34 / 60
第11話③ 私ははめられたんですか、お兄ちゃん?
しおりを挟むまだ池の中に沈んでいるのではないかと錯覚するほどに、濡れたまま外気にさらされ冷たくなった身体が、どこまでも重く感じる。
その時、シルヴァが私にこっそりと耳打ちをしてきた。
彼の言葉を聞いた私は、こくりと頷く。
シルヴァが、セピア公爵令嬢に向かって口を開いた。
「セピア嬢、妊娠しているお体に障りますよ――あまり叫んだり、違法薬物を吸い続けるのは辞めた方が良いのではないですか? まあ、もっとも、それだけ活発に動かれた上に、違法薬物の匂いまでしている……妊娠などしていないのか――?」
シルヴァの言葉に、クラーケは「え?」と動揺した。
クラーケは、腹部が痩せたままの妻の姿を見る。
ふん、とセピアは鼻で笑った。
「妊娠の診断に関しては書類もちゃんとございますわ。私に振られたからと言って、適当なことをでっちあげるのはやめてくださいますか? そもそも――」
彼女にクラーケは話しかける。
「妊娠していないのかい? セピア?」
「クラーケ、貴方まで、どうしてシルヴァの言うことに耳を傾けているのですか!? 嘘に決まっているでしょう? ちゃんと証明書もあって……」
少しだけもめている二人に、シルヴァが火種を投入した。
「でも、その証明書は、あなたの言う平民の産婆が書いた文書ではないですか? 貴方はわざわざ屋敷に医術士は呼ばずに、平民街の産院に通われているようだった……あなたの言い分なら、平民の書いた文書は信用に値しないということになるのでは――?」
「それとこれとは話が別ですわ――! いい加減にしてください!」
むきになって、セピア公爵令嬢は叫んだ。
シルヴァが畳みかける。
「いいえ……産婆を悪くいうつもりは全くありませんが、あなたの言い分を信じるならば、信用が出来る文書かどうかが分かりません。しっかり貴族の医術士に調べなおしてもらった方が良いのではないですか?」
クラーケがわなわなと震え始めた。
「そんな、医術士の診断は受けてないのかい? 僕は、セピアに子どもが出来たって聞いたし、借金も立て替えてくれるって聞いたから――だから、セピアの言う通りになんでもしてきたっていうのに――もし子どもがいないと分かっていたら、僕はリモーネと結婚――」
彼の発言に、セピアは眉をひそめ、わめき散らした。
「何を言っているの、クラーケ……!? その言い分だと、子どもが出来たから仕方なく、私と結婚したという風に聞こえましてよ――!? 貴方みたいな、冴えない侯爵と結婚してあげたんだから、感謝すべきじゃなくて――!? もう貴方のような男は、早く牢屋に入ってしまいなさい――!」
「そんな……この違法薬物だって、君が僕に勧めてきたから使ったんであって……」
「な……! お黙りなさい、クラーケ!!!」
二人は醜い口論を始めた。
「そもそも僕は、君に言われてリモーネをこの廃墟に連れてきたんだ――そしたら、君が紹介してくれたごろつき達が突然、火をつけ始めたから――」
クラーケは続ける。
「どうして、火をつける件を僕に話してくれなかったんだ――? なんだかやたらと今日は眠くて、あの時、目が覚めてなかったら、僕も死んでたんだよ――まさか、僕も一緒に殺そうとしていたんじゃ――?」
二人は仲間割れをして、勝手に自供を始めた。
(これで、私が放火したのじゃないということは、騎士の皆さんも分かったのかしら……)
ほっとしたような気持ちになる。
彼らの争う姿を、騎士達も呆然と見守っていたようだったが――。
しばらくすると、セピア公爵令嬢を捕縛し始めた。
「リモーネ、あとは騎士達に任せて、帰るぞ――」
シルヴァが私の肩を抱き寄せて、屋敷の方へと踵を返す。
セピア公爵令嬢――いや、今は薬物所持や放火の罪人である――セピアが、私たちに向かって叫んだ。
「待ちなさい! シルヴァ! 本当は、私のことを好いてくれていたのでしょう!?」
10
お気に入りに追加
1,901
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

婚活に失敗したら第四王子の家庭教師になりました
春浦ディスコ
恋愛
王立学院に勤めていた二十五歳の子爵令嬢のマーサは婚活のために辞職するが、中々相手が見つからない。そんなときに王城から家庭教師の依頼が来て……。見目麗しの第四王子シルヴァンに家庭教師のマーサが陥落されるお話。

【完結】妻至上主義
Ringo
恋愛
歴史ある公爵家嫡男と侯爵家長女の婚約が結ばれたのは、長女が生まれたその日だった。
この物語はそんな2人が結婚するまでのお話であり、そこに行き着くまでのすったもんだのラブストーリーです。
本編11話+番外編数話
[作者よりご挨拶]
未完作品のプロットが諸事情で消滅するという事態に陥っております。
現在、自身で読み返して記憶を辿りながら再度新しくプロットを組み立て中。
お気に入り登録やしおりを挟んでくださっている方には申し訳ありませんが、必ず完結させますのでもう暫くお待ち頂ければと思います。
(╥﹏╥)
お詫びとして、短編をお楽しみいただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる