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第一章 身分差を越えた新婚時代、夫の不実の発覚
靄に包まれた街の中、くすんだプラチナブロンドの長い髪の持ち主である女性ダイアナが、とある噂を否定するために夫を求め、ふらふらと路地をさまよい歩いていた。最近はどんな天気であっても明るく感じていたのに、今日は周囲がすべて煙っているような気がする。
どれだけ探しても、夫レオパルトの姿は見当たらない。
(やっぱり使用人たちの話していた噂は嘘だったのね)
噂とは――レオパルトが不実を働いているという類のものだ。
不安に駆られて供も付けずに走ってきたが、勘違いだったと思って、ほっと胸を撫でおろす。どっと噴き出してきた汗を手で拭うと、一度呼吸を整えた。
(商談を終えたレオが屋敷に戻って心配しているかもしれないわ。早く帰らないといけない)
捜すのは無意味だとあきらめて屋敷に帰ろうとしていたそのとき、たまたま高級娼館に目が留まった。少しだけ強い風が吹いて真っ白な靄が一瞬だけ晴れると、きらびやかな外観をした建物の裏口が露わになる。
「あれは……」
忍ぶようにして現れた男性の姿を見て、ダイアナは零れんばかりに目を見開く。
「レオ……」
彼の名を呼ぶ声が震えた。状況を認識したくなくて、サファイアブルーの瞳が忙しなく動く。喉が異常に乾いて、鼓動がどんどん速くなっていったあと、濡れた手足から一気に力が抜けていくような錯覚に陥った。
(いいえ、よく似た男性かもしれない……)
見間違いかもしれないと、自身を奮い立たせるように頭を振ると、改めて目を凝らして相手へと視線を向けた。だが、やはり立っているのはレオパルト本人だったのだ。
ざわざわと虫が這うような感覚が手足を駆け抜け、何度か両手を握り直す。
どうやら、彼はこちらの視線に気づいてはいないようだ。
(そんな……娼館の裏にいるだけじゃない。それだけで高級娼婦との浮気の噂が本当だって思うのはあまりにも馬鹿げているわ)
そう言い聞かせていたのだが、娼館の裏口から、レオパルトのあとを追ってひとりの人物が現れた。
靄の中でも輝きを失わないプラチナブロンドを持った、天上の女神のような大層見目麗しい女性。
姿を見せた彼女は、ダイアナの夫であるはずのレオパルトの胸に飛びこむ。
あまりの衝撃で全身が重たくなったような感覚に襲われたあと、その場に縫いつけられたかのように動けなくなった。
そうして――
「……っ!」
レオパルトが女性のことを抱きしめ返したのだ。
ダイアナは居ても立ってもいられなくなり、その場から脱兎のごとく逃げ出した。使用人たちの噂を否定したくて夫を捜しに出たはずだったのに、なんだか激しく裏切られた気分だった。
怒りとも悲しみともつかない気持ちが湧き上がってくる。走っているせいもあるだろうが、胸が締めつけられて、熱いものが喉からせりあがってくるようで、頭の中がぐわんぐわんと波打つようだ。
(……苦しい)
噂のように、自分との結婚前からレオパルトと高級娼婦とは関係があったのだろうか?
彼女は彼に妻がいると知っているのだろうか? 知っていたとしても、娼婦だから客を選べないだろう。それではレオパルトが一方的に熱を上げているのか?
いや、娼婦といっても高級娼婦だ。客は選べるはず……
それならば、ふたりは愛し合っているのだろうか? レオパルトにとって自分は体裁のための妻なのか?
自分のことを見て愚かな女だと、ふたりして裏では笑っているのかもしれない。この世に自分ひとりしかいないような孤独と、どこにも自分の居場所がないような絶望が襲う。雨の中、熱い涙がこみあげてくる。
(苦しい……)
娼婦の輝くようなプラチナブロンドの髪も、くすんだプラチナブロンドの髪しか持たないダイアナのコンプレックスを刺激する。
なんとか歩を進めるが、まるで泥水か何かの中を歩んでいるようだった。
(あの娼館の中で、レオパルトは彼女にわたしに毎晩行うような真似をしたの?)
熱っぽい口説きに、激しい口づけ、情熱的な行為――
彼女のことを、夫は自分以上に大切に扱ったのだろうか?
(苦しい……!)
泣きたくないのに涙があふれて止まらない。
ダイアナがレオパルトと同じように明るく華やかで社交的な人物だったならば、もしかしたら不実に出くわしたときに、その場で相手をもっと上手に問いつめたり、事実を聞き出すことができたかもしれないが、おとなしい性格になってしまったのでそれはできなかった。
外はまだ明るい時間帯だ。靄の中でも照りつけてくる太陽が、お飾りの妻でしかなかったダイアナを嘲笑っているかのようでもある。
『ダイアナ、君のように可憐な女性に出会ったことは今までに一度もない』
舞踏会で出会い、情熱的に求めてきたレオパルト。彼は先見の明があり、一代で財を築き上げた青年実業家だった。
レオという愛称で親しまれ、豹のようなアッシュブロンドの髪に、爽やかで切れ長のアップルグリーンの瞳、恵まれた長身に均整のとれた体躯。野性味あふれる鋭さと、柔和な優しさを兼ね備えた端整な顔立ち。時折見せる笑顔には色香が混ざる。
まるで貴族のように乗馬や狩りをたくみにこなすレオは、身分こそ低いが女性たちの憧れの的だった。社交の場に立てば、令嬢たちから引っ切りなしに誘いが来る。
そんなレオパルトが、ダイアナのもとに現れて声をかけてきたのだった。
『正直、いろいろな人から話しかけられるのは大変だとは思いませんか? ダイアナ嬢』
『え?』
晴れやかなレオパルトとは対照的に、パーティ会場の片隅に咲く雑草のようだと揶揄されていた令嬢ダイアナ。華やかな風貌の男性がそう声をかけてきたので、彼女は戸惑った。
(どうせ、明るい青年の社交辞令か戯れ言よ)
会話を交わすのが苦手なダイアナは、そっと相手のアップルグリーンの瞳から視線をそらした。
『ごめんなさい。わたしは、あなたのような社交的な男性とは話す機会があまりなくて……』
『商人という立場上、口を開くのが仕事だから致し方ないのですが、本当の私は喋るのが苦手なのですよ』
いつの間にか触れるほど近い位置に来ていたレオパルトの手が、くすんだプラチナブロンドの髪を取る。彼女の足元にひざまずいた彼は、口の端をゆるりとあげた。
『どんなに華やいだ令嬢と一緒にいても、心が休まることはない。だけど、壁際に物静かに咲くあなたならば、はばたき疲れた私の休息の場になってくれる気がする』
そうして、ダイアナの髪と手の甲に口づけを落としたのだった。
舞踏会での初めての出会い以来、レオパルトは毎日のようにダイアナへ手紙や花を送り届けるようになる。
簡単には人を信用できなかったダイアナだったが、彼の情熱はまるで炎のように途切れることなく続いた。
『ダイアナ、あなただけを愛している。私が妻にと望むのはあなただけだ』
『そばにいるだけで私の心を潤してくれる。まさに、天の恵みのような女性だ』
『どんなに華やいだ姿をした女性でも、私の心を穿つことはできない。私の心を掴むのはあなただけだ、ダイアナ』
これまでに浮き名を流してきた異性の言葉だ。女性慣れをしているであろうレオパルトの歯の浮くような言葉の数々に、ダイアナは辟易してしまう。
(誰にでも同じようなことを話しているに違いないわ。出会ったばかりの女性のことを軽々しく呼び捨てにするのも怪しい気がする)
警戒していたダイアナは、レオパルトとはなるべく距離を取って彼のアプローチが鎮静するのを待っていた。
そんなある日のこと、ダイアナは友人と喧嘩をしてしまった。喧嘩と言っても本当にささいな内容で、お茶会の茶葉の準備をしている際に、『どうしてダイアナは自分の好みを主張しないの? いつも相手に合わせてばっかりじゃない』と言われてしまったのだ。
『ダイアナ、機嫌が悪そうだけれど、どうしたんだい?』
警戒しているレオパルトに対して相談するのは気が引けたが、いつも何かあれば相談している友人と喧嘩になってしまっていたので、誰かに話を聞いてほしかった。
『聞いたらがっかりすると思うけれど、数少ない女友だちと口論になってしまったの』
『口論? 君が腹を立てるぐらいだから、よほどのことがあったんだろう』
『わたし、もしかして怒ってたのかしら? こんなこと初めてだから、相手にどう伝えたらいいかわからなくて……』
『だったら、素直に謝るだけでいい』
『え?』
『仲がいいんだろう? だったら、絶対に相手は君のことを許してくれるさ。取り返しのつかないことをしでかしたわけじゃないんだ。あとは友人の言う通り、もっと君は自分の意見を言ったほうがいい。自己主張をしたからって嫌われることなんてないんだ』
レオパルトなら、ありのままの自分を受け入れてくれるかもしれない。
思いがけず相談に乗ってもらえたおかげで、そんなふうに思うようになった。
また別の日、ダイアナは体調が優れずに舞踏会に参加できなかった。私室のベッドの上で横になっていた彼女のもとに来訪者が現れる。
『こんなときにお客様……? どうぞ』
『ダイアナ、心配で舞踏会どころではなくて訪ねてしまったよ、迷惑だっただろうか?』
『レオパルトさん……?』
レオパルトは舞踏会には参加せず、ダイアナのもとを訪ねてきた。
(大事な社交の場を放り出してくるなんて……)
申し訳ないと思いつつも、自分のことを優先してくれた彼に対して心が揺れた。
『レオパルトさん、商人にとって社交の場は大事だと仰っていませんでしたか? どうぞ戻られてください』
だが、レオパルトはきっぱりと告げた。
『社交も大事だ。だが、それ以上に、ダイアナ、私が君のそばにいたいんだ』
『あ……』
そうして、体調が悪い身体を優しくさすってくれた。
(だまされたらダメだって思うのに……)
異性にこんなに近い距離で優しくされたのは初めてのことで、気恥ずかしさとうれしさとがないまぜになる。
しばらくしてダイアナの父親が私室に現れて、レオパルトは追い払われてしまう。実業家として成功したとはいえ、商人であるレオパルトと伯爵令嬢であるダイアナとでは身分差があるからと、反対されてしまった。
『お父様、レオパルトさんは心配してきてくれただけなのよ。そもそも友人でしかなくって』
ダイアナがそう告げるものの、父は納得せず、もう会ってはいけないと言ってきた。友人であるならば、なおのこと、今のうちに距離を置けと強く反対された。
(……お父様があれだけ反対してきたもの。レオパルトもわたしの家と関わるのは面倒だって思ったに違いないわ)
けれども翌日、正装に着替えたレオパルトが屋敷に現れたのだった。
『伯爵様、どうかダイアナ様と結婚させてください。こんなにも女性に心惹かれたのは彼女だけなんです』
客室の扉の向こうで父とレオパルトのやり取りを聞いていたダイアナは、彼の熱心な物言いに心打たれる。
(ここまでわたしのことを思ってくれているなんて……)
そうして、レオパルトは毎日のように屋敷を訪れては父を説得した。
そうして数ヶ月後、今日もまた追い出された彼の背をダイアナは追いかける。
『レオパルトさん』
『ダイアナ』
振り向いた彼が少しだけ寂し気に微笑む姿を見て、ダイアナの胸はきゅうっと疼いた。ふいっと視線をそらしながら彼に向かって告げる。
『お父様は頑固なんです。もうあきらめたほうがいいと思います』
しばらく黙っていたレオパルトだったが、ゆっくりと口を開く。
『ダイアナは私のことを好きにはなれそうにないのかい?』
『え?』
思いがけない質問にダイアナのサファイアブルーの瞳が揺れ動く。
『それは……』
『君が私のことを愛せないというのなら、私は君の前から姿を消そうと思う』
『え……?』
姿を消すと言われ、ダイアナの胸に動揺が走る。
『君をこれ以上困らせたくはないんだ。それじゃあ』
ダイアナは去り行く彼の背を見て不安が高まる。
『待ってください……!』
立ち止まったレオパルトがこちらを振り向いた。
『あまりにも住む世界が違うと思うんです。それは身分とか、そういう話じゃなくて……その、あなたはとても男性として魅力的な人だけど、わたしじゃ釣り合わないと思っていて……』
喋りながら熱い涙が浮かんできた。もっとこの男性と釣り合うほどの魅力が自分にあったなら、堂々と父を説得できたかもしれないのに。
『初めて会ったときにも伝えただろう? 私はあなただからいいんだ、ダイアナ』
『え?』
『私の心に安らぎを与えてくれるのは君だけなんだ、ダイアナ。ほかには誰も欲しくない。僕の妻になって一生そばにいてほしいんだ』
いつもは余裕のあるレオパルトの真摯な眼差しが波のように揺れ動いている。
必死な様子の彼を見て、ダイアナの胸の奥深くが熱くなると同時に、自然と口元が綻んだ。
『レオパルトさん……いいえ、レオパルト』
彼の必死さに当てられたのか、知らぬ間に頬を伝う熱い涙を、レオパルトがそっと拭ってくれた。
『レオパルト、あなたが、わたしだけを望むというのなら』
『もちろん、生涯、君だけを愛しているよ、ダイアナ』
こうして覚悟を決めたダイアナは、レオパルトの求婚を受け入れた。彼の熱い抱擁に身を委ねているのは、まるで夢見心地だった。
数ヶ月後、彼の本気を感じ取ったダイアナの父も、身分違いのふたりの結婚を認めたのだった。
もともとダイアナの父が所持していた別宅を譲り受け、豪勢な結婚式を教会で挙げた。そのあと、ふたりは新居の寝室で初夜を迎える。
生まれたままの姿にされ、ベッドの上に横たわったダイアナの全身に、レオパルトは長い時間口づけを落とし続けた。彼の唇が、指が、手が……彼女の肌を伝うたびにプラチナブロンドの髪と全身が揺れ動く。時折肌に触れる彼のアッシュブロンドの髪が、彼女をくすぐる。
緊張して震えるダイアナの身体を彼は優しく抱きしめた。
『愛している、ダイアナ。可憐な花を摘めるのは、なんて光栄なことだろう』
『あっ、あ……』
異性からの初めての愛撫に、可憐な花のようなダイアナは嬌声を上げ続ける。レオパルトは野性味あるたくましい腕でかき抱いては、口づけを落とす。
『っあっ、あ、あ……』
優しく絆された彼女の身体の中心が締まった。脚の間からは、快楽に揺蕩っていることがわかる愛蜜がとろける。その間の狭く閉ざされていた穴を、レオパルトの節くれだった長い指が丁寧にほぐしていった。
『君の中に私を受け入れてほしい』
『っああ……』
指でほぐされてはいたが、いまだにきつく締まっている扉を獣のように猛る器官が圧し進んでいく。熱の塊のようなそれに、みちみちと花溝がこじ開けられていった。進んでくる肉棒に肉壁がぎゅうぎゅうと吸いつく。繋がり合った場所からは、破瓜を迎えた証の紅き血が流れていった。
あまりの熱さにダイアナが混乱していると、次第に痛みが遠のいていく。愛するレオパルトに優しく声をかけられ、雄々しい肉塊をすべて飲みこんだのだと気づいた。
『私に初めてをくれてありがとう。ずっと君だけを大事にするよ、ダイアナ』
レオパルトの髪の合間から覗く額には、玉のような汗がいくつか浮いている。
『レオ……』
『結婚記念日には、毎年、君に薔薇を送るよ』
そうして、ふたりはどちらともなく口づけ合う。
処女を失ったときの苦痛は耐えがたいものではあったが、それ以上の幸福感がダイアナを包みこむ。
(こんな幸せがずっと続いたらいいのに……)
愛する男性に抱きしめられる喜びを、求められることの悦びを、誰かを受け入れることの歓びをそっと噛み締めたのだった。
結婚式を挙げてから毎夜、レオパルトはダイアナを強く求めた。精力的な彼の愛撫は、ときとして優しく、ときとして情熱的で――彼女は毎晩、ベッドで激しく乱れることとなる。
『んっ、あっ……』
レオパルトはベッドの上に仰向けに寝そべるダイアナを一心不乱に求めた。彼女の上に覆いかぶさり、荒々しく彼女の唇を貪る。
『んっ、あっ、レオ……』
呻く彼女の唇を、獣のように激しく彼の唇が閉ざす。ふたりが唇を求めあうたび、貫く楔に子宮が揺さぶられるたび、くちゅりと卑猥な水音が立つ。
『ダイアナ、私だけの可憐な花』
橙色にほのかに輝くランプが、アッシュブロンドを煌めかせる。ぼんやりと薄暗い明かりの下、重なり合ったふたりの影がゆらゆらと揺れ動き、新品のベッドをぎしぎしと揺らした。
『はっ、あ、あんっ、あ……』
肉棒と肉壁がしがみつき合って、擦れ合うたび、ふたりに快感をもたらす。
打ちつける波のように激しい水音とともに、欲棒の膣内への抽送を繰り返されながら、ダイアナはレオパルトから肌を吸われる。そのたびに彼女の身体は、何度も何度も白魚のように跳ねあがった。
『あんっ、あ……』
レオパルトが震える最奥に向かって精を放つと同時に、ダイアナは弓なりに背をそらして小さな悲鳴を上げた。
『あっ、あああ……っ!!』
精を放たれたばかりの花弁はひくひくと猛りを締め上げた。ふたりの間から愛し合ったことがわかる白濁した泡が零れ落ちる。
絶頂を迎えて呼吸が整わないダイアナの身体を、レオパルトはそのたくましい腕で包みこんだ。
『愛してるよ、ダイアナ』
何度もレオパルトに求められたあと、髪を大きな手で撫でられながら眠りにつく。
ダイアナはこれまでの人生の中で、かつてないほど心身ともに満たされていた。
レオパルトは、野生のような肉体美で彼女の身体を満足させ、華やかな笑顔を浮かべながら彼女の気に入る言葉を選んではかけてくる。その大きな手はベッドの上で疲れたダイアナを、まるで壊れものか何かのように大切に丁寧に扱ってくれた。
毎朝、ほのかな苦みのある香りでダイアナは目を覚ました。使用人ではなくレオパルトが自ら、挽きたての豆を使ったコーヒーを淹れてくれるのだ。
ブラックで飲むダイアナとは違い、レオパルトはミルクと角砂糖を何個も使用しないとコーヒーを飲めなかった。年上のレオパルトの意外な一面を知り、ダイアナの心は淹れたてのコーヒーのように温かく潤っていたのだった。そうして――
『ダイアナ、これを君に』
結婚記念日には薔薇を贈ると言っていたはずのレオパルトだったが、なぜか毎日彼女に花を贈った。
淡い紫のカトレアやサフラン、淡いピンクのネリネ、純白のフランネルフラワーなど実にさまざまで、それらはとても美しい。
『記念日に薔薇をもらえるのではなかったの?』
ダイアナは一輪のサフランを受け取りながら、内心はうれしいもののレオパルトからの愛情表現が気恥ずかしくて、少しだけ呆れた調子で返答してしまった。
『薔薇じゃなくて、別の花なんだからいいだろう?』
『そんなものかしら?』
『ああ、そうさ』
ダイアナが微笑むと、レオパルトは太陽のように笑う。その笑顔はとても眩しかった。
さらに数日が経ち、ハネムーンに向かうころ。
親戚が所持している邸宅を借りるのが新婚旅行の定番であり、都市部から離れた田園を訪ねることが多い。ふたりも、ダイアナの縁戚の大邸宅を借りようという話になった。
ダイアナは使用人たちとともに旅の準備をする。幼少期、生家の屋根裏部屋に続くはしごをこっそり上ったときのように心が弾む。トランクいっぱいに、外出着やお気に入りの本などをつめこんだ。
(レオと一緒だもの、とても素敵な旅行になるに違いないわね……)
荷物を入れたそれは夢がつまった胸の内のように膨らんでいた。
取引に関する急ぎの話し合いがあると言って出かけたレオパルトの帰りを待つ間、ダイアナはのんびりと庭を散歩する。使用人たちによって美しく手入れがされている屋敷の庭は豊かな緑にあふれ、花々の甘い香りが漂う。庭の向こうには馬や犬が繋がれている木造の厩舎が見えた。
『それは本当かい?』
そのとき、厩舎の陰からひそひそと話し声が聞こえてくる。
『ええ。レオパルト様ったら、まだ新婚だというのに、どうもほかの女性に手をつけているそうよ』
御者に向かって、そばかすがたくさんあるメイドが嬉々として話している。その内容に、ダイアナは耳を疑った。
(レオが、ほかの女性に――?)
今までに感じたことがないほど心臓が激しく脈打ち始める。
『ダイアナ様に隠れてかい?』
『もちろんそうよ。だって前も話したじゃない? そもそもレオパルト様からすれば、今回の結婚は上流階級の人たちとのパイプになって、商売にいい影響を与えるでしょうし……それに……』
ダイアナの存在に気づいている様子はなく、メイドはそのまま話し続けた。
『遊び慣れていないダイアナ様と結婚すれば、隠れてほかの女性たちと遊び放題だもの。それで跡取りでも作ったら、ダイアナ様から離縁を告げられないと踏んでるっていう噂もあるわ』
『へえ……』
『これまでにもレオパルト様は、上流階級のお嬢様方から声をかけられていたでしょう? だけど全部断って、あえて物静かなダイアナ様を選んだのには、これまた別の理由があるらしいのよ』
聞きたくなかったが、でも、聞いておきたいという気持ちがダイアナの中に働く。
メイドは楽しそうに、弾む口調で続ける。
『どうもレオパルト様には、高級娼館に情婦がいるらしいわ。莫大な財を築き上げたレオパルト様でも買い取ることができないほどの娼婦よ。妻を娶ったとその娼婦が聞いたら心を痛めるんじゃないかと、あえておとなしめのダイアナ様を選んだそうなのよ』
彼らの言葉は鋭いナイフのように、ダイアナの心を深くえぐった。あまりに鼓動がひどいので、船に乗ったかのように揺れているとさえ感じる。
(……噂よ。だって、彼は毎晩わたしと一緒に過ごしているもの。実際にそんな場面に出くわさない限りは信じないわ)
愛をささやいてくるレオパルトのことを信じたかった。一方で、もともと別世界に住むような彼が、どうして自分を求めてきたのだろうと不思議に思っていたのも事実。
居ても立ってもいられなくなり、脱兎のごとくその場から逃げ出す。駆けながら嘘だと思いたかったけれども、用事があると言っていたレオパルトのことが気になってくる。
そうして、不安な思いを抱えたままレオパルトを捜しにいった結果、噂通りの事態に出くわしてしまった。
ダイアナはもつれる脚を必死に動かして、なんとか屋敷に戻ったのだった。
靄に包まれた街の中、くすんだプラチナブロンドの長い髪の持ち主である女性ダイアナが、とある噂を否定するために夫を求め、ふらふらと路地をさまよい歩いていた。最近はどんな天気であっても明るく感じていたのに、今日は周囲がすべて煙っているような気がする。
どれだけ探しても、夫レオパルトの姿は見当たらない。
(やっぱり使用人たちの話していた噂は嘘だったのね)
噂とは――レオパルトが不実を働いているという類のものだ。
不安に駆られて供も付けずに走ってきたが、勘違いだったと思って、ほっと胸を撫でおろす。どっと噴き出してきた汗を手で拭うと、一度呼吸を整えた。
(商談を終えたレオが屋敷に戻って心配しているかもしれないわ。早く帰らないといけない)
捜すのは無意味だとあきらめて屋敷に帰ろうとしていたそのとき、たまたま高級娼館に目が留まった。少しだけ強い風が吹いて真っ白な靄が一瞬だけ晴れると、きらびやかな外観をした建物の裏口が露わになる。
「あれは……」
忍ぶようにして現れた男性の姿を見て、ダイアナは零れんばかりに目を見開く。
「レオ……」
彼の名を呼ぶ声が震えた。状況を認識したくなくて、サファイアブルーの瞳が忙しなく動く。喉が異常に乾いて、鼓動がどんどん速くなっていったあと、濡れた手足から一気に力が抜けていくような錯覚に陥った。
(いいえ、よく似た男性かもしれない……)
見間違いかもしれないと、自身を奮い立たせるように頭を振ると、改めて目を凝らして相手へと視線を向けた。だが、やはり立っているのはレオパルト本人だったのだ。
ざわざわと虫が這うような感覚が手足を駆け抜け、何度か両手を握り直す。
どうやら、彼はこちらの視線に気づいてはいないようだ。
(そんな……娼館の裏にいるだけじゃない。それだけで高級娼婦との浮気の噂が本当だって思うのはあまりにも馬鹿げているわ)
そう言い聞かせていたのだが、娼館の裏口から、レオパルトのあとを追ってひとりの人物が現れた。
靄の中でも輝きを失わないプラチナブロンドを持った、天上の女神のような大層見目麗しい女性。
姿を見せた彼女は、ダイアナの夫であるはずのレオパルトの胸に飛びこむ。
あまりの衝撃で全身が重たくなったような感覚に襲われたあと、その場に縫いつけられたかのように動けなくなった。
そうして――
「……っ!」
レオパルトが女性のことを抱きしめ返したのだ。
ダイアナは居ても立ってもいられなくなり、その場から脱兎のごとく逃げ出した。使用人たちの噂を否定したくて夫を捜しに出たはずだったのに、なんだか激しく裏切られた気分だった。
怒りとも悲しみともつかない気持ちが湧き上がってくる。走っているせいもあるだろうが、胸が締めつけられて、熱いものが喉からせりあがってくるようで、頭の中がぐわんぐわんと波打つようだ。
(……苦しい)
噂のように、自分との結婚前からレオパルトと高級娼婦とは関係があったのだろうか?
彼女は彼に妻がいると知っているのだろうか? 知っていたとしても、娼婦だから客を選べないだろう。それではレオパルトが一方的に熱を上げているのか?
いや、娼婦といっても高級娼婦だ。客は選べるはず……
それならば、ふたりは愛し合っているのだろうか? レオパルトにとって自分は体裁のための妻なのか?
自分のことを見て愚かな女だと、ふたりして裏では笑っているのかもしれない。この世に自分ひとりしかいないような孤独と、どこにも自分の居場所がないような絶望が襲う。雨の中、熱い涙がこみあげてくる。
(苦しい……)
娼婦の輝くようなプラチナブロンドの髪も、くすんだプラチナブロンドの髪しか持たないダイアナのコンプレックスを刺激する。
なんとか歩を進めるが、まるで泥水か何かの中を歩んでいるようだった。
(あの娼館の中で、レオパルトは彼女にわたしに毎晩行うような真似をしたの?)
熱っぽい口説きに、激しい口づけ、情熱的な行為――
彼女のことを、夫は自分以上に大切に扱ったのだろうか?
(苦しい……!)
