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蛇鏡SSまとめ(2020年4月分)

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【スペイン語単語「gato (-ta) 猫 (M/F)」:Quetzalcoatl神】・第1話「神々の黄昏刻」ラストと同軸
 我が物顔で恋人の膝を占領している、その憎たらしい猫。優しい手に撫でてもらい満足げな獣をつい睨んでいると、気付いた彼がやっとこちらを見てくれる。だが。‬
‪「どうした。撫でたいのか」‬
‪「…」‬
 猫を撫でたそうな顔に見えたかい、などと嫌味すら言えない。何も言えないので、キスだけを贈った。‬

‪【スペイン語単語「pájaro 鳥(男性名詞)」Quetzalcoatl神】・第13話「夢の彼方に安息はなく」頃
 呼び寄せた鳥達を並ばせ順番に歌わせると、少年神は声を上げて笑った。軽やかで明るいその笑い声が、心地良く胸を温める。
『どの鳥の声が好きだい?』
『みんな好き!』
 無邪気な賛嘆に、鳥達も満足げに声を響かせる。また笑った少年神が差し伸べた手に、青い小鳥が舞い降りて囀った。

 無邪気に鳥達と戯れている少年神を、いつまででも眺めていたい。なのに、不吉は音もなく襲いかかる。
 鳥達が怯えた声を上げ、一斉に飛び立つ。その向こうからやってくる影を見た少年神は、嬉しげな声を上げてそちらへ駆け出してしまった。
 待ってくれ、行かないでくれ。そんな奴の所に行くんじゃない。必死で声を上げても、少年神は振り返らなかった。嘲りの笑みを浮かべているその男神に抱きついて、甘え媚びた笑みで見上げる。
 邪悪な兄弟神の腕に抱かれて、少年神は蕩けるように笑う。もう鳥達の声さえ忘れ去って、二度とこちらを振り返りもせずに。
 そんな夢を見て、泣きながら目覚めた。

【スペイン語単語「calentar 温める」:Quetzalcoatl神】・第13話「夢の彼方に安息はなく」頃
 あの少年神が、一人で蹲っている。小さなその体を一層縮めるようにして、オセロトルの遺した毛皮にしっかりと包まって、自分を抱きしめるようにして。
 温めてやらなければならない。傷ついたその心を癒してはやれなくても、何の慰めにもなってやれなくても、温もりを分け与えることならば自分にもきっとできる。だから歩み寄って、その肩に腕を回した。
 途端に、小さな体が粉々に砕け散った。水晶を叩き割ったような透明で鋭利な破片がばらばらと飛び散るのを、茫然と見ていることしかできなかった。
『あーあ。壊しちまったな。カワイソウに。』
 邪悪な兄弟神が、耳元で囁いた。

【スペイン語単語「amarillo 黄色」:Xolotl神】「復讐の蜜に苦味は無い」の後
 黄色の犬が足元にすり寄ってきた。盛んに尾を振って甘えた声を出すので、蹴飛ばす気も失せて何とは無しに眺める。
 その愚鈍な目は、どこかへ導きたがっているような気がした。着いてきて欲しがっているように思えた。それに従ってやる理由などないのに、つい歩き出しそうになった、その時。
「何をぼーっとしてるんだよ、そんな所で。」
 背中にかかった、聴き慣れた生意気な声。怯えた声を上げた犬が、塵のように消えて失せた。

【スペイン語単語「dormir 眠る」:Xolotl神】「復讐の蜜に苦味は無い」の後
 我が物顔で寝床を占有している、憎たらしいまでに身勝手な少年神。床に転がしてやろうと手を伸ばしかけたが、何故かその手を下ろしてしまった。
 眠っていれば、その生意気な唇も大人しい。満足げに寝息を立てている太平楽な顔は、愛らしいとか美しいとか呼んでも良いモノなのかもしれない。
 ぼんやりと眺めながら、ふと思い出す。こいつの寝顔など、これまで見たこともなかった。

【#雨・僕・嘘で文を作ると性癖がバレる】「夢の彼方に安息はなく」頃の少年神視点です。
 嘘を吐くことにも、感情を偽ることにも、すっかり慣れた。今は息をするように自然に、誰だって騙してやれる。
「教えてくれてありがとう!」
 雨の神々に愛想を振りまいてから走って戻ると、そいつは馴れ馴れしく腰を抱いてきた。振り払うこともできるけれど、そうはしないで笑ってやることにする。
「僕を満足させろよな。」
「生意気言ってると、本当に泣かすぞ。」
 泣くわけないだろと、心の中で舌を出す。こいつなんかに、二度と泣かされたりしない。
 その喉笛を掻き切ってやる時は、もうすぐ。

【#雨・僕・嘘で文を作ると性癖がバレる:Quetzalcoatl神】
 嘘と打算の笑みを浮かべて、明るい声で。少年神は雨の神々に愛想を振りまいて、雨を降らせる術を手解きしてもらっている。何も言えず、近付いていくこともできず、ただ見ていた。
「その薬草も使うの? 何て名前?」
『ナマエって何? それ、僕もいま持ってるもの?』
 当たり前のように落ちた言葉が、胸を突き刺す。こちらに気付いてもいない少年神は、振り返りもしない。
 もう手の届かない遠い遠い残響は、今もこの胸に響いているのに。あのきらきらする笑顔は、二度と戻ってこない。

【#雨・僕・嘘で文を作ると性癖がバレる:Xolotl神】第13話「復讐の蜜に苦味は無い」の後
 雨が降る前に帰るぞ。わざわざ声をかけてやったのに、生意気な少年神は怪しむような顔をした。
「雨の気配なんてないだろ。僕は騙されないからな。」
「そんなくだらねえ嘘吐くかよ。来ないなら置いてくぞ。」
 さっさと背を向けると、ぶつぶつ言いながら追いついてきて当たり前のように隣に並ぶ。本当可愛くねえなと胸の中で毒づいた時、空に目を向けていたそいつがなんとも言えない顔でこちらを見た。
「降るかも。さっきの、取り消してやってもいい。」
「もっと可愛げのある謝り方、できねえのかよ。」

【#自分がミステリの犯人だったら言うセリフ】
少年神「いつから嘘吐いてたのか、って? 教えてやらないよ。」
Q神「殺したことに後悔はない。彼はきっと、これを望んだと思うから。」
X神「殺した理由? 気に食わなかったからに決まってんだろ。」

【スペイン語「gris 灰色」:Xolotl神】第13話「復讐の蜜に苦味は無い」の後
 空が灰色にかき曇るので、足を早めた。雨の神々の気紛れごときでずぶ濡れにされるのは御免だ。
 降り出す前に家に着き、さっさと中に入る。だが居るべきでない奴が堂々と座り込み寛いでいたので、大袈裟に溜息を吐いてみせた。
「勝手に入ってんじゃねえよ。」
「どこ行ってたんだよ、遅いぞ。」
 苦言もどこ吹く風の、生意気な少年神。たまには殴って躾けてやるべきかと考えたが、その前に装束の端を引かれて。
「したいだろ。させてやるから、しようよ。」

【「gris 灰色」の続き:Xolotl神】
 雨の音を聞くともなしに聞きながら、甘えた声を上げるそいつに快楽を与えてやる。悦楽に深く浸っているそいつには、雨音も聞こえていないかもしれない。
 こいつを初めて犯した時も雨が降ってたな、とぼんやり思い出す。何の感慨もないので、そんなつまらない想念はすぐにどこかに消え失せる。
「あ、ぁ、もっと、」
「は、ほんっと、ヤラシイよなあ。」
 嘲ってやりながら、言葉ほどには悪い気分ではなかった。泣いて嫌がるのを組み伏せてやるのも楽しいが、淫らに欲しがられるのも悪くない。

【スペイン語「lluvia 雨」:少年神】「全て獣は土へと還る」と「奴僕には牙も爪もなく」の間くらい
 空気の匂いが変わったことに気付いても、動く気にはなれなかった。叩きつけるように空から落ちてくる、痛いほど冷たいあの水。それに濡らされても、どうなってもいい。
 けれど獣たちが心配そうに鳴いて訴えるから、仕方なく立ち上がった。のろのろと歩いて、大きな木の下でまた座り込む。獣たちはやっと安心したように鳴いて、それぞれ巣に帰っていった。
 すぐにも水は空から落ちてくる。森も野もびしゃびしゃと濡らして、泥だらけにする。それが終わればまた乾いて、そしてその内また水は落ちてくる。
 けれどあいつは、温かくて優しい金色と黒のあいつは、二度と帰ってこない。ぐるぐる喉を鳴らす声を思い出しても、もう涙も出なかった。

【スペイン語「lluvia 雨」:少年神-2】「夢の彼方に安息はなく」頃
 雨の音が耳障りで、聞きたくもないのに勝手に耳に入ってきて。だから甘える振りをして、そいつにねだった。
「もっとして、もっと奥、」
「はは、本当、インランになったな。」
 嘲笑ったそいつがもっと深くまで入ってくるから、雨音が少しだけ遠ざかる。けれどまだ足りないから、そいつの首に絡ませた腕に力を込めた。
 優しい温度を笑いながら奪い去ったこの神。大好きだったあいつの仇。だから、必ずこの手でその喉をかき切ってやるんだと決めている。
 だからこれは、僕のモノ。こっそり笑って舌を這わせると、汗の味がした。

【siempre いつも、常に(副詞):少年神】第13話「復讐の蜜に苦味は無い」の少し後
 いつも一緒にいた。いつだって傍に居てくれた。ずっとずっと、いつまででも一緒だと、当たり前のように信じていた。
 けれど残酷な手は温かくて優しいそいつを、物言わぬ骸に変えてしまった。腕の中でどんどん冷えていくその温度を、まだ覚えている。
 忘れてはいけないのに、記憶はどんどん薄れて色褪せて、崩れて解けていく。優しく喉を鳴らすあの声までも、いつか忘れてしまうんだろうか。
 忘れてしまう前に、取り戻さなければいけない。冥府からあいつを連れ戻す方法を見つけなければいけない。泣いている暇なんて、少しもない。

【スペイン語「viento 風」:Xolotl神】第13話「復讐の蜜に苦味は無い」の少し後
 生温い風が顔に吹き付けて、つい顔を顰めた。あのいけ好かない兄弟神が呼び起こしたものかどうかは知らないが、気持ちの良いものではない。
 風など気にも止めずに薬草だか毒草だかを集めるのに夢中になっている少年神など、置き去りにしてさっさと帰ってしまおうか。生意気で身勝手なそいつは後で文句をつけるかもしれないが、それもいつものことだ。
 立ち上がる寸前に、満足したらしい小さな神が駆け戻ってきた。草の匂いをさせているそいつは、当たり前のように草で一杯の籠を押し付けてきながら生意気な顔をして言う。
「早く帰ろうよ、これ乾かしたいんだから。」
 その前に鳴かせてやる。固く心に決めた。

【「viento 風(X神)」-2:X神】
 やだ、やめろよ、離せよ。キモチイイ事が好きなそいつにしては珍しく嫌がっているが、構ってやるほどの事ではない。
「やめろって、ぁ、ん、」
「もう黙れよ。」
 そんな甘い声を出しておいて、こんなにはしたなく濡らしておいて、説得力のあったものでもない。構わず熱を押し付けると、くぅっと声を漏らしたそいつが力なく体を捩った。
「ゃだ、って、あとにしろ、」
「うるせえな、口塞ぐぞ。」
 とは言ったものの、手の届く範囲には何も落ちていない。仕方がないので、自分の口で塞いでやることにした。

【「viento 風(X神)」-3:X神】
「お前ほんと最悪、また摘み直さなきゃいけないじゃないか。」
「あーあー、悪かったよ。だから手伝ってやってんだろ。」
「そんなの当然だろ。」
 不機嫌に口を尖らせる生意気で傲慢な態度に、お前だってヨガってただろと口が滑りそうになる。どんどん口が立つようになっている少年神がどんな文句を並べるか分からないので、仕方なく飲み込んだ。
 まだ「使い物になる」らしい草は半分以上あるのに、不満の多いことだ。呆れながら、黙って草を筵に並べることに専念した。

【スペイン語「viento 風」:少年神】第13話「復讐の蜜に苦味は無い」の少し後
 気持ちの良い風が吹いてきたので、そちらに顔を向ける。風の中に、花の香りがした。
 この甘く強い香りは知っている。あの白くて綺麗な、骨の花の香り。
 あいつはあんまり好きじゃなさそうだったな、匂いがきついのは好きじゃなかったな。懐かしい金色と黒の姿を思い出しながら、そっと目を閉じた。瞼に浮かぶ優しい大きな姿に、大丈夫と言い聞かせる。
 大丈夫、必ずまた一緒に暮らせる。必ずお前を、冥府から呼び戻してみせる。

【スペイン語「viento 風」:Q神】少年神verとの連作
 風が骨の花の香りを運んできた。胸に刺さって決して抜けない刺をまた思い出させる、その甘やかな香り。
 耐えきれず目を閉じて、逆方向からの風を呼んだ。芳しい香りを吹き消させながら、ゆっくりと目を開ける。けれど、瞼に蘇った記憶は消えてくれない。
 力なく投げ出されていた手足、穢らわしい液体に汚された愛らしい顔、暗く虚ろな瞳。そして、邪悪な兄弟神に向けられた淫らな笑顔。
 自分がもっと早く気付いていたら、少しだけ早く行動できていたなら。何かが、違ったのだろうか。

【2回目:X神】(11「慰めの掌に温度は無く」以降)
 体の下で荒い息を吐いているそいつ。その生意気だが愛らしいと呼べなくもない顔を見ていたら、また欲が湧き起こるのを感じた。
 それを打ち消す必要など、どこにもない。埋め込んだままのそれが力を取り戻すのを感じたのか、甘えた呻きを漏らしたそいつは濡れた目で睨み上げてきた。
「なん、だよ。まだ、たりないの?」
 可愛げのない言葉を吐きながらも、そいつも否やはないらしい。口先の半分も機嫌の悪くない顔をして、甘えて首に腕を絡ませてくる。毒々しいほどの艶を含む目がせがむので、口付けてやった。

【着衣-1:X神】(11「慰めの掌に温度は無く」以降)
 キモチイイ事を終えて気が済んだらしいそいつが身支度をしている。何とは無しに、そのちっぽけな背中を眺めていた。
 髪を結い直しているそいつの細い手や、簡単に握り砕けそうな頸。特に何の感慨もなく眺めていたのだが、また欲が浮かび始めていることにふと気付いて。
「何だよ、せっかく着たとこなのに。」
「着たままがいいってか?」
「馬鹿言うな、っ」
 口先ほどには嫌がっていないそいつの装束を取り払おうとしたが、気が変わる。脱がせないまま、また寝床に組み敷いた。

【着衣-2:X神】
 やだよ、やめろよ、汚れるだろ。可愛げのない文句を吐き散らしているそいつも、常と違う状況に興奮しているのが分かる。
 喉の奥で笑って、一層奥を抉ってやる。くぅ、と息を飲んだそいつのひ弱な中心から、またとろっと蜜が流れた。指に絡め取り、見せつけてやる。
「嫌だとか言いながらコレか? ざまあねえな。」
「うるさ、だまれ、」
 切れ切れに生意気な台詞を吐くその唇は、本当に可愛くない。だからその口に、汚れた指を突っ込んでやった。

【着衣-3:X神】
「お前ほんと最悪だな。汚れちゃったじゃないか、どうしてくれるんだよ。」
「うるせえ奴だな。代わりぐらい用意してやるよ。」
「当然だろ、誰のせいだと思ってるんだよ。」
 口を尖らせるそいつは本当に可愛げのかけらもない。自分だってキモチヨクなって散々乱れヨガったくせに、澄ました顔で詰ってくる。
 だが不満げに装束を広げて汚れを確かめている背中は、やはり妙な色香を漂わせてもいて。自分が飽きるまでは遊んでやってもいいかと思う程度には、気に入っているかもしれない。

【スペイン語「árbol 木」:X神】(13 「復讐の蜜に苦味は無い」より後)
 木の上の方ががさがさ言っているので見上げたその時、そいつは飛び降りてきた。澄ました顔で装束から葉を払い落としているので、呆れてつい声をかける。
「何の遊びだよ?」
「僕の勝手だろ、若葉が要るんだよ。」
 満足そうに柔らかな葉を樹下に置かれていた籠に入れているそいつは、髪にまだ絡まっている葉にも気付いていないらしい。指摘してやるのも面倒だったので、手を伸ばして払い落としてやった。

【おねだり:X神】(13 「復讐の蜜に苦味は無い」より後)
 目を輝かせて食い入るように見ているから、嫌な予感はしたのだ。果たして、そいつは甘えた声で擦り寄ってきた。
「ねえ、これ欲しい。僕にちょうだい?」
「やるか、馬鹿。」
 すげなく答えてやっても、そいつは諦めない。甘えた声を出しながら体を擦り付けて、盛んにねだってくる。
「お前、使ってないだろ。使ってるとこ見たことない。だから要らないだろ、ねえってば。」
「だからって何で、お前にやらねえといけねんだよ。」

【おねだり(えっちな):X神】(11「慰めの掌に温度は無く」以降)
「あ、ぁ、もっと、もっとして、」
「はは。ほんっと、ヤラシーよなあ。」
 嘲笑ってやっても、どんどん可愛げを脱ぎ捨てていくばかりのそいつは恥入りもしない。そこ、もっと、と蕩けた声でねだり、淫らに腰を揺らめかせる。
 お預けを食わせてやることも泣き出すまで焦らすこともできたが、今はオネダリを聞いてやることにした。一層深くを抉ってやる。
「あ、あ、ぁ、」
 感極まった声を上げ、そいつが首を反らせる。晒された細い喉に浅く歯を立てると、汗の味がした。

【スペイン語「árbol 木」:少年神】(13 「復讐の蜜に苦味は無い」後あたり)
 あいつがいつも爪研ぎをしていた木なのに、もうすっかりその跡は薄くなって、見えなくなっていて。他のどの木も、あいつがいたことを忘れてしまっている。
 自分だけは絶対に忘れたくないのに、あいつを取り戻せる時までは覚えておかなくてはならないのに。思い出はどんどん色褪せて、薄くなっていって、優しい唸り声さえ朧げになって。
 嫌だ、忘れたくなんてない、忘れるわけにはいかない。泣き出しそうになる自分を奮い立たせて、顔を上げる。早くあいつに会いたいんだから、めそめそ泣いている暇なんてないのだ。

【スペイン語「árbol 木」:Q神】(13 「復讐の蜜に苦味は無い」あたり)
 若木のように伸びやかで真っ直ぐだった、あの少年神。残忍に踏み躪られ、大切な存在を残酷に奪われ、少しずつ少しずつ歪んでしまった、憐れでいとけない神。
 けれどその奥底にはあの美しく無垢な魂が、まだ眠っているはずだ。そう信じたい。きっといつかは、淫らな遊戯に飽きて、行いを恥じて、正しい道に戻ってくれる。
 きっともう一度、あのきらきらする笑顔で笑ってくれる。その時を祈りながら見守ることしか、できないけれど。

【スペイン語「dorado 金色」:少年神】(13 「復讐の蜜に苦味は無い」以降)
 金色と黒の毛皮に包まって、あいつのことを思い出す。これ以上忘れてしまわないように、覚えている限りのことを記憶に刻み付けるために。
 いつも聞いていた優しく喉を鳴らす声さえも、もう朧げで。いつも寄り添ってくれた大きな体の温もりまで、優しく見守ってくれた金色の目の色まで、いつか記憶から消えてしまいそうで。
 きつく自分を抱きしめ、必死で記憶を反芻する。忘れてはいけない。忘れるわけにはいかない。冥府から、あいつを連れ戻すまでは。

【スペイン語「dorado 金色」:Q神】(12「夢の彼方に安息はなく」頃)
 金色が視界の端をよぎって、はっとする。ざわめく心臓を鎮めながら目を向けると、それはやはり彼だった。
 装束の上に金色と黒の毛皮を羽織ったその少年神は、この自分の邪悪な兄弟神の隣を歩いている。気安く親しげな表情でその装束の端を引いて、何かを尋ねている。胸を刺す痛みに耐えながら、立ち尽くし見送ることしかできなかった。
 どうしてあそこにいるのは、あの笑顔を向けられるのは、自分ではいけなかったのだろう。

【スペイン語「dorado 金色」:X神】(12「夢の彼方に安息はなく」頃)
 金色と黒の毛皮を引き剥がして放り捨てると、そいつは不満げな顔をした。生意気に文句をつけてくる。
「もっと丁寧に扱えよ。」
「うるせえな、なら自分で脱げよ。」
「もういいよ、いいから早くしろよ。」
 どっちだよと毒づきながら、ひ弱なその神から装束も腰衣も取り払ってやる。細っこい体を寝床に組み敷くと、そいつは満足げに笑った。
「早くちょうだい。」
「初めからスナオにしてろよ。」
 笑いながら、小さな唇に口付けをする。あの獣の怒りの声が、聞こえた気がした。

【冥府の犬:X神】(13 「復讐の蜜に苦味は無い」以降)
「あ、ぁ、あ、そこ、」
「はは、ほんとインランだなあ。」
 嘲笑ってやりながら、ちらりと部屋の隅に目を向ける。いつの間にかそこに座っている黄色い犬、冥界からの使い。
 愚鈍なその目を見ていると、導かれるままに地底へ降りて川を渡りたいような、そうしなければならないような気がしてくる。思わず身を起こそうとした時、強く髪を引っ張られた。
「っ、」
「なに、さぼってんだよ。」
 お前が動かないとキモチヨクないだろ。不機嫌に言うそいつの生意気な瞳は、犬の愚鈍な目付きよりは価値がある気がした。

【スペイン語「despertar 目覚めさせる」:Q神】(12「夢の彼方に安息はなく」以降)
 目覚めて、それが夢だったことを知る。
 のろのろと起き上がり、重い息を吐いた。儚く消え失せたその夢が、恋しくて堪らない。
 あどけなく、何の憂いもなく、笑ってくれたあの少年神。自分だけを見つめて、自分だけのために、惜しげもなく花開かせてくれたあの笑顔。
 あのきらきらする笑顔は、もう二度と彼の愛らしい顔を飾らないのだろうか。偽物の笑みの仮面を外さなくなった彼は、もう二度とあの美しい表情で笑ってはくれないのだろうか。
 絶望しながら目を閉じる。遠い記憶の中でだけは、あの笑顔が宝石のように輝いていた。

【スペイン語「despertar 目覚めさせる」:X神】(13 「復讐の蜜に苦味は無い」以降)
「いつまで寝てるんだよ、起きろよ。」
 生意気な声に急かされるので、渋々目を開ける。思うより近くから、不機嫌な顔がこちらを睨んでいた。
「んだよ、うるせえな。」
「お前がいたら狭いだろ。何で一緒に寝てるんだよ。」
 それはこちらの台詞だ。ここはショロトルの家で、ショロトルの寝床を奪って安穏と寝ていたのはこの少年神の方なのだ。身勝手な言い草にほとほと呆れながら、まだ文句をつけている小さな唇を塞ぐことにした。

【スペイン語「despertar 目覚めさせる」:少年神】(13 「復讐の蜜に苦味は無い」以降)
 目覚めると、そいつの顔がすぐ近くにあった。道理で暑いと思ったらこいつが居たのかと考えながら、寝こけているそいつをぼんやりと眺める。
 大好きだったあいつを残忍に殺してしまったこの神。だからその喉を掻き切ってやって、そして冥府から呼び戻してやった。別に呼び戻せなくても構わないと、思っていたけれど。
 こいつでできたんだから、あいつもきっと取り戻せる。またあいつにも会える。それが嬉しくて、小さく笑った。

【スペイン語「ropa 衣服」:X神】(【着衣】の後)
「ほらよ、これで良いんだろ。」
「偉そうに言うなよ、誰のせいだと思ってんだよ。」
 生意気な口聞きは渡したばかりの装束を奪い返してやっても良い程のものだが、寛大に許してやることにした。貸してやったショロトルの装束を脱いで新しいものを身につけ始めるのを、見るともなしに眺める。
 慣れた手つきで身につけたそれを、細い手が確かめるように引っ張ってみたり文様を指でなぞったりしている。ややして満足したように頷いて、機嫌の良い顔で振り返った。
「これ、気に入った。だから許してやる。」
「偉そうに言ってんじゃねえよ、また着たまま犯すぞ。」
「そしたら、また新しいの探してこいよな。」

【スペイン語「ropa 衣服」:少年神】(X神版の後)
「あら、それ貴方のだったの?」
「え?」
 よく知らない女神に話しかけられたので、立ち止まって振り返る。女神はくすくす笑って、装束を指差してきた。
「ショロトルが着るにはずいぶん小さいのを選ぶなあ、って思ったのよね。貴方にはぴったりね。」
「貴女がくれたの? ありがとう、すごく着心地が良いよ!」
「そう、よかったわ。」
 古くなったらいつでも言ってねと笑ってくれるので、とびきりの笑顔を返してまた歩き出す。これで、新しいのが欲しくなってもあんな神に頼らなくても良くなった。

【スペイン語「ropa 衣服」:Q神】(X神版の後)
 あの少年神が、こちらに気付く事なく通り過ぎていく。思わず立ち止まって見送りながら、その装束が今までと違うものであることに気付いた。
 それまで着ていたものよりも色鮮やかで、華美とさえ言えるような柄のそれ。彼自身は気にしていないようだが、奇妙な違和感がちくちくと胸を刺す。
 その姿が見えなくなってから、漸く思い当たる。追いついてその細い体から装束を剥ぎ取ってやりたい衝動に駆られた。
 邪悪な兄弟神が好むのと、良く似た色柄のそれ。これ以上あんなやつに染まらないでくれと、言えない叫びが胸の中に反響した。

【スペイン語「despertar 目覚めさせる」2nd:X神】(13 「復讐の蜜に苦味は無い」以降)
 胸の悪くなるその夢から、生意気な声によって引き戻された。何も言えないまま起き上がると、横合いからまた同じ声ががかる。
「変な顔。なんだよ、寝ぼけてるの?」
 うるせえ、泣かすぞ。そう毒づきたいのに、声も出ない。舌打ちすらできずに髪を掻き上げると、嫌な汗が指に絡みついた。ちらりと眼を向けると、そいつこそが変な顔をしている。
「なんか言えよ。なんで、黙ってるんだよ。」
「……うるせえよ、寝起きに。」
 薄ぼけて行く夢の残した苦味が、いつまでもこびりついている。忘れるために、そいつを引き寄せて唇に噛み付いた。その声に救われたなんて、絶対に認めない。

【「despertar 目覚めさせる(2nd、X神)」の少年神視点】
 そいつは嫌な夢を見ているのか、魘されている。声も出さないで、苦しそうな顔をしている。別に死にやしないから放っておこうかな、けれど息遣いが耳障りだな。少し考えて、仕方ないから揺り起こしてやることにした。
 けれど、ついまた手が止まってしまう。どんな夢を見ているのかは知らないけれど、夢を見られるのは羨ましい。
 眠っても夢を見なくなったのは、あれからずっと。夢でだけでもあいつに会いたいのに、無力な自分にはそれさえ叶わない。

【スペイン語「azul 青」:X神】「虚ろの鳥籠に夢は絶える」の前頃
「今度は何の遊びだよ?」
「うるさいな、関係ないだろ。」
 生意気な青年神がそんな口の利き方をするのは、大抵は何か得体の知れない魔術の支度をしている時だ。覗き込んでみると、そいつは青いシウイトルの宝石をいくつも並べて丹念に磨いていた。
「よく飽きねえな、そんなつまんねえこと。」
「お前にはどうせ分かんないよ。邪魔するなよ。」
 どこまでも横柄で身勝手な青年神は、ここがショロトルの家であることを完全に忘れていると見える。思い出させてやるため、振り向かせて唇に噛み付いた。

【スペイン語「azul 青」:Q神】「虚ろの鳥籠に夢は絶える」の暫く前頃
 青い小鳥が分けてくれた羽を装束に飾りながら、ついまた溜息が漏れてしまう。いつも頭から離れないあの青年神のことを、また思い出して。
 この愛らしい美しい羽はきっと、彼にこそ似合うのだ。彼の装束にこれを飾ることを許してもらえたら、もしかしたら彼は嬉しげに笑ってくれるかもしれない。すんなりした指でそっと撫でて、明るい笑い声を立ててくれるかもしれない。遠い遠いあの時の宝石のような笑顔を、また花開かせてくれるかもしれない。
 それは虚ろな夢でしかないと、知っている。それでも、その夢は甘いのだ。

【スペイン語「azul 青」:少年神】「復讐の蜜に苦味は無い」の少し後
 綺麗な青色のシウイトルを拾ったので、磨いて飾りにすることにした。体の大きな他の神たちはみんないろんな石を飾りにしているから、自分だって綺麗な石を身に着けてもいい筈だ。
 見よう見まねで磨いて、穴を開けて、紐を通して。なのにせっかく作ったそれを見て、そいつは鼻で笑った。
「不恰好な飾りだな。」
「うるさいな、僕の勝手だろ。」
 ぷいっと顔を背けてやると、何かごそごそ音をさせたそいつが何か投げてきたらしい。肩に当たって床に落ちたので眼を向けると、同じ石の飾りが転がっている。綺麗だった。
「やるよ。次はもっとマシに作れよ。」

【綺麗なもの:X神】「慰めの掌に温度は無く」以降
 優しくすればつけ上がると知っていたのに、気まぐれなど起こすものではなかった。つくづくと実感していると、尚も生意気な声が不審げに続ける。
「お前がそんなにあっさり、そんな綺麗なものくれる筈ないだろ。何が目的なんだよ?」
「腹立つ奴だな。もうやらねえよ。」
 ちっと舌打ちして、それを引っ込めようとする。だが、装束の端を引かれて。
「でも綺麗だから欲しい。ちょうだい?」
「やらねえっつってんだろ!」

【綺麗なもの-2:少年神】
 そいつは渋ったけれど宥め賺して、舐めてやったりもして、その綺麗なものをもらった。弱い空の光に翳して眺めると、きらきらして一層綺麗だった。
 それを眺めることに夢中になっていると、いつの間にか獣たちが足元に集まって来ていた。物珍しそうに見ているので、嬉しくて見せてやる。
「綺麗だろ?」
 それを手首に嵌め直して、装束の裾を口で引っ張っていた子狐を膝に抱き上げる。小さな獣はくるくると機嫌よく鳴いて、手の甲を舐めてきた。

【綺麗なもの-3:Q神】
 あの少年神が、また眼を輝かせながら神々に何かを教えてもらっている。その手首に見慣れない飾りが嵌っているのに気付いた。
 きらきらするそれは水晶だろうか。細い手首で自慢げに光るそれは、美しい枷のようでもあった。眼を奪われている間に、明るい声で礼を言った少年神が戻っていく。
 立ち止まって少年神を待っていた邪悪な兄弟神が、こちらの視線を受け止め嘲るように笑う。その手が少年神の腰を抱き寄せ、見せつけるように手首の飾りを撫でた。

【スペイン語「pasar 過ぎる、通る」:X神】「虚ろの鳥籠に夢は絶える」の前頃
 何食わぬ顔で通り過ぎながら、笑い出しそうになる。いけ好かない兄弟神があんな苦しそうな顔をするから、こいつを連れ歩くのは本当に面白い。
 苦悩と苦痛を目に宿して、何も言えずにこちらを目で追っている兄弟神。それに目もくれない、気付いてもいない、隣を歩く青年神。どこまでもどこまでも一方通行の視線と感情が愉快で、笑い出しそうになるのを取り繕いながら歩く。隣から、嫌そうな声がかかった。
「何が楽しいんだよ、気持ち悪いな。」
「うるせえよ。」
 お前は、知らないままでいればいい。

【スペイン語「pasar 過ぎる、通る」:青年神】「虚ろの鳥籠に夢は絶える」の前頃
 誰かの面影が脳裏を過ぎった気がした。けれどそれは、捕まえる前に指の間をすり抜けて消えてしまう。
 少しだけ考えてみて、けれどすぐに思考を放棄した。きっと、大したことではないのだ。覚えておく必要のある者なんて、絶対に忘れないあいつしかいないのだから。
 だから、早くあいつを取り戻さなければ。冥府からあいつを連れ戻す方法を探さなければ。決意を新たにして、また骨の花を摘み始める。もう、面影のことなんて忘れていた。

【スペイン語「pasar 過ぎる、通る」:Q神】「虚ろの鳥籠に夢は絶える」の前頃
 あの青年神は、こちらに気づくことなく通り過ぎていく。腕に抱えた籠には、香り高い骨の花が入っているらしい。漂ってくる甘い香りに眩暈を感じながら、また後悔に胸を締め付けられた。
 すんなりと伸びやかに咲く骨の花のように、真っ直ぐで純粋だったその神。淫らな遊戯に身を落としていると知っていても、その姿はやはり清らかで、美しい。
 いつか正しい道に戻ってくれると信じて待つことしか、自分にはできないけれど。その時を、いつまでも夢見ている。

【生意気でなくなる時:X神】「虚ろの鳥籠に夢は絶える」の前頃
 素直に甘い声を上げるそいつは、生意気さを脇に置いていて少しだけ可愛げがある。いつもそんな態度ならば、少しくらいはヤサシクしてやってもいい。そう考えながら快感を追っていると、もどかしげな声を上げたその青年神が濡れた目で睨み上げてきた。
「もっと、しろよ、集中しろ、」
「やっぱ可愛くねえな。」
「何、あ、ぁ、」
 少し強く抉ってやると、途端に甘い声を漏らす。やっぱずっとそうしてろよと胸の中で呟いて、晒される喉に歯を立てた。

【生意気でなくなる時:青年神】「虚ろの鳥籠に夢は絶える」の前頃
「あ、ぁ、そこ、もっと、」
「はは、ほんとヤラシイよなあ。」
 いつもそうしてろよと嘲笑って、そいつが喉に噛み付いてくる。小さな痛みが一層キモチヨクて、また声が漏れた。
 頭の中がどろどろに蕩けて何も考えられなくなる、この感覚が堪らない。そいつの肩に爪を立てて快感を貪りながら、いつも心の中に大切に守っている姿に囁いた。
 もうすぐだから、必ずお前を冥府から連れ戻すから。そのために、その方策を探ってまた頭を働かせるために、一度頭をまっさらにするこの時間は必要なんだ。

【喉を噛む-1:X神】「虚ろの鳥籠に夢は絶える」の前頃
 くぅっと声を漏らした青年神が喉を曝け出すので、何となくそこに唇を寄せた。浅く歯を立てて舌を這わせると、うっすらと汗の味がする。
 急所を噛まれるのが感じるのか、そいつが甘えた息を漏らして中もびくびくと締め付けてくる。その感触が悪くなくて、喉の奥で笑った。
「ん、ぁ、」
「もっと締めろよ。」
 もう少し強く、歯を立てる。そいつは感に耐えかねた声を漏らした。

【喉を噛む-2:X神】
「お前、噛むの好きだよな。」
「お前が喜ぶから、してやってんだろ。」
「はぁ?」
 生意気な青年神は不本意そうな顔をするが、不本意なのはこちらだ。噛まれて喜ぶ趣味があるこいつのために噛んでやっているだけであって、ショロトルには噛んで喜ぶ趣味はない。認めねえならもう噛んでやらねえぞと言いかけた時、腕を抱え込まれた。
「どっちでもいいよ。もう一回しよう?」

【喉を噛む-3:青年神】
 そいつが喉に歯を立ててきたので、びくっと体が震えて熱い息が漏れてしまう。そいつは面白がるように笑って、また少し強く噛んできた。
 小さな痛みが、急所に歯を立てられるのが、悪くない快感をもたらす。だから拒否しないでやっているだけなのに、そいつは図に乗って角度を変えながら何度も噛んでくる。調子に乗るなよと髪を引っ張ってやってもいいのだが、キモチヨクなっている自分に気付いたから許してやることにした。

【スペイン語「rosa ピンク」:X神】
 淡く上気した肌をなぞってやると、そいつはもどかしげに声を上げて体をくねらせた。恨めしげに睨みあげられる。
「も、挿れろよ、早く、」
「はは、もう我慢できねえってか?」
 嘲笑ってやりながらも、こちらとしても遺存はない。ぐずぐずに蕩けている場所に熱を埋め込むと、そいつは感極まった声を漏らした。
「あ、ぁ、……っ」
「っは、ほんと、ヤラシイよなあ。」

【スペイン語「rosa ピンク」:少年神】
 明るい色の花が咲いているので、近づいて眺めてみた。薄紅色の花弁は薄く柔らかそうで、指先で突いてみる。
 これは何て名前の花なんだろう。誰かに聞いてみたいので、周りを見回す。けれど、他の神の姿はなかった。
 仕方ないから今度あいつに聞いてみよう、と心に決める。たくさん咲いているから、まだ咲きかけのものもあるから、その時もきっと咲いているだろう。

【スペイン語「enseñar 教える、見せる」:X神】‪いろんなものの名前を覚えてる途中頃‬
「ねえねえ、あれは? あれはなんて名前?」
「んなことも知らねえのかよ。」
 呆れながら教えてやる自分は、何と律儀で親切なのだろうと感心する。感謝のかけらも見せない生意気な少年神は確かめるようにその言葉を復唱して、何が嬉しいのか笑みを浮かべていた。
「何がそんなに楽しいんだよ?」
「楽しいよ。セカイが広がってくみたいで、すごく楽しい。」
 あっさりと答えたそいつが、嬉しげに花を触る。元が無知な奴は、随分とつまらない事で喜ぶものだ。

【スペイン語「enseñar 教える、見せる」:少年神】‪いろんなものの名前を覚えてる途中頃‬
 教えてもらった名前を忘れないように繰り返しながら、教えてもらった通りに薬草と花を摘み集める。あいつがいたらうるさがるかもしれないけれど、今はあいつはいないから構わない。
 籠にいっぱい集めたそれを持ちあげると、すっきりした香りがする。これがあの傷に付ける薬草の香りなんだということも、教えてもらった。
 知っていることが一つ増えると、もっともっと知りたいことが増えていく。それが心地良くて、籠を抱いて独りで笑った。

【スペイン語「enseñar 教える、見せる」(大人向け):X神】青年神になりかけ
 シたくなったので、熱心に薬草を見比べているそいつを引き寄せた。不満げな顔には構わず、さっさと組み敷く。
「何だよ、邪魔するなよ。」
「もっとイイ事、教えてやるよ。」
 甘く囁いてやり、腰をなぞる。それで理解したそいつは、少し考えてから淫らに笑った。
「まあいいや。相手してやるよ、考えるのも疲れたし。」
「生意気言うと泣かすぞ。」
 くすくすと笑い合いながら、ふと気付く。首に回される腕が、少し逞しくなり始めている気がした。

【スペイン語「enseñar 教える、見せる」(大人向け)-2:X神】‪
 いけ好かない兄弟神が、苦しげにそいつを目で追っている。そいつは全く気付いていないのに、いつでも、いつまでも。
 それが愉快で、もっと苦しめてやりたくて。だから、満足げに戻ってきたそいつの腰を抱き寄せた。
「何だよ?」
「キモチイイこと、したいよなあ?」
 甘く囁いて、兄弟神にも見えるように細い腰を掌で辿る。キモチイイことが好きなそいつは、拒むことなく笑った。
「お前がしたいなら、させてやってもいいよ。」

【スペイン語「enseñar 教える、見せる」(大人向け)-3:X神】‪
「あ、ぁ、!」
「はは、ほんとヤラシイよなあ。」
 甘く詰りながら突き上げると、そいつは背筋を震わせて声にならない嬌声を漏らす。喉の奥で笑って、一層奥を責め立てた。
 イイ、きもちい、そこ、もっと。ほろほろと零れる言葉を心地よく聴きながら、またいけ好かない兄弟神を思い出して笑った。
 その目の前でこいつを抱いてやったら、あいつはどんな顔をするだろう。

【スペイン語「querer 欲する、愛する」:X神】
「ん、ぁん、はや、く、」
「少しは我慢しろよ。」
 軽く咎めて、なおも浅い場所でゆるゆると動いてやる。だが淫らな少年神は、もどかしげに首を横に振った。
「ゃだ、はやく、はやくちょうだい、」
「はは、ほんとインランだなあ。」
 ショロトルを欲しがって目に涙を浮かべているそいつは、生意気さを脇に置いていて少しは可愛げがある。気分が良いから、与えてやる事にした。

【スペイン語「querer 欲する、愛する」:少年神】
 早くそれが欲しくて、早くキモチヨクなりたくて。なのにそいつはくれないから、恨めしくて堪らない。
「ゃだ、早く、して、挿れて、」
「欲しけりゃ、もっと可愛いくオネダリしろよ。」
 くくっと喉の奥で笑うそいつは、意地悪で悪趣味だ。目に意地悪な光を宿して、こちらが欲しがって苦しんでいるのを楽しんでいる。腹のなかで毒づいて、けれど欲しいから言う通りにしてやった。
「ね、して、早く。お前の、欲しい、」
「はは、最初からスナオに言えよ。」

【スペイン語「querer 欲する、愛する」:Q神】
 こちらに気づかず通り過ぎていく少年神が、ふと何かに気を取られたように木を振り仰いだ。隣の兄弟神の装束を引く。
「ねえ、あれ欲しい。取って。」
「はぁ? 自分で登って取れよ。」
「お前なら届くだろ、取ってよ。」
 面倒臭そうな顔をしている兄弟神が渋っているから、思わず出て行って代わりに若葉を摘んでやりたくなる。だがそれに気付いた兄弟神は、意地悪く笑って枝に手を伸ばして。
「欲しけりゃ、後でしゃぶれよな。」
「分かったよ、早くちょうだい。」

【素直に認める:X神】
「俺とスルの好きだもんなあ、お前。」
 甘い声で嘲笑ってやりながら、わざと優しく頬を撫でてやる。うるさそうに振り払ったそいつは、目を開けるとぞっとするほど艶やかに笑った。
「スキだよ。キモチイイし。」
「何だよ。えらく素直じゃねえか。」
 くすくすと笑い合って、何となく口付けをしてみた。そいつも自分から舌を差し出してねだってくる。素直に求められねだられるのは、案外悪くない。

【やらしくなった元凶:X神】
「はは、ほんっとヤラシーよなあ。」
 嘲笑いながら奥を抉ってやると、甘い悲鳴と共に背筋を震わせる。目を閉じて快感に浸っていたそいつが、ゆるりと目を開けて。
「お前が、教えたんだろ。」
 責任取れよ、お前のせいだぞ。甘えた声で詰りながら、そいつが首に絡ませた腕に力を込める。引き寄せられるまま顔を寄せてやって、軽く口付けをして。
「ここまでヤラシクなれなんて、言ってねえだろ?」
「でも嬉しいだろ、お前だって。」

【スペイン語「rojo 赤」:X神】「最初の朝に神代は終わる」辺り
「っ、何だよ!」
 なんとなく首筋を撫でてみると、生意気なそいつは怒った顔で振り払った。別に理由はなかったが、言い訳の必要な相手でもない。だからそのまま答えた。
「ココ切ったら、血が出るよなあ。」
「当たり前だろ、何馬鹿なこと言ってるんだよ。」
「生意気言うと、その舌噛みちぎるぞ。」
 唇に噛み付くと、思うより素直に答えてくる。その舌を味わいながら、またぼんやりと考えた。
 鮮烈に赤い血に塗れていたこいつは、思うよりキレイだった。

【スペイン語「rojo 赤」:Q神-1】「最初の朝に神代は終わる」直後辺り
 また嫌な夢を見て、飛び起きた。夜と昼が交代で訪れるようになった世界で、夜の只中で、震える息を吐く。
 目を閉じればありありと浮かぶ、あの光景。血塗れの、胸にぽっかりと穴の空いた、あの青年神。途絶えそうな吐息で、けれど死ぬこともできずに、苦しげに。そして手の中の、彼の心臓の生温かい感触と、ナイフの残酷な冷たさ。
『ころして、はやく、』
 消え入りそうな声で訴えられても、自分は動けなかった。

