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ハネムーン後の物語「隠し子騒動?」
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しおりを挟む菓子工房での本日の業務も終わり、仕事着であるメイド服から普段着のツーピースドレスに着替えていたところ、更衣室の扉がガチャリと開いた。
「ルイーズちゃん!」
「きゃっ……!」
狭い室内の中に入ってきたオーナーのマダム・モリスンが、がばりと私に抱きついてきた。
「オーナー、どうしたんですか?」
マダム・モリスンは、夫であるギルフォードの叔母に当たる人物である。神々しいまでに明るいプラチナブロンドの髪に、透明なアクアマリンブルーの瞳の持ち主である彼女は、華奢でありつつも女性らしい妖艶な曲線を描く体形の持ち主だ。繊細そうな見た目にも関わらず、喋り方はわりとあっけらかんとしている。ショコラエティエに至るまでの経歴には謎の多い人物でもあったが、誰にでも気さくに接してくるため、わりと人望に厚かった。
彼女からは、上質なカメリアの香りが漂ってきて、大人の女性らしさを強く印象づけられる。豊満なバストをぎゅうぎゅうに押し付けられながら抱きしめられているため、少しだけ呼吸がしづらかった。しかも、すりすりと頬ずりまでされてしまう。
「ギルとは仲良くしているかい?」
「ええっと、はい……」
少しだけ尻すぼみになった。
先ほどの、ギルフォードの隠し子(?)のことを思い出して、少しだけ沈鬱な気持ちに陥っていたからだ。
「それなら良かったけど……なんだか浮かない顔をしているからさ、気になっちゃって」
「あ……」
恋愛経験が豊富そうなマダム・モリスンならば、相談に乗ってくれるかもしれない。だけど、ギルフォードの叔母でもある。
(さすがに相談しづらいわね……)
すると、マダム・モリスンが唇を吊り上げた。
さすが血縁者である、その笑みはギルフォードを髣髴とさせる。
「なんだい、なんだい、仕事は順調なんだから仕事の悩みじゃあない。新婚当初なら幸せいっぱいなはずなのに、その浮かない感じは、あれだろ」
「あれ?」
そうして、マダム・モリスンが得意げな笑みを浮かべた。
「ギルに浮気相手がいて、しかも隠し子がいた疑惑でも浮上してるんだろう!」
あまりに図星で目の前のロッカーに頭をがつんとぶつけてしまった。
「ありゃ、図星だったのかい? さっき、ルイーズちゃんが外で女の子と母親に絡まれてたのが見えたからさ。若い頃の話を思い出してあてずっぽうに喋ったんだが……」
「ええっと……」
マダム・モリスンの若い頃には、いったいどんな爛れた恐ろしい出来事があったのだろうか。気にはなったが、あまり聞かない方が良い気もして流すことにする。
「その……大丈夫です、勘違いだとは思うので……」
そうは言ったが途切れ途切れになった。
(だって、ギルは学生時代から私のことがずっと好きだったって話してたもの……)
だが、離れていたのは数年だ。
いくら私のことを好きだったとはいえ、交際していたわけではない。将来を誓い合った間柄だったわけではないし、途中、ギルフォードが他の女性と交際していなかった保障はない。
(言われてみれば、「国に戻ってからは他の女性にプレゼントは渡していない」だとか、意味深な言葉を話していなかった)
不穏な台詞を思い出し、胸の内にモヤモヤが広がっていく。
(そういわれれば、ギルが本国に戻ってくる前、女性との噂が絶えなかったのよね……)
ずっと好きだった相手と結婚することになって、浮かれて気づいていなかった。
男性の心と体は別だというし、やはり噂どおり女性遊びが派手だったのだろうか。
ふと、優男な自分の父の姿を思い出す。今となっては母一途な好青年だが、女性関係は派手だったという。やたらと娘の夫になったギルフォードのことを敵視しているが、自分自身と同類で重なるところがあるからだろうか。
(じゃあ、やっぱり、あの母子は、ギルに弄ばれて棄てられたの……?)
ショックというよりも罪悪感が胸を支配してくる。
どんどん暗い方に思考が傾いていると、マダム・モリスンが真面目な表情で語りかけてきた。
「う~ん、私はギルはおかしなことはしてないと思うけどね。そもそも忙しく働いてりゃあ、遊ぶ時間がないというか……」
逐一ギルフォードと連絡をとっていたマダム・モリスンがそういうのなら、そうなのだろう。なんとか心を前向きに持っていこうとしたのだが……
「まあ、ギルの父親のレオは、こう心と体は別物みたいなやつだったね、私も似たようなもんだけど……ああ、そのせいでごちゃごちゃなったんだったか……まあ過去の悪行は後まで響くこともあるね」
余計な話を聞いたせいで、ますます具合が悪くなってきた。
「老婆心でいうけれど、ルイーズちゃん、鉄は熱い内に打て、だよ。ギルの両親も面倒なことになってたから、ちゃんと話し合った方が良いよ。それに、どんなに失敗してもやり直せるのが人生の良いところだ」
「マダム・モリスン……」
最後は良い話風でまとまったが、やはり元気が出なくなった。
「まあ、泥船に乗ったつもりでいなよ、あれ、大船だっけ?」
マダム・モリスんは元気づけようとしてくれているようだったが、やはり気持ちは沈んでいった。
「そうだ、ルイーズちゃん」
彼女は私に怪しげな手提げ袋を渡してきた。
「これは?」
「ほら、今回のお助けアイテムだよ」
「お助け……」
頬が勝手にひくついてしまった。
「今度は食べものじゃあないから安心しな。何かあったら、これを開けるんだよ」
そういうと、マダム・モリスンが私の背をばしんと叩いてきた。
「……お気遣いいただきありがとうございます」
ちらりと袋の中を覗く。黒い袋に入った何かのようだ。
媚薬事件のこともあるが、今度は食物ではないらしく安心した。
そうして、私は泥船に乗ったつもりで帰宅したのだった。
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