泣きたくないのに涙があふれて止まらない。
ダイアナがレオパルトと同じように明るく華やかで社交的な人物だったならば、もしかしたら不実に出くわしたときに、その場で相手をもっと上手に問いつめたり、事実を聞き出すことができたかもしれないが、おとなしい性格になってしまったのでそれはできなかった。
外はまだ明るい時間帯だ。靄の中でも照りつけてくる太陽が、お飾りの妻でしかなかったダイアナを嘲笑っているかのようでもある。
『ダイアナ、君のように可憐な女性に出会ったことは今までに一度もない』
舞踏会で出会い、情熱的に求めてきたレオパルト。彼は先見の明があり、一代で財を築き上げた青年実業家だった。
レオという愛称で親しまれ、豹のようなアッシュブロンドの髪に、爽やかで切れ長のアップルグリーンの瞳、恵まれた長身に均整のとれた体躯。野性味あふれる鋭さと、柔和な優しさを兼ね備えた端整な顔立ち。時折見せる笑顔には色香が混ざる。
まるで貴族のように乗馬や狩りをたくみにこなすレオは、身分こそ低いが女性たちの憧れの的だった。社交の場に立てば、令嬢たちから引っ切りなしに誘いが来る。
そんなレオパルトが、ダイアナのもとに現れて声をかけてきたのだった。
『正直、いろいろな人から話しかけられるのは大変だとは思いませんか? ダイアナ嬢』
『え?』
晴れやかなレオパルトとは対照的に、パーティ会場の片隅に咲く雑草のようだと揶揄されていた令嬢ダイアナ。華やかな風貌の男性がそう声をかけてきたので、彼女は戸惑った。
(どうせ、明るい青年の社交辞令か戯れ言よ)
会話を交わすのが苦手なダイアナは、そっと相手のアップルグリーンの瞳から視線をそらした。
『ごめんなさい。わたしは、あなたのような社交的な男性とは話す機会があまりなくて……』
『商人という立場上、口を開くのが仕事だから致し方ないのですが、本当の私は喋るのが苦手なのですよ』
いつの間にか触れるほど近い位置に来ていたレオパルトの手が、くすんだプラチナブロンドの髪を取る。彼女の足元にひざまずいた彼は、口の端をゆるりとあげた。
『どんなに華やいだ令嬢と一緒にいても、心が休まることはない。だけど、壁際に物静かに咲くあなたならば、はばたき疲れた私の休息の場になってくれる気がする』
そうして、ダイアナの髪と手の甲に口づけを落としたのだった。
舞踏会での初めての出会い以来、レオパルトは毎日のようにダイアナへ手紙や花を送り届けるようになる。
簡単には人を信用できなかったダイアナだったが、彼の情熱はまるで炎のように途切れることなく続いた。
『ダイアナ、あなただけを愛している。私が妻にと望むのはあなただけだ』
『そばにいるだけで私の心を潤してくれる。まさに、天の恵みのような女性だ』
『どんなに華やいだ姿をした女性でも、私の心を穿つことはできない。私の心を掴むのはあなただけだ、ダイアナ』
これまでに浮き名を流してきた異性の言葉だ。女性慣れをしているであろうレオパルトの歯の浮くような言葉の数々に、ダイアナは辟易してしまう。
(誰にでも同じようなことを話しているに違いないわ。出会ったばかりの女性のことを軽々しく呼び捨てにするのも怪しい気がする)
警戒していたダイアナは、レオパルトとはなるべく距離を取って彼のアプローチが鎮静するのを待っていた。
そんなある日のこと、ダイアナは友人と喧嘩をしてしまった。喧嘩と言っても本当にささいな内容で、お茶会の茶葉の準備をしている際に、『どうしてダイアナは自分の好みを主張しないの? いつも相手に合わせてばっかりじゃない』と言われてしまったのだ。
『ダイアナ、機嫌が悪そうだけれど、どうしたんだい?』
警戒しているレオパルトに対して相談するのは気が引けたが、いつも何かあれば相談している友人と喧嘩になってしまっていたので、誰かに話を聞いてほしかった。
『聞いたらがっかりすると思うけれど、数少ない女友だちと口論になってしまったの』
『口論? 君が腹を立てるぐらいだから、よほどのことがあったんだろう』
『わたし、もしかして怒ってたのかしら? こんなこと初めてだから、相手にどう伝えたらいいかわからなくて……』
『だったら、素直に謝るだけでいい』
『え?』
『仲がいいんだろう? だったら、絶対に相手は君のことを許してくれるさ。取り返しのつかないことをしでかしたわけじゃないんだ。あとは友人の言う通り、もっと君は自分の意見を言ったほうがいい。自己主張をしたからって嫌われることなんてないんだ』
レオパルトなら、ありのままの自分を受け入れてくれるかもしれない。
思いがけず相談に乗ってもらえたおかげで、そんなふうに思うようになった。
また別の日、ダイアナは体調が優れずに舞踏会に参加できなかった。私室のベッドの上で横になっていた彼女のもとに来訪者が現れる。
『こんなときにお客様……? どうぞ』
『ダイアナ、心配で舞踏会どころではなくて訪ねてしまったよ、迷惑だっただろうか?』
『レオパルトさん……?』
レオパルトは舞踏会には参加せず、ダイアナのもとを訪ねてきた。
(大事な社交の場を放り出してくるなんて……)
申し訳ないと思いつつも、自分のことを優先してくれた彼に対して心が揺れた。
『レオパルトさん、商人にとって社交の場は大事だと仰っていませんでしたか? どうぞ戻られてください』
だが、レオパルトはきっぱりと告げた。
『社交も大事だ。だが、それ以上に、ダイアナ、私が君のそばにいたいんだ』
『あ……』
そうして、体調が悪い身体を優しくさすってくれた。
(だまされたらダメだって思うのに……)
異性にこんなに近い距離で優しくされたのは初めてのことで、気恥ずかしさとうれしさとがないまぜになる。
しばらくしてダイアナの父親が私室に現れて、レオパルトは追い払われてしまう。実業家として成功したとはいえ、商人であるレオパルトと伯爵令嬢であるダイアナとでは身分差があるからと、反対されてしまった。
『お父様、レオパルトさんは心配してきてくれただけなのよ。そもそも友人でしかなくって』
