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 屋敷に唐突に現れた忍の姿を見て、椿は愕然とした。

「忍さん、どうして、こんな場所に……」

 血相を変えた忍が、彼女の手首をガッと掴んでくる。

「椿、ここを出るぞ」

「出るも何も、ここは私の屋敷で……」

「そんなことは知っている! 良いから出るんだ!」

 話を聞かない元婚約者に対して、椿はきっぱりと告げる。

「先日もそうです! 勝手に屋敷に来たかと思えば、私を娼館に売りつけようとしてきて……」

「だか、それが誤解だと言っている! 俺はお前を――!」

「何を言われても信じられません!」

 頑なに拒む椿に対して、ギリギリと歯をくいしばっていた忍だが、一度深呼吸をして態勢を整えた。


「椿」


 忍がまっすぐに椿を見据えた。


「お前は清一郎に騙されているんだ」


「え?」

 唐突にそんなことを言いはじめた元婚約者に対して、椿はきっと眦をあげて抗議した。

「私を売ろうとした男の言うことなど、信じません!」

「だから、そもそもそれが誤解だと言っている!」

 ビリビリと障子が震えるほどの大音声だった。
 椿に動揺が走ったが、なんとか口を戦慄かせながら、忍へと返す。

「――貴方が何を言おうと、私が信じているのは清一郎です。彼はいつでも私に真実を伝えてくれていた……もし私を騙そうとしているのなら、わざわざ私の家に恨みがあることを話してなどこないはず……だって、彼にとって不利になる情報ですもの……」

 なんだか心臓が落ち着かなかったが、椿は胸の前でぎゅっと手を握って耐えようとする。

(そうよ、最初から私を騙すつもりなら、恨みがあることを隠したはずですもの……)

 目の前の忍が首を横に振ると、羽織っていたマントも一緒に震えた。

「お前の屋敷に恨みがあるくだりは、そもそもの問題ではない」

「だったら、何の問題があるというのですか?」

 意を決したように忍が口を開く。

「お前の父親が若い頃に独逸に留学していたことは知っているな?」

「ええ、それがいったいどうしたのです」

 忍がイライラした調子で告げた。

「早くいかないといけないが――お前が納得しないのなら仕方がない……お前の父親が留学していた頃、交際していた相手が――」

 その時――。


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