32 / 35
ケンダルside
9
しおりを挟むそれ以来、ケンダルはオデッセイの護衛に徹した。
そばで護衛についても、極力本人とは関わらないようにした。
とはいえ、寂しそうにしているオデッセイを放ってはおけず……とにかく傍観者に徹した。
(喋ってもっと好きになって、苦しくなりたくない……)
ケンダルは、愛する女性の護衛騎士になってしまった自身のことを呪うようにさえなっていた。
オデッセイとの恋路が叶うことはない。
(もういっそ、オデッセイに派手に嫌われたいな……)
どんどん拗らせてしまい、そんな卑屈なことを考えるようになってきた。
ちょうどその頃、「アーサー様はとにかく堅いから、ケンダル様の方が親しみやすい」と言って、令嬢や侍女たちがよく話かけてきた。
他の女性達とお喋りするのは、オデッセイへの叶わぬ思いを誤魔化すのには、ちょうど良かった。
「オデッセイ様に怒られちゃうかしら?」
「別に……オデッセイとは何もないさ」
拗らせきったケンダルは、オデッセイにどうしようもなく嫌われたかった。
オデッセイはケンダルが女性と喋るのをどうしてだか嫌っていたから……
もういっそ嫌われたくて、他の令嬢たちと仲睦まじく過ごすことを選んだ。
オデッセイに嫌われれば、楽になれると信じていた……
(何やらせても二番手の俺には、このぐらいがちょうど良い)
だけど、一方で邪な思考が首をもたげてくる。
……自分が傷ついた分、彼女も傷ついてしまえば良い。
そんな愚かな感情が頭を占め始めた。
そんなことをしたって、オデッセイからの愛情が得られるわけでもないのに……
そもそも、彼女はアーサーのことを愛しているのだから、ケンダルがどうなろうと知ったこっちゃないのかもしれない……
オデッセイへの想いに気付いてからは、ずっとそんな卑屈な堂々巡りを繰り返し続けた。
(ダメだ、こんな卑屈な俺は……俺なんかじゃない……)
オデッセイのことが好きな自分は、こんなにも愚かな想いを抱く、醜悪な俗物だったのだ。
「オデッセイのことを、嫌いになれたら、楽なのに……」
嫌いになろう、嫌われよう、嫌いになろう、嫌いに……
嫌いになりたいだけなのに……
だけど、成長して美しくなっていくオデッセイを見るたびに、どんどん想いは募って拗れていく一方で……
「嫌いになりたいだけなのにな……」
どうして、嫌いになろうとすればするほどに、オデッセイのことでいっぱいになってしまうのだろう。
こんなにも苦しいのに……
苦しい気持ちなんて味わいたくなんかないのに……
もういっそ犯して手籠めにすれば良いんじゃないか?
そんな考えまで浮かんでくる始末で……
(このままじゃ、きっとオデッセイを不幸にしてしまう)
ケンダルは、自分自身ではどうしようもなくなってしまって、荒ぶる獣のような気持ちをどうにかしないといけないと、思い立った。
(そうだ、アーサーの妹みたいな魔術師のリーリアちゃん……! なんか親父さんが惚れ薬だとか、人の感情をどうにかしようとする薬を開発しようとしてたはずだ……!)
そこで、アーサーの幼馴染魔術師であるリーリアに、王城で出会った際に、思い切って依頼をすることにした。
リーリアは、アーサーがなかなか外に出さないと評判の令嬢で、オデッセイとは違って派手さはないが愛らしい女性だ。
「ねえ、リーリアちゃんに頼みがあるんだけど……」
「ケンダルさん、え? 惚れ薬の逆……ですか?」
「そうそう、どうしても……嫌いになりたい奴がいて、さ……もしよければ、惚れ薬と一緒に作ってもらいたいんだ」
苦しくて苦しくて……
もういっそ、何かに頼って、オデッセイのことを『嫌い』になってしまえ……
だが、この時、ケンダルがリーリアに逆惚れ薬を頼んだことを契機に、ケンダルとリーリアが婚約してはどうかという話が浮上してしまった。
そうして、アーサーとオデッセイの婚約話も濃厚になったのだった。
129
お気に入りに追加
602
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる