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第8話① お兄ちゃんは、結局何が目当てなんですか?
しおりを挟む街中で出会った、元婚約者であるクラーケの子どもを妊娠したセピア公爵令嬢は、私の幼馴染であるシルヴァとは知り合いだったようだ。
そして、そばにいる私の存在に気づかない彼女は、シルヴァをあざ笑うかのように話し続ける。
「ご自分のせいで、リモーネ女伯爵が不幸になったから、責任をとられたのですか? だって貴方の行動次第では、彼女は今頃愛するクラーケと一緒に過ごせていたはずですもの……それにあなただって、伯爵止まりになり、出世の道を閉ざすことにもならなかったのに……」
彼女は続ける。
「――将軍であり公爵であるお父様の一人娘である私と、シルヴァ様が結婚を了承なさってさえいれば、ね……」
私は目を見開いた。
(シルヴァお兄ちゃんには、セピア公爵令嬢との縁談話があったの……?)
驚きと共に、心臓がドキドキと跳ねる。
(お兄ちゃんは私のことが好きで……出世をあきらめて、セピア公爵令嬢との縁談を断ったりしたの?)
優しいシルヴァの様子と状況を照らし合わせて、自分にとって都合の良い物語を頭の中で展開してしまう。
だが、その考えはあまりに楽天的すぎたのだ。
シルヴァのセピア公爵令嬢への返答は、私の期待するものではなかった。
「俺が、貴女との結婚の返事を待つ前に――貴女がクラーケ侯の子を孕んだのでしょう?」
(お兄ちゃんの今の言い方……)
セピア公爵令嬢との婚姻を成立させたかったという風に聴こえる。
だんだん胸が苦しくなってきた。
(いえ、お兄ちゃんは結婚する気だったとは一言もいっていないわ……)
なんとか心を奮い立たせる。
豪奢な黒髪の巻き毛の女はからからと笑いながら続けた。
「だって、生真面目な貴方は、なかなか私に手を出してこないのですもの……だけど、クラーケは私を情熱的に私を求めてきましたわ……」
「……そのような話は、このような大通りでするべきではないと思います」
無表情なままシルヴァは答える。
(なかなかセピア様には手を出さなかった……それは大事にしたかったから……?)
けれども――。
(偽の結婚をしてから、シルヴァお兄ちゃんは、すぐに私の身体には触れてきたわ……)
だんだん考えが、暗い方に向かってしまう。
彼女の次の言葉で、いよいよ私の心は粉々に崩れてしまいそうになった。
「私と結婚できず、出世の道まで閉ざされてしまったから……シルヴァ様は、私とクラーケへの当てつけで、リモーネ女伯爵と結婚なさったのでしょう?」
「それは……」
シルヴァが曖昧に返答する。
(お兄ちゃん、はっきりとは返答しない……)
彼の曖昧な態度が答えなような気がした。
地面が崩れて、暗闇の中に落ちてしまいそうな絶望感が私を襲う。
なんとか心の平穏を保ちたくて、無意識にシルヴァからもらった指輪に手を伸ばした。
きらきらと輝く、綺麗な翡翠の宝石の指輪――。
その時、私は気づいてはいけないことに気づいてしまう。
(あ……)
ふと見えた、セピア公爵令嬢の瞳の色。
(もらった指輪……てっきり、お兄ちゃんの碧の瞳の色だと思っていたわ……)
涙で視界がぼやけてくる。
(そうか、私と結婚するために準備してくれたものなんかじゃなくって……)
彼女の瞳は、鮮やかな翡翠の色をしていたのだった。
(本当はセピア公爵令嬢に渡したかったのを、私にくれたのね……お兄ちゃんは、爵位目当てだとか、私の身体が目当てだとか、そんなんじゃなくて……)
――私が好きだから、求婚してきたのでもなくて。
きゅっと唇を噛み締めて、なんとか涙が零れようとするのを我慢する。
(セピア公爵令嬢と結婚できなかったことへの当てつけだったなんて、思いもしなかった……)
なんだかいたたまれない気持ちになる。
クラーケに婚約破棄告げられた時以上に、胸が苦しくて、頭がおかしくなってしまいそうだった。
私はそっと二人のそばから離れ、雑踏の中へとふらりと姿を消したのだった。
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