【スペイン語「rojo 赤」:Q神-2】
『馬鹿だな、ほんと。』
 気軽な声でナイフを奪われ、はっとした。邪悪な兄弟神が、どこか慈しみに似た笑みを浮かべ、青年神の上に屈み込んだ。
『はや、く、』
『ああ、してやるよ。』
 ショロトルが囁くと、青年神はほっとしたように笑んだ。その唇に、ショロトルが唇を重ねて。
 ぱっと飛び散った鮮血が、生温かかった。

【スペイン語「rojo 赤」:青年神】
 赤い火が燃える。ぱちぱちと音を立てて、揺らめいて伸び上がる。神々が殆ど茫然としてそれを見ているので、嬉しくなった。
 自分が見つけた、自分が作り出した、秘密の技。教えてもらったのではなく、自分の手で編み出した秘技。これでどんな愚鈍な神だって、この自分がどんなにすごいか分かっただろう。
 満足しながら、ふと疑問に思う。どうして自分はこんなにも、強さと知恵を追い求めたんだったろう。

【「¿Qué necesitas? 君は何が必要なの?」:X神】SS「ropa 衣服:少年神」頃
その女神ではなく配偶神が出てきたのは、つまらない嫉妬か何かだろう。くだらねえなと腹のなかで笑った時、見透かしたようにその神はつっけんどんに尋ねた。
「今日は何が必要なんだ?」
「体の小さい神の装束が欲しい。」
 要望を伝えるとその神は怪訝な顔をしたが、話す時間を少しでも短縮したいらしい。何枚か出してきたので、適当に選んで大きさを確かめた。帰りしなににやっと笑う。」
「またな。」

【「¿Qué necesitas? 君は何が必要なの?」:Q神】
あの少年神が、膝をついて何かを探している。顔も上げずに一心不乱の様子につい近寄ろうとした時、少年神は顔を上げて声を発した。
「お前も探すの手伝えよ。お前のせいでダメになった薬草だぞ。」
「うるせえ奴だな、次から次へと。」
 ぶつぶつ言いながら、少し離れて待っていたショロトルも渋々膝をつく。その親密とさえ呼べそうな物言いに、立ちすくむことしかできなかった。

【「¿Qué necesitas? 君は何が必要なの?」:青年神】「永劫の欠落とは傷に非じ」頃
何か、とても必要なものがある。手に入れなければならない、とてもとても大切なもの。
だから死に物狂いで強くなった。誰より賢くなり、誰より強い力を手に入れて、誰よりも高い場所に上り詰めた。どんなに愚鈍な神だって、自分がどんなに強く賢いのか身にしみただろう。
けれど、何のためにそこまでしたんだったろう。自分は何が欲しかったんだろう。何かを忘れているような不安な気分が、胸を離れない。

【(El) Habla con ella.  彼は彼女と話す。:X神】
 身勝手な少年神が傍を離れていくので、今度は何だと仕方なく立ち止まる。そいつは軽い足取りで、家の前の掃除をしていたその女神に駆け寄った。
「こんにちは、この間はありがとう!」
「おやおや、わざわざどうも。役に立ってよかったよ。」
 媚と愛想を振りまいている姿に辟易しながら、少し離れて待ってやる。これ以上待たせるなら置いて帰ろうかと思い始めた時、そいつはやっと別れの挨拶をして戻ってきた。何の説明もなしかと咎めてやろうかと思ったが、どうせ生意気な言葉しか返らないので飲み込んだ。
 
【(El) Habla con ella.  彼は彼女と話す。:Q神】
 あの少年神が、こちらには気づかず駆け抜けていった。思わず立ち止まって目で追う。
 小さなその神はいくつかの籠と甕を運んでいた女神の傍に寄り、屈託のない様子で話しながら甕を受け取って運び始めた。明るい愛らしい笑顔が、目に焼きつく。
 自分も歩み寄って手伝うべきかもしれない。そうしてもきっと、感謝されこそすれ不審には思われない。思いながらも、動けなかった。
 どうしてあの笑顔の先にいるのは、自分ではないのだろう。

【(El) Habla con ella.  彼は彼女と話す。:少年神】Q神版の続き
「じゃあまたね。」
「どうもありがとう、助かったわ。」
 お礼を言ってくれる女神に笑顔を返して、その場を離れる。いつも蜂蜜を分けてくれるお礼だよと言っておいたけれど、喜んでくれたからきっとまた甘いものを分けてくれるだろう。蜂蜜は甘くて美味しいから好きだ。
 どこかに出かけていたあいつもそろそろ帰ってるかなと思って、その家の方角に行くことにする。いなかったら、家の中で待ってやればいい。

‪【‪#文芸リレー‬「自然と零れ落ちた。」】第1話ラスト後
自然と零れ落ちた。はっとしても、もう遅い。‬
‪「聞こえなかったな。もう一度言ってくれる?」‬
‪「っ、誰が言うか!」‬
‪背けた頰が熱い。騒ぎ立てる心臓が煩い。‬
‪耐えきれず立ち上がろうとしたのに、やんわり手を掴まれて。つい振り返り、柔らかな笑顔にたじろいだ。‬
‪「揶揄ってごめん。私も好きだよ。」‬

【スペイン語「verde 緑色」:Q神】「はじまりの海の光明」直後頃
 いつの間にか、手が止まっていた。はっと我に返ってまた作業に戻る。だが頭の片隅では、まだその笑顔が輝いていた。
 緑の若草のような、草原を吹き抜ける風のような、伸びやかなあの少年神。水晶のようにきらきらした笑顔が、頭から離れない。ふとした瞬間に思い出してしまう。
 また会えるだろうか、あの笑顔をまた向けてもらえるだろうか。じわっと、胸が甘く疼いた気がした。

【スペイン語「verde 緑色」:X神】「復讐の蜜に苦味は無い」の後
 何が楽しいのか、そいつはどれも緑色の薬草だか毒草だかを熱心に見比べていて顔も上げない。どれも同じだろと言いたくなるが、生意気な顔で嘲笑われるのが目に見えているので飲み込んだ。
 どんな得体の知れない魔術に使う気か知らないが、よくも飽きないものだ。呆れて目を背けかけた時、そいつが顔を上げた。満足したように片付けを始める。
「終わりかよ?」
「広げて乾かすから踏むなよ。終わるまで邪魔もするなよな。」
「ここを誰の家だと思ってんだ?」

【スペイン語「verde 緑色」:少年神】X神版とセット
 薬草と香草と毒草を、確かめながら丁寧に筵の上に並べていく。見る目のないあいつは全部同じだと言うけれど、全然違うのだ。
 名前を得た草は、一つひとつが全然違って見える。眼に映る全ての物は、名前を持った存在として呼びかけてくる。それが嬉しくてふふっと笑うと、嫌そうな声がかかった。
「何笑ってんだ、気味悪いやつだな。」
「うるさいな。お前に言ったってどうせ分かんないよ。」

【スペイン語「escuchar 聞く」:X神】
 自分には生意気な態度しかとらない少年神が愛想を振りまいている声を聞き流しながら、ショロトルは何とは無しに周りを見回した。また立ち竦んでいる兄弟神に目を止める。
 ショロトルに見られているのも気づかず、苦しげに少年神に目を注いでいるその神。鼻で笑った時、少年神が明るい声で別れの挨拶をするのが聞こえた。その腰を引き寄せる。
「なんだよ?」
「帰るぞ、待たせやがって。」

