上 下
1 / 10

1

しおりを挟む


 帝国魔法騎士団の執務室の窓の向こうでは、春雨がさやさやと降っていた。
 団長秘書官を務めるエリー・マズローは窓辺に立ちながら、今日も盆を両手に抱えながらドギマギと逸る心臓を落ち着けようと必死だった。

 ――カチャリ。

 彼女から少しだけ離れた、部屋の中央にある執務机。
 漆黒のローブに身を包んだ魔法騎士団長オズワルド・ボードウィンが、長い両脚を組んで薬草茶をたしなんでいた。

(オズワルド様は今日も無表情でいらっしゃるわ)

 ボードウィン公爵家の嫡男であり、両親の魔術の素養を受け継いだと言われている彼は、良い意味では寡黙でミステリアス、悪い意味ではすこぶる不愛想で素っ気ない。
 魔法騎士団所属を意味する黒い騎士団の衣服に身を包みながら、悠然と歩く姿には気品があり、感情の読めない様子は、聖騎士だった父親とは違って「魔王」のように見えなくもない。
 現在、帝国最強の魔法騎士団長を務めているオズワルドだが、父譲りの剣技の持ち主であり、戦いの場に立てば流麗な動きで敵を翻弄するのだという。

(剣技にも魔法にも秀でていらっしゃる、そんな優秀で、しかもとてもハンサムな男性)

 そんな彼が優美な仕草でカップをソーサーの上に置くとカチャリと音が立つと同時に、彼の流麗な黒髪も揺れる。凍てつくような碧い瞳の奥底に潜む感情をこちらからは読み取ることが出来ない。ふっと彼の薄い唇が綻ぶと、室内に彼の美しい低音が響く。

「まずいな」

 彼の返答を聞いたエリーは心の中でがっくりと肩を落とした。

「だが、及第点といったところか」

 直ちに彼女は心の中でぐっと拳を握りしめる。

(54回目でなんとか及第点をもらえたわ……!)

「エリー……いいや、マズロー秘書官、最初に比べたら上達している。滋養強壮の薬草を入れてくれているのも悪くはない。ここから先も精進してほしい」

 気難しいと評判のオズワルドの茶をおいしく淹れられた秘書官はこれまでに一人もいないのだと噂されていた。厳しい物言いをする彼でもあるが、認めてもらえたようでエリーは嬉しくて心の中で小躍りをしてしまった。

「では、任務地で諍いが起こっているらしいので、団長の私が仲介に入らないといけない。失礼しよう」

 すっと立ち上がった長身のオズワルドは、エリーよりも頭2つ分ぐらい背が高い。
 彼が横切ると、鋭い碧い瞳と出会うと深い海の中に引きずりこまれるような錯覚に陥ると同時に、仄かに爽やかな水の中の香りが漂った。

 ――ゆらり。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】利害一致のお飾り婚だったので初夜をすっぽかしたら大変なことになった

春瀬湖子
恋愛
絵に描いたような美形一家の三女として生まれたリネアだったが、残念ながらちょっと地味。 本人としては何も気にしていないものの、美しすぎる姉弟が目立ちすぎていたせいで地味なリネアにも結婚の申込みが殺到……したと思いきや会えばお断りの嵐。 「もう誰でもいいから貰ってよぉ~!!」 なんてやさぐれていたある日、彼女のもとへ届いたのは幼い頃少しだけ遊んだことのあるロベルトからの結婚申込み!? 本当の私を知っているのに申込むならお飾りの政略結婚だわ! なんて思い込み初夜をすっぽかしたヒロインと、初恋をやっと実らせたつもりでいたのにすっぽかされたヒーローの溺愛がはじまって欲しいラブコメです。 【2023.11.28追記】 その後の二人のちょっとしたSSを番外編として追加しました! ※他サイトにも投稿しております。

【R18】無愛想な騎士団長様はとても可愛い

みちょこ
恋愛
侯爵令嬢であるエルヴィールの夫となったスコール・フォークナーは冷酷無情な人間と世間で囁かれていた。 結婚生活も始まってから数ヶ月にも満たなかったが、夫の態度は無愛想そのもの。普段は寝室すら別々で、月に一度の夜の営みも実に淡白なものだった。 愛情の欠片も感じられない夫の振る舞いに、エルヴィールは不満を抱いていたが、とある日の嵐の夜、一人で眠っていたエルヴィールのベッドにスコールが潜り込み── ※ムーンライトノベルズ様でも投稿中

酔って幼馴染とやっちゃいました。すごく気持ち良かったのでそのままなし崩しで付き合います。…ヤンデレ?なにそれ?

下菊みこと
恋愛
酔って幼馴染とやっちゃいました。気付いたら幼馴染の家にいて、気付いたら幼馴染に流されていて、朝起きたら…昨日の気持ち良さが!忘れられない! …え?手錠?監禁?ジョークだよね? んん?幼馴染がヤンデレ?なにそれ?まさかー。 小説家になろう様、ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

【完結】鳥籠の妻と変態鬼畜紳士な夫

Ringo
恋愛
夫が好きで好きで好きすぎる妻。 生まれた時から傍にいた夫が妻の生きる世界の全てで、夫なしの人生など考えただけで絶望レベル。 行動の全てを報告させ把握していないと不安になり、少しでも女の気配を感じれば嫉妬に狂う。 そしてそんな妻を愛してやまない夫。 束縛されること、嫉妬されることにこれ以上にない愛情を感じる変態。 自身も嫉妬深く、妻を家に閉じ込め家族以外との接触や交流を遮断。 時に激しい妄想に駆られて俺様キャラが降臨し、妻を言葉と行為で追い込む鬼畜でもある。 そんなメンヘラ妻と変態鬼畜紳士夫が織り成す日常をご覧あれ。 ୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧ ※現代もの ※R18内容濃いめ(作者調べ) ※ガッツリ行為エピソード多め ※上記が苦手な方はご遠慮ください 完結まで執筆済み

【R18】「媚薬漬け」をお題にしたクズな第三王子のえっちなお話

井笠令子
恋愛
第三王子の婚約者の妹が婚約破棄を狙って、姉に媚薬を飲ませて適当な男に強姦させようとする話 ゆるゆるファンタジー世界の10分で読めるサクえろです。 前半は姉視点。後半は王子視点。 診断メーカーの「えっちなお話書くったー」で出たお題で書いたお話。 ※このお話は、ムーンライトノベルズにも掲載しております※

完結 異世界で聖女はセックスすることが義務と決まっている。

シェルビビ
恋愛
 今まで彼氏がいたことがない主人公は、最近とても運が良かった。両親は交通事故でなくなってしまい、仕事に忙殺される日々。友人と連絡を取ることもなく、一生独身だから家でも買おうかなと思っていた。  ある日、行き倒れの老人を居酒屋でたらふく飲ませて食べさせて助けたところ異世界に招待された。  老人は実は異世界の神様で信仰されている。  転生先は美少女ミルティナ。大聖女に溺愛されている子供で聖女の作法を学ぶため学校に通っていたがいじめにあって死んでしまったらしい。  神様は健康体の美少女にしてくれたおかげで男たちが集まってくる。元拗らせオタクの喪女だから、性欲だけは無駄に強い。  牛人族のヴィオとシウルはミルティナの事が大好きで、母性溢れるイケメン。  バブミでおぎゃれる最高の環境。  300年ぶりに現れた性欲のある聖女として歓迎され、結界を維持するためにセックスをする日々を送ることに。  この物語は主人公が特殊性癖を受け入れる寛大な心を持っています。  異種族が出てきて男性の母乳も飲みます。  転生令嬢も出てきますが、同じような変態です。  ちんちんを受け入れる寛大な心を持ってください。

ハイスペックすぎる幼馴染からしつこく求婚されて困っています!

野地マルテ
恋愛
伯爵令嬢、マリヴェルは困っていた。幼馴染のロレシオから7年間もずっとしつこく求婚されて続けていたのだ。ロレシオは家柄よし(侯爵家嫡男)職業よし(正騎士)容姿はすこぶる良し(金髪碧眼長身)のいわゆるハイスペ男。しかしマリヴェルはロレシオの求婚を断り続けている。幼馴染がゆえに、彼との結婚のデメリットを嫌というほど分かっていたからだ。マリヴェルは貴族の令嬢ではあったが、ドレス商として生計をたてており、食うには困らない生活を送っていた。──私に侯爵夫人は務まらない!ぜったい無理!! ──今日も今日とて、マリヴェルはロレシオの求婚を断ったが、いつまでも逃げ切れるものではなく……最終的にはあっさり捕まってしまう。何故ならマリヴェルもロレシオに想いをよせていたからである。 ※成人向けの小説です。性描写回には※あり。ご自衛ください。

【R18】わたくしは殿下が本能のまま心ゆくまで、わたくしの胸を吸っている姿が見たいだけなのです

瀬月 ゆな
恋愛
王国でも屈指の魔草薬の調合師を多数輩出して来たハーヴリスト侯爵家に生まれたレティーナにはたった一つの、けれど強い願望があった。 多忙を極める若き美貌の王太子ルーファスを癒してあげたい。 そこで天啓のように閃いたのが、幼かった頃を思い出してもらうこと――母子の愛情に満ちた行為、授乳をされたらきっと癒されるのではないか。 そんな思いから学園を卒業する時に「胸を吸って欲しい」と懇願するも、すげなくあしらわれてしまう。 さらに失敗続きの結果、とっておきの魔草薬を栄養剤だと騙して飲ませたものの、ルーファスの様子が豹変して……!? 全7話で完結の、ゆるゆるふわふわラブコメです。 ムーンライトノベルズ様でも公開しています。

処理中です...