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閑話
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天狼が居候として住み着いて、はや数日。
蘭花が、ただ飯を食う彼の姿にも慣れてきた頃のこと。
買い出しへと、村から街へと出向いていた。
雑踏には人があふれ、露天商達が声を張り上げている。
ちなみに、馬に乗れた天狼が蘭花を一緒に連れてきてくれたのだ。
晴天の中、二人は買い物をすませ、屋敷へと戻ることになっていた。
「ちょっと、天狼! ベタベタしないで! 離れなさいよ」
「ああ、我が花嫁は、今日も私をよく拒む」
「花嫁っていうの、辞めなさいって言ってるでしょう!!?」
「恥ずかしがりだな、我が花嫁は」
「違うって言ってるでしょう!??」
遠巻きに通りすがりの人たちの好奇の視線にさらされていた。
彼女はちらりと隣の美青年を見上げる。
頭一つか二つ分は高い身長。
切れ長の碧の瞳を覆う長い睫毛に、思わず見とれてしまった。
(天狼が無駄に綺麗な見た目をしているせいで目立って仕方がないわね……)
「いや、私が綺麗すぎるのが問題ではない。君が私に冷たすぎるのが問題だ」
「ちょっと! 勝手に人の心に突っ込まないでよ!!」
「図星だったのかい?」
「あ……」
その通りだったため、蘭花の頬がさっと朱に染まった。
「まさか、私の心まで読めるとかでは……」
「まあまあ、落ち着かないか。決して君の心を読んだわけではない。私の顔が美しいと、君の顔に書いてあったものだから」
嬉々としている天狼の様子を見て、蘭花はぷいっと顔を背ける。
そのとき――。
「きゃっ……!」
どんっと何かがぶつかってきた。
少年だ。
少しだけみすぼらしい見た目をしている。
そうして、そのまま少年が駆けようとしたのだが――。
「待たないか、少年」
いつの間に近づいたのか――。
天狼が、少年の首根っこを掴んでいた。
「離せよ!」
「離さない」
「いいから離せって」
「だったら、条件がある」
そうして、天狼が低い声音で告げる。
「我が花嫁から盗んだ財布を返してもらえれば、ね」
(え……?)
蘭花が上衣をパタパタとする。
「確かに、ない……!」
いつの間にスリにあったのだろうか。
「良いから離せって、この、おっさん!!」
「おっさん、だと……!?」
天狼の力が緩んだ。
少年はゲホゲホと咳き込んでいた。
「大丈夫?」
蘭花は少年の傍らへと向かう。
「なんだよ、姉ちゃん! ほら、金を返せば良いんだろう? ほら、そうして、さっさと俺を役人に突き出せよ!! 盗みをしようがしまいが、むち打ちされるのには慣れてるからな!! どうせお前達大人は子どもだからって、俺が何を言ったって信じてはくれないんだ!!」
そんな彼に対して、蘭花は首を横に振った。
「役人に突き出すことはしない」
「な……!」
想像外の反応だったのか、少年は驚きの声を上げていた。
「盗みは絶対的によくないわ。だけど、貴方、これまではこんなことしたことなかったのでしょう? だから、今回きりにすると約束してちょうだい」
「そ、そんなに優しくしてきて……お、俺をだまそうとしているんだろう!?」
「いいえ――貴方、病の母と小さな妹弟がいて、貧乏で困っているのでしょう?」
「なんで知って……」
蘭花は返した。
「貴方が足を洗って、角にある老人の屋敷に、庭先で拾った種を持って行きなさい」
「なんで、俺の家の庭に種があるって知って……」
彼女は続ける。
「そうしたら、貴方のお母様や弟妹達は助かるから――信じるか信じないかは、貴方の自由よ」
少年は――蘭花の黄金の瞳を見て、何か察したようだった。
「盗んで悪かった……もうしないから……」
「そう、ありがとう」
そうして、少年はその場を去った。
蘭花に向かって、天狼が声をかける。
「託宣か……それにしても、我が花嫁は甘いな」
「甘いかしら?」
「ああ、一度でも盗んだ者は盗人だ。それを許すのか? 甘すぎるな」
いつになく真剣な彼に対し、蘭花は声をかけた。
「何か理由があるかもしれないでしょう?」
「理由、ね……」
「私は盗みを働いたことはないけれど……人間だれしも、魔が差すことがあるかもしれないでしょう? 相手が何かをするときには、必ず何か理由があるのだと私は思うの。だから、ちゃんと理由は聞いてあげないといけない。まあ、今回は理由を聞く前に、頭に閃いてしまったのだけれど……」
「へえ」
「それに――彼はまだ子どもだわ。まだ善悪の区別がつかないのだったら、それこそ、ちゃんとした大人が導いてやらなければならない」
天狼が眉をひそめる。
「まあ、わたしが正しい大人かと言われたら分からないけれど……」
そうして、彼女は続けた。
「わたし、いつでも予言できるわけではないの……貴方も知っていると思うけれど」
「そのようだな」
「だから、子どもの頃、色々訴えても大人に信じてもらえなかったことがある。信じてもらえないのは日常茶飯事だったし、『言っている意味が分からない』、『お前はおかしい』、色んな言葉をぶつけられた。ちゃんと話を聞いてもらえたら誤解はとけるのにって思ったことだってある……だから、わたしはちゃんと相手の話に耳を傾ける大人になりたい……」
そうして――。
「天狼は茶化すけれど……ちゃんと、わたしの話に耳を傾けてくれたわね」
天狼が「おや?」という風に眉を上げた。
「そうかな?」
彼が続ける。
「まあ、私も過去を思い出して、少し感情的になっていたようだ」
「感情的には見えないんだけど?」
「なんだ? 我が花嫁は、この私の繊細な感情の移ろいが分からないというのか――!?」
「繊細にも見えないんだけど……」
ふっと天狼が微笑んだ。
「ああいう子どもが一人でも減るように……努力はしないといけないと、思い出したよ」
「?」
「ああ、こちらの話だ。さあ、帰ろうか」
「え、ええ……って、ちょっと触らないでくれる!!??」
「減るものじゃないから良いだろう?」
「貴方に触られたら減りそうなのよ!! ちょっと、往来で胸を触るのはやめなさいってば!!!!」
天狼の心に何かを残したのだと蘭花は気づかないまま――二人はわいわいしながら村へと帰ったのだった。
蘭花が、ただ飯を食う彼の姿にも慣れてきた頃のこと。
買い出しへと、村から街へと出向いていた。
雑踏には人があふれ、露天商達が声を張り上げている。
ちなみに、馬に乗れた天狼が蘭花を一緒に連れてきてくれたのだ。
晴天の中、二人は買い物をすませ、屋敷へと戻ることになっていた。
「ちょっと、天狼! ベタベタしないで! 離れなさいよ」
「ああ、我が花嫁は、今日も私をよく拒む」
「花嫁っていうの、辞めなさいって言ってるでしょう!!?」
「恥ずかしがりだな、我が花嫁は」
「違うって言ってるでしょう!??」
遠巻きに通りすがりの人たちの好奇の視線にさらされていた。
彼女はちらりと隣の美青年を見上げる。
頭一つか二つ分は高い身長。
切れ長の碧の瞳を覆う長い睫毛に、思わず見とれてしまった。
(天狼が無駄に綺麗な見た目をしているせいで目立って仕方がないわね……)
「いや、私が綺麗すぎるのが問題ではない。君が私に冷たすぎるのが問題だ」
「ちょっと! 勝手に人の心に突っ込まないでよ!!」
「図星だったのかい?」
「あ……」
その通りだったため、蘭花の頬がさっと朱に染まった。
「まさか、私の心まで読めるとかでは……」
「まあまあ、落ち着かないか。決して君の心を読んだわけではない。私の顔が美しいと、君の顔に書いてあったものだから」
嬉々としている天狼の様子を見て、蘭花はぷいっと顔を背ける。
そのとき――。
「きゃっ……!」
どんっと何かがぶつかってきた。
少年だ。
少しだけみすぼらしい見た目をしている。
そうして、そのまま少年が駆けようとしたのだが――。
「待たないか、少年」
いつの間に近づいたのか――。
天狼が、少年の首根っこを掴んでいた。
「離せよ!」
「離さない」
「いいから離せって」
「だったら、条件がある」
そうして、天狼が低い声音で告げる。
「我が花嫁から盗んだ財布を返してもらえれば、ね」
(え……?)
蘭花が上衣をパタパタとする。
「確かに、ない……!」
いつの間にスリにあったのだろうか。
「良いから離せって、この、おっさん!!」
「おっさん、だと……!?」
天狼の力が緩んだ。
少年はゲホゲホと咳き込んでいた。
「大丈夫?」
蘭花は少年の傍らへと向かう。
「なんだよ、姉ちゃん! ほら、金を返せば良いんだろう? ほら、そうして、さっさと俺を役人に突き出せよ!! 盗みをしようがしまいが、むち打ちされるのには慣れてるからな!! どうせお前達大人は子どもだからって、俺が何を言ったって信じてはくれないんだ!!」
そんな彼に対して、蘭花は首を横に振った。
「役人に突き出すことはしない」
「な……!」
想像外の反応だったのか、少年は驚きの声を上げていた。
「盗みは絶対的によくないわ。だけど、貴方、これまではこんなことしたことなかったのでしょう? だから、今回きりにすると約束してちょうだい」
「そ、そんなに優しくしてきて……お、俺をだまそうとしているんだろう!?」
「いいえ――貴方、病の母と小さな妹弟がいて、貧乏で困っているのでしょう?」
「なんで知って……」
蘭花は返した。
「貴方が足を洗って、角にある老人の屋敷に、庭先で拾った種を持って行きなさい」
「なんで、俺の家の庭に種があるって知って……」
彼女は続ける。
「そうしたら、貴方のお母様や弟妹達は助かるから――信じるか信じないかは、貴方の自由よ」
少年は――蘭花の黄金の瞳を見て、何か察したようだった。
「盗んで悪かった……もうしないから……」
「そう、ありがとう」
そうして、少年はその場を去った。
蘭花に向かって、天狼が声をかける。
「託宣か……それにしても、我が花嫁は甘いな」
「甘いかしら?」
「ああ、一度でも盗んだ者は盗人だ。それを許すのか? 甘すぎるな」
いつになく真剣な彼に対し、蘭花は声をかけた。
「何か理由があるかもしれないでしょう?」
「理由、ね……」
「私は盗みを働いたことはないけれど……人間だれしも、魔が差すことがあるかもしれないでしょう? 相手が何かをするときには、必ず何か理由があるのだと私は思うの。だから、ちゃんと理由は聞いてあげないといけない。まあ、今回は理由を聞く前に、頭に閃いてしまったのだけれど……」
「へえ」
「それに――彼はまだ子どもだわ。まだ善悪の区別がつかないのだったら、それこそ、ちゃんとした大人が導いてやらなければならない」
天狼が眉をひそめる。
「まあ、わたしが正しい大人かと言われたら分からないけれど……」
そうして、彼女は続けた。
「わたし、いつでも予言できるわけではないの……貴方も知っていると思うけれど」
「そのようだな」
「だから、子どもの頃、色々訴えても大人に信じてもらえなかったことがある。信じてもらえないのは日常茶飯事だったし、『言っている意味が分からない』、『お前はおかしい』、色んな言葉をぶつけられた。ちゃんと話を聞いてもらえたら誤解はとけるのにって思ったことだってある……だから、わたしはちゃんと相手の話に耳を傾ける大人になりたい……」
そうして――。
「天狼は茶化すけれど……ちゃんと、わたしの話に耳を傾けてくれたわね」
天狼が「おや?」という風に眉を上げた。
「そうかな?」
彼が続ける。
「まあ、私も過去を思い出して、少し感情的になっていたようだ」
「感情的には見えないんだけど?」
「なんだ? 我が花嫁は、この私の繊細な感情の移ろいが分からないというのか――!?」
「繊細にも見えないんだけど……」
ふっと天狼が微笑んだ。
「ああいう子どもが一人でも減るように……努力はしないといけないと、思い出したよ」
「?」
「ああ、こちらの話だ。さあ、帰ろうか」
「え、ええ……って、ちょっと触らないでくれる!!??」
「減るものじゃないから良いだろう?」
「貴方に触られたら減りそうなのよ!! ちょっと、往来で胸を触るのはやめなさいってば!!!!」
天狼の心に何かを残したのだと蘭花は気づかないまま――二人はわいわいしながら村へと帰ったのだった。
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