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第4章 結婚後の求婚
第33話 青焔の騎士は、無垢な花嫁に囚われる3
しおりを挟む「フィオーレ……なんで、ここに……」
予想外の出来事だったのだろう。
デュランダルは、グラスを手に持ったまま呆然としていた。
ただでさえ、ざわついていた店内が、ますます騒然とし始める。
周囲の客たちが、デュランダルとフィオーレの姿を見てひそひそとうわさ話を始めた。
仁王立ちになったフィオーレが、口をとがらせながらデュランダルを見つめている。
そんな彼女を見て、彼はぽつりと呟いた。
「屋敷の外には出すなって、命令してたのに――あの馬鹿三人か――?」
困惑するデュランダルに対して近づいたフィオーレは、そっと手を差し伸べた。
「ずっとお酒を飲んで、全然眠っていないと騎士の皆さんからうかがいました。こんな生活をしていたら、お身体を壊してしまいます。デュランダル様、一緒に帰りましょう――?」
デュランダルは、彼女から目をそらした。
彼の持つグラスの氷が、カランと音を立てる。
「俺は帰らねぇ――」
「どうして――?」
フィオーレの問いに、彼は答えない。
周囲はざわついたままだったが、夫婦は、互いの言葉以外は耳に入っていないようだった。
デュランダルがぽつりと呟く。
「フィオ――お前をまた傷つけるかもしれない――」
俯いた彼は話を続ける。
「今まで――他の女ではこんなことはなかったのに――お前のことになると、自分が制御できねぇんだよ――俺がお前に抱いてるみたいな感情を――お前が他の男に向けていたのかと思ったら、頭に血が上って――」
「デュランダル様――」
「剣の守護者のことを家族のように思っている、弟みたいだって、お前は言ってたが――お前は俺の唯一の家族なのに――でも、フィオーレにとっては、俺は何人かいるうちの一人でしかないんだと――」
酒の勢いも手伝って、デュランダルはぽつりぽつりと妻に本心を明かしていく。
フィオーレは彼に問いかけた。
「貴方は私の夫です。イリョスは弟のような存在です。夫と弟は、同じ家族だけど違いませんか――? デュランダル様にとって、お兄様と私は同じ存在ですか? お母様と私は――? 仮に妹さんがいたとして、同じ気持ちですか――?」
デュランダルは口をつぐんだ。
フィオーレがしばらく待っていると――。
「――フィオ、俺はお前の胸の内に他の男がいるのが嫌なんだ――それは例え、弟のような存在であっても――」
「比べるものじゃないと思うんですが……」
フィオーレはデュランダルに向かって、はっきりと告げることにした。
「デュランダル様とイリョスに抱いている気持ちは、同じ家族や好きという言い方でも、まったく違うものです――恋はしたことがないので、私にもわかりません……これが恋なのか、断言はできません。ですが――」
フィオーレは黄金の瞳で、まっすぐに夫デュランダルを見ながら口にする。
「何があっても、私の夫は――デュランダル・エスト・グランテ様、生涯貴方ただ一人だと思っています――」
項垂れていたデュランダルが、彼女の発言を受けて顔をあげる。
「ダメでしょうか……?」
おずおずと、フィオーレが尋ねると――。
「――きゃっ!」
亜麻色の緩やかな髪ごと、フィオーレの身体はデュランダルに抱きしめられていた。
彼は彼女の髪に顔を埋めると、彼女を抱く腕の力を強くする。
フィオーレからは、デュランダルの表情は見えない。
だけど――。
(デュランダル様……泣いてる――)
彼女の耳元で、彼は囁く。
「お前もガキだけど――」
デュランダルは涙を流しながら妻に伝えた。
「俺もガキのまま大人になって――俺たち、本当に似合いの夫婦だな――今はその答えで、満足しといてやるよ――」
「デュランダル様――」
胸が熱くなったフィオーレは、夫の背にぎゅっと手を回した――。
彼が顔を戻し、彼女の黄金の瞳を見つめながら告げる。
「フィオーレ――お前はまだ、自分の気持ちがわかってないのかもしれない――俺もまだよくわかってないことがある。だけど、これだけは間違ってない――」
デュランダルの紫色の瞳に、フィオーレは射ぬかれる。
「お前は、俺が生まれて初めて愛した女だよ――」
フィオーレは目を見開く――。
そうして――。
彼女の唇に、デュランダルが唇をそっと重ねる。
いつものように深い口付けではなく、そっと重なり合うだけの口付け――。
しかも酒の香りが混ざるものだったけれど――。
(なんだろう……すごく心がぽかぽかする……)
フィオーレの瞳からも、一粒の涙が溢れた。
互いの唇が離れ、二人はしばらくの間見つめ合う。
「デュランダル様……」
「フィオーレ……」
その時――。
突然二人の耳に拍手喝采や口笛の音が届いた――。
二人ははっとする。
なぜだか分からないが、二人を見守っていた客たちが歓声を飛ばしていた。
彼らは口々に、デュランダルとフィオーレの名を呼んでいる。
デュランダルが頭を抱えながらぼやく。
「酔いがまわって、周りが見えてなかった――」
(ま、周りに人がいっぱいいたんだった――!)
今更ながら、フィオーレは赤面した。
彼女は彼に手を差し出す。
「フィオ……他に邪魔されないところに行くぞ――」
フィオーレがデュランダルの手をとると、彼は彼女を連れて駆け出した――。
ひしめきあう酒場を後にして、二人は外に出たのだった。
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