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「……っ……!」

 オデッセイの身の内に衝撃が走る。

(今、ケンダルは何と言ったの……?)

 聞き間違えだろうか?

(私に見せに行く場所をって……)

 だとしたら、ケンダルは、もしかして……?

(自分にとって都合の良い解釈をしようとしているのは分かっている)

 だけど、どうしようもなく、ケンダルの本心を尋ねたかった。

「あ、ケンダル、どこに……」

 ギシリ。
 ケンダルがベッドから降りると、下衣に脚を通しはじめる。
 オデッセイは慌てて声をかけた。

「洋服が汚れています……ブラウスも私が裂いたから……そんな格好で外に出たら、何があったのか皆が心配して……」

「深夜だから、目撃者だって少ないだろうさ」

「そうかもしれませんが……」

 ケンダルに背を向けられてしまい、オデッセイに焦燥が募る。
 ドクンドクン。
 このまま何も声をかけないと、彼は行ってしまう。
 そう、どこか遠くへ。
 漠然と、このまま自分の前から消えてしまうような、なぜかそんな不安が胸中を支配し始める。

「あ……」

 だが、オデッセイの喉はカラカラに乾いて言葉を紡ぐことが出来ない。
 ケンダルは、破れたブラウスには袖を通さず、裸体の上から近衛騎士の制服を羽織った。
 しゅるりと衣擦れの音が響く。

「まあ、逆惚れ薬とやら、使いたきゃあ、使えば良いさ……」

「ケンダル……」

「……人の心はそんなモノだけじゃあ、どうにもならない。お前が俺のことを嫌いなのは知っているが、『逆惚れ薬』とやらを使っても、俺がお前のことを嫌いになることはない。それに……」

 背を向けたまま、彼が続けた。

「……お前が『逆惚れ薬』とやらを使って、俺のことを嫌ってくれた方が、却って俺にとって都合が良いかもしれないしな」

 オデッセイの声が震える。

「それは……どうして都合が良いのですか……?」

 すると、ケンダルがオデッセイの方を振り向いた。
 窓から差し込む月光が、彼の凛々しい顔立ちをくっきりと移す。
 碧の瞳には揺るぎ無い光が宿る。

「好感度がマイナスになってくれた方が、お前が俺に惚れやすくなるんじゃないかって、そう思ったんだよ……それじゃあな」

 彼が去って行こうとしている。
 ズキンズキン。

(『逆惚れ薬』なんて使ってる場合じゃない……ちゃんとケンダル本人と向き合わなければ……!)

「待ってくださいませ、ケンダル!」

 オデッセイがベッドの上に立ち上がった瞬間……

 パリン。

 彼女の素足が何かを踏んだ。

「あ……」

 足先には、割れた試験管。
 甘ったるい香りが鼻腔を突いてきた。
 オデッセイはくらくらすると、ベッドの上に倒れ込んだ。

「オデッセイ、どうした、怪我はしてないか……!?」

「ケンダル、私は、逆惚れ薬を……あっ……ううっ……」

 ドクンドクンドクンドクン。

「おい、オデッセイ、しっかりしろ……」

 ケンダルの腕に抱きしめられながら、オデッセイの身体は、「逆惚れ薬」によって変調を来しはじめたのだった。

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