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第3章 夫の献身、妻の心臓

第11話 知っている気がする※

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 泉での一件の後、ティナは、城の中に宛がわれた自身の部屋に連れ帰られた。
 美青年姿のシグリードに、ベッドの上の白いリネンの上へと横たえられる。
 熱い湯に浸かったわけでもないのに、のぼせてしまったかのように全身が火照っている。
 裸のままの彼女の身体の上には、シグリードの白いコートが重ねられているだけだ。

「また腹が空くまで寝ておけ……」

 優しい美声で告げてくるシグリードは、上半身裸である。
 この世のものとは思えないほどの美しい容貌と均整のとれた逞しい体つきが視界に入り、ティナの心臓はドクドクと落ち着かない。
 彼女は、ふと、先ほどの口付けのことを思い出した。

(私は一応妻になったとはいえ、近頃まで修道女の身分だったのに……あんな淫らなことを……)

 思い出すと、顔から火が噴き出すかのように熱い。

(だけど、どうしてだか――シグリード様と口づけるのは自然な気がしてしまって……)

 身体が覚えているという感覚に近いのか――?

(詳しくは教えてもらえなかったけれど……魂が流転することに関しては、否定はされなかった。考えるのもおこがましいけれど、夢の中の私の姿が前世の姿だったとして……もしも『シルフィード創世の女神』だったとしたら? 紅い髪の騎士様と恋人だったはずだから、キスをするのにも抵抗がないということ……?)

 ティナは百面相をしながら考える。

(紅い髪の騎士様は、竜とは敵対する立場だった。この間、森に来ていた騎士様の方が容姿は近い気もする……? そうなると、シグリード様は邪竜なわけで……前世は敵同士になるはずで……? だったら、どうして、シグリード様とキスをするのが当然な気持ちになるの? なんだかおかしい……)

 考え込みすぎて、ティナは混乱していた。

 その時――。

「は……ははっ……」

 シグリードが声を上げて笑い始めた。

「……? どうしたのでしょうか?」

 ティナがきょとんとしていると、シグリードが瞳に涙を浮かべながら告げてくる。

「寝てる間も、たまに様子をうかがってはいたが……」

「寝てる間も……?」

「あんまり気にしないでくれ。ああ、本当にお前、面白いな……こんなに百面相するやつだとは思ってなかった……っ……は……」

 そう言って、シグリードは笑い続けていた。

「わりぃ、わりぃ……可愛いな、本当……」

 そう言って、彼の大きな手が、彼女のローズゴールドの髪を柔らかく撫でてくる。

「可愛い……!」

 唐突に可愛いと言われて、ティナは動揺する。
 彼女の頬が火照ると同時に、胸の上にある魔核が真っ赤に色づいた。

「ああ、こんな感じのやつとは、俺も神子がこんなやつだなんて、ちょっと想定外だった……は……おかしいな……」

 ティナはシグリードのコートをぎゅっと掴んだ。

「……なんでしょう……お恥ずかしい限りで……」

「いや、別におかしくはねえよ……は……」

 その時、シグリードがティナに聞こえるか聞こえないかぐらいの声音で呟く。


「いやでも、あいつはもういないんだって、思い知らされるな……」

 
 ――だけど、ティナの耳は相手の声を拾うことが出来なかった。

 彼のアイスブルーの瞳が、少しだけ寂しそうに揺らいだ。

「ええっと……?」

 シグリードがにやりと口の端を上げる。

「ああ、わりぃ、気にしないでくれ……ほら……せっかくだから、俺に魔力をわけてくれよ。どれだけもらっても足りねえからさ……」

「あ……っ……」

 相手の大きな手に頬を包みこまれたかと思えば、再びティナはシグリードに唇を奪われた。
 ぬるりと地厚い舌が侵入してきて、口中をくちゅりくちゅりと犯される。
 泉で濡れた白銀の髪から、ぽたりぽたりと滴が零れて、彼女の頬を濡らしてくる。

「あ……んっ……ふあっ……あっ……」

「ああ……うまいな……もっと欲しい……」

(まだ出会って、しばらくしか経っていないのに……)

 シグリードに口付けされることに、どんどん抵抗がなくなっていく。
 いつの間にか、彼の身体が彼女の身体の上に跨がってきた。
 そうして、彼女の首筋の上を彼の唇が這いはじめる。

「ふあっ……あっ……んっ……」

 ティナは、身体の上にコートを一枚羽織っているだけだった。
 すぐに乱され、しなやかな四肢が露わになる。
 下肢の疼きに耐えて、両脚をもじもじしている間に、ぞくぞくとした感覚が彼女の背を駆け上った。

「ふあっ……ああっ…ああんっ……――!」

 彼女の全身が戦慄いた。
 背を反らせると、彼女のさらりとした髪も一緒に跳ね動く。
 びくつく彼女の唇を、彼が三度奪った。
 くちゅくちゅとしばらく口の中を貪られた後、彼の唇が離れる。

「一日で何回も――口付けだけで達ってくれるから、俺としても退屈しねえな……」

 達したばかりの彼女は、口から吐息を零しながら返した。

「褒められて……ますか……?」

「ああ。もちろん、褒めてるさ……それに、ほら、見てみろ……」

 彼女の肌の上を――乳房のなだらかな部分を彼の長い指がなぞる。
 ぴくんと彼女の身体は敏感に反応した。
 促されたティナは、彼の指の方へと視線を移す。
 ちょうど胸の上の魔核は乳白色に戻っている。

(あ……)

「綺麗な白い肌のお出ましだ……とまでは、いかねえがな……」

 ティナ本来の、雪のように淡く白い肌――。

 ――に戻るまでは、まだ時間がかかりそうだが――。

 肌の上の隆起は減り、濃い痣の色素は薄くなっていた。

「気持ち良くなっていってる間に、身体の調子も良くなって……悪くはねえだろう?」

 シグリードが淡く微笑んだ。

「……ええっと……は、はい……その……まだ色々とよく分かっていませんが……」

「まあ徐々に分かってくれば良いさ……」

 彼の優しい声音を聞いている内に、ティナの瞼がとろとろと重くなってくる。


「まあ、この調子なら、お前が色々理解する前に、全部片がついちまうかもしれねえな」

 
 少しだけ寂しそうに、シグリードは笑った。

「……え?」 

「いいや、気にしなくて良い。まあ、さすがにまだだろう……。俺にとっても未知の領域でもあるしな……ほら、眠いんだろう? 寝ておけ。また、お前が腹を空かせたぐらいに来るよ。起きたら、せっかくだから、朝渡してた服でも着て待っててくれ……」

「は、はい……」

 彼女の枕元に、朝シグリードから渡された寝間着が置かれていた。

(こんなに色んなことが順調でいいのかしら……?)

 彼の言うとおり、どんどん身体の調子が良くなっていって……。

 誰かから乱暴に扱われたりすることもなくて……。

(シグリード様も、口は悪いけれど、とっても優しいし……)

 しかも、至れりつくせりで……。

 シグリードが彼女の髪を撫でた。

「おやすみ、俺の姫……ティナ……」

 幸せな気持ちになりながら、ティナは眠りに落ちていく。


 だけど、案の定というべきか――初夜でちょっとした問題が発生するのだった。


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