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20 朝霧side

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 初めて床を共にした夜のこと。
 結び灯台の炎が揺らめく中、朝霧は愛おしそうに眠る桜子の髪を梳いた。

「ああ、桜子、昔から変わらんな、可愛い姫さんや」

 射干玉の美しい黒髪、同じ色の長い睫毛、愛らしい花に桜色の唇。
 陶器のように白い肌、華奢な身体と庇護欲をそそる見た目をしている。

 ――昔の記憶に想いを馳せる。

 まだ竜と人間の姿の制御がうまくできずにいた頃のことだ。

(じいちゃんやばあちゃんみたいに、俺にも運命の番がいるらしい。どうしても一目会いたい)

 そう思って親を説得し、今日の都でしばらく過ごすことにした。

(どんな可愛い子なんやろうか?)

 半人前だったので人に見られないように術をかけきれなかったのだ。そうして、外をうろついていたら子どもに見つかって虐められてしまったことがある。その時、桜子が割って入ってきたのだ。

『こら! やめなさい!』

 ひとめ見て分かった。

(この子や、俺と同じ黄金の瞳の女の子。この子が俺の番や)

 今まで感じたことのないときめきを感じてドキドキして落ち着かない。

『ほら、来て』

 桜子は男子相手にもあやかし相手にも物怖じしないところがある少女だった。
 あやかし相手にも優しく面倒みも良かったのだ。

『ほら、これでもう痛くないから』

 手当をしてくれた彼女の優しい笑顔に、幼竜姿の朝霧はドキドキと落ち着かなかった。

『あんた、人間の姿にもなれるの?』

 人やあやかしなどの区別なく接してくれる桜子。
 少年姿の朝霧と一緒に蹴鞠に興じたり、貝合わせをおこなったりして遊んだ。

『おもろいな。さくらこ言うんか? 俺の本当の正体が分かっても怖くはないんや』

『……あやかしよりも人の方が、よっぽど恐ろしいから……』

『気に入ったわ! 大人になったら必ずあんたを嫁に迎えに来てやるさかい、待ってえな』

『本当に?』

『ああ、指切りや』

 けれども――ある時、幼竜の姿の自分と一緒にいるところがバレてしまった。おそらくその時、継母が桜子を納屋に閉じ込めるようになったのだろう。それも長時間。
 次に自分と再会した時には、すっかり桜子の記憶が曖昧になってしまっていた。子どもなりの防衛反応だったのだろうが、幼い朝霧としては悲しいできごとだった。
 神社に戻ってからも桜子のことが気になって仕方がないが、大納言家もなかなか自宅での出来事を口にはしない。
 そうして十年。
 真実が分からなくてヤキモキしつつも、都に迎えに行こうかどうか考えていた最中、叔父たちから一時的に帝にならないかと話を持ち掛けられた。

『窮屈やけど、桜子にもう一度会えるんなら――俺は帝でもなんでもやったる』

 そうして――成人した朝霧は、十年近い時を経て愛しい桜子との約束を果たすために京の都に戻ってきたのだ。

「ほんまに遅くなって悪かった……」

 朝霧は眠る桜子の唇にそっと口づけを落とす。

「愛してる、桜子――あんたが俺のことを忘れてても――俺にとっては一生かけがえのない思い出や」

 竜の帝の最愛妻が――幼い頃の記憶を思い出すのは――もう少しだけ先の話。


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