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第2章 魔核の正体、愛のない求婚
第6話 魔王の心臓※※
しおりを挟む次にティナが目を開いた時、真っ先に豪華なシャンデリアの光が瞳に映った。
背中は痛まないし、掛布はふんわりふわふわ柔らかい。
フリージアの甘い香りと焼きたてのブレッドの香りが鼻腔をついてきた。
(なんだかいつもと違う)
彼女は身体を起こすと、薄絹で出来た夜着がさらりと肌の上を撫でてきた。
いつの間にか着替えさせられていたようだ。
夜着は袖がなくしゅっとしたデザインだ。シャラリと音の鳴る銀の装飾品が襟元を覆っている。裾はしゃらしゃらと揺れ動き、足首までを覆っている。
とても神秘的な衣装だ。
「服……ここは……」
ティナは、大人が四人は眠れる大きなベッドの上にいた。
天井を見上げれば、天蓋付きのベッドであり薄絹が何本も床に向かって伸びていた。
部屋の中は殺風景だが、壁際にある猫足の机の上にフリージアの花が飾られていた。
修道院でも孤児院でもない場所だ。
「ええっと……」
ティナがキョロキョロと視線を這わようとした瞬間――。
「やっと眼が覚めたのかよ?」
――ややハスキーな声が耳に届いた。
「あ……」
窓辺の椅子に座っている少年は――昨晩ティナが目覚めさせてしまった――。
(邪竜シグルズの化身シグリード!!)
少女もかくやといった愛らしいともいえる見た目をしていて、理知的で聡明そうな青い瞳の持ち主だ。
窓辺に座る彼は、朝陽に髪が燦然と輝いていて、神々しさを増していた。
少年らしく、小さな身体であるにもかからわず、脚を組んで顎に手をやる仕草は、まるで大人のようにも見える。
「相変わらず、目覚めが悪いのな……」
「相変わらず……?」
「いや、こっちの話だよ」
ふいっと相手が視線をそらした。
しばらく沈黙が流れる。
窓が少しだけ開かれているようだ。朝の清涼な空気が室内に入り込んできている。
白いレースのカーテンと共に、シグリードの高貴な銀髪もさやさやと動いた。
「あの……ご質問してもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「ここは一体全体どこなのでしょうか?」
すると、シグリードがティナに視線を戻した。
「ここは俺の城だ――氷山の中にある」
「邪竜の根城……? そんな話は今まで一度も……」
「そりゃあ、そうだろうさ。地上からは見えねえし、魔物達も厳選された者達しか近づけねえ。そんな場所だよ……」
ちらりと窓の外を覗くと、雪景色が拡がっている。
彼は嘘は言ってはいないようだった。
「そうだ! 皆は? 神官長様や、修道院や孤児院の皆は……? おかしな黒い鎧の騎士達が私たちの村を襲ってきて……!」
動揺するティナをシグリードが制する。
「落ち着け。お前と一緒に暮らしていたやつらに関しては、俺の配下達に守らせているから無事だ。あれから数日経ったが、皆元気にやっている」
「そうなんですね、良かった……」
ほっとしたティナは胸の前で腕を組んだ。
安心したのか、ほろりと紫水晶の瞳から涙が溢れる。
そんな彼女を見て、シグリードが告げた。
「お前は……昔も今も、他人の心配ばっかりなんだな……」
「え……? ええっと、村の皆は小さい頃からずっと暮らしてきた家族のような人たちなんです」
「家族……か……」
なんだか相手の歯切れが悪い。
はっと気づいたティナは、シグリードに対して訴えかける。
「あ、ごめんなさい。お礼も言わずに失礼な態度をとってしまいました。この度は本当にありがとうございました。感謝してもしきれません。修道院に戻ったら、何か御礼をいたしますね」
「いや、別に気にしてねえよ」
あまり多くを語らない人物のようだ。
「ただ……修道院と孤児院が家族だっていうお前にとっては、少々残念な知らせがある」
「残念?」
いつの間にか少年は、彼女の眼前まで歩み寄ってきていた。
そうして、小さな手でローズゴールドの髪を一房手にとると、真摯な声音で告げる。
「しばらくは、お前を――俺の監視下に置こうと思っている」
「監視下……?」
物騒な単語だ。
「ああ、そうだ」
「どうして……でしょうか?」
余生を慕ってくれた修道院の人々と一緒に過ごす。
そう思っていたというのに……。
「お前のその胸の魔核だよ」
――魔核。
彼女の胸に――心臓の上に生まれた時からある謎の異物。
正体不明の物体が寄生しているが故に、長くは生きられないと言われてきていた。
しかも、得体が知れないからと、家族である王族達からも疎まれて過ごすことになった現況でもある。
「お前、それが何か分っているか?」
「それは……分からないのです。ずっと、私の胸の上にあって……持っているというか、付着して生まれてきたというか……周囲の魔術師や治療師たちも、何なのかは分らないって……無理に引き離そうとすると、とれないから、ずっと肌に埋め込まれたままで……ごめんなさい、何も知らなくて……」
「いいや、知らねえなら、仕方がねえ――だったら教えてやる」
「――え?」
邪竜の化身である彼は、この不気味な魔核の正体を知っているというのか――?
「あ……なんでも手がかりがあるのだったら、知りたい……です」
少年が銀の髪をさらりとかき上げた。
まるで大人のような仕草だ。
そうして、彼が口を開く。
「それは――」
なんだか相手の口の動きが、やけにゆっくりに感じた。
「――俺の心臓だ」
ティナに衝撃が走った。
――邪竜の心臓――?
彼女は唇をきゅっと引き結ぶと、正直に答えることにする。
「あ……貴方の……心臓?」
「そうだ――間違いない」
「どうして……? だって、この魔核は……私が生まれた時から胸に嵌めこんであってとれなくって……その間、貴方は……」
「だから、氷付けにされて、お前が俺の心臓を持って生まれてきてくれるのを待ってたんだろうが……」
「なんで私なんですか?」
シグリードは視線をそらした。
「さあな、なんでだろうな?」
「理由は分らないのでしょうか??」
「…………知る必要のないことだ」
彼はそれ以上は何も答えてはくれなかった。
ティナは口を開く。
「もしかして、私がよく見る夢と関係がありますか?」
「夢?」
「夢で見るだけで分らないんです。夢を見ている間は覚えているんですけど、起きたら忘れてしまって……」
「なんだ? 話してみろ」
「はい。ティナっていうお姫様と、名前を聞き取ることの出来ない騎士様が恋人どうしで……あとは、最後の方に、年下の男の子が出てきて……それぐらいしか覚えていないんですが」
「……っ……」
少年は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。
「半分のはずなのに……俺も夢に出てきているのか……」
(半分?)
「俺の魔力の影響で、記憶が混同しているだけか?」
またもや、相手はぶつぶつと何か考え込みはじめた。
ふと、彼女の頭の中に閃く。
(もしかして、この男の子……背格好からして、夢の最後に出てくる男の子? あの子も確か銀髪だった気がする……どうして邪竜になったのかしら? もしかして、夢の中の私は「世界を救った姫」の生まれ変わりなんじゃ……)
ティナの中に荒唐無稽な考えが浮かんだ。
もしそうだったら良いなとずっと思っていたのだ。
あの高潔な姫が前世の自分で、憧れの騎士様に傅かれ、弟のような少年に慕われ……。
そんな過去が自分にあったのだとしたら、本当に幸せだ――と。
「もしかして、私がティナ姫ではないですか?」
――シグリードに対して、そんな風に尋ねたかった。
(だけど……否定されたのだったら、ちょっぴり立ち直れないかもしれない……)
あの夢を支えにして生きてきたことを否定は出来ない。
そのとき、突然――。
彼は彼女の顎をくいっと引き寄せてきた。
「ふえ? んんっ……」
唐突に相手が口づけてきたのだ。
「ふあっ……あふっ……ふあっ……」
少年の舌遣いとは到底思えない動きに、ティナは翻弄されてしまう。
時折唇が離れては、吐息が混ざる。
到底子どものものとは思えない激しい口づけに、頭がおかしくなりそうだ。
舌同士が絡み合い、くちゅりくちゅりと淫乱な水音が鳴り響いた。
「隙だらけだな……」
「な、ななな、何をやって……」
ティナの頬が真っ赤に染まる。
そのとき、胸元の魔核もほんのりと淡く紅い色に染まっていた。
「ほら……やっぱり、俺が色々すると同調して反応するだろう? 魔核が俺の心臓だって、疑いはこれで晴れただろう?」
「ええっと……疑っていたわけではなくて……」
「ん? そうか……だったら、すまない、もう一度だけ試させてもらう」
「え……んんっ……」
言うが早いか、相手が唐突に口づけてきた。
くちゅくちゅと水音が立つ。
徐々に相手の身体が大きくなっていく。
大きな手が、彼女の小ぶりの乳房を掴んでもみし抱き始めた。
「ふえっ、ふあっ……そんな、しちゃっ……ふわっ……」
相手の指のうごめきに併せて、彼女は甘ったるい声を上げる。
心臓の上にある乳白色の魔核が、徐々に紅く色づきはじめた。
「綺麗に紅く染まるじゃねえか……」
そうして、彼に口づけられた後――。
「あれ……なんだろう? ちょっとだけ、身体が軽いような……」
「ああ、お前の中を循環している俺の魔力を吸ったからな……」
「どういう意味でしょう?」
「お前の身体の中を巡ってる、俺の魔力を吸えば、お前も元気になるんだよ」
「貴方に吸ってもらったら?」
「ああ、とにかく吸って、お前の胸に根付いている魔核の大きさも縮めていく……同化しちまっている魔核が小さくなってからじゃなきゃ、切除できねえからな……さて、続けるぞ……」
そのまま彼が彼女を柔らかな寝具の上に押し倒してきたのだった。
「やあっ……」
そうして、大人の姿になったシグリードが、熱を孕んだ蒼い瞳をティナへと向けた。
「お前を死なせねえ……だから……言うこと聞いて……俺に全てを預けろよ……」
熱情の宿る声音が、ティナの鼓動を甘く震わせてきたのだった。
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