ダイアナがそう告げるものの、父は納得せず、もう会ってはいけないと言ってきた。友人であるならば、なおのこと、今のうちに距離を置けと強く反対された。
(……お父様があれだけ反対してきたもの。レオパルトもわたしの家と関わるのは面倒だって思ったに違いないわ)
けれども翌日、正装に着替えたレオパルトが屋敷に現れたのだった。
『伯爵様、どうかダイアナ様と結婚させてください。こんなにも女性に心惹かれたのは彼女だけなんです』
客室の扉の向こうで父とレオパルトのやり取りを聞いていたダイアナは、彼の熱心な物言いに心打たれる。
(ここまでわたしのことを思ってくれているなんて……)
そうして、レオパルトは毎日のように屋敷を訪れては父を説得した。
そうして数ヶ月後、今日もまた追い出された彼の背をダイアナは追いかける。
『レオパルトさん』
『ダイアナ』
振り向いた彼が少しだけ寂し気に微笑む姿を見て、ダイアナの胸はきゅうっと疼いた。ふいっと視線をそらしながら彼に向かって告げる。
『お父様は頑固なんです。もうあきらめたほうがいいと思います』
しばらく黙っていたレオパルトだったが、ゆっくりと口を開く。
『ダイアナは私のことを好きにはなれそうにないのかい?』
『え?』
思いがけない質問にダイアナのサファイアブルーの瞳が揺れ動く。
『それは……』
『君が私のことを愛せないというのなら、私は君の前から姿を消そうと思う』
『え……?』
姿を消すと言われ、ダイアナの胸に動揺が走る。
『君をこれ以上困らせたくはないんだ。それじゃあ』
ダイアナは去り行く彼の背を見て不安が高まる。
『待ってください……!』
立ち止まったレオパルトがこちらを振り向いた。
『あまりにも住む世界が違うと思うんです。それは身分とか、そういう話じゃなくて……その、あなたはとても男性として魅力的な人だけど、わたしじゃ釣り合わないと思っていて……』
喋りながら熱い涙が浮かんできた。もっとこの男性と釣り合うほどの魅力が自分にあったなら、堂々と父を説得できたかもしれないのに。
『初めて会ったときにも伝えただろう? 私はあなただからいいんだ、ダイアナ』
『え?』
『私の心に安らぎを与えてくれるのは君だけなんだ、ダイアナ。ほかには誰も欲しくない。僕の妻になって一生そばにいてほしいんだ』
いつもは余裕のあるレオパルトの真摯な眼差しが波のように揺れ動いている。
必死な様子の彼を見て、ダイアナの胸の奥深くが熱くなると同時に、自然と口元が綻んだ。
『レオパルトさん……いいえ、レオパルト』
彼の必死さに当てられたのか、知らぬ間に頬を伝う熱い涙を、レオパルトがそっと拭ってくれた。
『レオパルト、あなたが、わたしだけを望むというのなら』
『もちろん、生涯、君だけを愛しているよ、ダイアナ』
こうして覚悟を決めたダイアナは、レオパルトの求婚を受け入れた。彼の熱い抱擁に身を委ねているのは、まるで夢見心地だった。
数ヶ月後、彼の本気を感じ取ったダイアナの父も、身分違いのふたりの結婚を認めたのだった。
もともとダイアナの父が所持していた別宅を譲り受け、豪勢な結婚式を教会で挙げた。そのあと、ふたりは新居の寝室で初夜を迎える。
生まれたままの姿にされ、ベッドの上に横たわったダイアナの全身に、レオパルトは長い時間口づけを落とし続けた。彼の唇が、指が、手が……彼女の肌を伝うたびにプラチナブロンドの髪と全身が揺れ動く。時折肌に触れる彼のアッシュブロンドの髪が、彼女をくすぐる。
緊張して震えるダイアナの身体を彼は優しく抱きしめた。
『愛している、ダイアナ。可憐な花を摘めるのは、なんて光栄なことだろう』
『あっ、あ……』
異性からの初めての愛撫に、可憐な花のようなダイアナは嬌声を上げ続ける。レオパルトは野性味あるたくましい腕でかき抱いては、口づけを落とす。
『っあっ、あ、あ……』
優しく絆された彼女の身体の中心が締まった。脚の間からは、快楽に揺蕩っていることがわかる愛蜜がとろける。その間の狭く閉ざされていた穴を、レオパルトの節くれだった長い指が丁寧にほぐしていった。
『君の中に私を受け入れてほしい』
『っああ……』
指でほぐされてはいたが、いまだにきつく締まっている扉を獣のように猛る器官が圧し進んでいく。熱の塊のようなそれに、みちみちと花溝がこじ開けられていった。進んでくる肉棒に肉壁がぎゅうぎゅうと吸いつく。繋がり合った場所からは、破瓜を迎えた証の紅き血が流れていった。
あまりの熱さにダイアナが混乱していると、次第に痛みが遠のいていく。愛するレオパルトに優しく声をかけられ、雄々しい肉塊をすべて飲みこんだのだと気づいた。
『私に初めてをくれてありがとう。ずっと君だけを大事にするよ、ダイアナ』
レオパルトの髪の合間から覗く額には、玉のような汗がいくつか浮いている。
『レオ……』
『結婚記念日には、毎年、君に薔薇を送るよ』
そうして、ふたりはどちらともなく口づけ合う。
処女を失ったときの苦痛は耐えがたいものではあったが、それ以上の幸福感がダイアナを包みこむ。
(こんな幸せがずっと続いたらいいのに……)
愛する男性に抱きしめられる喜びを、求められることの悦びを、誰かを受け入れることの歓びをそっと噛み締めたのだった。
結婚式を挙げてから毎夜、レオパルトはダイアナを強く求めた。精力的な彼の愛撫は、ときとして優しく、ときとして情熱的で――彼女は毎晩、ベッドで激しく乱れることとなる。
『んっ、あっ……』
レオパルトはベッドの上に仰向けに寝そべるダイアナを一心不乱に求めた。彼女の上に覆いかぶさり、荒々しく彼女の唇を貪る。
『んっ、あっ、レオ……』
呻く彼女の唇を、獣のように激しく彼の唇が閉ざす。ふたりが唇を求めあうたび、貫く楔に子宮が揺さぶられるたび、くちゅりと卑猥な水音が立つ。
『ダイアナ、私だけの可憐な花』
橙色にほのかに輝くランプが、アッシュブロンドを煌めかせる。ぼんやりと薄暗い明かりの下、重なり合ったふたりの影がゆらゆらと揺れ動き、新品のベッドをぎしぎしと揺らした。
『はっ、あ、あんっ、あ……』
肉棒と肉壁がしがみつき合って、擦れ合うたび、ふたりに快感をもたらす。
打ちつける波のように激しい水音とともに、欲棒の膣内への抽送を繰り返されながら、ダイアナはレオパルトから肌を吸われる。そのたびに彼女の身体は、何度も何度も白魚のように跳ねあがった。
『あんっ、あ……』
レオパルトが震える最奥に向かって精を放つと同時に、ダイアナは弓なりに背をそらして小さな悲鳴を上げた。
『あっ、あああ……っ!!』
精を放たれたばかりの花弁はひくひくと猛りを締め上げた。ふたりの間から愛し合ったことがわかる白濁した泡が零れ落ちる。
絶頂を迎えて呼吸が整わないダイアナの身体を、レオパルトはそのたくましい腕で包みこんだ。
『愛してるよ、ダイアナ』
何度もレオパルトに求められたあと、髪を大きな手で撫でられながら眠りにつく。
ダイアナはこれまでの人生の中で、かつてないほど心身ともに満たされていた。
レオパルトは、野生のような肉体美で彼女の身体を満足させ、華やかな笑顔を浮かべながら彼女の気に入る言葉を選んではかけてくる。その大きな手はベッドの上で疲れたダイアナを、まるで壊れものか何かのように大切に丁寧に扱ってくれた。
毎朝、ほのかな苦みのある香りでダイアナは目を覚ました。使用人ではなくレオパルトが自ら、挽きたての豆を使ったコーヒーを淹れてくれるのだ。
ブラックで飲むダイアナとは違い、レオパルトはミルクと角砂糖を何個も使用しないとコーヒーを飲めなかった。年上のレオパルトの意外な一面を知り、ダイアナの心は淹れたてのコーヒーのように温かく潤っていたのだった。そうして――
『ダイアナ、これを君に』
結婚記念日には薔薇を贈ると言っていたはずのレオパルトだったが、なぜか毎日彼女に花を贈った。
淡い紫のカトレアやサフラン、淡いピンクのネリネ、純白のフランネルフラワーなど実にさまざまで、それらはとても美しい。
『記念日に薔薇をもらえるのではなかったの?』
ダイアナは一輪のサフランを受け取りながら、内心はうれしいもののレオパルトからの愛情表現が気恥ずかしくて、少しだけ呆れた調子で返答してしまった。
『薔薇じゃなくて、別の花なんだからいいだろう?』
『そんなものかしら?』
『ああ、そうさ』
ダイアナが微笑むと、レオパルトは太陽のように笑う。その笑顔はとても眩しかった。
さらに数日が経ち、ハネムーンに向かうころ。
親戚が所持している邸宅を借りるのが新婚旅行の定番であり、都市部から離れた田園を訪ねることが多い。ふたりも、ダイアナの縁戚の大邸宅を借りようという話になった。
ダイアナは使用人たちとともに旅の準備をする。幼少期、生家の屋根裏部屋に続くはしごをこっそり上ったときのように心が弾む。トランクいっぱいに、外出着やお気に入りの本などをつめこんだ。
(レオと一緒だもの、とても素敵な旅行になるに違いないわね……)
荷物を入れたそれは夢がつまった胸の内のように膨らんでいた。
取引に関する急ぎの話し合いがあると言って出かけたレオパルトの帰りを待つ間、ダイアナはのんびりと庭を散歩する。使用人たちによって美しく手入れがされている屋敷の庭は豊かな緑にあふれ、花々の甘い香りが漂う。庭の向こうには馬や犬が繋がれている木造の厩舎が見えた。
『それは本当かい?』
そのとき、厩舎の陰からひそひそと話し声が聞こえてくる。
『ええ。レオパルト様ったら、まだ新婚だというのに、どうもほかの女性に手をつけているそうよ』
御者に向かって、そばかすがたくさんあるメイドが嬉々として話している。その内容に、ダイアナは耳を疑った。
(レオが、ほかの女性に――?)
今までに感じたことがないほど心臓が激しく脈打ち始める。
『ダイアナ様に隠れてかい?』
『もちろんそうよ。だって前も話したじゃない? そもそもレオパルト様からすれば、今回の結婚は上流階級の人たちとのパイプになって、商売にいい影響を与えるでしょうし……それに……』
ダイアナの存在に気づいている様子はなく、メイドはそのまま話し続けた。
『遊び慣れていないダイアナ様と結婚すれば、隠れてほかの女性たちと遊び放題だもの。それで跡取りでも作ったら、ダイアナ様から離縁を告げられないと踏んでるっていう噂もあるわ』
『へえ……』
『これまでにもレオパルト様は、上流階級のお嬢様方から声をかけられていたでしょう? だけど全部断って、あえて物静かなダイアナ様を選んだのには、これまた別の理由があるらしいのよ』
聞きたくなかったが、でも、聞いておきたいという気持ちがダイアナの中に働く。
メイドは楽しそうに、弾む口調で続ける。
『どうもレオパルト様には、高級娼館に情婦がいるらしいわ。莫大な財を築き上げたレオパルト様でも買い取ることができないほどの娼婦よ。妻を娶ったとその娼婦が聞いたら心を痛めるんじゃないかと、あえておとなしめのダイアナ様を選んだそうなのよ』
彼らの言葉は鋭いナイフのように、ダイアナの心を深くえぐった。あまりに鼓動がひどいので、船に乗ったかのように揺れているとさえ感じる。
(……噂よ。だって、彼は毎晩わたしと一緒に過ごしているもの。実際にそんな場面に出くわさない限りは信じないわ)
愛をささやいてくるレオパルトのことを信じたかった。一方で、もともと別世界に住むような彼が、どうして自分を求めてきたのだろうと不思議に思っていたのも事実。
居ても立ってもいられなくなり、脱兎のごとくその場から逃げ出す。駆けながら嘘だと思いたかったけれども、用事があると言っていたレオパルトのことが気になってくる。
そうして、不安な思いを抱えたままレオパルトを捜しにいった結果、噂通りの事態に出くわしてしまった。
ダイアナはもつれる脚を必死に動かして、なんとか屋敷に戻ったのだった。
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