き捨てながら、容赦無く繰り返し腰を突き上げる。その度に手の中で跳ねる腰、押し出されるように溢れる上擦った声。その事に満足できたのは、寸の間だけだった。
「あ、あ、ぁ、っひ、ぁ……!」
「コッチにも集中しろよ」
不快げな響きを隠そうともせずに笑ったショロトルが、また容赦無く薄い肩に歯を立てる。噛み砕かんばかりのその力に、嬌声を上げたその神は蕩けた瞳でショロトルを振り向こうとする。許すまいと、ケツァルコアトルは一層激しく、乱暴なほどの強さで、しなやかな体を揺さぶり犯した。
もっと、も、っと。蕩けきった声音は、他の言葉を忘れたようにそればかりを繰り返す。ケツァルコアトルは努めてショロトルを意識から締め出し、息もつかせまいと腰を振り立てる。
そうしながら、ほとんど無意識に手を伸ばしていた。半ば項垂れている小ぶりの顔を、近くへ引き寄せる。目を吸い寄せられたのは虚ろに向けられる瞳ではなく、熱い吐息と嬌声が漏れ出てくる唇だった。
果実の裂け目のような紅。譫言のように快楽をねだる、罪深く淫らな漿果。ほとんど意識しないままに顔を寄せ、ケツァルコアトルはその蜜を味わった。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説



学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる