【R18】四天の占星術士は、龍帝から不埒に愛される

おうぎまちこ(あきたこまち)

文字の大きさ
上 下
20 / 31
閑話

閑話

しおりを挟む
 天狼が居候として住み着いて、はや数日。
 蘭花が、ただ飯を食う彼の姿にも慣れてきた頃のこと。
 買い出しへと、村から街へと出向いていた。
 雑踏には人があふれ、露天商達が声を張り上げている。
 ちなみに、馬に乗れた天狼が蘭花を一緒に連れてきてくれたのだ。
 晴天の中、二人は買い物をすませ、屋敷へと戻ることになっていた。

「ちょっと、天狼! ベタベタしないで! 離れなさいよ」

「ああ、我が花嫁は、今日も私をよく拒む」

「花嫁っていうの、辞めなさいって言ってるでしょう!!?」

「恥ずかしがりだな、我が花嫁は」

「違うって言ってるでしょう!??」

 遠巻きに通りすがりの人たちの好奇の視線にさらされていた。
 彼女はちらりと隣の美青年を見上げる。
 頭一つか二つ分は高い身長。
 切れ長の碧の瞳を覆う長い睫毛に、思わず見とれてしまった。

(天狼が無駄に綺麗な見た目をしているせいで目立って仕方がないわね……)

「いや、私が綺麗すぎるのが問題ではない。君が私に冷たすぎるのが問題だ」

「ちょっと! 勝手に人の心に突っ込まないでよ!!」

「図星だったのかい?」

「あ……」

 その通りだったため、蘭花の頬がさっと朱に染まった。

「まさか、私の心まで読めるとかでは……」

「まあまあ、落ち着かないか。決して君の心を読んだわけではない。私の顔が美しいと、君の顔に書いてあったものだから」

 嬉々としている天狼の様子を見て、蘭花はぷいっと顔を背ける。

 そのとき――。

「きゃっ……!」

 どんっと何かがぶつかってきた。

 少年だ。
 少しだけみすぼらしい見た目をしている。

 そうして、そのまま少年が駆けようとしたのだが――。

「待たないか、少年」

 いつの間に近づいたのか――。

 天狼が、少年の首根っこを掴んでいた。

「離せよ!」

「離さない」

「いいから離せって」

「だったら、条件がある」

 そうして、天狼が低い声音で告げる。

「我が花嫁から盗んだ財布を返してもらえれば、ね」

(え……?)

 蘭花が上衣をパタパタとする。

「確かに、ない……!」

 いつの間にスリにあったのだろうか。

「良いから離せって、この、おっさん!!」

「おっさん、だと……!?」

 天狼の力が緩んだ。
 少年はゲホゲホと咳き込んでいた。

「大丈夫?」

 蘭花は少年の傍らへと向かう。

「なんだよ、姉ちゃん! ほら、金を返せば良いんだろう? ほら、そうして、さっさと俺を役人に突き出せよ!! 盗みをしようがしまいが、むち打ちされるのには慣れてるからな!! どうせお前達大人は子どもだからって、俺が何を言ったって信じてはくれないんだ!!」

 そんな彼に対して、蘭花は首を横に振った。

「役人に突き出すことはしない」

「な……!」

 想像外の反応だったのか、少年は驚きの声を上げていた。

「盗みは絶対的によくないわ。だけど、貴方、これまではこんなことしたことなかったのでしょう? だから、今回きりにすると約束してちょうだい」

「そ、そんなに優しくしてきて……お、俺をだまそうとしているんだろう!?」

「いいえ――貴方、病の母と小さな妹弟がいて、貧乏で困っているのでしょう?」

「なんで知って……」

 蘭花は返した。

「貴方が足を洗って、角にある老人の屋敷に、庭先で拾った種を持って行きなさい」

「なんで、俺の家の庭に種があるって知って……」

 彼女は続ける。

「そうしたら、貴方のお母様や弟妹達は助かるから――信じるか信じないかは、貴方の自由よ」

 少年は――蘭花の黄金の瞳を見て、何か察したようだった。

「盗んで悪かった……もうしないから……」

「そう、ありがとう」

 そうして、少年はその場を去った。

 蘭花に向かって、天狼が声をかける。

「託宣か……それにしても、我が花嫁は甘いな」

「甘いかしら?」

「ああ、一度でも盗んだ者は盗人だ。それを許すのか? 甘すぎるな」

 いつになく真剣な彼に対し、蘭花は声をかけた。

「何か理由があるかもしれないでしょう?」

「理由、ね……」

「私は盗みを働いたことはないけれど……人間だれしも、魔が差すことがあるかもしれないでしょう? 相手が何かをするときには、必ず何か理由があるのだと私は思うの。だから、ちゃんと理由は聞いてあげないといけない。まあ、今回は理由を聞く前に、頭に閃いてしまったのだけれど……」

「へえ」

「それに――彼はまだ子どもだわ。まだ善悪の区別がつかないのだったら、それこそ、ちゃんとした大人が導いてやらなければならない」 

 天狼が眉をひそめる。

「まあ、わたしが正しい大人かと言われたら分からないけれど……」

 そうして、彼女は続けた。

「わたし、いつでも予言できるわけではないの……貴方も知っていると思うけれど」

「そのようだな」

「だから、子どもの頃、色々訴えても大人に信じてもらえなかったことがある。信じてもらえないのは日常茶飯事だったし、『言っている意味が分からない』、『お前はおかしい』、色んな言葉をぶつけられた。ちゃんと話を聞いてもらえたら誤解はとけるのにって思ったことだってある……だから、わたしはちゃんと相手の話に耳を傾ける大人になりたい……」


 そうして――。

「天狼は茶化すけれど……ちゃんと、わたしの話に耳を傾けてくれたわね」

 天狼が「おや?」という風に眉を上げた。

「そうかな?」

 彼が続ける。

「まあ、私も過去を思い出して、少し感情的になっていたようだ」

「感情的には見えないんだけど?」

「なんだ? 我が花嫁は、この私の繊細な感情の移ろいが分からないというのか――!?」

「繊細にも見えないんだけど……」

 ふっと天狼が微笑んだ。

「ああいう子どもが一人でも減るように……努力はしないといけないと、思い出したよ」

「?」

「ああ、こちらの話だ。さあ、帰ろうか」

「え、ええ……って、ちょっと触らないでくれる!!??」

「減るものじゃないから良いだろう?」

「貴方に触られたら減りそうなのよ!! ちょっと、往来で胸を触るのはやめなさいってば!!!!」

 
 天狼の心に何かを残したのだと蘭花は気づかないまま――二人はわいわいしながら村へと帰ったのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

月が隠れるとき

いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。 その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。 という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。 小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫

梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。 それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。 飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!? ※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。 ★他サイトからの転載てす★

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?

うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。 濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

処理中です...