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ギルフォードside(過去〜現在)

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 そうして、いつの間にか、卒業して数年の月日が流れていた。

(あれから数年、ルイーズには他に好きな男でも出来ただろうか)

 そもそも自分のことを好いてくれていたのかさえ分からない。
 彼女にずっと恋していた自分の妄想だったような気さえしている。

 ――人を頼らず、自分の力だけで伸し上がったギルフォードはいつも自信に満ちていたが、ルイーズに関してだけは自信がなかった。

(いつまでたっても、俺にとってはルイーズは高嶺の花だ)

 ギルフォードの叔母であるマダムモリスンの下で、彼女は製菓職人として活躍しているという。
 新聞記者の取材を受けたりしていて――新聞にのった彼女の特集は小さな記事だったが、切り取って保存してある。
 時々、家族に尋ねているが、どうやら彼女もまだ結婚していないそうだ。

(もしかしたら、俺のことなんて忘れてしまっているかもしれないが……元々勝機はなかった相手だ)

 それに、フラれた直後は、もうダメだと思ったが――月日が経てば分かる。
 ルイーズは本心から自分のことを嫌っていたわけではなく、多感だったゆえに反応が過剰になってしまったのだろう。

(ルイーズ……最後の機会だ)

 逃げるように隣国に向かったギルフォードは帰国を決めた。
 改めて、エメラルドの婚約指輪を新調した。自分で稼げるようになった証拠でもある。年齢分の薔薇を持って、何度か彼女の屋敷の前をうろついた。
――プロポーズの練習だ。
 大人になって、成長して、スマートになったところを彼女に見せたい。
 けれども、運悪く練習途中に、大きすぎた花束が引っかかって、呼び鈴を鳴らしてしまった。

(まずい……)

 シミュレーションは、まだうまく行っていないというのに。
 しかも、まさか、屋敷から――ブラウンの緩やかな髪に、宝石みたいに綺麗な碧の瞳をした女性――ルイーズ本人が現れた。

「お待たせいたしました、どちら様ですか?」

 マダムモリスンに頼んで、逐一写真を送ってもらっていた。だから、大人になった彼女の容姿だって知っている。
 だけど、実物はそれ以上に美しかった。

「貴族のご令嬢直々にお迎えか……お転婆は変わらないみたいだな、ルイーズ」

「なんで、ギルが私の屋敷に……!?」

 戸惑う彼女に、内心の焦りを悟られないようにギルフォードは居丈高に振舞うことにした。

「ギル、一生の頼みがあるのよ! 口裏を合わせてちょうだい! 貴方が私のことを嫌いなのは分かってる。だけど、何でも言うことを聞くから!」

 ルイーズが必死にこちらを見てくる。
 頭を回転させた。
 どうやら、彼女は父親に恋人がいると嘘をついてしまったようだ。

(こうなりゃあ、覚悟を決めるか……)

 これは――神が自分に与えたチャンスだ。

 演技に乗ったふりをした。
 最初から渡すつもりだった、大輪の薔薇を彼女に渡す。

「ロード・フォード、挨拶に来るのが遅くなりました。どうか、ルイーズ嬢には俺の――いいや、私の妻になっていただきたいと思っています」

 ルイーズは口裏を合わせてくれたぐらいに思っているだろうが、実際は練習通りだ。想像以上に、すらすら言えた。

「手紙のやりとりばかりで寂しかった、ルイーズ。愛している」

 やり取りではなく、一方的に手紙を送っていたのが真実だが――。

 彼女の頬にちゅっと口づける。
 甘い菓子の香りがふわりと漂った。

 ――もう機会を逃さない。

 嘘から出た真実、なんて言葉もあるぐらいだ。

 このまま、嘘の婚約関係を真実へと逆転させてみせる。


「もちろん礼は身体で払ってくれるんだろうな、ルイーズ? 久しぶりに俺を愉しませてくれよ」


 ――次こそは絶対に間違えない。

 どんな手段を使ってでも――初恋の彼女を手に入れてみせる。


(考えろ。学生時代の俺じゃあダメだった。だが、一人で伸し上がってきた、今の俺になら――このギルフォード・グリフィスになら出来るはずだ)


 そんな決意を胸に、ギルフォードはルイーズを篭絡するために、一から策を弄しはじめたのだった。




(終わり)


※残り後日談2エピソードで完結
※12/30ムーンライト様におまけ追加

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