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偽りの最終回
しおりを挟む「無邪気な貴女と過ごす内に――どんどん俺の気持ちは満たされていったんだ」
「あ……」
そうして、彼が彼女に頬ずりしてくる。
「貴女が俺のことを純粋に慕ってくれて……自分がおかしなことを考えていたんだと段々思うようになってきた……君の祖父は最初は俺に対しての同情心で屋敷に置いてくれていたんだろうが――俺の気持ちに気付いてしまって、孫娘と異国の血を引いた平民が結ばれてはならないと思って、俺を戦地に追い出すように送り出したんだ」
「そう……だったのね……」
「どうにかして貴女に釣り合う男にならないといけないと思って、俺も必死に起業して頑張ったよ……そんな時、猪俣家が破産寸前だと聞いて、貴女の家を助けたいと思った」
だけど、その時すでに清一郎に復讐する気がなかったのなら……どうして再会した時に、猪俣家への復讐だと話していたのだろうか――?
疑問に思っている椿のことを、清一郎がぎゅっと抱き寄せた。
「忍の家・桜庭家が君の家の財産を狙っていたこともあって……どうにかして桜庭家を出し抜かないといけなかった。だけど、予想よりも早く忍が貴女を娼館に送ろうとしてしまった。だから急いで迎えに行った」
清一郎が続ける。
「だが、まだ桜庭家が猪俣家の財産の横領している証拠を俺は掴むことが出来ていなかったんだ。桜庭家を油断させて出し抜くためにも、貴女自身にも嘘を吐いて誤魔化さないといけなかったんだ――それに――」
「それに――?」
「復讐だと言えば、貴女の気が引けると思った節もある……俺は本当に子どもっぽくて馬鹿な男だった」
人は変わるものだ。
だけれど、変わらないものも確かに存在して――。
変わってしまっていたと思った清一郎だったけれど――。
「やっぱり、清一郎は私の知る清一郎だったのね……」
「椿様……」
椿は清一郎の額にこつんと自身の額を当てた。
「最初から相談してくれたら良かったのに――」
すると、清一郎が眉を顰め、申し訳なさそうに告げてくる。
「いいや、俺に意気地がなかったんだ――他にも色々やり口はあったはずなのに――俺にはこんな方法しかとることが出来なかった。本当に悪かった……もう貴女には許してもらえないかもしれないが……」
そんな彼に向かって椿は慈愛の笑みを浮かべた。
「清一郎、貴女も知っての通り、私はそんなに狭量な女じゃないわ――これから先、ずっと私に尽くすと誓ってくれる? そうしたら、今回の一件、許してあげるから……ね?」
すると、清一郎の顔が綻んだ。
「ああ、もちろんだ――そうだ……その、順番がおかしくなってしまったかもしれないが――」
枕元でゴソゴソしていた彼が何かを取り出す。
「黒い箱?」
「どうか開けてほしい」
「ええ」
箱の中に入っていたのは――。
「これは――?」
「ダイアモンドという宝石の指輪だよ」
「外国で愛を誓う時に渡すという、あの……?」
「そうだ」
そういうと、清一郎が椿の指に指輪を通した後、そっと唇を押し当てた。
「椿様――愛している、どうか俺の妻になってはくれないか?」
その言葉を聞いて、椿の胸の内に春風が吹いて、花のような笑顔を見せる。
「清一郎、もちろんよ――どうか――私の夫になってちょうだい」
再び指を絡め合った二人は、どちらからともなく口づけ合った。
触れるだけの口づけを交わした後、どんどん深い口づけへと変わっていく。
「愛しているよ――俺の最愛の椿姫」
「清一郎……」
そうして――二人は互いの身体を絡め合うと、翌朝まで愛を確かめ合って過ごしたのだった。
***
以降――藤島造船は隆盛し、猪俣家は華族としての体面を保ったまま、大正時代を過ごすことになった。
激動の昭和を迎え、華族制度は廃止されたが、藤島造船は戦中・戦後も発展を続けていった。会長夫婦はいつも仲睦まじく暮らし、多くの子や孫たちに囲まれて暮らしたと言われている。
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