【スペイン語「escuchar 聞く」:Q神】
 鳥の歌さえ耳をすり抜けていく。ついまた溜息をもらしながら、浮かび上がる面影を振り払おうとした。
 打ち消しても打ち消しても、なおも浮かんでくるその記憶。あの少年神の、見たくもなかった姿と表情。
 自分がもっと早く気付いていたら、自分にもっと力があったら。それならば何かを変えられたのか。考えても詮無いと分かっていても、止められない物思い。
 もうあの宝石のような笑顔は、二度と見られないのだろうか。

【スペイン語「escuchar 聞く」:少年神】
 声が聞こえたので、顔を向けてみる。山猫の親子が、興味深そうにこちらを見ていた。
「これ摘んだら、遊ぼうか。今はダメだよ、草に毒があるから。」
 声をかけると、獣たちは嬉しげに鳴いた。その声に引き寄せられたのか、他の獣たちも集まってくる。期待のこもったたくさんの目に笑って、最後の一本を摘んで、籠を木の上に置いた。
「さ、おいで。」

【El esta dormido. 彼は眠っている。:X神】
 家に戻って、またかよと溜息を吐く。ショロトルの寝床を占領して、その少年神はすやすやと眠っていた。
 蹴り起こしてやろうかとも思ったが、きいきい騒ぎ立てられても耳障りだ。起きたら覚えてろよと思いながら、何とは無しにその傍に腰を下ろした。
 子供っぽい顔立ち、太平楽な寝顔。何となくその頬を抓ってみると、初めてその眉間に皺が寄った。

【El esta dormido. 彼は眠っている。:少年神】
 目が覚めると、そいつが同じ筵の上で寝ていた。
 何でお前もいるんだよ、離れろよ、暑いだろ。そう起こしてやっても良かったけれど、我慢してやる。何となく、眠っているその顔を眺めた。
 起きているとすぐに嘲ったり馬鹿にしたりしてくるけれど、眠っているとそんなに悪くない顔をしているかもしれない。ずっと寝てればいいのにと思って、けれどそれではつまらないと思い直して。そいつが眠っていてつまらないので、自分もまた眠ることにした。

【El esta dormido. 彼は眠っている。:Q神】
 また、あの青年神の夢を見た。
 冷たい石の台の上で、彼は眠っている。あどけなささえ感じる無垢な寝顔で、安らかに。
 けれどこんなところで眠っていては、体を冷やしてしまう。だから起こそうと手を伸ばした、その時。
 触れた手の下で、青年神は見る間に罅割れ、朽ち果て、ただの砂となってさらさらと崩れ落ちた。茫然とそれを目にしてから、やっと思い出す。
 そうだ。自分が、彼を殺したのだ。

【El tiene insomnio. 彼は不眠症だ。:X神】
 眠れない。小さく舌打ちをして起き上がると、隣から機嫌の悪い声がかかった。
「何だよ、寝てたのに」
「うるせえよ」
 眠れないのもこいつが寝床の半分を占拠しているせいかもしれない。なら追い出してやるべきか。考えたとき、そいつは仕方なさそうな顔で起き上がった。
「仕方ない奴だな。眠くなる軟膏を作ってやるから、さっさと寝ろよな」

【El tiene insomnio. 彼は不眠症だ。:少年神】
 眠れない。仕方なく起き上がって、溜息を吐いた。
 疲れているはずなのに、眠れない。体は休みたがっているのに、眠りへと逃げ込めない。眠くなるまで起きていてもいいけれど、それだと急に眠くなった時に困る。
 どうしようかなと考えて、そいつのところに行くことにした。そいつの寝床は草の上よりも寝心地がいいから、よく眠れるかもしれない。邪魔そうな顔をされたって、構ってやるような価値のあることじゃない。

【El tiene insomnio. 彼は不眠症だ。:Q神】
 眠れない。また寝返りを打って、溜息を吐いた。
 瞼にちらついて離れない、あの少年神の淫らな笑顔。思い出したくもないのに、消えない、消せない。
 ちらついては胸を締め付ける、その邪悪な光。宝石のようなあの笑顔を、塗り潰そうとする。
 忘れるわけにはいかない、自分だけは覚えておかなくては。きつく目を閉じて、必死で遠い記憶を呼び戻した。

【El esta ocupado. 彼は忙しい。:X神】
 何やら忙しそうに、そいつはせっせと薬草を選り分けたり、干している草を確かめたりしている。忙しないやつだなと思いながら眺めていた。
 俯き加減の首筋には色香らしいものも漂っていて、眺めていると引き寄せたくなる。だが生意気なそいつはきっと散々に文句を言って暴れるだろうから、仕方なく今はやめておいてやることにした。
 ここはショロトルの家だというのに、家主に全く頓着しない無遠慮な少年神。後で覚えてろよと思いながら、細い首筋から目を逸らした。

【El esta ocupado. 彼は忙しい。:Q神】
 思いがけない場所でその姿を目にして、思わず足が止まった。
 くるくると立ち働いている小柄な姿は、紛れもなくあの少年神。邪悪な兄弟神は一緒ではなかったのか、先に帰ったか、今は姿が見えない。
「どうしたの、塩がいるの?」
「あ、」
 こちらに目を止めた少年神に声をかけられても、返事ができなかった。それで一人合点したらしい少年神が、塩を小さな壺に掬って笑顔で渡してくれる。触れ合った手が、熱を帯びた。

【El esta ocupado. 彼は忙しい。:少年神】
 何だか忙しそうだったから、声をかけてみた。
「何か手伝う?」
「そうか、じゃあこれを運んでくれるか?」
「うん!」
 少し重いけれど力を入れてそれを外へ運び出して、また戻って別の壺を運んで。全部運び終えると、その神は助かったよと笑ってくれた。
「良かったらこれを。甘いものが好きだと聞いてるよ。」
「わあ、ありがとう!」

【スペイン語「Es hermoso.それは綺麗だ。」:少年神】
 綺麗だなあと思って、拾い上げてみた。手の中で転がすと、弱い空の光を反射してきらきらする。
 この石はなんという名前なんだろう。また誰かに教えてもらおう。そう決めて落とさないように握り締めたとき、ちくっと胸が痛んだ。
 遠くへ行ってしまった、大好きなあいつ。あいつの目は、こんな石よりずっとずっと綺麗だった。
 だから、早く取り戻さなくては。その手立てを探さなくては。心に決めて、立ち上がった。

【スペイン語「Es hermoso.それは綺麗だ。」:X神】
 なんの気無しに拾い上げたのは、さほど悪くない質のエステクパトルだった。鮮やかな赤い斑紋が気に入って、どうしようかと考えて、浮かんだのは生意気な少年神の顔だった。
 喜ばせてやる義理はないが、恩を売ってやるのも悪くない。装いにはまだあまり興味を持っていない子供じみた奴だが、きらきらする物は好きなようだ。渡しておけば、自分で好きなように加工するだろう。
 そう決めて、籠に放り込む。もうそいつのことなど半ば忘れながら、歩き出した。

【スペイン語「Es hermoso.それは綺麗だ。」:Q神】
 きらきらと光るその水晶が、その美しい光が、胸を刺し貫く。二度と見ることができないかもしれない、あのきらきらする笑顔を思い起こさせる。
 あの自然で愛らしい笑顔をどこかに置き忘れ、打算の笑みばかりを振りまくようになった、あの少年神。遠い遠いあの時の笑顔は、今もこの胸で煌めいているのに。
 もう二度と、あの笑顔は取り戻せないのか。もう、決して。溜息が漏れた。
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