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第7章 青焔将軍の妻

第57話 夫は妻を食べたい(後編)3

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 庭。


 茂みに隠れるようにして、藍色の肌に紫色の瞳をした竜が、たたずんでいた。


「デュラン様?」


 上ずる声で、フィオーレは夫の名を呼んだ。

 かっと見開いた大きな紫色の眼で、竜は彼女を見据える。

「っ……!」

 フィオーレは息を呑んだ。

 ぐるぐると喉を鳴らす竜は、少しだけ怒気を孕んでいるように、彼女は感じる。

「あ……あの……来るなって言ったのに、勝手に来たから、怒ってますか……?」

 足がすくみながらも、フィオーレは夫である竜の元へと近づいた。
 

 藍色の硬い肌に、紫色のぎらついた瞳、とがった牙と爪――。

 一歩近づくと、大きな口が吐き出す息で、亜麻色の髪が震える。


(この前も、一目でデュランダル様だと分かった……でも、怖くて仕方がなくて……)


 そうして――。


(汚いと言ってしまった。お姉様を殺した竜とは違うのに――)

 
 フィオーレは贖罪を胸に、恐怖を押し殺しながら、藍色の竜の元へと歩く。

 身体をよじり、どこかに行こうとする竜に向かって――。


「行かないでください! デュランダル様! お願いです!」


 彼女は叫び、呼び止める。

 全身が震えるせいで、近づくのに時間がかかったが、なんとか彼女は竜のそばへとたどり着くことが出来た。

 涙ぐみながら、フィオーレはデュランダルを見つめる。

(地面に落ちた、それこそ汚れた焼き菓子だって、私を思ってデュランダル様は食べてくれた――)

 そんな優しい夫に、応えたい。

 そうして、深呼吸を繰り返した後、フィオーレは彼に向かって手を伸ばす。

 竜は大きな目を見開いた。

 彼女は震える声で話す。


 その手は――。


「たとえ大嫌いな竜の姿でも……大好きです、デュランダル様……」


 ――硬い鱗に覆われた藍色の皮膚に、置かれていたのだった。

 彼女は、そっと彼の肌を撫でる。


「ごつごつ、ざらざらしてて、この手触りも悪くないです」


 牙ののぞく大きな口へと、フィオーレは移動した。

 何か言いたげだが、竜は声を出すことが出来ない。


「もし、ずっと、人間に戻れなかったとしても、デュランダル様は私の大切な旦那様です――これだけ、触れるんですもの――きっと、大丈夫――」


 震える手で、フィオーレは、竜の大きな顎を掴む。


 そうして――。


 そっと目を閉じた彼女は、彼の硬い口に唇を寄せた。


 その時――。


 唇に当たる硬い感触が、柔らかい感触へと変化する。

 唇から何かが離れた。

 フィオーレが目を開くと――。


「なんか知らねぇが、この間よりも戻るのが早かったな――」


 藍色の短い髪に、紫色の髪をした端正な顔立ちの青年が、彼女の眼前に立っていたのだった。

「デュラン様――!」

 裸のデュランダルに向かって、フィオーレは勢いよく抱きつく。

「フィオ――」

 抱きしめた彼女の身体がまだ震えているのに気づいた彼は、強く抱きしめ返した。

 フィオーレの瞳から涙がぽろぽろと零れる。


「デュランダル様、人の姿に戻れなくて怖がってるんじゃないかと、心配しました――」


 デュランダルは息を呑んだ。
 そんな彼女に向かって、彼は告げる。


「ああ? 俺が怖がってたって? そんなわけないだろうが……ガキみたいな扱いすんじゃねぇよ」


 強がる夫を見て、フィオーレはふふふと笑った。

 竜の姿の彼が涙を流しているところを、妻はしっかり見ていたのだ――。

 そんなことなど知らないデュランダルは続ける。


「まあ、お前が笑顔になるんなら、戻った甲斐もあったってもんだな――」


 ますます、フィオーレは声を出して笑った。
 そうして、彼に告げる。


「あ、そうだ! 地面に落ちたものを食べたせいで、お腹を壊したんじゃないかって、それも心配したんですよ――床に落ちたものは食べないようにしてくださいね――」


「なんだよ、またガキ扱いかよ……でも、まあ、色々とありがとな――」


 素直じゃない夫にお礼を言われたフィオーレは、声を出して笑いながら涙を流す。


「フィオ――なんで笑ってたのに、急に泣いてんだよ――ああ、もう泣くな――なんでも言うこと聞いてやるから――」

 フィオーレは黄金の瞳を真ん丸にして告げた。


「それじゃあ――」


 妻の願い事を聞いた夫は――。


 ――彼女に優しい口づけを落としたのだった。



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