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本編
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しおりを挟む少し夜風に当たりながら、薔薇園を散歩することなる。
今は暗闇で見えづらいが、赤やピンク、黄色に白……カラフルな色に溢れている。
さやさやと風がなびき、はらはらと花びらが舞い散る姿は幻想的だ。
甘ったるい香りが心地よくて、それだけで酔ってしまいそうだった。
「一応ここにある花は全部君のものだよ。いいや、今ここにある離宮の全てが君のものだ」
さっと彼が私に薔薇を差し出してくる。思わず受け取ってしまった。
一瞬、愛しいジュリーお姉様とウルフィゥス陛下の面影が重なる。
あまりに優美な微笑みに胸がきゅんとしてしまう。
(いけない! お姉様を修道院送りの罠に嵌めようとするチャラチャラ男なのよ! この人は見た目だけよ! なんでジュリーお姉様に似ていると思ってしまったの……!)
「い、要りません! こんな綺麗な薔薇で私を騙そうとしてもだめなんですから! それよりも、ジュリーお姉様と仲良くしてほしいのです! 修道院送りなんて言わず! 本当は私を側妃として迎えるのではなく、宰相の娘であり由緒正しいお姉様を正妃に!」
思わず叫んでしまった。
すると、いつのまにか私の金の髪をひと房掴まれているではないか。
「もう今日で成人なんだろう? 俺に意見して不興を買うかもしれないとか考えていないのか?」
陛下の声音があまりにも低くて、背筋がぞくりとした。
「あ……」
だが、すぐに口調は元に戻る。
「マリー嬢、普通は自分以外の女を娶るのを嫌がるもんなのに……純粋すぎるからこそ、ジュリーもお前を気にいってるのかもしれねぇが――綺麗な薔薇には棘があるのがつきものだ」
「――?」
「俺は生まれてから、ずっとここで育った。――この花たちは、ここに住まう高貴なる女性たちのためだけに植えられて、そうして枯れていくんだ。花だけじゃない、多く集められた女性だって。ここに入れば、よほどのことがない限りは外には出れない。せめて君だけでも花を愛でてやらないと可哀想だとは思わないか、マリー嬢」
月明かりに照らされる彼の双眸は、心なしか寂しそうに見えた。
なんとなく断ってはいけなかったような気がする。
それに、ずっと後宮に誰かを入れていなかったという陛下だが――何か理由があるのかと、うっすら感じてしまった。
「あ……ごめんなさい」
思わずしゅんとなった。
そっと一輪の薔薇を受け取る。
(噂だとか遠目でしか見たことがなかったのに、ウルフ陛下のことをチャラチャラだとか決めつけすぎていたかも……)
少し後ろに下がった。その瞬間、ドレスの裾をうっかり踏んづけてひっくり返りかける。
すかさず陛下が私の身体を抱き上げてくれた。
「怪我はないかな? 俺の奥方」
「ありがとうございます」
彼の端正な顔立ちが近くにあって、心臓がもちそうにない。とはいえ、すぐに離れてくれた。
ふと見ると、彼のコートの袖が破れているではないか。今しがた、私をかばったから、どこかで引っ搔いたのだろう。
「ああ、気にしなくて良いよ、こんなの。適当に使用人になおしてもらうから」
「ウルフ陛下! お待ちください!」
「うおっ……! って、なんだ!?」
慌てて呼び止めた。
そうして、胸ポケットに仕舞っていた小さな裁縫道具を取り出して、ささっと繕う。
「はい、完成です!」
先ほどの非礼を詫びたいこともあった。
すると、彼がふっと微笑んだ。
「ああ、相変わらず器用だな」
――相変わらず?
言葉が引っかかる。
なんだろうか。
ずっと、敬愛するジュリーお姉様と彼がやたらと重なるのは――。
「ウルフ陛下、私たちはどこかで……」
「さて、帰ろうか? たまたまジュリーのところに向かったら、君みたいに面白い娘を妃に迎えることが出来て、本当にラッキーだったな」
また軽薄そうな様子に戻った。
本当に見た目だけの、噂通りのチャラチャラした男性なのだろうか?
先ほどの薔薇園での出来事も思い出す。
類稀なる容貌の彼にときめいているのは否定できない。
だけど、それ以上に、彼が何を考えているのか、もう少しだけ知りたくなった。
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