31 / 60
第10話④ 寡黙な騎士様は、廃墟の中心で愛を叫ぶ?
しおりを挟む残された私は、身体を必死に動かそうと試みる。
だが、全くと言って良いほど、指先に力が入らない。
そうこうしているうちに、部屋の壁が煙たい匂いを発し始める。
部屋の中へと、煙のもやが届いてくる。
(どうしよう、このままじゃ、私……)
焦燥感で胸が詰まるようだが、改善策は見いだせない。
銀色の短い髪に、碧色の瞳をした幼馴染の騎士の顔が浮かぶ。
彼が自分のことを大切に思ってくれていたことはよく分かった。
(だけど、まだ、なんでお兄ちゃんが、わざわざ「爵位目当て」だって嘘をついて、私に近づいて来てのかが分からない……)
もしかしたら、クラーケと私が破談になった原因が自分にあると思って――。
だから、彼はしきりに私に嫌われていると言っていたのだろうか――?
(私は、お兄ちゃんのことを嫌いなんかじゃない)
だけど、それを伝えることができないまま、私は死んでしまうのだろうか。
そう思うと、涙が溢れ出して止まらない。
(せっかく、シルヴァお兄ちゃんへの気持ちに気づいたのに……)
だけど、容赦なく、煙は喉を焦がしてくる。
肺が焼け付くようだが、胸の苦しさの方がより強かった。
(まだ……何も伝えてない……)
火の手が部屋へと襲ってきた。
踊り狂う炎は、床に敷かれた古びた絨毯へと燃え移ると、一気に部屋の中を駆け巡る。
灰と火の粉が眼前を舞い散っていく。
煌々と燃え盛る焔は、私をあざ笑っているかのようだ。
だけど――。
(こんなところで死ぬのは嫌……!)
その時――。
「リモーネ! どこにいる! リモーネ!」
いつもは冷静なはずの青年の、切望した声が耳に届く。
(お兄ちゃん……来てくれた……)
彼のむせこむ声も聞こえた。
こんな状況下だというのに、安堵でまた涙が流れていく。
だが、部屋がいくつもある建物なのだろう。
次第に彼の声が遠ざかっていく。
(お兄ちゃん……)
絶望しかけた時――。
焼け落ちそうになっている扉の隙間から、泣きだしそうな幼馴染の低い声が届く。
「リモーネ! ずっと怖くて言えなかった……だけど、昔から、お前のことを――お前のことが好きなんだ――! 愛してるんだ――!」
必死な彼の言葉に胸が詰まる。
「俺が嫌いなら、偽の結婚を解消して良いから……お前が生きてさえいてくれれば、それで良いから――頼む――リモーネ、返事をしてくれ――!」
(お兄ちゃん……!)
私は、ここにいる。
だけど、彼の気配は遠ざかってしまう。
(お願い……ちゃんと、お兄ちゃんに私の気持ちを伝えたい……!)
ひりつく喉で、声の限りに、彼の名を呼んだ。
「――シルヴァお兄ちゃん……! お兄ちゃん――!」
だけど、届かなかったのだろうか。
建物が崩落していく音だけが、むなしく響く。
絶望が胸を支配しそうになる。
(だけど、あきらめたくない……!)
もう一度だけ、肺が痛みながら叫んだ。
「シルヴァお兄ちゃん!」
その時、炎に巻かれ焼け焦げた扉が、どうっと音を立てて倒れた。
新たな煙が部屋の中に立ち込める。
「リモーネ!!」
揺れる煙と炎の間から、見知ったシルエットが姿を現す。
「お兄ちゃ……」
煤にまみれた彼の顔を見て、涙がとめどなく溢れる。
動かない私の身体を、涙を流すシルヴァが抱き寄せた。
「リモーネ……!」
「シルヴァお兄ちゃん……!」
状況が状況だったが、嬉しくて胸が高鳴る。
だが――。
感動したのもつかのま、彼が入ってきた出入口に炭になりつつある柱で塞がれてしまった。
「あ――どうしたら――?」
シルヴァが迎えに来てくれて嬉しいが、単純にもう逃げ道がない。
しかも、セピアの言い分だと、ここは建物の最上階……。
助かるとは到底思えなかった。
死ぬなら、気持ちを今から彼に伝えて――。
そんなことを考えていた時――。
「リモーネ……俺を信じてくれるか……?」
「え……?」
私を横抱きにして立ち上がったシルヴァが、真摯な声音で告げる。
火の手による建物の倒壊も近い。
崩落する轟音が耳をつんざく。
もう一刻の猶予も許されていない。
「はい……!」
力強く私は頷く。
それを確認したシルヴァは――窓に向かって駆けだしたのだった――。
10
お気に入りに追加
1,901
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

婚活に失敗したら第四王子の家庭教師になりました
春浦ディスコ
恋愛
王立学院に勤めていた二十五歳の子爵令嬢のマーサは婚活のために辞職するが、中々相手が見つからない。そんなときに王城から家庭教師の依頼が来て……。見目麗しの第四王子シルヴァンに家庭教師のマーサが陥落されるお話。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】妻至上主義
Ringo
恋愛
歴史ある公爵家嫡男と侯爵家長女の婚約が結ばれたのは、長女が生まれたその日だった。
この物語はそんな2人が結婚するまでのお話であり、そこに行き着くまでのすったもんだのラブストーリーです。
本編11話+番外編数話
[作者よりご挨拶]
未完作品のプロットが諸事情で消滅するという事態に陥っております。
現在、自身で読み返して記憶を辿りながら再度新しくプロットを組み立て中。
お気に入り登録やしおりを挟んでくださっている方には申し訳ありませんが、必ず完結させますのでもう暫くお待ち頂ければと思います。
(╥﹏╥)
お詫びとして、短編をお楽しみいただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる