上 下
20 / 25

20

しおりを挟む
「ああ、すまない、椿様――てっきりあの女狐の件で妬いてくれているのかと期待したんだが……」

「妬いて……?」

「ああ」

 椿はうつむいたまま返した。

「そんな、ただの愛人の立場でそんなこと思えるはずがないでしょう……」

「そうか……それもそうですね……」

 それだけ言うと、清一郎は庭の方向へと視線を移した。
 彼の反応に椿の心臓がズキンとする。

(やっぱり私のことは愛人としか思っていないのね……)

 その時――。

「椿様」

「はい」

 呼ばれたので振り向くと、彼の綺麗な横顔が見える。
 日本人離れした鼻筋が、異国の血が混じっているのだとまざまざと理解させられる。
 彼の指が私の頬に触れた。


「あの女性と俺が結婚することは絶対にあり得ない。安心してほしい」


 そう聞いて、胸の詰まりがすうっと溶けていくような感覚になる。

「そう……ですか……」

 椿は再び俯いた。
 そんな彼女の様子を見て、清一郎が寂しそうに微笑んだ。

「もし、貴女は――俺が貴女の家への復讐のためではなく――」

 椿は清一郎の顔を見上げる。

「何のしがらみもなく、貴女に求婚していたとしたら、俺の妻になってくれていたんだろうか――?」

「それは……そんなの……」

 椿の漆黒の睫毛がフルフルと震えた。

「当たり前に……決まって……」

 そこまで言うと、椿の瞳が涙で潤む。
 彼の唇が彼女の涙へと触れた後、長い指が彼女の黒髪をそっとかき上げる。

「猪俣家への復讐だなどと馬鹿な妄念に囚われてしまって――俺は本当に大切な何かを見失いそうだった――」

 そうして、耳元で彼が甘く囁く。

「今までのことを謝って許してもらえるのか分からないけれど――どうか貴女に聞いてもらいたいことがある……」

「は……い」

 椿はそっと彼の背に手を添わせる。

 二人の影がゆっくりと重なったのだった。



***



 それから数日後のこと――。

 屋敷で繕い物をして、椿は清一郎の帰りを待っていた。

 先日とは違って、心なしか気持ちは弾んでいる。

 今日が彼から想いを伝えてもらう約束の日なのだ。

「まだかしら……?」

 その時、障子が開かれる。

(清一郎……?)

 そう思ったのだが――。

「椿……!」

 現れたのは――。

「忍さん……?」

 黒髪に黒縁眼鏡の神経質そうな男――元婚約者の忍だったのだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

【完結】堕ちた令嬢

マー子
恋愛
・R18・無理矢理?・監禁×孕ませ ・ハピエン ※レイプや陵辱などの表現があります!苦手な方は御遠慮下さい。 〜ストーリー〜 裕福ではないが、父と母と私の三人平凡で幸せな日々を過ごしていた。 素敵な婚約者もいて、学園を卒業したらすぐに結婚するはずだった。 それなのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう⋯? ◇人物の表現が『彼』『彼女』『ヤツ』などで、殆ど名前が出てきません。なるべく表現する人は統一してますが、途中分からなくても多分コイツだろう?と温かい目で見守って下さい。 ◇後半やっと彼の目的が分かります。 ◇切ないけれど、ハッピーエンドを目指しました。 ◇全8話+その後で完結

うちの娘と(Rー18)

量産型774
恋愛
完全に冷え切った夫婦関係。 だが、そんな関係とは反比例するように娘との関係が・・・ ・・・そして蠢くあのお方。 R18 近親相姦有 ファンタジー要素有

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】

ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。 「……っ!!?」 気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。 ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

辺境騎士の夫婦の危機

世羅
恋愛
絶倫すぎる夫と愛らしい妻の話。

初めてのパーティプレイで魔導師様と修道士様に昼も夜も教え込まれる話

トリイチ
恋愛
新人魔法使いのエルフ娘、ミア。冒険者が集まる酒場で出会った魔導師ライデットと修道士ゼノスのパーティに誘われ加入することに。 ベテランのふたりに付いていくだけで精いっぱいのミアだったが、夜宿屋で高額の報酬を貰い喜びつつも戸惑う。 自分にはふたりに何のメリットなくも恩も返せてないと。 そんな時ゼノスから告げられる。 「…あるよ。ミアちゃんが俺たちに出来ること――」 pixiv、ムーンライトノベルズ、Fantia(続編有)にも投稿しております。 【https://fantia.jp/fanclubs/501495】

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

処理中です...